『SIN』
名前を呼ばれて、思わず体が震えてしまう。
慌てたままで左右を見渡せば、ここはゲームセンターで、隣にはAIが居て、
息が詰まるかと思った。
『なに暗い顔してたの?』
『え? いや、その』
AIを失ったから。
けれども、いま、自分の前にいるのは間違いなく、
『そ、それよりも。生きて、生きてたんだな、AI』
AIが笑う、気まずそうに。
『よかった』
そっと、AIへ歩み寄る。
『無事だったんだな!』
何も躊躇うことなく、AIを抱きしめようとした。二度と離さない、自分がその命を守り切る、そんな想いを投げかけながら。
けれど、AIからはひらりとかわされた。
震は、間抜け面を晒す。
『あなたのやるべきことは、私を求めるのではなく、』
AIは、台へそっと指差す。
『これからも踊り続ける。そうでしょう?』
その言葉に対して、震は左右に首を振るうしかない。
『だめよ』
けれど、AIは一歩引いたままで、
『私のことを、想ってくれているのはわかる。……でも』
それ以上、何も言わないで欲しかった。
なのに声が出てこない、耳を塞げない。AIから目を逸らせない。
『いつまでも寝てばかりじゃ、夢は叶えられないでしょう?』
『……それは、そうだけど、』
『私がいなくても、あなたは踊り続けられる。だってあなたは、キングになれるほどのダンス好きなんだから』
正しいことばかりを、口にしていた。
『でも、でも、もう無理だよ。辛いんだよ』
『わかるわ。でもあなたには、約束を果たして欲しいの』
いまの自分なんて、とても情けない顔をしてしまっているはずだ。
――それでも、AIは、
『あなたがダンスで輝けるのなら、私はそれでいい』
AIは、
『だから、あなたはみんなのために、私のために、何より王である自分のために、これからも踊り続けてほしいの』
AIは、心静かに笑ってくれていた。
『……それが、それが、AIの望みなのかい?』
AIが、こくりと頷いて、
『そして、あなたの願いでもある。そうでしょう?』
『そ、そんな、そんなこと』
AIは、背を向ける。
『だって、この世界は、あなたの――』
手を伸ばして、AIに触れられない。足を動かそうと、ぴくりとも動かない。
振り向きもせずに、AIはゲーセンの自動ドアをくぐり抜けていって、
目を、覚ました。
ベッドからその身を起き上がらせ、冷静じゃないままで左右を見渡す――何の変哲も無い、自分の部屋がそこにあるだけだった。
今まで見ていたものは、ぜんぶ夢だったらしい。それが分かるとなると、全身の力が抜けていって、首を折りそうになって、
――ひょっとしたら、ゲーセンに?
夢には、無意味なものもあればその逆も存在する。いま見ていた夢はといえば、舞台がよりにもよってゲーセンで、他の誰でもないAIが自分に会いに来てくれたのだ。
これは、予知夢めいた何かかもしれない。
AIに、会えるかもしれない。
そうだ。きっとそうだ、そうなんだ。
嘘みたいに体が動く。気だるさなんてまるで感じられない。
震は、財布を持っていつものゲーセン――「LOVE! GAME」へ突っ走っていった。
□
ゲーセンの自動ドアを突っ切ると同時に、懐かしい喧騒と音楽が一気に耳へ入り込んできた。
そしてそのまま、見向きもせずに音ゲーコーナーへと両足を走らせる。ダンスで鍛えられたからか、息切れすることはなかった。
コーナーが遠い。
AIと会えるかもしれないのに。
だから震は、走り続けた。プレイしたことのないUFOキャッチャーを通り抜けて、3面しか突破できないガンシューティングとすれ違って、誰もいないエアホッケーを越えていって、
「AI!」
ようやく、いつもの場所に辿り着いた。
楽器を使う音ゲーが、いつものプレイ画面を流し続けている。元祖ともいえる音ゲーが、チュートリアル画面を表示する。そして俺たちのダンスゲームには、今日も誰かが台に立って踊っていた。
――常連たちが、一斉に視線を向けてきた。
「なあ」
聞く。
常連の顔は、明るくない。
「AIを、AIを、」
聞くだけで、すべてが解決するはずなのに。
それなのに、口が震えていた。聞きたくないと、本心が訴えていた。
――手を、握りしめる。
「……AIを、見なかったか?」
その言葉に、誰もが無言で、うつむいて応えた。
それが答えだった。
他人から、「死」を証明された。
――ポケット越しから、財布を握る。その中には、AIのゲームカードがある。
誰よりも死を受け入れていたのは、他でも無い自分だ。だから、夢にまで現実を教えられた。
ぜんぶ分かっている。
ぜんぶ分かっているくせに、AIを追い求めた。誰かに、AIは生きていると証明して欲しかった。
今度こそ、AIはいなくなってしまった。
だからもう、どうでもよかった。
「……すまない、邪魔をした」
死に腐ろう。
緩慢に、 ゲーセンを出ようとし、
「待てよ」
Lotusから呼び止められる。強い声で。
対して震は、「なんだよ」と吐き捨てるように返事をする。けれどLotusは、意にも介さずに「ん」と筐体へ指差すのだ。
「せっかく来たんだ、プレイしてけ」
「……できるかよ」
「やれ」
即答だった。
「どうせお前、何もしないままで数日を過ごしてきたんだろ? 気持ちは痛いほど分かるけどな、そのままじゃあヤバいぞ、お前」
「なんでだよ」
世にも情けない声が、漏れたと思う。
けれどもLotusは、ごく真面目な顔をしたままで、
「お前の今の顔、死んでるぜ。ゾンビみてーだ」
真剣に、そう言い切った。
否定なんて、出来そうにもなかった。Lotusの言う通り、ほんとうにそんな顔を晒しているのだと思う。
心当たりなんて、いくらでも考えつく。ろくにメシも取らず、日光も避けて、ただただ寝ることの繰り返し。これをゾンビと言わずして、他に何と言えば良いのか。
Lotusの目を見る。
お調子者のLotusは、いつまでも自分のことを馬鹿にしてくれない。有無を言わさぬ空気を纏いながら、親指で台を指し続けている。
「ほら」
今度はAnemoneが、顎で台を指し示す。
「AIちゃんのこと、泣かせるんじゃないよ」
それを言われた時、どうしようもない気持ちが溢れ出そうになった。
そうだ、自分はAIと約束したのだ。プロのダンサーになってみせるって。
それなのに今の自分ときたら、これだ。死へ縋り付いて、AIへの誓いを裏切ろうとしている。何とか踊ろうにも、抗えない倦怠感のせいで体がまったく動かない。
――その時、
「Cosmos?」
そしてそのまま、手を掴まれ――ワンコインを、握らされた。
「お、おまっ、これは悪ぃよ」
「いいや、悪かねえな」
常連の一人が、前に出る。
「それは代理プレイの貸しだ。……この前、AIさんがTHUNDERでフルコンボを獲った時に、二人して喜んでた時があっただろ?」
すぐに思い出す。ボス曲をクリアできた時の、AIの笑顔を。
そして、連鎖的に思い出が蘇ってくる。喜びのあまり、手と手を取り合ったあの瞬間を、歓喜のまま、AIと抱きしめあったあの日のことを。プレイするどころじゃなくて、代わりにCosmosがプレイ権を片してくれたことを。
ここ最近の出来事であるはずなのに、どこか数年前の過去に思える。
「ほら、これで金銭面も問題ねえだろ。……プレイしてくれ、AIさんの為にも」
Cosmosが無言で引き下がる。常連達も、道を開けていく。
やるしか、ねえのか。
力なく台へ歩み寄っていき、そのまま筐体の前へ立つ。気だるげに両肩で息をつかせながら、Cosmosから託されたワンコインを投入して、画面に映る「ゲームカードを認識させてください」の文字を目にしては「へいへい」とポケットから財布を取り出して、
カードポケットには、ゲームカードが二枚あった。
――実感してしまう。これが、AIの形見になってしまったのだと。
首を左右に振るい、自分の分のゲームカードを引っこ抜く。そのまま筐体へカードを認識させ、筐体からは「おかえりなさい」と告げられて、ようやくいつもの選曲画面が表示された。
音ゲーのことなんて、忘れかけていたはずなのに。それなのに、選曲画面の曲すらそらで唄える。
まったく。何だかんだいって音ゲー野郎なのか、自分は。
まあいい。これがラストゲームだと思って、適当に踊ってやるさ。
だから震は、決して明るくない曲を選択した。曲名は「Rain」、いまの自分にとってもお似合いの曲だ。
――そして、曲の読み込みが終了する。最初は無音が訪れて、いつしか雨の降る音が聞こえてきて、そうして譜面が無数に降り掛かっきた。
――15COMBO
最初は、適当に終わらせるつもりだった。
こんなことをしても意味は無いのだと、帰って寝たいと、そう思っていた。
――50COMBO
けれど、体は動く。数日程度のブランクなどものともせず、譜面を踏み越えていく。
――130COMBO
体が、勝手に動いちまう。雨が降れば降るほど、心が躍ってしまう。
――200COMBO
ゲームに感情移入していた。ギャラリーが湧いていた。
――240COMBO
死にたいのに、気持ちが高ぶっていく。負けん気が、ここぞとばかりに顔を出しやがる。
――300COMBO
気づけば俺は、ボス曲と戦っていた。
――350COMBO
たぶん、俺がゲーマーだから。
――380COMBO
みんな、俺を見てくれているから。
――400COMBO
体を動かすことが、こんなにも楽しいから。
――450COMBO
だめだ。
やっぱり俺は、ダンスが好きだ
だから、こんなにも踊れるんだ。
――FULL COMBO
なんだ。ちゃんと輝けてるじゃない。
やっぱりおれは、AIのことが好きだ。
だから、こんなにも躍れるんだ。
曲が終わる。「Rain」、Sランク、BEST SCORE、FULL COMBO。
そっと振り向いて、常連たちと対峙する。
――みんな、みんな、楽しげな顔をしていた。
「SIN」
Lotusが、穏やかに笑いながら、
「やっぱお前、ダンサーを目指すべきだよ」
「……そうか?」
「ああ」
手首を捻くらせながら、指を差してきて、
「いまのお前、むかつくぐらいイケメンだぜ?」
いつものように、軽い調子で笑ってくれた。
――そうか。やっぱり俺は、こういう人生しか歩めないんだな。
「……あのさ」
Anemoneが、どこか気恥ずかしそうに微笑んでいる。
「プロのダンサーに、絶対になりなよ」
そして、どこか気まずそうに目を逸らして、頬を指で掻きながら、
「その、少なくとも私は、あんたのダンスが好きだから」
常連の皆が、楽しそうな顔でAnemoneのことを横目に見る。
いよいよ耐えられなくなったのか、Anemoneは「あーもう!」と怒鳴り散らし、常連たちは「ひえー」と逃げ出した。
――ふう。
Anemoneが、心静かにため息をつく。
「……AIちゃんのために、あんたはずっと踊り続けなさい」
「ああ」
「もし疲れたりしたら、いつでもここに来なさい。待ってるから」
その言葉で、もう十分だった。
常連達の頷きで、満たされた。
リアルのダンスから逃げ出して、ずいぶん長くなったと思う。けれどその先にはゲームがあって、仲間たちと出会えて、
――そしていつか、あなたに勝ってみせるわ!
「みんな」
常連たちが、震を見る。
「ありがとう」
その言葉に、誰もが無言で、笑顔で応えてくれた。
それが答えだった。
「――おお、SIN」
「ん」
「曲が選ばれちまうぞ、また雨を浴びるのか?」
あ。
制限時間が近いのか、カウントダウン音が筐体から鳴り響く。忙しなく振り向いてはやべえやべえとゲームを操作して、ああでもないこうでもないと曲を選択し、
時間切れになった。
次の曲が決まった。
マジかーと最初は思った。けれどその曲名を目にして、間が生じて、思い出がどうしようもなく膨らんでいって――「踊ろう」、そう決意する。
サニースマイルが、これから始まろうとしていた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
次回、最終回です。