【完結】神刀ノ巫女   作:兼六園

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家事と奇襲

 

 

 

 

カラン、という音が鳴り、反射的に勇人は起きようとする。 だが一瞬の浮遊感の後に、先日ソファで眠ったことを思い出しながら床に落ちた。

 

「――――おぐぇえっ!」

 

 

挙げ句、ソファ前の床に置いていた御刀の帯刀ギミックと鍔が背中にめり込み、殺虫剤を掛けられた虫のように激痛に悶える。

 

「勇人さん!? だ、大丈夫……?」

「うご、うごごごご…………っ!」

 

 

御刀を寝転がっていたソファに置く勇人は背中へのダメージが想定外に大きいらしく、四つん這いのまま動けないでいる。

 

「なにがあった!」

 

 

『ひとつの太刀』を行い消耗した力が回復した姫和が、騒ぎを聞き付けて扉を開ける。

姫和の視界に入ってきたのは、四つん這いのような体勢でうずくまる勇人と、必死に背中を擦る可奈美の二人の姿だった。

 

「…………なにがあった。」

 

「その、泊めさせてもらったお返しに、掃除しようとしたんだけど……ソファから勇人さんが落ちて御刀が体に……。」

 

「なるほど、分からん。」

「だろう……ねぇ……っ!」

 

 

呻き声をあげる勇人に、背中と腰を擦る可奈美と姫和。 累が居たら、さぞや愉快そうに笑い転げながら写真を撮っている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

「―――勇人さーん、こんな感じー?」

「そーそー、ちゃんとパンッてやってから干してね。」

 

 

昼食を終え、姫和が皿洗いをしている横で、勇人は部屋のゴミを分別しながら掃除し、可奈美に洗濯物を干させていた。

 

伸ばさずぐちゃぐちゃのまま干そうとしたのを見て二人で慌てて止めたのも今は昔、制服を見せないようにしていたパーカーや下着をベランダに干している可奈美を横目に、勇人もまた掃除を終わらせる。

 

「ああ、ようやく落ち着ける……。」

「……潔癖の類いか?」

「ん? いや、親衛隊として特別祭祀機動隊本部なんかの客室を寝室代わりに使ってるんだけど、そういう部屋は基本的に綺麗だからさ。」

 

 

蛇口から流れる水の音を聞きながら、ゴミを仕分け終えた部屋を見渡して答える。

 

「姫和も意外と家事上手なんだな、親の手伝いとかしてたのか?」

「ああ、母の代わりに家の事をやっていた。 今ではもうやっていないがな。」

「…………ふーん。」

 

 

流しに向かって集中している姫和の、無意識で何気ない言葉。

 

父親の話題が出ず、母親との思い出を過去形で語る意味を悟り、勇人は姫和が折神紫暗殺未遂という無茶をした事に、静かに納得していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別祭祀機動隊本部にて、獅童真希は苛立ちを隠さず貧乏ゆすりを繰り返す。

 

「――ふぅ。」

「また、夜見さんに紅茶でも頼みますか?」

「大丈夫だ。 ……あぁ、高津学長には参るよ。」

 

 

折神紫を崇拝と言っても過言ではない忠誠を見せる、鎌府学長である高津雪那。 彼女は衛藤可奈美と十条姫和、そして親衛隊である筈の藤森勇人を捕らえられていない事実に憤慨していた。

 

やれ、親衛隊から逆賊を出すとは何事か。

 

やれ、うちの沙耶香なら簡単に捕まえられた。

 

 

徹底的に親衛隊の五人を下に見る態度が―――寿々花や結芽や夜見、勇人を『欠陥品』だと罵る雪那の事が、真希は嫌いだった。

 

「紫様への忠誠は結構だが、それは寿々花達を馬鹿にして良い理由にはならないよ。 あの態度、正直なところ僕は嫌いだね。」

 

「わたくしからは特に言うことはありませんが……夜見さんは何故あれだけ雑な扱いを受けながら、顔色一つ変えないのかしら。」

 

 

今度は、二人揃ってため息をつく。

 

「柳瀬舞衣には同情するよ、友人に逃げられた挙げ句に高津学長のアレは堪えるだろう。」

「せめて、勇人さんと連絡が取れたら良いのですけど。 あの人折神家支給の端末を捨てていますからね。」

 

「連絡か…………連絡?」

 

 

寿々花の一言に、真希はふと思い出す。 勇人は確か、古いガラケーを持っていた筈だ、と。

 

『――――あっ』

 

 

 

 

 

 

 

「…………獅童様?」

「急ですまない、僕の端末を機材に繋いでくれ。 藤森……逃亡者との連絡を図る。」

「えっ、あ、はい。」

 

 

機動隊本部内、真希は自身の端末をオペレーターの役員に頼んで繋がせ、勇人の()()()()()番号に連絡を入れた。

 

数回のコール音の後、端末越しに男の声が聞こえてきた。 作戦室のオペレーター達と真希、寿々花の心情は一致しただろう。

 

 

『あ、出るんだ』――と。

 

 

 

『あーい、もしもしー。』

「…………勇人。」

『真希か、なんか久しぶりな気がするな。』

「……そうだね。」

 

 

能天気に電話に出た勇人の声。 真希は無意識に、握りこぶしを作っていた。

 

何故十条姫和を助けた、何故僕と戦った、何故結芽に見逃された。 言いたい言葉が次々と脳裏に浮かび、深く呼吸をしてから切り出す。

 

「君は今、何処にいるんだ?」

『どうせそろそろ位置がバレてる頃だろうが……言うと思うか?』

「流石にそこまで馬鹿じゃないか、いや馬鹿なことに変わりはないが。」

『えっ、酷くない……?』

 

 

くつくつ、と笑う真希。 久しぶりの軽口に、ここ数日の重苦しい気分が解消される。

 

『ん、あーいや、そう、お前を後ろからぶっ刺してきた奴。 というかパソコンでなにして……ぶぇえ!』

 

「……どうした?」

 

 

端末を繋いだ機材のスピーカーから流れてくる勇人の独り言と乾いた破裂音。 言葉から真希は姫和と会話でもしているのかと思い、勇人に聞いた。

 

『電話しながら顔近づけるなって叩かれた。 まったく……姫和には参るよ。』

「…………随分と呑気だな、こっちの気も知らないで……。 そのガラケーまで捨てられない内に聞いておくが、どうして十条等を助けた?」

『――――それは、だな。』

 

 

電話越しの声が、一回り低くなる。 真希の喉が固唾を飲み、勇人の言葉を待つ。

 

『―――やっぱ良いや、どうせ何言っても信じられないだろうし。』

「…………は?」

『あとガラケーは捨てないよ、機種古すぎて位置情報バグってるからバレないし、重要な写真とかはこっちに保存してるし。』

「写真、だと……?」

 

『……んー、はいはい。 わかったよ。 …………もう電話切れってさ、あと写真の事だが覚えておいた方がいい、俺はお前の寝顔の写真を持っているという事をな。』

 

「なっ―――!?」

 

「あら。」

「まぁ……。」

 

 

よりによってオペレーターや紫に居残りを指示されている五條いろはと羽島江麻が居るときにそんな事を暴露される。 そんな勇人の畜生染みた笑い声をバックに――――突如として、電話の向こうからガラスが割れる音が響いた。

 

『うおおおおおおっ!!?』

「っ、勇人!」

 

 

続けて聴こえてくる金属同士の―――御刀を御刀で防ぐ音。 カリカリカリ、と擦れる音がスピーカーから奏でられ、勇人の怒号が発せられる。

 

『ぐぉっ……姫和、可奈美! 御刀取ってこい! あんたも奥行ってて!』

「勇人!? なにがあった! 誰と戦っている!?」

『ふっ、ふっ……ふぅーっ……。 聞こえてるかー、()()()ちゃん。』

「沙耶香…………糸見沙耶香か?」

『……聞こえてないか、『無念無想(むねんむそう)』してるし、なぁッ!?』

 

 

部屋中を駆け巡る音、剣戟の音、それらが重なり、やがて割れたガラス――――恐らく窓に残った枠組みを破壊する音を最後に、通話は途切れた。

 

「勇人! おい!」

「真希さん、どうしましたの!?」

「分からない、勇人との連絡が繋げられたのだが……襲われたらしく連絡が途切れた。 それに、糸見沙耶香―――?」

 

 

真希と駆けつけた寿々花が、高津雪那の独断で沙耶香を奇襲に向かわせたことを知るのは、あと数分先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あい、っ変わらず、速い……!!」

 

 

虹彩をマゼンタに輝かせる少女、糸見沙耶香が()()()()迅移を発動し、残像に虹色を残して勇人を追尾する。

 

姫和がパソコンに向かって座っていた椅子、本棚、ベランダの物干し竿を切り裂く沙耶香の御刀――――妙法村正(みょうほうむらまさ)を、辛うじて行える一段階迅移を用いて避ける勇人。

 

 

「……『無念無想』か、あーあー厄介ですこと。」

「―――――。」

「会話しようぜ?」

 

 

返事は、躊躇いの無い鋭い袈裟斬りだった。 写シの色合いが変わり、虹彩がマゼンタに輝くそれを、勇人達は無念無想と呼んでいる。

 

 

通常、刀使の迅移というのは、一瞬の加速しか行えない。 僅かなインターバルの後に再度使用する事で刀使は高速で移動するのだが、沙耶香の行う無念無想はそのデメリットを無くせるのだ。

 

常に二段階迅移――――通常の時間の約6.25倍速で動き回る刀使、と言えばどれだけ恐ろしいかが分かるだろう。 勇人は接近に合わせて一段階迅移―――約2.5倍速の加速を()()()使う事で、なんとか斬られる事を防いでいた。

 

「勇人、無事か!」

「勇人さん大丈夫!?」

「来んのが遅い、って!」

 

 

逃げながら窓から地面へと落下していた勇人と沙耶香。 二人を追いかけて下へと降りてきた可奈美と姫和も同じように御刀を抜き、勇人に加勢しようとする。

 

「こいつ、鎌府の……。」

「私と戦った、沙耶香ちゃん……だよね?」

「今の沙耶香ちゃんには言葉は届かない。 常に加速する迅移を使う技で、無心状態になってるからな……っ!」

 

 

こちらの事情など知らないとばかりに、無言無表情で攻撃を続ける沙耶香。

 

ひとつの太刀の影響から全快した姫和が防御と回避に徹する勇人と沙耶香の間に割り込み、斬り込むついでに距離を離す。

 

「おい、こいつの対処法は知らないのか?」

「簡単だ、一回写シを剥がせば良い。 無念無(あれ)想を使ってるせいで、沙耶香ちゃんに写シを貼り直す力はないからな。」

 

 

そうか、と言い、姫和は獰猛に笑う。 そしてさも当然かのように勇人へと言った。

 

「糸見沙耶香より速くなれば良いのだろう?」

「そうなるな。」

「ならば――――二秒稼げ。」

「二秒……ね。」

 

 

二人で並んで御刀を構え、沙耶香と対峙する。 姫和の『小烏』というよりは『鷹』や『鷲』を思わせる笑みに、口角を歪めて勇人は答える。

 

「―――余裕!」

「ふ、行くぞ!」

「――――。」

 

 

同時に踏み込み、それぞれが一段階の迅移を用いて沙耶香に肉薄。 勇人は御刀を上段から振り下ろし、姫和が背後に大きく迂回しながら接近する。

 

二段階目に加速する姫和を視界の奥に捉える勇人の一段階迅移よりも格段に速い沙耶香の動きは、勇人の御刀を弾いて尚余りある時間を生み、返す刀が左腕を飛ばした。

 

 

両手で持つ防御が出来ない勇人は即座に右手の御刀を逆手に構え、高速の剣に対し数瞬のインターバルを置いて連続で迅移を発動。

 

一瞬だけ2.5倍に引き伸ばされる思考時間と反応速度で、辛うじて御刀が体の写シを引き裂くことから逃れる。

 

 

一人に対して三人では邪魔になるために見守っている可奈美は、勇人が沙耶香の攻撃とは別の意味で苦悶の表情を浮かべていることに気付いた。

 

迅移の連続発動のせいで元の時流ではまだ二秒が経過していない現状、カーブを描いて二段階から三段階へと迅移を移行させる姫和だったが――ふと、ぷつんと勇人の中で何かが切れる。

 

「……っ、う、ぶっ」

 

 

唐突に勇人の動きが止まった。 無心の沙耶香がそれを理由に止まる訳もなく、胸への刺突で可奈美の足元まで勇人を吹き飛ばす。

 

それと同タイミングで、三段階の階層に踏み込んだ姫和が更に迂回して沙耶香の左から勇人と可奈美の間に立ちふさがりつつ、二段階を上回る16.66倍速を以て逆袈裟斬りで空に浮かした。

 

 

着地するも、肩で息をする沙耶香を見て、体力の消耗が激しいことを理解した姫和。

 

時間稼ぎを見事果たした勇人を横目で見やる姫和は、声をかけながら目を剥いた。

 

「勇人、良くやっ…………。」

 

 

沙耶香に斬られ倒れていた勇人は可奈美に支えられていたのだが、その鼻から、つぅ……と血を流していた。

 

「勇人!」

 

「……大丈夫だ。 それより気を抜くな、写シが貼れないだけで無念無想はまだ続くぞ!」

 

 

慌てて駆け寄ってきた姫和は振り返った先にいる沙耶香を注視する。 全身を覆う虹色の写シは無いと言うのに、その虹彩にはマゼンタが輝いたままだった。

 

写シは貼れなくとも、無念無想による持続的な迅移は続けられる。 それを証明するように、沙耶香は再度姫和達へと肉薄し―――――。

 

「今度は私が相手だよ、沙耶香ちゃん!」

 

 

千鳥を抜いた可奈美が、沙耶香の村正と鍔迫り合いしていた。 鼻血を拭い、脳を締め付ける頭痛に苛まれながら、勇人が声を飛ばす。

 

「可奈美、沙耶香ちゃんの御刀を手から離させろ! 新陰流には()()があるだろ!」

「わかった!」

 

 

勇人を姫和に任せた可奈美は、絶え間なく続く剣戟を柔軟に受け止め流す。 可奈美は沙耶香の剣に違和感を覚え、難なく受け、かわしながらも眉を潜めた。

 

「(『何も(無念)わず、考えな(無想)い』 だからだ……沙耶香ちゃんの剣からは、何も伝わってこない。)」

 

 

加えて、沙耶香の剣には柔軟性が欠けている。 ただ速いだけの攻撃を、ただ真っ直ぐ。

 

真希の剛剣のようにそれを極めた剣ならいざ知らず、沙耶香の剣の長所はそこではない。

 

「そんな魂の込もってない剣じゃ――――。」

 

 

可奈美の踏み込みと同時に伸ばされた右手が、沙耶香の村正の柄を握る。

 

「――――何も斬れないッ!!」

 

 

そして、後方へと投げ捨てた。 カラカラと村正が地面を転がり、虹彩からマゼンタが消え、沙耶香の意識が表層に浮かび上がる。

 

「御刀を……!?」

「まさかマジでやるとは……。」

 

「―――あ、ぅ。」

「沙耶香ちゃん、私のこと覚えてる?」

「…………ん。」

 

 

疲れたのか、元からか、沙耶香は可奈美の問いに数拍間を置く。 こくりと頷いた沙耶香に、可奈美は笑って返した。

 

「あの時の試合、すっごくドキドキしてたんだ! また今度、私と試合してくれない?」

「…………ぅ。」

 

 

グイグイと来られて、大人しい性格の沙耶香は口ごもる。 だがその表情に、不思議と不快感は浮かんでいなかった。

 

「あー、くそ、頭いてぇ……迅移使いすぎた……。」

「……刀使なのに、迅移で何故鼻血が出るんだ?」

 

「身体全体の加速を思考と反応速度の加速に絞るとこうなるんだよ、脳に負担があるからあんまり使えないけどな。」

 

 

ポケットティッシュを鼻に詰める勇人は簡潔に姫和へ話し、マンションの出入口の陰からこっそり覗いていた累を手招きする。

 

「取り敢えず、ここから逃げないとな。」

「ああ。 ……というか、さっきの電話でバラしていないだろうな?」

「してませーん。 悪いんだけど累さん、車出してもらえませんか。」

「はいはーい。」

 

 

駆け足で駐車場に向かった累。 勇人は地面に落ちている正宗を広い、可奈美から質問責めに遭っている沙耶香から鞘を受け取った。

 

「もう戦う気は無いだろうけど、一応村正は預からせてもらうぞ沙耶香ちゃん。」

「――――藤森勇人。」

「はい?」

 

 

腰の帯刀ギミックを外して勇人に渡す沙耶香は、普段の癖で勇人をフルネームで呼ぶと、舌足らずの幼い声色で聞いて来る。

 

「……貴方は、どうしてそんなに強いの。」

「えっ、なに急に…………ギャグ?」

 

 

冗談のつもりではない、と。

沙耶香の瞳は暗に告げていた。

 

 






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