約束の日の朝、局長室に呼ばれた勇人たち三人は、中に居た二人に顔を向ける。
元当主・折神朱音と、その姉の紫。二人は三人を見ると、目配せで入るように伝えた。
「……今日の午後、お前たちには、大荒魂シキとその部下二人を相手してもらうことになった。それは理解しているな」
「今回三人の予定を合わせるために休み無しで西に東に遠征してめっちゃ疲れてるので後で30分くらい仮眠させてください」
「…………ご苦労だったな。藤森には特別手当ても検討しておく」
「お金はいいので寝かせて」
どことなく
「それで朱音様、どうしてこっちに呼んだんですか? 紫様も居るのは……」
「衛藤、そして十条に渡したいものがあったからだ」
「渡したいもの?」
「御前試合で優勝した刀使に、夏越の大祓の際に着てもらう特殊な衣装です」
可奈美の言葉に紫が返し、姫和がおうむ返しすると、朱音が答えながら立ち上がり、傍らのビニールカバーに包まれた二着の服を取る。
それぞれを受け取って開けた二人が広げたのは、巫女服をベースにした衣装だった。
「──祭祀礼装・禊。装飾に珠鋼を使っているため、着るだけで僅かに身体能力が上がる」
「すごい……けど、いいんですか?」
「今回は特例だ。大荒魂を藤森のみが、荒魂人間を衛藤と十条が相手取るのであれば、勝つための策は出来る限り使うべきだろう」
赤い色合いの礼装を両手で広げる可奈美が問う。それにあっけらかんと答える紫を見て、姫和が自身の緑の礼装を握りながら口を開く。
「なら、ありがたく着させてもらおう。──おい、勇人」
「はい?」
「着替えるから部屋を出ろ」
「…………? あー、ああ、そうか」
「……ついでに客室で寝てこい、頃合いを見て起こすから」
「助かる」
後ろで話を聞きながら左右に揺れていた勇人に出来るだけ優しくそう言うと、姫和に頷いてから部屋を出ようとする。それから不意に振り返ると、勇人は紫に問いかけた。
「そうだ、紫さま」
「なんだ」
「俺の分は?」
「…………無い」
「────?」
苦々しい表情で絞り出すように答えた紫に、勇人は眉を潜めてから声を荒らげた。
「母さーん!? 俺の礼装は!?」
「
──午後、御前試合決勝の舞台である本殿白州に集まった勇人は、早速と祭祀礼装を着込んだ二人と共に御刀を手にして待機していた。
「勇人さん、ちゃんと寝られた?」
「ああ。だいぶスッキリしたよ」
「シキの相手は出来るんだろうな?」
「俺が負けたらまたタギツヒメの時と同じかそれ以上の災厄が起きるわけだからなぁ……責任重大だな、あっはっは」
「……大丈夫なのか、これで」
乾いた笑い声をあげながらざっざっと白州の上を歩いて回る勇人をよそに、可奈美は口角を緩めて小声で姫和に話しかける。
「ところで姫和ちゃん、勇人さんから何か言われたりしてないの?」
「なにか……?」
「プロポーズとか。もうされた?」
「は────、はァ!!?」
「……うわー、まだされてないんだ」
可奈美の問いに、一拍置いて反応した姫和は爆発したように顔を赤くした。
「な、ばっ、は!?」
「姫和ちゃん、落ち着いて聞いてね。勇人さんってまあまあモテるよ」
「!?」
「男性の刀使で、タギツヒメと戦って、隠世の彼方から生還した人。当然だけど注目されるし、皐月さんとかを見れば……わかるでしょ?」
「…………」
──言われてみれば確かに。という言葉が姫和の脳裏を過る。ちらりと勇人の方を見やると、爪先で砂利を掘り返していた勇人と視線がぶつかり、ふっと微笑を返される。
何事かと小首を傾げる勇人に、姫和は赤くした顔が更に熱くなる感覚を覚えた。
「ていうか、今でも自宅で同棲してるのに進展してなかった事実に驚いてるよ」
「……家に居ない時間の方が長かったからな。その手の話をする機会はなかった」
「じゃあ今回がチャンスじゃんっ! 全部解決したら、ゆっくりお話してみなよ」
「────あ」
可奈美に言われた言葉を耳にして、姫和は以前、タギツヒメと戦う直前にビルの中で交わした会話の内容を想起していた。
『……あのときの答えは、全部終わってからで良いから、とにかく集中しよう』
『そうだな。言われっぱなしは癪だが……下手に答えたらそのまま満足して死にそうだ』
『酷い言い分だな……』
「──ずっと保留にしていたままだった」
「なにが?」
「いや。改めて意識するとキツいな……」
これから戦闘になるからと頭を振って切り換えようとする姫和。
その隣で装飾のズレを直す可奈美は、暇そうに戻ってきた勇人と顔を合わせる。
「お帰り勇人さん」
「おう。あいつら、何時になったら来るんだか。詳しく時間の指定もするべきだったな」
「あはは……もうそろそろだと────」
──直後、突然の気配に可奈美は腰の御刀・雷切に手を添える。
素早く朧月夜と千鳥を抜ける体勢を取る二人も同じ方向を向くと、十数メートル離れた位置の空間が一瞬歪み、件の三人が現れた。
「おーうおうおう時間通りだな」
「いやずっと待ってたわ。時間の約束をした覚えがないんだが?」
「……? 言った……よな?」
「聞いてないけど?」
「えっ?」
「えっ?」
勇人と同じようなワイシャツにジャケットを羽織った京子の言葉に、二人揃って首を傾げる。その光景を見て、呆れた様子で幸が言った。
「なんで時間の指定までしてないんですか」
「いや……言った気になってたっつーか、まあゆきが顔見せに言ったんなら言うかなって」
「私はきょーちゃんが言ったと思っていたのでそんな話しませんでしたよ」
「えっ」
「えー」
「おい報連相も出来ない社会人共」
──延々続ける気か。と呟いて、勇人はため息をついてから、黙り続けている腕の無い少女・大荒魂シキに向き直る。
「それで、この後の予定は? まさかここで三対三のチーム戦でもやろうってのか」
「……ここでは戦わない」
そういうや否や、シキは肩甲骨の辺りから二本のノロの腕を伸ばして、一瞬の不意をついて勇人の体を掴みながらもう一本に御刀を握らせる。隠世の浅瀬に隠していた一振り──【黄落】の能力を起動して、自分と勇人
「ぬ、う、おっ」
「──俺とお前だけはな」
「ここは……建設中のマンション、か?」
ぐわんと視界が歪み、エレベーターが上昇したときのような内臓が浮く感覚。
それが一瞬だけ発生し、収まった頃には、勇人はコンクリートに囲まれた建設物の中に居た。
「京子が以前参加していた日雇いの仕事の延長で建設していた建物だ。どうやら問題が起きて中止になったらしいからな、数日後に解体作業が始まるここでなら全力を出しても被害はない」
「いやあるのでは? というかあいつ日雇いのバイトしてたんだ……」
『荒魂人間も所詮は人か』
髪隠せばイケるのか……? と思案しつつ、勇人は朧月夜の鯉口を切る。
シキもまた黄落を握るのとは別の腕に太刀──【薫風】を握らせ、残り二本の腕に二振りの
「では──参る」
「嘘つきめ」
そう言って、シキは、さも当然かのように大量の御刀を生成して、両側の部屋になる予定だった空間から勇人を取り囲ませる。