【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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真実と親友

 

 

 

「結芽」

「んー? どしたの、真希おねーさん」

 

 

 刀剣類管理局の廊下を歩く結芽は、待ち構えていたかのように真ん中で仁王立ちする真希に立ち塞がられた。

 

「聞き忘れていた事があったからね。 あの時、何故勇人を逃がす真似をしたんだい?」

 

「……なんのことかなぁ」

 

「とぼけるんじゃない。お前はわざわざ、警備員と配属された刀使を倒してから逃がしただろう。勇人に何か言われたか?」

 

 

 紫に行動を止められた真希と違って勇人達を捕まえられた筈の結芽が──それも強敵との戦いを良しとする、俗な言い方をすれば戦闘狂の結芽が戦いを放棄した挙げ句勇人の逃亡を手助けしたのだ。

 

 普通の事態ではない事は真希でもわかる。

 

「……恩を返しただけだよ。私が私でいられるのは、おにーさんのお陰だから」

「結芽が、結芽でいられる……?」

「身体が軽いこの感覚。当たり前な事が、こんなに嬉しいことだって、私は知らなかった」

 

 

 普段の狂暴さ、無邪気さからは想像できないしみじみとした大人しい表情の結芽。するりと真希の横をすり抜けて、振り返らずに真希へと一言告げた。

 

「それに、あのまま打ち合ってても私はおにーさんに絶対負けないけど、勝つのにも時間が掛かってたよ。 あの人時間掛けると()()()から」

「……なに?」

 

 

 真希が振り返る頃には、結芽はスキップ混じりに廊下を走っていった。

 結芽の言った意味を理解していないのは真希が勇人と戦う機会が有るにしても少ないからなのだが、そもそも日常的に結芽が勇人と立ち会うことがあるのは、勇人が真希達と共にすべき仕事をサボり結芽と居ることが多いからである。

 

「──慣れる……?」

 

 

 そう呟く真希が窓の外に視線を向けると、灰色の雲から小雨が降り注いでいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 ノロを消し終えた勇人が御刀を鞘に納め、背中に御刀を回す。直後勇人の胸ぐらを掴み、姫和が顔を見上げながら叫んだ。

 

「お前……今なにをした!?」

「……さあ、なんでしょうねぇ」

 

 

 磨き上げられた刀身が、淡く蒼色を反射した。ノロの鮮やかなオレンジ色とは真逆の色が、不思議と姫和の心を落ち着ける。

 

「──こんな時にまで隠し事とはな。お前、少しは私たちに信頼されようとは思わないのか?」

 

「俺が姫和達を信頼してるんだから、今はそれで良いんじゃない? 少なくとも姫和は俺と可奈美を裏切らないでしょ?」

 

「なっ……」

 

「でもこれだけは言える。俺は姫和よりも先に斬ろうとして、失敗した」

 

 

 あっけらかんと言う勇人に、呆れたように口を開く姫和。仲良いなぁ、と呟く可奈美は勇人が倒した方の荒魂だったノロを見て言った。

 

「ねえ勇人さん、あっちのノロはどうするの?」

 

「あぁ……いや、あれは止めておこう」

 

「そうだな。荒魂騒ぎがあって、ノロの回収班が出ていない。にも関わらずノロが消えたとなれば怪しまれる」

 

 

 勇人の否定に姫和が付け加える。しかし放っておけばまた再結合して荒魂となる以上は、刀使の義務として回収班への連絡は必須。

 そうして悩んでいたとき、背後からの第三者の声が解決の糸口を示した。

 

「──回収班への連絡なら、私がしておきます」

「──誰だ!」

「えっ、舞衣ちゃん……?」

「あらら」

 

 

 三人が振り返ると、そこには可奈美と共に折神家の試合会場に訪れていた少女──柳瀬舞衣の姿があった。そして背中の鞘から御刀──孫六兼元(まごろくかねもと)を抜き放ち三人へと向けている。

 

「美濃関の追手か」

「待って姫和ちゃん! 舞衣ちゃんは私の親友で……って言うかなんでここに?」

「スペクトラムファインダーに荒魂の反応があったから。もう倒してくれたみたいだけど」

 

 

 スペクトラムファインダー。姫和のコンパス型を旧式とするなら、スマートフォン型の最新式が前述したそれである。言葉を交えながらも尚御刀を向ける舞衣に、同じように小烏丸を抜きながら姫和は可奈美に呟く。

 

「親友だと言うのなら、何故御刀を向けてくる」

 

「私は可奈美ちゃんの親友ですから、貴女達から救うためなら、躊躇いません」

 

「ちょ、ちょっと二人とも……!」

 

「なるほど。俺と姫和の凶行に、可奈美が巻き込まれてると思ってるんだな」

 

「事実……ですよね?」

 

 

 確かに第三者からすれば、あの場で行われのは大きく分けて姫和の暗殺未遂・親衛隊である勇人の反逆・可奈美の逃亡幇助だ。

 

 舞衣にとって、接点の少ない勇人と姫和を可奈美が助ける理由はまず無い。故に巻き込まれているないし脅されていると思われるのは仕方の無い事なのだろう。

 

「正解じゃないが、間違ってもないな」

「煽らないでよ勇人さん! ねえ、舞衣ちゃん! 姫和ちゃんも御刀を納めて……」

「向こうにはその気が無いらしい」

「聞いて可奈美ちゃん。羽島学長が約束してくれたの。 私と帰ってくれば、逃亡幇助の減刑に全力で手助けしてくれるって」

 

 

 ──美濃関学院学長のお言葉とあらば、無罪は不可能でも学歴や可奈美の人生に傷がつくような事態にはならないだろう。

 姫和が小烏丸を向ける横で、勇人が可奈美に助言する。

 

「俺と姫和の折神紫暗殺が失敗したときの為に、対戦者である可奈美を脅して逃亡を幇助させた……と言うことにすれば良い。ここまでだ、可奈美は舞衣ちゃんと帰れ」

 

「そう言うことだ、良い機会だろう」

「そんな……」

「────ですが、一つ条件があります」

 

 

 姫和と横の勇人に御刀の切っ先を向けて、舞衣は汗を頬に垂らして続けた。

 

「十条さん、藤森さん。あなた方には折神家に出頭して貰います」

 

「それは、困るな」

 

「──素直に従うとでも?」

 

 

 想定済みとはいえ、今戻るのは──捕まるのは不味い。 勇人が姫和と共に御刀を構えた二対一でも、舞衣の構えは解かれなかった。

 

「従う必要はありません、私が捩じ伏せるだけですから」

「そうか、後悔するなよ──!」

 

「じゃ、頑張れ」

 

 

 紫に斬りかかった時よりも劣るがそれでも速い迅移。舞衣もまた迅移を発動して速度を上げ、姫和の剣を受ける。

 

 ──勇人は微動だにしなかった。

 

「えっ?」

「……おい!?」

「だって二対一は……ねぇ?」

 

 

 孫六兼元と小烏丸での鍔迫り合いをしながら、姫和は背後で傍観を決め込んでいる勇人に叫ぶ。

 

「こんな時に正論のつもりか!」

「よそ見をしている場合ですかっ!」

「っ、ぐっ!」

 

 

 折神紫への視認できない迅移での突き。『ひとつの太刀』と呼ばれた刺突は、姫和がシフトチェンジと予備動作を一切行わず、且つ現状出せる最高速の三段階迅移での刺突なのだが──

 

 当然ながらそんな技を使えば反動も大きい。今の姫和は辛うじて写シを貼れて、辛うじて迅移を発動できるだけだ。

 舞衣の攻撃に防戦を強いられる動きから、舞衣は姫和のキレの無さを指摘する。

 

「試合で見せたキレがありませんよ、十条さん。それに──貴女の剣は可奈美ちゃんよりも真っ直ぐで往なし易い……!」

 

「っ……ぬおっ!?」

 

 

 姫和に届く寸前だった舞衣の剣は、横合いから割り込まれた可奈美の千鳥に遮られる。ついでとばかりに姫和は後ろから両脇に手を差し込まれ、勇人にひょいと持ち上げられた。

 

「はいストップ」

「可奈美ちゃん、なんで……」

「勇人! こら、降ろせ!」

 

 

 子供が猫を持ち上げる時のように勇人に持ち上げられ、ぶらぶらと左右に揺らされる姫和を余所に、可奈美は舞衣を前にして千鳥を納める。

 

「ごめん舞衣ちゃん、今はまだ戻れない」

「どうして……?」

「私、見ちゃったの。姫和ちゃんの剣を受け止めた時の御当主様の後ろに、目玉のようなモノが一瞬だけ現れて──」

「目玉……」

 

 

 後頭部で勇人の顔面に頭突きした姫和は、地面に降りて可奈美に近付くと言った。

 

「……やはり見えていたのか」

「うん。一瞬だったし、見間違えただけだと思った。でもあれは──確かに荒魂だった」

「荒魂!? そんな、あの方は折神家の御当主で、荒魂討伐の大英雄で……!」

 

「────違う!」

 

 

 遮るように姫和が叫んだ。

 御刀がカタカタと揺れる程に腕に力が入り、わなわなと唇を震わせて続ける。

 

「奴は、大英雄なんかじゃない。 奴は──奴は、折神紫の姿をした大荒魂だ!」

「……あ、そうなんだ」

「……は?」

 

 

 数秒、時間が止まる。

 再起動した姫和が烈火の如く感情を爆発させ、勇人の脛を容赦なく蹴りながら怒鳴った。

 

「なんなんだ貴様はァ! 折神紫が大荒魂だと知っていたから私を助けたんじゃないのか!? 知っていたから、既に斬ろうとして失敗したんじゃなかったのか!?」

 

「御刀の反応からして荒魂が折神紫の中に居るのは分かってたけど、反応が微弱だったから小型の荒魂が寄生してるとか──そっちの線を疑ってたんだよ! 蹴るのをやめろ!」

 

 

 なけなしの八幡力すら振り絞り、ガンガンと勇人の足を蹴り続ける姫和。混沌とした空間を前に、頭痛のような痛みから舞衣は孫六兼元を納めて額を抑えた。

 

「もしかして、悪い人達では……無い……?」

「……酷い形で誤解が解けちゃったなぁ」

 

 

 足の甲を踵で踏みつけながらも溜飲を下げたのか、姫和はようやく落ち着きを取り戻す。

 事の重大さを理解した舞衣は数分前に剣を向けた相手であるが、最も真実を有している姫和に問い掛けた。

 

「……それじゃあ折神家も、刀剣類管理局も、伍箇伝も……御当主様に扮した大荒魂に……?」

 

「そう言うことだ。あれらは全て奴に支配されている。この事を知ってる私と勇人が出頭したところで、待っているのは極刑だろうな」

 

 

 畳み掛けるような真実の濁流に、脳の処理が追い付かない。

 今まで信じていたものが崩され、舞衣は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。そして、可奈美の声に決断を強いられる。

 

「お願い舞衣ちゃん、姫和ちゃんと勇人さんだけじゃ心配なの!」

「それは……分かる、けど……」

 

 

 勇人からはいまいちやる気を感じられず、姫和からは最早やる気しか感じられない。可奈美が居なければどうなっていたことか──と考え、舞衣は不安げに可奈美を見た。

 

「……本気なんだね」

「うん」

 

 

 これでもう『可奈美は脅されている』という可能性は消えた。 そして三人は、舞衣に、暗にこう言っているのだ。

 

 見逃せと。 折神家と管理局に嘘をつけと。

 

 舞衣は何かを言おうとして、口を開いて、それでも言えなくて、諦めたように肩の力を抜いた。

 

「────わかった。わかってる筈だったんだ。可奈美ちゃんは何をするにも本気で、全力なんだって」

 

 

 そう言いながら、舞衣は可奈美に包みを渡す。それは可奈美が食べそびれていた舞衣手製のクッキーだった。

 

「他の荷物は押収されて、これしか残らなかったの。作り直す時間がなくてごめんね」

「ううん、充分すぎるよ」

 

 

 クッキーの袋を受け取った可奈美の両手を己の両手で包む舞衣の心境がどれだけ複雑かは、舞衣にしかわからないが──

 

 可奈美を巻き込んだ責任だけは、取らなければならない。 ノロ回収班に連絡した舞衣は、その場を立ち去ろうとする勇人達に声をかける。

 

「十条さん、藤森さん。可奈美ちゃんをどうかお願いします」

「……善処はする」

「寧ろ世話になってる癖にぃ。姫和はまだ本調子じゃないでしょ」

「ならもう少しお前が気張れ」

「それは出来ない」

 

 

 舞衣の視界から三人が消えるまで、勇人は何度も姫和にふくらはぎを蹴られていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 現場から離れた公園の遊具の中で雨宿りをしている三人。可奈美が食べていた舞衣のクッキーの包みから、折り畳まれた紙が顔を覗かせた。

 

「……ん、なんだろう」

「舞衣ちゃんが仕込んだんじゃないの」

「電話番号だ。困ったらここに連絡してだって」

 

「じゃあ掛けたら? あの子が可奈美に渡したものなら、多分信用できる」

 

「罠の可能性は?」

「舞衣ちゃんはそんな事しないよ!」

「……好きにしろ」

 

 

 勇人に対して暴れ疲れた姫和は、分かりやすいほどにグロッキーとなっている。

 

 早速と連絡をする可奈美と電話に聞き耳を立てる勇人に、狭い遊具の中で勇人の膝の間に収まる姫和。その口から出るため息は、何時までも尽きなかった。

 

 






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