駅近くの階段の下。雨宿りも兼ねて立ち往生している三人の内、姫和は可奈美へと確認の質問をした。
「ここで合っているのか?」
「うん。電話したらここで、って」
舞衣に渡されたクッキーを入れていた包みに混ざっていた紙に書かれていた電話番号に繋いで話した結果、かれこれ十数分待たされていた。
「……罠の可能性は捨てるな」
「疑り深いな、姫和は」
「お前が無警戒過ぎるんだ」
歯軋りでもしそうな程に苛立っている姫和とその原因の勇人は、立ちながら辺りを見回す。ジャリ、と舗装された歩道の小石を踏む音が雨に混じって耳に届き、即座に勇人が前に出た。
満足に眠れずないまま逃亡を繰り返し、荒魂との戦闘まであった二人は疲れている。
そんな二人の盾になるよう、それでいて咄嗟に写シを貼れるようにパーカーで隠した御刀の柄をそれとなく触れながら、眼鏡を掛けたスーツの女性に向き合う。
「おー、おー。君が勇人くんかな?」
「……そうですが」
「で、そっちが可奈美ちゃんと姫和ちゃん? ごめんねー遅くなって」
はいこれ。と言って三人の前に現れた女性は袋を差し出す。中から香る匂いから察するに、正体はハンバーガー等のジャンクフードだろう。
「あー……貴女が電話の?」
「そ、私は恩田
姫和がそれを受け取り、三人は駐車してある累の車へと歩く。累の家に向かうまで、車の中で勇人達は手紙は羽島学長が書いたこと、累が美濃関出身であること、そもそもは羽島江麻が裏で手引きしていた事だと言うのを知らされていた。
◆
「ここが累さんのお部屋なんですか?」
「広くて良いでしょ、職場からはちょっと遠いんだけどね」
「……冗談でしょ」
高い階層のマンションの一室。元刀使という事もあって、こういった部屋を借りることは雑作もないのだろうが──勇人の呟きの原因は部屋の汚れである。
ゴミが散乱しているのではない。ビールの空き缶は机に並べられ、分別だけはされているゴミ袋が床に無造作に置かれている。
累自身忙しいのだろう。ゴミを出す元気がない日もある。故に仕方ない。しかし折神家や特別祭祀機動部隊本部の小綺麗な客室等を定期的に寝室代わりに使っているのも相まって、勇人は今までで一番メンタルが削られていた。
「……掃除しましょうよ」
「いやぁ、えへっ?」
「うわぁ」
適当に誤魔化した累に、黙っていた姫和が口を開く。
「美濃関出身と言いましたが、貴女も?」
「ええ、元刀使よ。とっくに引退してるし、御刀も返納しちゃってるけど」
「──まさか刀剣類管理局の……!」
「あはは、まっさかぁ。安心して、私は管理局とも折神家とも関係ないから」
警戒をやめない姫和に代わり、可奈美は累の刀使時代の話に興味を持つ。
「累さんの流派ってなんですか? 御刀の銘は? 試合に出たことは!?」
「元気ねぇ……それよりお風呂入ったら? 着替え用意しとくから。それと食事もね」
この子に付き合ったら長くなるな──と悟り、累は話を打ち切りつつ三人の濡れた衣服と湿気った髪を見る。
「それもそうですね」
「あ、ごめん勇人くん。流石に男物の着替えは無いから乾燥機回さなきゃ」
「着替えなら道中で買ってあるんでお気遣い無く。ギターケースに入れてたけど大丈夫かな……」
撥水加工のギターケースとはいえ、心配になって中を探る勇人はふと気になったことを二人に聞いた。
「──俺は先に入った方が良いのか?」
「好きにしろ」
「私は後で良いですよ?」
「じゃあさっさと入っちゃうから待ってて」
そう言って、勇人は着替えと御刀を入れたままのギターケースを持って浴室に向かった。可奈美は勇人が聞いてきた意味が分からなかったのか、頭に疑問符を浮かべる。
「なんで勇人さん、あんなこと聞いてきたの?」
「男が先に入った風呂に入ることに抵抗がある女子も居るからだろう。お前は気にしないのか?」
「別に? だってお父さんとお兄ちゃん居るし」
「──そうか」
累に案内された部屋の畳に座る姫和は、可奈美の横で先の言葉を脳裏に反芻した。お父さんか──と。
部屋の奥から聞こえてくるシャワーの音を聞きながら体育座りをした姫和は、うつらうつらと微睡まどろんでいる。
ほんの数分と思いながら、泥の底に沈むように意識を暗く閉ざしてい。
◆
「──おーい、姫和ー」
「んぅ……」
優しく肩を掴まれ、揺すられている。
姫和はまぶたを開き、寝ぼけたまま視界を左右させ、意識を少しずつ覚醒させた。
「んん……?」
「眠いのはわかるが、可奈美がそろそろ出るから次はお前だぞ。今のうちに起きとけ、浴室で寝られたら困る」
「あ──あぁ、んー……」
体育座りのまま器用に部屋の隅で寝ていた姫和は、ようやく眼前に勇人の顔があることに気付く。
「────うわっ!?」
「おはよーございます。もう夜だけど」
ぎょっとした様子で体を後ろに下げようとして壁に突っかかる。累の使っているシャンプーやらを使ったせいで、何処と無く花の匂いが漂う勇人と、雨に濡れて冷えた体の姫和。
文字通り温度差のある二人の動きは、可奈美が風呂から上がって戻るまで硬直していた。
「──おまたせ姫和ちゃん、お風呂空いたよ~!」
「あ、ああ。わかった」
「えぇ……御刀持ってくんだ」
「あの人が親切なのは分かったが、警戒は止めないでおくべきだ。お前だって持っていっただろう」
ギターケースを手繰りよせ、中から小烏丸を取り出した姫和は勇人に言う。勇人はどう答えるべきかで悩むように頬を掻いた。
「あれは……ちょっとあってね」
「またそうやって隠すのか」
「時期が来たら話すよ。ほら、晩飯も食わないといけないしさっさと行きな」
ひらひらと手をリビングの方へ向ける勇人。姫和もまた、御刀を片手に浴室へと向かった。
御刀を持って行く姫和に若干呆れている可奈美は、不意に勇人から声をかけられる。
「……姫和は疲れてるみたいだから、風呂から戻るの遅かったら見に行ってあげて」
「え、なんで?」
「眠いらしくてねぇ。風呂で寝られたら、俺じゃどうにも出来ないし」
「あぁ、そっか」
畳の目に沿って手を動かす勇人の手持ち無沙汰を見て、可奈美が勇人に言葉を返す。
「ねぇ勇人さん、親衛隊の人達とは仲良いの?」
「親衛隊? どうだろうな。結芽には懐かれていた節はあるし、夜見との仲も悪くは無いだろうが……寿々花は真希にゾッコンで、真希も弱い奴が嫌いだからなぁ」
「……辛くない?」
「──さあねぇ」
あっけらかんとした様子でするりと相手の懐に潜り込む可奈美の瞳が勇人を映すも、勇人の顔は分からないでいる。
「──そっか」
全てを見透かしたようにふにゃりと笑う可奈美に、勇人は一言も返すことが出来なかった。
◆
「さて、情報を共有するぞ」
「共有?」
「可奈美が見た目玉についてでしょ」
風呂ついでに冷水でも浴びたのか、シャキッとした様子の姫和。三人で三角を描くように向かい合い、折神紫に斬りかかった際の話をしている。
「私が折神紫を斬ろうとした時、見えたのだろう?」
「ああ、うん。姫和ちゃんを睨む感じでギョロっとしてた」
「あれたまに見えるからなぁ」
「そういえば、お前も知っているのか」
姫和のひとつの太刀を受け流した際、一瞬で握っていた二振りの御刀。腰の鞘から抜かれた訳ではないそれを取り出した時、可奈美は件の目玉を見たのだ。
「その目玉は……荒魂なのか?」
「一瞬で消えちゃったから詳しくは分からないけど、なんだろう、刀使が写シを貼るときみたいな感じで隠世に潜った……というか……」
「折神紫が隠世から御刀を取り出した時に、偶然見えてしまった──か?」
「そう、そんな感じ!」
可奈美の見た目玉と、姫和の奥義を受け流した御刀の一連の動きは、勇人にとって二度目の経験である。 既に知っている事ゆえに、二人がどこまで理解しているかを確かめていた。
「それにしても、御刀を隠世から取り出す……そんなこと出来るの?」
「刀使の写シも、原理は隠世の浅瀬から自身の幽体を取り出しているんだ。御刀も同じように浅瀬に隠しておけても不思議じゃないさ」
「でもあの二振りってなんて銘なの? ご当主様の御刀は『
大包平。天下五剣の童子切と並び称され、『日本刀の東西の両横綱』とも例えられている名の知れた御刀である。
可奈美の問いに、勇人は指を立てながら返した。
「あれは『
「結芽ちゃん、なにしてるの……」
「そも、勇人が折神紫と荒魂の関係に気付いた切っ掛けはなんなんだ?」
「あぁ、結芽が執務室で斬りかかった時に死角が出来いてな……荒魂の反応が気になってちょっと不意打ちしてみたんだが──元から
今でも思い出す異様な光景だった、鞘から大包平と童子切を抜くよりも早く取り出し振り抜かれた大典太と鬼丸で結芽をあしらう姿。隙だらけの背中に、静かに鯉口を切り抜刀する
次の瞬間には、勇人は机に背中を強かに叩きつけて数分気を失っていた。
「不意打ちを避ける予知に近い先読みに、御刀を隠世から取り出す力。あれは
「ちょっと不意打ちって……」
「『折神紫の正体は荒魂だ』なんて言った所で、存在を隠していた勇人の言葉を信じる奴なんて居やしない。だから何もしなかったのだろう」
「あぁ、かもな」
その時の紫の剣を思い出し、僅かに身震いする勇人は、咳払いしつつ話題を切り替える。
「一先ず、明日の事は明日考えるとして、今はゆっくり休もうか。温かい風呂に入って暖かい布団で眠って体を休めるのも、刀使の資本だぞ」
「それもそうだね、じゃあ寝よっか!」
「では横にもう一つ……あ?」
流石に疲れが溜まり、再度眠気が訪れてきた姫和は押入れから三つ目の敷布団を取り出そうとしている勇人を寝室から押し出した。
「え、なに?」
「お前はソファで寝ろ」
「……えっ」
「宿泊施設のような仕方ない状況なら我慢できたが、それはそれだ。男女で同じ空間の中に眠るなど無理だ。普通に考えろ」
「それはまあ、そうだけど」
「では、お休み」
「……はい」
そう言い終えると、姫和はピシャリとドアをスライドさせて閉めてしまう。
「……それは少し、困るんだけどな」
リビングに暗闇が訪れ、勇人はソファに横になる。まるで廊下の奥から何かが迫ってくるような感覚に、冷や汗が垂れた。
肌掛けで体を覆い、膝を丸めてクッションに頭を置いて、自身の心音を聞きながら眠りにつく。
ガタリと御刀の収まった鞘が揺れ、ぞわりと言葉に形容出来ないざわめきが心を揺らす。
──今はただ、独りが恐かった。
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