機動隊本部の廊下の真ん中で、オレンジの雷光と迅移による白い残像が入り乱れる。
「あ~~~も~~~っ!!」
「わっはっはっは」
「むき────っ!」
結芽が御刀を振るい、京子が避ける。
「あっ、たん、ないっ!!」
「さっきも言ったがアタシの役目は時間稼ぎだからなぁ、そりゃ面と向かって相手なんかしてやれるかって話だ。悪いな」
パリパリと体のあちこちから電気を漏らしながらそう言って、京子は自身の御刀【春雷】の峰を肩に乗せる。
「まあそうカッカすんなよ、別に殺し合いがしたいわけじゃねぇし」
「……じゃあ、なんで今になって現れたワケ? それとタギツヒメが暴れてた時に姿を現さなかったのはなんで?」
マトモに打ち合うつもりのないらしい京子ののらりくらりとした態度に呆れながらも、結芽は警戒を続けながら問いかけた。
「あー、どこまでなら話していいのやら。……簡単に言やあ、タイムリミットってやつだな。タギツヒメと一緒に暴れようとはしなかったのは……方向性の違い……的な?」
「はぁ?」
「少なくとも、今のジジイにゃあ本来荒魂にある攻撃性が無いってこったな」
頭に疑問符を浮かべる結芽を見て口許に笑みを作る京子は、背後から聞こえてくる御刀を打ち合う音を耳にしてから言った。
「お真面目だねぇあいつら」
──この御刀を真っ向から受け止めてはいけない。頭の中で淡々と独りごちる沙耶香は、村正を相手に向けながら、ビリビリと痺れる片腕を振って感覚を取り戻す。
「……勇人の御刀を奪うまでの時間稼ぎ。それはつまり、こことは違う場所に居る勇人を大荒魂シキが襲い、あなた達は私達が来ないようにしている。それで間違いない?」
再確認するように問うと、少女──
「ええ、まあ、はい。だいたいそんな感じです。とはいっても……なにも殺そうとは思っていません。御刀を回収したいだけであって、
「ゆうくん……?」
「おっと」
──失言でした。そう続けて、幸は構えた小太刀を振りかぶりながら肉薄する。
「────っ」
振るわれた小太刀の速度は早く、おおよそ金属の塊とは思えない軽やかさで沙耶香に迫る。
それを村正で受け止めようとするが、前の一撃を思い返して、逸らすように小太刀の刀身の腹を打ち上げて──それでもなお、ズンッ! と
「……流石にもうバレてますか」
「──御刀を重くする、それが能力……?」
「正解。厳密には
宙に放った小太刀の柄頭を指の腹に乗せてキャッチする幸は、パシッと素早く柄を握り直して逆手に掴むと一気に踏み込んで連撃を浴びせた。咄嗟に打ち合う形になってしまうが、沙耶香の意識は刀身の重さに向けられている。
「この小太刀──【綿雪】は、一瞬で重さを限りなく0に近づける事が出来れば、逆にとてつもなく重くすることも出来る。重くしすぎれば当然、私も持てなくなってしまいますが、こうして接触する瞬間だけ重くすれば……っ!」
「くっ、づ……!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ! と御刀から信じられない轟音が響き、その都度、まるで大型の荒魂を受け止めた時よりも重い衝撃が伝わる。
ざざざっと足で床を削りながら後退する沙耶香を見て、油断なく【綿雪】を構えて。
「………………?」
ふと、おもむろに幸はなにか違和感を覚えて小首を傾げる。沙耶香が想定よりも長く打ち合えていること、ではなく──
「──私達を回収するのが、やけに遅い」
それは、シキと事前に打合せしていた作戦通りに事が進んでいないということだった。
『藤森勇人から御刀を回収し、時間稼ぎに機動隊本部に置いてきた二人をも回収して離脱』、これを手早く行う予定だったにも関わらず、もう既に10分は経過しているのは、些かおかしい。
「──! きょーちゃん!」
「なんだぁ?」
「今何分経過しました!?」
「そりゃお前……何分だ?」
「え、もう10分くらい経ってるけど」
声を荒らげる幸にすっとんきょうな声を返す京子。つい反射的にそう言った結芽に対して、一拍置いて京子は焦りを見せて口を開いた。
「……いや、待て、流石に『まず対話から入る』っつー約束は守ってるはず……」
「でもあの人ちょっと記憶力落ちてますよ」
「……あー……」
「ねー、何があったの?」
完全に戦う気力を無くしている二人に、結芽は質問を投げ掛ける。すると京子は、懐から携帯を取り出しながら【春雷】を下ろした。
「ちょっとタンマ、ジジイに電話する」
「えー……」
「────クソっ! あの機械音痴ポンコツジジイ電話に出やがらねえ!」
勢いで携帯を床に叩きつけそうになりながらも平静を取り戻す京子を見つつ、結芽は呆れた表情を取りながらも伝える。
「もう時間稼ぎなら十分だろうしさあ~、こっちから会いに行けば?」
「…………う──ん、そうするか?」
「こっちに振られても困る」
「たぶん、ゆうくんと戦うのが楽しくなっちゃってるんでしょうね」
双方で『なぜ敵同士でこんな空気になっているんだ』、という疑問が湧いているが、恐らく結芽と沙耶香は、京子と幸が
「そういえば聞きたいことがあったんだけど、なんであのとき廃墟で遺書を──」
そのままの流れでそれとなく半年前の行動の意味を聞こうとした結芽は、自分と京子、沙耶香と幸で固まっていた空間のちょうど中間に突然現れた、肩甲骨辺りから荒魂の甲殻のような四つ腕が生えた少女を視界に納める。
「……ん?」
「お? やっと来たなジジイ」
意識をそちらに割いた結芽の視線を辿って振り返った京子が、あっけらかんとそう言う。
「──行くぞ」
両側に視線を向けた四つ腕の少女──シキは、その腕の一本に一振りの小太刀を握らせて、残り三本のうち二本で素早く京子と幸を掴んだ。
「あ、ついでにお前も来い。ゆき!」
「はい。沙耶香さん失礼します」
それからシキがなにかアクションを起こそうとする寸前で、二人はそう言いながらそれぞれが近くにいた結芽と沙耶香の肩と腕に触れる。
「えっ」
「……なに?」
反射的に振りほどこうとするよりも早く──その場から五人がまとめて消失した。
──頭上から降り注ぐ御刀の群れが地面に突き刺さり、土煙が舞う。
それを突き破るように飛び出した物体──朧月夜を鞘から引き抜いて写シを張っていた勇人は、シキを捉えながらも分析する。
「御刀を分身させて操作する能力……こんな力が存在するのか?」
『いまだ人間が到達出来ていない、隠世のどこかにある階層の力を、ノロの負の神性を利用して引き出しているのだろうな』
「ああ、なるほど……つまり理論上は『いつか刀使が使える力』なわけだ」
ゆらりと御刀を握る腕とは別の三本の腕に分身させた御刀を握らせるシキは、勇人の一人言に眉を潜めて、それから四つ腕を鞭のようにしならせながら殺到させた。
「俺の頭だと演算は何秒出来る?」
『5秒、それ以上は負荷で脳が
「怖いことを言いなさる────!」
苦笑を浮かべながらも、勇人はぐっと目元に力を入れつつ集中する。──刹那、蒼い左目が淡く光り、勇人の脳裏には自分が四つ腕に切り裂かれる光景を思い浮かべた。
「──う、ぉおっ!?」
「……ほう」
一本、二本、三本目を避け、四本目の握る御刀と打ち合いつつ上に逸らして下に空いた空間から横に抜ける。
続けて
「未来でも見えてるのか?」
「……さて、どうだか」
「────」
誤魔化すような勇人の返しに、シキは考えるそぶりを見せると、視線を左右に揺らしてから頭を振ってため息をつきながら御刀とその分身を消して、一振りの小太刀を取り出した。
「……いかんな、気が昂りすぎた。今お前を殺すのは都合が悪いのだった」
「はい?」
「場所を移すぞ」
「え」
困惑する勇人を無視して、シキは即座に腕を伸ばして彼を鷲掴みにする。
「【黄落】」
そう言って能力を起動したシキは──勇人と共に、その場から姿を消すのだった。
「──うべっ」
御前試合決勝の舞台として使われる折神家の土地の一角に瞬間移動したシキは、無造作に勇人を投げ捨ててから姿を消す。
「……なんなんだ、まったく」
それから僅かな間を置いて、再度その場に現れたシキは今度は四人の少女らを連れて来る。
「結芽、沙耶香!?」
「あ! おにーさん!」
「……勇人」
「お前らなにやってんだ……と、そっちは」
見覚えのある少女二人──結芽と沙耶香を見て、もう片方の二人組を見る勇人は、その顔を見るやいなや驚愕に歪めた。
「──よう、勇人。久しぶり」
「ゆうくん。……その、どうも」
「きょーちゃん、ゆき……な、なんで……?」
──かつて孤児院で起きた事件により死んだとされた、当時の知り合いであった筈の京子と幸。二人との予期せぬ再会を果たした勇人の思考は、どうしようもなく、混乱を極めていた。