【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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折神紫と相楽結月

 勇人が紫と共にイチキシマヒメを連れて逃亡してから数十分。何度目かの襲撃により、二人はタギツヒメの近衛隊を対処していた。

 

 紫が二振りの御刀で近衛隊数人を撫で斬りにする傍らで、勇人が最後の一人の写シを剥がす。

 

「……つ、疲れた……っ」

「藤森、3分で息を整えろ」

「大人気のない」

 

 朧月夜を杖のようにしながら橋の手すりに体重を預ける勇人。その横で暇そうに座り込んでいたイチキシマヒメが呟くと、紫が返した。

 

「お前が数珠丸を抜けば藤森の負担も減るし、もっと容易に突破できるのだがな」

「一時の勝利など無意味。タキリヒメにもタギツヒメにも切り捨てられ、寄る辺なき現世にただ生きる。紫……我はもう疲れたのだ」

「俺たちに守られてそんだけ言えるなら歩けるだろ、ほらもう行くぞ」

「…………この鬼どもめ」

 

 イチキシマヒメのネガティブさを見て額の汗を拭った勇人が立ち上がる。

 それから動こうとしないイチキシマヒメを抱えて歩こうとしたが、「これは楽だ」と宣う彼女の言葉に、5分で地面に投げ捨てていた。

 

 

 

 

 

 ──逃げ続けた先にあった畑の小屋に避難した三人。紫の顔にも、疲労が浮かんでいた。

 

「流石の紫さまでも疲れますか」

「ああも立て続けに襲撃されては、な」

 

 断続的に襲われ、それの対処をし、疲労が積み重なる紫と勇人。そんな会話を交わす二人の間に座り込むイチキシマヒメが、おもむろに口を開くと気だるげな声で言う。

 

「あれら全てが、我をタギツヒメに捧げようとする者達。荒魂との融合によってより高みへ人を昇華させるが我が望みだったが……」

「また始まったよ」

「……ただ我の存在が不要でないことを示したかった。だが、高すぎる理想など誰も欲さぬ。ああ……我はもう疲れた」

 

 マスクのようなモノを口に着け、くぐもった声でそうぼやくイチキシマヒメ。すると、彼女に対して紫が不意に質問を投げ掛ける。

 

「諦めるのか?」

「周りが、我を許さぬのだ」

「──そうか、私の知った事ではないな。例え誰が許さなくても、私はお前を守ると決めたのだから。ああそうとも。誰も彼もが望もうとも、私は……私たちはお前をタギツヒメに渡さない」

 

 そう言ってイチキシマヒメに目線を合わせるようにして屈むと、そんな紫にイチキシマヒメは戸惑いを混ぜた声色で返した。

 

「……わからない。なぜお前は折れない? この20年、我らはお前と共に在った。

 だがお前は我らの侵食に耐え続けた。一体何なのだ? その強さは」

 

「知りたいか? ならば話をしよう。見ているだけで分かった気にならず、私たちと話をするんだ。何故ならお前の言う通り人は未熟、言葉にせずともわかるなど、ただの世迷言だからだ」

 

 紫はそこまで口にすると、立ち上がりながら小屋の扉に目を向ける。

 

「私も器用な方ではないが、人はそうして理解し合うのだ。とはいえ理解が過ぎるのも困りものだがな。ここまで私の行動をトレースできるのはお前しかいない──結月」

「──お前は分かりやすいからな。紫」

 

 ガチャ、とドアノブを捻り中へと入ってくる女性。綾小路学長──相楽結月であった。

 

「おや相楽学長。随分とピンポイントで近衛隊が来ると思ったら貴女の差し金でしたか」

「……藤森」

「結芽ならいつも楽しそうですよ──って、世間話はまたの機会にしますか」

 

 どうぞ、と紫に手のひらを向けて壁際に下がる勇人を見て、結月は紫に向き直る。

 

「久しい、というほどではないか。つい先日まで共に研究していたのだから。だが、純然なお前と最後に会ったのはもう20年も前か」

 

 20年。相楽結月が紫たちと共に江ノ島で戦ったのは、そんなにも昔だった。

 結月は人が簡単に死に、そして理不尽に才能を奪われる状況を何度も見てきた。

 

 綾小路に飛び級で進学した燕結芽が病に犯された当時、そこに現れたのがタギツヒメのもたらすノロの技術。

 理不尽に抗った刀使は、ついに心折れ、理不尽に抗う術が邪道と知りながら、果たしてそれにすがるしかなかったのだ。

 

「──正道に背を向け、邪道に手を染めようと、叶えたい願いがあった。

 しかし尊いと信じたその願いの正体は、醜くも歪んだただのエゴの極みだった。私は自分のエゴを……あの子らに押し付けた」

 

 ()()は、単純な『若い命に散って欲しくない』という願い。

 タギツヒメに洗脳され近衛隊として使われようとも、力を得た刀使は死亡率が下がる。

 正しい手段ではないと分かっているからこそ、相楽結月は紫たちの前に現れた。

 

「思い出話の為だけに、こんな手の込んだ真似をしたわけではないだろう?」

「ああ。お前たちなら近衛隊を退け、イチキシマヒメを守り抜き、私の前まで来てくれると信じていた。私を裁いてくれ、藤森、紫。私は……あまりにも罪を犯しすぎた」

 

 結月はそう言って、二人の前に立つ。斬られるべきだと考え、懺悔の果てに裁きを望む結月に、紫はかぶりを振って否定する。

 

「私に貴女を裁く資格などない」

 

「なぜだ……? 私はかつて、結芽に泡沫の幸福という残酷な夢を与えた。少女達の純粋な気持ちも踏みにじった。全ては私の弱さ故だ、だから私はあの子達に代わって──」

 

「……すいません、発言よろしいですか」

 

 ずっと黙り込んでいた勇人がおもむろに演技ぶった動きで手を挙げる。紫たちの視線を受けながら、勇人は咳払いをしてから口を開く。

 

「結芽は貴女の行いを恨んでない。俺が御刀で病気を治しちゃったけど、もし仮に病気を誤魔化しながら戦っていて、どこかで死んでしまったとしても……きっと結芽は後悔はしないですよ。

 ──だって貴女は、もう一度立ち上がるチャンスを与えたに過ぎないんですから」

 

「……そうだろうか」

 

「全部終わったら結芽に聞けばいいでしょうよ。たぶん『考えすぎ』って笑われますよ」

 

 さほど似ていない声真似を聞いて、結月はふっと口角を緩める。そして、勇人の言葉を継いで紫が続けて彼女に思いの丈をぶつけた。

 

「20年……いや、それよりも前から、私は貴女に頼ってばかりだった。そして貴女はそんな私に応えてくれた。貴女の弱さもまた私が預けた弱さ。ならば裁かれるのも私であるべきです」

 

「──紫さま」

 

 ふと、紫に声を荒らげる勇人。

 その声を耳にして即座に扉を蹴破るようにして外へと躍り出ると、畑の小屋は、大量の蝶の荒魂に囲まれていた。

 

「これは……夜見の荒魂」

「いや、夜見は俺がノロを吸収してから一度も注射していない。数を出せて索敵に使えるから、タギツヒメが真似をしたんでしょう」

 

 ピッ、と朧月夜を振るい切っ先で蝶を数匹斬りながらノロを取り込む。

 その嫌な感覚からタギツヒメのノロだと判断すると、勇人は低い声で苛立たしげに言った。

 

「──やってくれたな」

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