【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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刀使と荒魂

 

 

 管理局の一室。ソファに体を預け、深くため息をつく真希の姿があった。

 

「────勇人と衛藤可奈美の逃亡幇助に、十条姫和の暗殺未遂……想定通りに端末は捨てられていたか……」

「お疲れのようですわね、真希さん?」

「寿々花…………と、夜見」

「お疲れ様です、獅童さん」

 

 

 疲れているらしい真希の元に訪れた二人。夜見の手にはティーカップが乗せられたトレーがあり、漂う穏やかな香りに真希の表情が和らぐ。

 

「夜見さんが紅茶を淹れてくださったので、一旦休憩としましょう」

「それは構わないが、結芽は?」

「燕さんなら紅茶は苦いから嫌だと」

 

 

 テーブルに三人分のカップとお茶請けの洋菓子を並べる二人を見て、真希は思い出したように夜見へと話し掛ける。

 

「そういえば夜見、確か君は勇人と紅茶を淹れる約束をしていなかったかい?」

 

「……ええ」

「それがどうかしまして?」

 

「あいつは確かに書類の仕分けを手伝おうとはしないし、結芽の立ち会いに付き合う名目でしょっちゅうサボるどうしようもない馬鹿だ」

 

 

 言い過ぎでは……と呟く夜見と寿々花を余所に、真希は紅茶で一息ついて続ける。

 

「でも、勇人が夜見との約束を破ったことは無かった。紅茶を淹れてくれとあいつから提案しておいて、僕達に反抗してまで十条たちの逃亡を手伝った事に、どうにも違和感があるんだ」

 

 

 それは、しっかりとした顔での断言だった。寿々花は真希に返すように、少し考えてから言う。

 

「であれば、あの時の勇人さんが言った『ちょうど良い』という言葉が気掛かりですわ。まるで、十条姫和とは別で紫様に御刀を向けようと考えていたと読み取れてしまいますもの」

 

「……どちらにせよ、三人を捕まえなければならないようだね。いずれ僕達にも指示が来るはずだし、それまでは待機していよう」

 

「まあ! あの直情径行の獅童真希さんにしては、随分と理知的な考えですわね?」

 

「僕は『親衛隊の』獅童真希だよ」

 

 

 紅茶のリラックス効果と仲間内での談笑で大分ストレスが無くなったのか、真希は穏やかな顔をしながらも語った。

 

「それに……余りにも元気すぎる結芽の事だ、自分から探しにいくと言われては堪ったものじゃない。夜見はそれとなく結芽を見ていてくれ」

 

「分かりました……後片付けは私が」

 

 

 

 飲み干されたカップと洋菓子を入れていた皿をトレーに移して、夜見は給湯室に向かうと、トレーを流しの横に置いてから背中を壁に預けて座り込んだ。

 ブーツのまま爪先で立ち、膝に肘を置いて、手のひらで顔を隠す。

 その顔は無表情で、それでもその声は、泣きそうな程に震えていた。

 

「──嘘つき」

 

 

 無造作に顔から手を離すと、無造作に左腕の袖を捲る。 そこから覗かれた色白の素肌の左腕には、()()()()()()()

 

 

 

 ◆

 

 

 柳瀬家の物らしい高級さがある車が扉の前を陣取る旅館の路地裏で、先日案内された部屋の窓からギターケースを担いで脱出し逃げおおせた三人は、ひっそりと顔を覗かせて様子を伺っていた。

 

「見付かるのが早すぎる。どういう事だ?」

「あぅぅ……もしかしたら私のせいかも……」

 

 

 串団子のように顔を上下に並べて路地裏から顔を出している三人のうち、一番下の可奈美が目尻を下げて涙目になる。

 一番上で姫和の頭に顎を乗せている勇人が、姫和に顎を乗せられている可奈美に聞いた。

 

「どうした、怒らないから言ってみろ」

「……舞衣ちゃんに心配させてるのがアレで、つい公衆電話でお話しちゃって……」

「そんな事だろうと思った。コンビニに行ったにしては、帰りが遅かったものな」

 

 

 路地裏の奥に向かい反対から出るべく歩く三人。姫和はしょげた様子の可奈美に言う。

 

「まあ、お前にも人を心配する学生らしさがあったと分かったのだから良いだろう。とにかく今はここから離れなければな」

「それなら人が多いところを目指すか。良いところに心当たりがあるぞ」

 

 

 勇人の提案に可奈美は首を傾げ、姫和は嫌な予感を覚えて顔をしかめていた。

 

 

 

 ◆

 

 

「──だからと言って、観光で来たわけでは無いぞ!」

「古来より木を隠すなら森の中と言うだろ? 休日で人も多いし、案外堂々としてるとバレないもんだ」

 

 

 原宿へと訪れた三人。パーカーのフードで顔を隠す姫和が通行人とすれ違いながら言う文句を聞き入れる勇人は、人混みに顔を輝かせる可奈美を引っ張りながら歩く。

 

「あっ、ねえ二人とも!」

「はい?」

「……なんだ」

「あれ食べない? 朝ごはん食べてないからお腹すいちゃって……」

 

 

 可奈美が腹をさすりながら行った提案で指を向けていたのは小さい喫茶店。

 看板メニューらしいフルーツサンドが気になるのか、ちらちらと二人を見てくる。

 

「……勇人」

「食べるか。フルーツサンドなら……コーヒーだな」

「えー、あれ苦いじゃん」

「子供舌だなぁ」

「子供だもーん」

「……どちらも子供じゃないか」

 

 

 楽しげに笑い、可奈美は店へと駆け寄る。苦笑いを溢す勇人とため息をつく姫和は、可奈美の言い分も考え付き合うことにした。

 コーヒーに挑戦した可奈美が最速で音を上げ角砂糖を何度も入れ勇人にとんでもないモノを見る顔をされたのは余談である。

 

 

 小雨が降りだした頃、バス停付近の屋根のあるベンチで雨宿りをしていると、不意にカタカタと勇人のギターケースが揺れた。それに気付かない可奈美と姫和は、座りながら語らう。

 

「そろそろ次の宿泊施設を探さないといけないな」

「昨日の所みたいな?」

「それ以外にも、漫画喫茶でも良いだろう。寧ろこの辺りならそっちの方が多そうだ」

 

 

 勇人が滅多に使わない給料を引き出していたお陰で資金はあるため、最悪の場合はホテルを使うことも視野に入れているなか、今度は二人の耳に届く大きさで姫和の荷物から音が発生する。

 

「姫和ちゃん、なにか音がしてない?」

「ん……私の荷物──これか」

 

 

 慌てて取り出された、中央をガラス張りにしたコンパスのような物体。その中には荒魂の元になるノロが数滴分納まっており、一定の方角へとその身を伸ばしていた。

 

 ノロはノロ同士で集まり結合しようとする性質があり、それを利用して荒魂の居る方角を知らせるのがこの旧型のスペクトラム計────要するに荒魂発見器なのだが。

 

 

 それが反応すると言うことはつまり──

 

「荒魂だな、この感じなら二体居る」

「分かるのか?」

「俺の御刀が分かるんだよ。ほら、行くぞ二人とも」

「そうだよ、姫和ちゃん!」

 

 

 ギターケースを担いで走ろうとする直前の二人に、姫和は苦々しく顔を歪めて言った。

 

「……いや、もうこの辺りを管轄している刀使が向かっているかもしれん。鉢合わせると厄介だ、混乱に乗じて逃げよう」

 

「なっ──なに言ってるの姫和ちゃん! 怪我人だって居るかもしれないんだよ!?」

 

「私にはやるべきことがある。それに……我々だけでは荒魂を倒せてもノロに戻して散らすだけで、その内また結合して荒魂になっての堂々巡りだ」

 

 

 逃げることを最優先とする姫和も、可奈美の刀使としての人助けも、どちらも正しい。だが、姫和の『ノロを散らすだけ』という考えを否定できる人物が二人の真横に居た。

 

「……いや、ノロなら俺がどうにか出来る。可奈美と姫和で先に行け、男の刀使だとバレたらそれこそ厄介だから、人払いが済んでから俺も戦おう」

 

「うん! ほら、行くよ姫和ちゃん!」

「待て、私は行くとは──」

 

 

 尚も渋る姫和。勇人はギターケースを開けて、親衛隊の制服の代わりに着込んでいる大人用のパーカーの中と背中の間に上手いこと御刀を隠すと姫和に話した。

 

「これからやる荒魂討伐と、お前がやろうとした折神紫の暗殺。()()()()()()()?」

「──お前、やはり……!」

「早く行けってば」

「……わかった」

 

 

 言いたいことはあるが、質問は後でも出来る。何か言いたげな姫和が可奈美を追って走ったのを見て、勇人は御刀の柄を撫でながら独りごちた。

 

「正義のヒーローに休みなし、ってね。刀使は辛いねぇ」

 

 

 人波に逆らいながら、勇人は御刀が示す反応の方向に向かう。ちょうど姫和がナナフシに鳥の翼を取り付けたような異形の怪物を追い込む姿を視認し、もう一体が居るはずの周囲を警戒する。

 

「行ったぞ、可奈美!」

「────八幡力ッ!」

 

 

 可奈美が筋力を増幅させる特殊能力を使って、御前試合の場から逃げ出した時のような跳躍を以て飛行型荒魂の上を取り、荒魂の翼の間を斬りながら一回転して着地した。

 

 墜落して力尽きた荒魂の横で難なく地面に足を踏み締める可奈美は、ドロドロの液体へと()()()それを見やる。

 

「……二人は大丈夫か。さてもう一体は──」

 

 

 勇人が何気なく林の奥を見た。

 ────瞬間。猪のような猛進で、車のように大きい獣型の荒魂が突撃してくるのを確認した。咄嗟に御刀を抜き写シを貼って盾のように構えた勇人の身体へと凄まじい衝撃が走る。

 

 

「ぐぉおおおおっ!?」

 

「勇人さん!」

 

 

 地面に爪先がめり込む程に強い衝撃。 御刀で顔の辺りの牙を受け止めなければ、写シの体に穴が空いていただろう。

 

「ぎ、ぐぅっ……!」

 

「勇人さん、いま助けに──」

 

「待て可奈美、様子見しよう」

 

 

 千鳥を構えて迅移で割り込もうとした可奈美を、腕で制止させる。姫和が小烏丸を鞘に納めながら荒魂と戦っている勇人を見て言った。

 

「こいつが荒魂相手にどれだけやれるかを確かめたい。危なくなるか追っ手が来そうなら、そこで介入する」

 

「だ、大丈夫かなぁ……」

 

 

 真希を相手にした時は即座に写シを剥がされていたが、それが荒魂だったならどうか。 今のうちに実力を確かめようとしている姫和を余所に、勇人は苦戦していた。

 

 写シは貼れるが、勇人の素の力では迅移は一段階、八幡力は辛うじて、しかも金剛身等は使えるはずもない。

 

()()に頼れば、一瞬で片が付くんだけど……まあ──なりふり構ってられないか……!」

 

 

 峰と柄に手を沿えて荒魂を押し留める勇人は、波紋が光を反射して蒼に輝く刀身に小声で語り掛ける。それでいて、その言葉に答えるように輝きを増した御刀を二人の目から隠すべく、わざと力を抜いて荒魂を横に弾く。

 

 すれ違う荒魂の脇腹を撫でるように御刀を差し込むと、するりとその黒い表皮を切り裂いた。痛覚があるのか勇人に斬られて怒ったのか、叫び声のような音を発して荒魂はUターンすると勇人に向かって走る。

 

「──確か……こうやって、こう」

 

 

 荒魂の巨駆で二人からは見られていないのを良いことに、勇人の御刀は、『蒼』から『紅』へと輝きを変える。

 

「……見えないな」

「ねぇ姫和ちゃん……そろそろ助けた方が──!」

 

 

 ザンッ、という切り裂く音。勇人と可奈美達の間に居た荒魂の頭から尻までを一閃の斬撃が通り過ぎ、上半分と下半分でズレた荒魂はノロに形を崩しながら倒れ伏した。

 

 ノロの塊の奥から現れた勇人は、()()刀身の御刀を持ちながら近寄る。

 

「あー……疲れた」

「大丈夫?」

「手伝ってくれても良いと思うんだけど」

 

「お前がどれだけ戦えるかを見たかっただけだ、足手まといを連れて歩く余裕は無いからな」

「結構言うよね姫和って」

 

 

 そんな話をしていると、倒された飛行型荒魂のノロが蠢き、再び結合しようとする。

 

「くっ、もう結合が始まっている……!」

「……任せろ」

「──勇人?」

 

 

 慌てて御刀を抜こうとした姫和を止めて、勇人が自身の御刀をノロへと突き刺した。

 

 直後、鮮やかなオレンジ色だったノロは御刀の反射光と同じ蒼に変色したかと思えば、元から存在していなかったかのように溶けて消えてしまう。

 

 

「──なっ!?」

「ノロが、消えた……?」

 

 

 原則、ノロは消滅させられない。 そんな常識を眼前の男に覆された二人は、二様の意見を脳裏に走らせていた。

 

「(馬鹿な……ノロを()()()()なんて……!)」

「(勇人さんの御刀が……ノロを()()()()()?)」

 

 






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