私服に身を包んだかつての仲間、皐月夜見の居る鎌府女学院付近の荒魂を狩り終えた勇人は、付いてきていた結芽と共に校内を歩く。
年の瀬からの半年で髪が伸び、狐の尻尾のように先端だけが白い黒髪の夜見が、二人を見つけると会釈をしてから口を開いた。
「……勇人くん、燕さん」
「やっほー夜見おねーさん」
「よっ。久しぶり」
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
学長室に通された勇人は、荒魂人間──剣崎京子からの情報を、室内に居た学長・高津雪那を含む三人に伝える。
「半人間半荒魂……か。夜見たちにやった実験よりも高濃度のノロと適合できた、奇跡の存在と言えるな。御刀の起動まで出来るとは」
「私の場合は投薬に近いからか、タギツヒメや彼女たちのような見た目にはなりませんでしたが……ある意味、上位互換なのでしょう」
雪那と夜見がそう言い、席についた勇人と結芽が言葉を継いで話す。
「俺の相手はシキだから良いんだけど……あの二人の相手がなぁ~」
「私がやる! リベンジしたいし」
「一応結芽は候補の一人だよ」
「他にも居るの?」
「一番戦えそうなのが可奈美と姫和、その下に結芽と沙耶香、他に何人か──かねぇ」
「それもうおねーさんたちで確定じゃん」
ムスっとした表情で唇を尖らせる結芽は、そういえばと夜見に向き直ると問いかけた。
「夜見おねーさん、御刀返上して刀使辞めちゃったんだっけ」
「はい」
「それで今はなにやってるの?」
「……次期鎌府学長候補として勉強を」
「へえ。夜見が学長ねえ」
ちら、と結芽と二人で雪那の方を見れば、憑き物が晴れたような顔色で口角を緩めている。
「はい。高津学長を目指して、日々精進です」
「高津学長を目標にするのはやめた方が……」
「おばちゃんはやめといたら?」
「聞こえているぞクソガキ共。……そう言われるだけのことをした覚えはあるがな」
一転して渋い表情を取る雪那に、夜見がそれとなくフォローを挟んだ。
「あまり責めないであげてください。今までの事を一番気にしているのはご本人ですから」
「貴様も言うようになったな……」
「いやまあ、過去は過去だし反省してるならそれでいいんですがね────ん」
「あ、また荒魂の反応だ」
そう言った勇人は、不意に荒魂の気配を感じ取る。一拍遅れて
「ほらおにーさん、荒魂倒しに行くよ!」
「わかってるよ。じゃあ夜見、学長、今日のところはこれで」
「お気をつけて」
「……達者でな」
大荒魂シキと京子と幸という大きな障害はあれど、それはそれとして日夜現れる荒魂への対処もしなければならない。
──忙しくなるな。という何度目かも忘れた愚痴を脳裏で独りごちる勇人は、立て掛けていた朧月夜を握った際の絶妙な違和感に、ピクリと眉を跳ねさせるように反応した。
──夕方、可奈美と姫和が待機している機動隊本部に向かう途中のバスの中で、連戦を終えて眠っている結芽に肩を貸しながら、窓の外の景色を見る勇人にタギツヒメが話しかけた。
『御刀との
「……やっぱり、そうみたいだな」
『貴様も歳だからな、単純に刀使としての寿命が近づいているのだ』
「まだ19の人間に歳って言うなよな」
『ふん。問題はそこではない』
他に誰も居ないのを確認しつつ小声で会話する勇人は、傘のように足に挟んで立てている御刀──朧月夜に視線を向ける。
「つまり、この一件が、俺の最後の仕事になるってことか。……お嬢さん。君は──シキの為に、俺に力を貸したのかい?」
その問いが返ってくることは、当然だがなかった。ため息をついて、勇人は呟く。
「ああ虚しい虚しい。御刀に語りかけたり幻聴と会話したり、いよいよ俺もヤバくなってきたな」
『……? 今までの貴様はまだ常識人であったかのような物言いだな……?』
「常識人ですが?」
『御刀の特性ありきの捨て身戦法を取るのが常識なら、同じ事を十条姫和にでも言ってこい』
「この話やめようか」
形勢が悪くなり、会話を中断する勇人。
脳裏に響く
『時に、貴様はいつになったら十条姫和と婚約するつもりなんだ』
「大荒魂がすげぇ俗っぽい話題振ってくるの面白いな。……今はそんなことしてる暇はないし、そもそも姫和はまだ15だぞ?」
『あのとき「惚れた弱み」がどうとか言っていたわりには変なところで怖じ気づくのだな』
「お前あれ聞いてたの……!?」
小声で器用に驚く勇人は、ちらりと結芽が起きてこないことを確認すると、呆れ混じりにタギツヒメに言い返す。
「これからシキやきょーちゃんたちと戦うときに、余計な話をして気が逸れたらどうするんだ? それになあ、こういう時に結婚がどうとか口にしてると死ぬジンクスってのがあるんだよ」
『
「まあ朧月夜があるなら背骨とか腕くらいならくっつければ治るしなぁ。流石に首撥ねられたら死ぬ……かも……? たぶん、きっと」
そこまで言った辺りで、バスが到着して停車する。結芽と御刀二振りを抱え上げて降り、本部の客室に向かう勇人は、ソファに彼女を寝かせてやると静かに扉を閉めた。
『藤森勇人、気を付けることだな。御刀との繋がりが切れかかっているということは、もはや時間は残されていないということだ』
「わかってる」
『それに、御刀が使えなくなるということは──貴様はもう無茶はできない』
「ああ」
勇人に言うべきことを言い切ったらしく、そこでタギツヒメの声は聞こえなくなった。
──ようやく大人しくなったか。と呟いて、勇人は自分の使っている部屋に戻る。
「少し休憩してから、可奈美たちと作戦会議するかぁ。紫さまにも相談した方がいいのかねえ」
朧月夜の鞘を握りながら独りごちる勇人が、片手でおもむろにドアノブを捻り、ガチャリと扉を開けて、
「お帰りなさい」
「うい、ただいま…………ん?」
「こんばんは」
入ってすぐ視界に入るソファの上に、ちょこんと正座している少女が一人。
病的なほどに白い髪を短く揃えていて、その膝には小太刀が乗せられている。
「……ゆうくん、入らないのですか?」
「……………………部屋間違えました」
小首を傾げる少女──京子と同じ荒魂人間・九条幸を見て、勇人は扉を閉めるのだった。