【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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隠世の彼方へ

 屋上に上がった勇人たちは、視界の端で、隠世との境界にミサイルが撃ち込まれている様子を見た。タギツヒメは振り返ると、全員に向けて口角を歪めながら言う。

 

「人間共も再開を祝して花火を上げておるわ。のう? ──ふ、気合十分、といった顔だな」

 

 それから両腕を広げ、続けて言った。

 

「──さぁ! この世の終わりを共に見届けようではないか!」

 

「随分とまあ、人間みたいな言い回しだな。どうした、タキリヒメとイチキシマヒメを取り込んで、心境の変化でもあったのか?」

 

「お前も減らず口は変わらずか。死に損ないは大人しくベッドで寝ていれば良いものを」

 

 哀れむような表情をするタギツヒメに、やはり勇人は違和感を覚える。

 しかしそのことを追及するには遅く、手始めに舞衣たち四人が肉薄した。

 

「キェエエエエッ!!」

「────ふっ!!」

 

「遅い」

 

 背後に回った薫の大太刀──祢々切丸と、真っ正面に接近した沙耶香の御刀──妙法村正を、タギツヒメはそれぞれ受け止める。素手で刀身を掴んでいた祢々切丸ごと薫を投げ捨て、御刀の切っ先同士で衝突していた沙耶香を打ち払う。

 

「隙だらけデス!」

「浅はか」

「──ぐっ!?」

 

 入れ替わるように突きを放ったエレンのそれを容易く避けると──背後の舞衣に肘を入れた。

 二人を薫たちのように投げ飛ばすと、さらに五角形を描くように自身を取り囲む勇人と姫和、可奈美、結芽と紫を見て、タギツヒメは嗤う。

 

「──来い」

 

 直後、可奈美と結芽が弧を描いて迅移で接近し、凄まじい速度で打ち合う。

 一拍遅れて写シの上に蒼白い雷を纏った姫和が、二人に混じってタギツヒメに斬りかかる。

 

「ふん……イチキシマヒメの置き土産か」

「貴様はここで討つ!」

「やってみよ……!」

 

 禍神の頃よりも威力は落ちたが、速度は負けず劣らずの姫和が斬りかかり、僅かな隙を見つけては可奈美と優芽が打ち込む。しかし、まるで流水を斬るかのような手応えの無さ。すんでの所で避けられて、御刀を体に通すことができない。

 

「──紫さまっ!」

「ああ──ふっ!」

 

 ──と、そこで、後方から勇人が放った朧月夜を紫が自身の御刀で勢い良く弾く。

 いつぞやにやったようなブーメランめいた動きで飛来する朧月夜を、タギツヒメは忌々しい物を見るかのように横目で見て避ける。

 

「……チッ」

 

 横合いからの妨害で動きを制限される、という一瞬の『間』を利用して、続けざまに屋上の床に薫が祢々切丸を叩きつけて煙を蒔く。

 

 煙幕によって周囲の姿が見えないタギツヒメだが、その煙を突き破って接近するエレン────と、上から飛びかかる沙耶香を纏めて切り伏せ、後ろから迫る紫を頭突きで離し、写シを張り直したエレンの首を撥ねようとした一撃を可奈美が防ぎ、空を切る音で軌道を変えて戻ってきた朧月夜の位置を察知して、器用に足に挟んだ()()()()()()()()()()()()()を蹴り上げて迎撃する。

 

「──はっ!!」

 

 ものの数秒で行われた攻防のうち足を上げたことで出来た無防備な部分に、低い姿勢から、舞衣が鞘に納めていた御刀を抜き放つ。

 しかしタギツヒメは、それを床に突き立てた御刀で完全に振り切る前に塞き止めつつ、蹴り上げた足に挟んだままの御刀を踵落としのようなフォームで叩きつけた。

 

「させねぇっ!」

 

 舞衣を切り裂く寸前の御刀を、手元に朧月夜を呼び戻した勇人が受け止める。タギツヒメは床に突き立てた御刀から手を離し、足に挟んだ御刀を掴み直すと即座に勇人へと斬りかかった。

 上手いこと切っ先と柄で二刀流を受け止める勇人は、次の攻撃を横に飛び込むような前転で避けると、タギツヒメが手放した御刀を引き抜いてその場から離すように遠くへ放り投げる。

 

「これであと三本か。紫さまが持ってるのが童子切と大包平、今のがタキリヒメの使ってた三日月宗近……お前の手元にあるのは鬼丸と大典太、イチキシマヒメの数珠丸だけだ」

 

「なんだ、我から御刀を奪って戦えなくしようとでも? いい作戦だが──幕引きだな」

 

「あ? …………マジかよ」

 

 勇人の言葉に訝しむような表情のタギツヒメだったが、そう言って空を見上げる。

 釣られて上を見た勇人たちは、天に広がる隠世との境界が、降りてきていることに気づいて────その中に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 ──灰がかった空間に、黒い地面。つい先程まで居た屋上とは違う世界に居る勇人たちは、一瞬攻撃の手が止まる程の困惑に包まれた。

 

「ここは……」

「現世と隠世の狭間だ。我々がここに取り込まれたということは、境界が地上に到達するまで──おそらく、あと数分だろう」

「その通りだ。最早現世と隠世が交わるは必定、だが……決着をつけぬままお前達を隠世に飲ませてしまうのはいかにも惜しい。残された時間、最後の一瞬まで堪能させてもらうぞ」

 

 可奈美の疑問に答えた紫を前に、タギツヒメはそう言うと──姿を消す。

 

「迅移──結芽!」

「はーい、よっと!」

 

 即座に声を荒らげた勇人は、眼前で、優芽がエレンに斬りかかったタギツヒメの御刀を防ぐ光景を目の当たりにする。

 

「良く動く。だが次はどうだ?」

 

 タギツヒメは再度迅移を起動して、その空間──否、階層から姿を消した。

 

「段階を引き上げた……!」

「オレたちも続くぞ!」

 

 薫の声に続いて、その場から全員が消える。残った勇人が迅移を行う直前、振り返って紫と顔を見合わせると、ぽつりと粒やいた。

 

「──あとはお願いします」

「…………」

 

 それだけ言って、勇人は可奈美たちに続く。──景色が一転し、灰と黒の空間から、まるでオーロラの中に居るかのようなカラフルな空間に出る。一段階迅移の世界に突入した勇人は既に始まっていた戦いに混ざると、合わせて八人で器用にタギツヒメを攻撃した。

 

 中央で踊るような動きで八人の御刀を捌くタギツヒメはそれぞれ順手と逆手に持った御刀──大典太と鬼丸で舞衣の孫六兼元と結芽のにっかり青江を受けつつ、タックルの要領で肩で村正を逸らしつつ、肘で朧月夜の刀身を受け流す。

 

「さあ、次だ」

 

 そこから更にタギツヒメが迅移の段階を上げる。二段階以上の迅移が出来ない薫とエレンを置いてタギツヒメを追う勇人たちは、S装備すら着いてこられない──二段階迅移の世界に突入。

 

 八人から六人へ、攻撃の密度が僅かに減り、そして──徐々に押し切られて舞衣が写シを剥がされる。追撃を沙耶香が受け止めて、タギツヒメは愉快そうな声色で更に上へと迅移を行う。

 

 薫、エレン、そして舞衣を置いて三段階迅移の世界に入る五人は──宇宙のような濃紺の空間に躍り出ると並んで構える。

 

「ここまでで五人か。よく着いてこれた、いいぞ刀使共。こんなに心躍ったのは初めてだ」

「タギツヒメ、お前は俺をあわれむように見てくるが、気付いていないとは言わせないぞ。お前の心の奥底にある、深い孤独に」

「…………」

 

 ぴくり、と。タギツヒメは眉を跳ねさせて反応する。すると勇人の言葉に、姫和が続けた。

 

「お前は人と融合したことで、ノロの抱える根源的な孤独を知った。人は人と交わり子を成し、素質や宿命を連綿と受け継いでいく。私や可奈美がそうであるように」

 

 小烏丸を構えながら、姫和は言う。

 

「だがお前達は違う。ノロは繋がる輪から外れた、孤独な存在だ」

 

「……我らは唯一にして無二、時の呪縛をも超越している。そのような輪など──」

 

「そう、お前達は時間を恐れない。唯一恐れているのは御刀だ。御刀で知性が保てない程に斬り刻まれてしまえば、再び融合したとしても、それは最早お前ではない。

 ──記憶も性質も異なる別の荒魂。命あるものが恐れる、それこそ死にも等しい現象だ」

 

 オリジナルと全く同じパーツで作り直したそれは、果たしてオリジナルと言えるのか。テセウスの船に近しい問答に、勇人は口を開く。

 

「死の概念がありながら、命の輪から外れている。その孤独を癒したくて、いや……癒せないとわかっていて尚お前は……」

「寂しいから相手をしてほしくて暴れてたなんて、まるで子供」

「へぇ~、タギツヒメって構ってちゃんだったんだぁ~」

 

 沙耶香と結芽が続けてそう言い、タギツヒメは苛立たしげに返す。

 

「刀使が何を言う。その手にした御刀で、我らを斬り刻んできたお前達が……!」

 

「そう。私達にできるのはお前を斬り祓うことだけだ。お前を救う力などない」

「──だから俺たちが一緒に行ってやる」

 

 姫和と勇人の言葉を最後に、二人はタギツヒメにそれぞれの御刀で鍔迫り合いに持ち込み、そのまま四段階迅移で上の空間に跳ぶ。

 それ以上の迅移を行えない三人を残して上へと進んだ二人は、タギツヒメと相対して──

 

「とうとうお前たちだけになったか、小烏の刀使たち────がっ」

「……私の事、よもや忘れたわけではあるまい」

 

 

 ──突如として背後から現れた折神紫の二振りに、刺し貫かれた。

 

「行くぞタギツヒメ。共に奈落の底まで!」

「紫っ!!」

「紫さま!?」

 

 驚愕の声を上げる姫和と勇人に見守られながら、そのまま残された力を振り絞り、紫は折神の能力を限界まで酷使する。

 

「今度は私の番だ、十条! 私の討ったタギツヒメをお前が鎮めよ! それが……柊の力を受け継いだ、お前の役目だ!」

 

 光に包まれる紫に巻き込まれるタギツヒメもさしもの現状に焦りを見せるが──弱まる光を見て、彼女はおもむろに口角を歪めた。

 

「…………づ、ぐ、ここまで、来て……」

「紫……お前も人だ。20年の抵抗の影響は消し難いな──これは返しておくぞ」

「ぐ、ぁっ……!!」

 

 そう言ってタギツヒメは片手の御刀を取り替えると、イチキシマヒメの御刀である数珠丸を、紫の()()()()に突き刺した。

 

「写シを張る余裕すら無いとはな」

「くそっ、紫さま」

 

 紫の腹に突き刺した数珠丸から手を離し、再度二刀流になったタギツヒメは、紫を庇うように立つ勇人と姫和を前に構えを取る。

 

「十条……」

「ありがとうございます、紫様。しかしこれは、やはり、私の務めです」

「待て……っ」

 

 次が決着の一戦となる。そんな雰囲気を醸し出したその時、ふと──勇人と姫和とタギツヒメの上の空間が切り裂かれた。

 

「──姫和ちゃーん! うわわわわっ」

「なんかデジャ──うわぁはぁ」

 

 そして、降ってきた可奈美を勇人が受け止めて、押し潰されるように尻餅をつく。

 

「可奈美!? どうやってここに……」

「うーん……頑張って! 姫和ちゃんと勇人さんを追いかけてきたんだよ!」

「とりあえずどいて」

「あ、はい」

「よし……可奈美! 一緒にタギツヒメを──」

「──うん、助けよう!」

 

「……は?」

「なんて?」

 

 立ち上がるやいなや、可奈美は心底楽しそうな雰囲気で二人に言う。

 

「だって、さっきタギツヒメが言ってたでしょ、心が躍るって、それってつまり、楽しいってことでしょ? ──いくよ、タギツヒメ!」

 

「面白い奴だ。お前は、我を楽しませるために、永遠に近いこの刹那の牢獄で、いつまでも我と剣を合わせ続けるつもりか?」

 

「違うよ、私の楽しみのためだよっ! 剣が教えてくれるんだ、タギツヒメの事を!」

 

 それから千鳥を構える可奈美は、試合でも行うかのような気軽で、それでいて真剣な動きでタギツヒメと剣戟を繰り広げる。

 

「タギツヒメが、この斬り合いを楽しんでいると言うのか……?」

「うん! 同じだよ。御刀での斬り合いも、みんなとの立ち合いも、全部が全部、剣を通しての会話なんだっ!」

 

 今まで戦ってきた相手──エレンの剣を、舞衣の剣を、沙耶香の剣を、寿々花の剣を、結芽の剣を、受けるために使い、払うために使い、攻めるために振るって行く。

 

「……うーん、まあ……可奈美らしいというか、なんというか……」

「これも会話……か。ああ、これが、お前の剣なんだな。可奈美──」

 

 姫和は勇人と顔を見合わせて、応えるようにこくりと頷くのを見て──二人で同時にタギツヒメの体に御刀を突き刺す。

 

「ここでノロ吸い取って終わりにはしてやらねえよ、タギツヒメ」

「──馬鹿者が」

「すまない可奈美、お前には嘘をついた」

「……知ってたよ」

 

 勇人が、タギツヒメが、そして姫和と可奈美が、それぞれの言葉を紡ぐ。

 最後に可奈美がタギツヒメに御刀を突き刺して、五段階目の迅移を起動。

 

 

 

 四段階目とは比べ物にならない速度を生み出す力が空間を歪ませ────果たして、四人は、隠世の彼方へと至るのだった。

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