勇人の眼前でタギツヒメから庇うように立つ姫和は、その体に蒼白い雷を纏っていた。
「器に満たされたか……イチキシマヒメよ」
「──姫和ちゃーん! 紫様! 勇人さん!」
「…………!」
そのまま一戦交えようとしたタギツヒメだったが、横合いから聞こえてきた可奈美の声に反応すると、勇人に投げた御刀を回収して消える。
鹿島神宮の敷地に入ってきた可奈美は、朧月夜の力で腹の傷を癒す勇人とその近くに立つ姫和を見ると駆け寄ってきて口を開いた。
「何があったの、イチキシマヒメは……? 彼女はどこ? ねぇ姫和ちゃん、勇人さん──」
「藤森!」
「っ……!」
後から追い付いたせいで状況を理解していない可奈美を、紫の声と共に勇人が抱えるようにしてその場から離れた。姫和から突き放すような動きに焦る可奈美へと、紫は端的に説明する。
「勇人さん!? ど、どういうこと……」
「今の姫和は危うい、迂闊に近づくな」
「衛藤、そこにいるのは十条姫和であり、同時にイチキシマヒメでもある。──大荒魂と同化したのだ、以前の私と同じように」
「どうして……?」
「イチキシマヒメの判断だろうな。あいつはタギツヒメじゃなくて姫和との同化を望んで、そして姫和はタギツヒメを退ける力を得た訳だ」
可奈美を下ろしながらそう言って締めくくった勇人は、痛みが残った腹を押さえていた。
「……姫和ちゃん、詳しい事は後で聞くよ。だからみんなの所へ帰ろう?」
「──来るなッ!!」
姫和へと手を伸ばし、優しく伝える可奈美。しかし帰ってきたのは、拒絶の声と共に振り抜かれ小烏丸だった。雷光が石畳を焼き、文字通り線引きするようにライン描く。
「……姫和」
「来ないでくれ……今も一瞬ごとに、可奈美や勇人と……何度も何度も打ち合い、切り刻んでいる光景が見えている……っ」
「龍眼による未来視だ。お前の中のイチキシマヒメが、可能性の未来を予測し見せている」
「ぐ、くっ────」
「姫和ちゃん!」
蒼色に染まった
「追うな衛藤、藤森。お前たちは戻って、この事を紗南に報告しろ」
「でも姫和ちゃんが……っ」
「私が追う。お前たちが行った所で何もできない。今十条が必要としてるのは、荒魂の制御の仕方だ。私ならそれを教える事ができる。藤森、衛藤を連れて行け。いいな?」
「…………わかりましたよ」
「勇人さん……」
心配そうに見上げる可奈美の肩に手を置いて、疲れきった様子で勇人は首を振る。
放っておけば今にも倒れそうな勇人こそが、自分よりもずっと姫和を追いたい気持ちがあるだろうと察しているからこそ、可奈美は紫の言葉に従うしかなかった。
──海の見える平坦に均された土地に基地を設置した長船学長・真庭紗南は、情報をまとめてから可奈美や舞衣たちに急速を命じた。
「……お前たちは少し休め」
「私は平気です! 姫和ちゃんの捜索に加えてください!」
「駄目だ。休息を取って万全を保っておけ」
「ボス戦の前には回復しとくものだぞー。勇人を見ろ、あのだらけっぷりを」
「これはな、休んでるって言うんだ」
「お、おう……」
並べたパイプ椅子の上で横になりながら濡れタオルで目元を冷やす勇人を指差す薫に、本人がそう言って返す。
何日も徹夜したようなそのぐったりとした表情に既視感を覚え、薫は口をつぐんだ。
「少し、休暇だ。少し休んだら、姫和を探す」
「勇人……大丈夫なのか?」
可奈美たちと協力している元親衛隊四人のうち、真希が代表で口を開く。
勇人もまた、一拍置いて目元のタオルをずらして横目で真希を見ると返した。
「沖縄で一悶着起きた時に、すごい回数の写シを使える子が居ただろ? アレの真似はすげぇキツいってことがわかったよ」
「そ、そうか」
──それから数時間が経過し、仮眠を終えた頃、外で全員と集合した勇人は、どこかふっ切れたような表情の可奈美を見つけた。
「勇人さん、姫和ちゃんを絶対に連れて帰ろう」
「おう。……うーん?」
「可奈美ちゃんって前からそうなんです。寝て起きると、すごく元気になってる」
「へぇ、夢の中でも剣を振ってるのかもね」
おおよそ
「お────い……!」
「あ、累さん。生きてたんすね」
「マジ疲れた……あと殺すなお馬鹿……あのあと捕まってて、やっと釈放されたんだから」
「……大変でしたね」
自分と可奈美と姫和に協力して家を破壊され、今度は紫とイチキシマヒメと共に居たせいで捕まり、釈放されてからもこの扱いとは──と、勇人は内心で同情した。
「あれ、姫和ちゃんは?」
「……あー、まあ、色々ありまして」
勇人から手短に姫和の事とイチキシマヒメの決断を聞いて、累は頷いてから答える。
「そっか。私、イチキシマヒメとは結構気が合ったんだよね~……できれば無事に保護されてほしかったけど、そう決断したのかぁ」
「イチキシマヒメは、紫様を守ろうとして姫和ちゃんと一つになったんです」
「ああ、消えたわけじゃない。姫和と二人まとめて連れ戻しますから」
可奈美と勇人にそう言われて、累は表情を緩めた。その後、サポートとして新型のスペクトラムファインダーを全員に支給すると、刀使組は数人ごとに区切って反応のある山へと向かう。
舞衣を戦闘に山を歩く可奈美と勇人は、周囲を警戒しながら会話を交わした。
「──そんで、偶然知り合った綾小路の刀使の妹さんが病気だって知って、俺はついつい、御刀の力で病気を治してしまったわけだ」
「そうなんだ……でもきっと、その人も妹さんも感謝してるよっ」
「かもねえ。綾小路の刀使は殆どがタギツヒメの部下として洗脳されてるし、あの子も無事だといいんだけど。何て言ったっけな……」
やま……山……? と呟く勇人は、舞衣がハンドサインで停止を指示されて可奈美と一緒に足を止める。視覚情報を補佐する刀使の能力・明眼を用いて遠くに視線を動かした舞衣は、山の一角で蒼白い雷光が迸る光景を視認した。
「──見つけた!」
「────ッ、先に行く!」
「勇人さん!? 待って!」
がたりと震えた朧月夜の柄に手を添えて、勇人は即座に迅移を発動して山を縫うように駆けて行く。その胸に、一抹の不安を抱えてながら。
──山奥に入っていった勇人が見たのは、より禍々しさの増した気配を放つ
「……紫さま、何が……」
「──十条がタギツヒメを打ち倒した。そして全てをその身で受け止め、禍神となった」
「……勇、人」
爛々と輝く瞳が勇人を射抜く。その背後で、紫が両手で二振りの御刀を抜きながら続けた。
「自我を保てるか、十条? お前がそれを抑え込めればこれで終わりだ。できそうにないなら、私と共に幽世の果てに行こう」
「紫さま、待って──」
「それもいいな……成程、全てを終わらせるとはそういう事か。あなたと私は裏と表、以前とはまるで逆の立場じゃないか。今度はあなたがその命を捨てて私ごと幽世に落ちようと言うのか」
「姫和っ、待て」
ざり、と地面を踏みしめて近づく勇人に、姫和は鋭い眼光を向ける。近づけば斬ると暗に伝えるその目付きに勇人は一瞬たじろぐ。
「──いいか、お前がそれを抑え込めるならそれでいい。それが簡単でないことはよく知ってるからな。私には20年しか抑えられなかったが、お前ならあるいは……」
「この状態を20年……私には無理そうだ」
じっとりと冷や汗を垂らして姫和は呟く。今にも決壊しそうななかでなんとか意識を保つのがやっとの彼女に、勇人は更に一歩踏み込む。
「姫和!」
「勇人……頼む、近づくな……」
「イチキシマヒメと一体化したなら俺が紫さまと居た理由も分かるだろ? 一人で受け止めるのがキツいなら、俺が半分背負ってやるから」
「私でも無理なら、お前でも無理だ」
「かもな。でも、俺なら御刀の能力をフルに使えばお前と同じように五段階の迅移で隠世の彼方に行くだけの力を使うことができる」
姫和の目を真っ直ぐ見て勇人は言う。姫和もまた勇人を見上げて一瞬嬉しそうに緩めるが、その表情を苦々しく歪める。
「今にも決壊しそうなんだ。これが外に溢れ出たら20年前の……いや、それ以上の災いが起きる。それだけは確かだ」
「そうか。──そうか」
噛み締めるようにそう言って、まぶたを閉じる。そして、ガタガタと怒りを見せるかのように震える朧月夜の柄に指を添えて。
「──なら、お前からノロを奪う」
「……なんだと?」
「俺が
「────」
指から手のひらに移し、ぐっと柄を握り、片方の親指で鯉口を切ると、音もなくすらりと引き抜いて切っ先を姫和に向ける。
腰に装着する帯刀用装備ごと鞘を地面に捨てると、勇人は御刀に取り込ませたノロを燃料に、力を燃やして体を作り替えた。
「勇人、加減はできない。殺してしまうかもしれない。それでもやるんだな」
パリパリと雷を纏い、
「やるさ。これから先、お前が居ない世界を生きるよりはずっとマシだ」
「──どうしてそこまで、私の世話を焼くんだ」
「なんでだろうな。まあ、簡単に言うなら……」
ぐっ、と両足に力を入れ、互いに御刀を向けながら会話を交わす二人。
勇人は姫和の顔を見ながら、ただ一言、あっけらかんとした言葉を口にして笑う。
「────姫和のことが好きだから」
刹那、朧月夜に雷光が衝突した。