右手に朧月夜、左手に【黄落】を握る勇人は、足元でドクドクと血のようにノロを流すシキを見下ろしている。
その後ろから、京子と幸に肩を貸しながら近づいてきた可奈美と姫和が口を開いた。
「勇人さん!」
「……勝ったのか?」
「ああ、俺が勝った。御刀で胸を貫いたからな……シキはもう動けない」
ごぽっと口から鮮やかなオレンジ色を吐き出すシキは、肩甲骨から生やした四つ腕が崩れて行く様を横目に、勇人を見上げて言う。
「…………さっさと、それで
「ジジイ!」
「シキさんっ」
可奈美たちの腕を振りほどいて、倒れるように両側からシキの方に体を倒す二人は、力を使い果たしたその身をよじってシキに近づく。
「京子、幸。俺は……正直に言うと、お前たちで、家族ごっこをしていたのだろう」
ぽつりぽつりと声を漏らすシキ。彼は自身の感覚が、命が──人としての意識が終わりつつあることを理解して、静かに言葉を選ぶ。
「娘が殺されて……怒りに任せて血肉を御刀に混ぜて……終いには自分の体にノロを取り込んで、いっそ人間なんて皆殺しにしてやろうとさえ思った。だが……できなかった」
目尻を細めて、肺から空気が漏れるようにひゅうひゅうと息を掠れさせながらも続ける。
「人への怒りを募らせる度に、娘の顔が過った。いつしか時代が流れ、四季四刀は保管され、
そこで言葉を区切ると、一呼吸置いて。
「──ここが終着点だと気づいた。俺が勝てば自分で自分を滅するつもりだったが……ここまでやって負けたのなら、悔いはない」
「シキ……」
「藤森勇人。姉さんの血を引いた刀使の末裔。俺の遠い遠い身内の一人」
勇人を見上げるその顔には、もはや負の感情は無く、むしろふっと笑いかけるようにして、穏やかな口調であっけらかんと頼んだ。
「……やってくれ」
「──わかった」
【黄落】を姫和に渡して、逆手に持った朧月夜の柄を両手で掴むと、勇人は切っ先を下に向けて頭上まで持って行く。その先端を再度胸に合わせて、それからストンと抵抗無く、刀身を体に埋めるようにしてあっさりと貫いた。
朧月夜のノロを取り込む力が発動され、刀身に流れ出たノロが取り込まれ、シキの体もまた、末端から徐々に消滅して行った。
一滴も残さず全てを取り込み終え、大荒魂シキなど最初から居なかったかのように消し去ると──勇人の体にも変化が起きる。
「……勇人、お前……写シが」
京子に指摘され、顔を傾けて体を見る勇人は、その身に纏っていた薄い光──写シが消えていることに気づく。
解除したのではなく勝手に消えたことを察して、朧月夜に意識を集中させると、
「──ははは。どうやら、俺の刀使としての仕事は終わったらしい」
「勇人さん、もしかして……」
「ああ。写シが張れない。完全に、朧月夜との繋がりが途切れちまった。あーあ、意外と長い間刀使やったけど……終わっちまったな」
そう言いながら朧月夜をカチリと鞘に納めて、勇人は体を伸ばして関節を鳴らすと、悩むように「うーん」と呟いてから首をかしげた。
「勇人、どうした」
「なあ姫和」
「……なんだ?」
戦いが終わり、本殿白州に静寂が訪れる。神妙な面持ちで振り返り、【黄落】を返してもらいつつ、いざというときの為にと持っていた包帯で刀身を包むように巻きながら、勇人は何かを決意するようにして──ポケットに手を入れた。
「全部終わってから、改めて俺から言うべきだと思ったからさ、聞いてほしいんだけど」
「…………」
「一回だけ言うから、返事してくれ」
ポケットから手を出して、中から取り出したモノを、ピンと指で弾いて姫和に投げ渡す。それは、簡素なデザインの小さなリングだった。
「これは──指輪?」
「シキが来なければ、もう少し早く渡すつもりだった。お前はまだ15だから1年待たないといけないけど──誰かに取られるのも嫌だし」
視線を逸らして、一拍置いてから戻す勇人は、恥を混ぜた表情で続けて言った。
「だから姫和、結婚しよう」
「────」
「すっっっげぇ雑」
「もう少しムードを……」
「姫和ちゃん! 頑張れ!」
後ろから三者三様のヤジを飛ばされながらも、勇人は自分なりに出来る限りの言葉を姫和に向けて、そうして数分返事を待つ。
「……少しでいいから、場所とセリフは格好つけてもらいたかったものだな」
「悪かったな」
「いや構わん。お前がそういう奴だということは理解してる。だから──まあ、そうだな」
呆れたような声色で、しかして柔らかい表情を向けて、ポニーテールを風に揺らし──頬を桜色に染めて、姫和は勇人にこう言った。
「──喜んでお受けします」
プロポーズが無事に成立し、おー……という声と共に、後ろからまばらな拍手が飛んでくる。振り返った勇人の陰に隠れる姫和をよそに、彼は「そういやあ」と言って続ける京子を見た。
「アタシらってこれからどうなるんだ?」
「さあ? ……流石に殺されはしないだろうよ、俺の方から紫さまと朱音さまに掛け合って、程々の待遇を確約させるつもりだ」
「そうですか。まあ殺しだけはしてないですし、荒魂人間として実験に付き合う……くらいはしましょうか。ねぇきょーちゃん?」
「うえ、めんどくさ」
ダメージが回復しつつある京子が幸を小脇に抱えるようにして立ち上がる傍ら、可奈美はふと、手元を見ている姫和に視線を移す。
「姫和ちゃん? どうしたの?」
「……なあ、勇人」
「ん?」
「この指輪、薬指に入らんぞ」
「──マジ?」
「サイズを間違えたのか。小指になら入るな」
「じゃあ……とりあえず小指に。あとでちゃんとしたのを買い直そうか……」
そうしてああだこうだと言い合っている勇人たちを見て、京子は締め括るように呆れ顔を隠すことなく口角を緩めながら言うのだった。
「締まらねぇなこいつら……」
【完】
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