「──大荒魂シキは死にかけてる。その前に、お前に殺して欲しいんだよ、勇人」
「……なんで???」
勇人の言葉に、京子は眉を潜める。
「アタシ今そんなに変なこと言ったか?」
「大分変だったが? シキが死にそうなのと俺が殺すのはイコールじゃないよ?」
「結果的に死ぬんならイコールじゃね?」
「全然違うけど……?」
何を言ってるんだと言わんばかりに表情を歪める勇人は、咳払いをしてから改めて問い直す。
「……で、死にかけてるっていうのは」
「簡単な話だ、シキはこの国が江戸だった時に大量のノロを取り込んで大荒魂
「きょーちゃんもやるのかよ……」
にこやかな態度で声だけを高らかにして、京子はパンと拍手を一つ。
「そんな『大荒魂みたいなモノ』である今のシキの意識は『星月式』なわけだが──その自意識が
「えっ私!? まだ手上げてないけど……」
「きょーちゃんこういうノリ好きだから」
ビシッと指を差された可奈美は一瞬驚きつつも、勇人にそう言われながら思案する。
「えーっと……大荒魂みたいなモノなわけだから、体はノロで出来てるんだよね? それで式さんの意識が無くなったら、残るのはノロだけ──!」
そこまで言って、可奈美は一つの結論に至る。同じ考えなのだろう姫和を見ると、彼女は可奈美に変わって京子へと口を開いた。
「──星月式という意識が消えれば、
「いえーす。大荒魂と遜色ないジジイの体からジジイの意識が無くなったら、あとに残るのは膨大なノロを蓄えた死体なわけで。そこから荒魂が生まれたらどうなる? 答えは簡単」
京子は背もたれに体を預けて、重苦しいため息をこぼしてから全員に向けて続ける。
「人間の理性すら無い、珠鋼から分離させられ人類への恨みを抱えた、新しい大荒魂シキの誕生だ。
『もう一度我と戦うようなものだな』
「うげぇ」
黙りを決め込んでいたタギツヒメの脳裏に響く声に、勇人は小声で反応する。
「……だから、ジジイは勇人の御刀を──自分の娘を必要としていた。『ノロを取り込んで燃料に変える力』を持つそれなら、自分という荒魂を安全に無力化できるからだ」
「ならあのときそう言えば、そのまま終わってた話じゃないか。なんで襲ってきたんだよ」
「さっきも言ったがジジイは死にかけてる、
「えぇ……」
──現にあいつ言ったことうろ覚えだったし。と言って京子が呆れと憐憫を混ぜた表情でうつむく。勇人はそれを見て、ふと返した。
「……つまり殺してほしいというのは、シキに勝ったうえで、人としての意識があるうちにノロをこの世から消してほしいってことか」
「──そうだ」
「俺がシキと戦うとして、きょーちゃんとゆきはどうするつもりだ?」
「んー……一応はジジイの味方だからな。戦う以上はその時は敵だ、それはそれってことで、そっちの二人に喧嘩売るかもな」
「おい」
巻き込むな、とでも言いたげな声色の姫和が短くそう言う。可奈美の方は特殊な力の御刀を持つ京子と幸と戦えるからか、ウズウズしている。
「さてと。話しておきたいことは全部言い終わったし、アタシはお暇させてもらうぜ。近いうちに戦う時間と場所を知らせるからよ」
おもむろに立ち上がると、体を伸ばして関節を鳴らしながら京子は言う。
勇人に応援を呼ぶことを止められていた朱音は、話が終わったのならと容赦なく手元の端末で警備員と刀使にメッセージを送信し──
「……追うか?」
「いや、それは誠実じゃない」
「わざわざ従ってやる必要があるか」
「こっちが約束を破るなら、向こうにも暴れていいという免罪符を与えることになる」
パリ、と蒼い雷を纏った姫和に、勇人は窘めるように返す。不承不承といった様子で力を消す彼女に、勇人は、苦笑をこぼしながら呟いた。
「──忙しくなるなぁ」
──どこか遠くの山奥にある、誰からも忘れられた古い防空壕。人が住めるようにと四つ腕の熱と腕力で空気穴を開けたりと改築を重ねたそこに帰宅した京子は、古本を読んでいる幸と、夕食を作っているシキを視界に納めた。
「ただーいまー」
「お帰りなさい。ゆうくんたちにちゃんとした説明は出来ましたか?」
「したよ。本来ならこないだ会ったときにやるつもりだったから疲れたぜ、ったく」
ちらりと台所に立つシキを恨みがましい顔で見る京子。見られている当のシキは、四つ腕を器用に使って野菜を切り、挽き肉を丸めている。
その少女にしか見えない背中に、かつての孤児院の先生──藤森篤の姿を思い浮かべて、幸の横にドカッと座る京子はポツリと呟いた。
「…………このまま平穏に暮らせねぇかな」
「無理ですよ。式さん、さっき、
「……クソっ、そうかよ。なら早いうちに決着つけないとな、勇人たちにゃあ早めにスケジュールすり合わせしてもらわないと──」
ため息混じりにそう言っていた京子だが、言葉を不自然に区切らせると、その体を丸めて、不意に襲ってきた激痛に耐える。
「──ぐっ、が、ぁっ……!」
「きょーちゃん!」
「大丈夫、だ……
傍らに置いた御刀──【春雷】を横目に、数分経って痛みの波が引いた体を起こして、それから自身の長袖を捲って腕を露出させる。
星月式に時間が無いように、少なくとも、剣崎京子にもまた、戦い続ける力は無い。
「──うぇ、すげぇ真っ黒」