トラックに轢かれたけど転生とかはしなかった。   作:PRD2

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なんか出来ちゃったので投稿。
続くかもしれん。

※コバクマさん、和田白玉さん、monmonさん、五武蓮さん、かそくしまーすさん、九々狸さん、胡瓜さん、あんころ(餅)さん、たまごんさん、四季式さん。
誤字報告ありがとうございます。


01

『好きなジャンルの話』について、ずっと昔に友人と話したことがあった。

 これはつまり漫画やアニメ、ドラマや特撮でどういった話が好きなのかという事だ。別に明確な種別を話したい訳じゃなくて、ラブコメとかファンタジーといった大きな括りでも、『〇〇の世界観みたいなの』でも……まあ、暇な俺が取り敢えず何でも良いから話していたいっていう、高校の休み時間によくあった事だ。

 友人は俺がその話をしだすと、少し呆れたような顔をして、やれやれと言った風に付き合ってくれた。妙に大人びてて難しい話をしたがる、少し取っつきにくい奴だが、アイツは何だかんだで俺の話を聞いてくれる。いい奴だ。

 アイツはいつもの様に、何だかよく分からない単語を所々で口にして話を続けて……何故かは知らんがラブコメの話になっていた。男女の機敏とか『愛』という錯覚がどうたらとかフロイト曰くうんたらかんたら……博学というか哲学家なアイツらしい良く分からん理論の応酬だった。

 ……少女漫画で人間の精神性とか分析できるんだろうか、甚だ疑問であるが、まあ内容はともかくやけに楽しそうに話していたのを覚えている。

 その話の後に俺の意見を聞かれて……俺が答えたのは『日常の中にある非日常』だった気がする。実際にこんな言い方をしたのは俺ではなくアイツだったが。

 平穏で代わり映えの無い日常を謳歌する主人公が、突然ファンタジーだったり怪奇現象だったりに遭遇してそういった世界に巻き込まれてしまう、みたいな展開だ。

 まあBLEACHとかFateとか、あるいはToLoveるとか……最後のは言うとジト目向けてきたけど、まあそういった作品だ。

 ここで大事なのは、『非日常』に巻き込まれながらも主人公が基本的に存在しているのは『日常』にあるということだ。戦闘とかライバルを倒すための修行とかが目的じゃなくて、あくまでも日常に帰るための手段がそれであったり、もしくは日常が平穏なファンタジーであったりとか……ドラゴンボールの初期は冒険しててワクワク感あったよな。別に中盤以降の戦闘尽くしも嫌いじゃないけど。

 とかく主人公が非日常に巻き込まれながらも今までの日常を壊されないように奔走したり、または日常を取り戻すために覚悟を決めたりとか……昔のジャンプに良くありそうな展開という物を、俺は結構気に入っていたのだった。

 高校生という多感な時期の俺はそんなことを友人に強く主張しつつ、顔に仮面を着けたバケモノに死神が襲われているところを目撃したり、月明かりの綺麗な夜に家の蔵の中で運命に出会ったり、地球外から来た美少女と遭遇したり、そんなありもしないであろう事を夢想しつつ、まあ無いだろう……でもやっぱりあったら良いな、みたいなテスト前の根拠の無い自信のごとく沸き上がっていく高揚感に包まれていたことを思い出していたのだった。

 ……さて、何故そんなことを、俺が高校生の時の何でもない日常がここでいきなり思い出されてしまったのか、理由は簡潔なものだった。

 

 ただの──走馬灯とやらだろう。

 

 何でもない日だったはずだ。

 大学一年の冬。ピッカピカの一年生が、大学という高校より一歩大人の世界に踏み入れた後、社会に出る前に小さな荒波に軽く揉まれて少しだけ逞しくなれた、ある日の朝。

 電車代をケチって自転車で我らが大学へとペダルを進めて数分程度の所、大通りの十字路に差し掛かり点滅する信号にタイミングの悪さを感じながら、交通安全を第一に考えた俺が強くブレーキを握ってキチンと停まった──後のこと。

 俺の横を、学生が飛び出した。

 焦ったように顔を赤くさせた女学生が、少し短いスカートを翻して道路に飛び出し、点滅する信号に我慢勝負を挑んだのだ。

 これだけなら、別に良かったのだろう。きっと近くにいるお巡りさんに流れ作業的に、いやもしかしたら真面目に怒られた後、彼女は遅刻するか否かの瀬戸際で凌ぎを削りながら、いつものように学校に着いた筈だ。

 ただ、間が悪かった。

 たとえ歩行者信号が点滅していたからといって、すぐに車側の信号に切り替わるからといって。

 そのせいであまりスピードを落とさず、そして飛び出す少女に驚いてブレーキを踏まなかった阿呆がいることなど、そうあることではなくて。

 ──その不幸が重なってしまっただけだった。

 俺は冷静だった。飛び出す少女が驚いたように車の方を見たのを鮮明に覚えている。

 そして俺は、彼女が車を見る前に飛び出していた。

 悩まなかった。

 悩む暇が無かったのだ、だから俺は冷静だった。

 彼女の服を掴みつつ、此方側に引っ張る。毎朝自転車登校で鍛えられた俺の体は、跳ねるように彼女を歩行者側に引き寄せ──入れ替わるように俺は前に出てしまった。

 よくアニメとか漫画で誰かを助けて事故に合う少年少女達を見ては、頑張って踏ん張れないものかと苦言を呈していた俺だが……わりと無理だなこれ。そりゃあ数十キロの物体を引き寄せたんだから、振り回されてもおかしくないよな。

 そんなことを考えながら、トラックに撥ねられた俺の体は空を舞った。

 上というよりは、横。大質量の物体が高速度でぶつかった俺の体は、サッカーボールみたいに飛んで硬いコンクリートを滑った。

 肩とか、頭とか、腕とか背中とか、もう訳が分からないくらいに体が痛くなって……思考が真っ白になったと思ったら、いきなり昔の事を思い出して。

 誰かが叫ぶ声と、クラクションとかがすっげえ煩くて。

 いつかした、友人との何気ない会話がいくつも脳裏を過り──トラックに轢かれたんなら、来世は異世界で勇者やってるかもなぁ、なんて馬鹿みたいなことを考えて。

 そして俺は、そのまま眠るように瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月〇日

 

 とか考えてたけど普通に生きてたわ。

 

 

 ○月×日

 

 全治3ヶ月。

 大型トラックに轢かれたにしてはとても軽い方だろう。全身から出血はしていたものの、撥ねられた際に咄嗟に頭を守り、病院に運ばれるまでの応急処置が適切だったことが幸運に繋がったらしい。

 未だに左手は使えないし足も全く動かせず、骨折と打撲と擦過傷とむちうちのオンパレードだが、脳機能の異常も見られず体の機能不全も確認されない。

 随分と君は運が良いと恰幅の良いお医者様に言われてしまった。それほどでもない、体は昔から丈夫だったのだ。

 今もこうしてスマホで日記を書けるくらいだ。良かった良かった。

 利き手がかすり傷で本当に良かった。

 ……三日間も気絶していたらしいが、それでも後遺症ないとか凄くないか? 

 

 

 ○月△日

 

 昨日は腕がダルくて書けなかったけど、妹がお見舞いに来てくれた。

 メチャクチャ慌てて部屋に入ってきては、半泣きの状態で怪我を心配してくれた。ちょっと大袈裟な気もするけど、よく考えたら俺も妹が入院したら泣くかもしれない。というか泣くわ絶対。

 妹の話によると、事故の件については俺が目覚めるまでの三日間に話がついたのだとか。

 ……よく考えたら、来世のこと考えるより今後のことの方が大事だよな。事故になれば警察とかも動くんだし、ただ事で終わるわけないし。

 ラノベの主人公はもっと死ぬ前の家族のこととか心配してあげて欲しい。俺は示談で済んだけど、死んだ後のことの方が大変だと思うから、たぶん。

 そして両親ェ……。

 事故の後始末が大変なのはわかるけど、何故見舞いに来てくれない……わりとマジで悲しいのだが。

 妹曰く、死ぬ運命に無いから大丈夫だとか。そろそろ親の中二病を誰か直して欲しい、死ぬほど心配してくれる妹を見習って。

 そして妹よ、あーんは止めてくれ。

 ほら俺、右手動くし。自分で食えるから。

 

 

 ○月□日

 

 今日は妹が部活で来なかった、吹奏楽のコンクールが近いらしい。

 妹は看病すると言って聞かなかったが、俺が辛抱強く説得すると泣く泣く部活に行くことを約束してくれた。

 気持ちは嬉しいが看病はナースさんがしてくれるし、妹は才能があるんだから、もっと自分のしたいことをして欲しい。俺の怪我は俺の責任なわけだから。

 その代わりといっては何だが、今日は大学の友人がお見舞いに来てくれた。走馬灯に出てきた高校からの友人だ。

 何だかいつも通りのクールな反応だった。妹から無事だと連絡があったそうなので、心配なんてしなかったらしい……これはこれで悲しいな。

 まあリンゴ剥いてくれたのは嬉しかった。リンゴ丸々一つを果物ナイフで剥くのは凄いと思う。皮繋がってるし。

 そして何故あーんさせるのか。右手使えるわ。

 あと、講義のノート貸してくれてありがとう。普通に助かる。

 ……そういえば大学どうしよう、三ヶ月も入院したらやっぱり留年だろうか。

 

 

 ○月☆日

 

 友人に聞くと、大学の単位とかは担当の教授によるので何とも言えないらしい。

 ただ一、二週間なら未だしも三ヶ月も講義に出れないならさすがに単位は無いんじゃないか、という話だ。

 ぬう……現実は非情であった。

 仕方がない。今のうちから勉強しておくか……首動かすの辛いけど。

 

 

 ○月◇日

 

 借りていた講義のノートが没収されてしまった。

 怪我人はおとなしくしていろ、とのことだ。

 貸してくれたんだから少しくらい読んでも良いやん……。

 

 

 ○月♡日

 

 今日は知らない女の子が訪ねてきた。

 話によると、俺が事故の時に助けた女の子らしい。

 とても申し訳なさそうに謝りに来てくれた。良い子だ。

 取り敢えず大丈夫だけど、今度からは信号に気を付けてねと言っておいた。注意は一瞬だけど、事故は一生が関わってくるから。

 そんなもっともらしいことを言いつつ、頭を下げる彼女に軽く拳骨を落とした。まあ痛くない程度のだけど。運が悪いと死んでたかもしれないし……信号無視はいけない、古事記にも書いてある。

 そしたら女の子はマジ泣きしてしまった。超焦った。

 い、痛くないようにやったんだけど……やっぱり暴力は駄目だった? でも俺もちょっと怒ってたし……死ぬかと思ったからな、うん。

 取り敢えず何とか宥めて、その後良い感じに話を終わらせて帰らせた。

 泣き止んでて、最後はなんか安心したような顔だったけど大丈夫だっただろうか。

 ……これが原因で事故ったらどうしよう、涙で前が見にくくて事故ったら洒落にならない。

 

 

 ○月◎日

 

 昨日の子が今日も来た。帰り道は無事だったようだ。

 それは良いんだが……なんだか甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは何故なんだ。そして学校はどうしたのだろうか。

 聞くと今は自宅療養中だから大丈夫らしい。自宅にいないのに自宅療養とは一体……うごごご……。

 いや、話相手がいるのは嬉しい。基本寝たきりなので暇なときは備え付けのテレビを見ることくらいしかすることないし、話相手がいるのはとても嬉しい。

 だが何故あーんしてくるのか……流行ってんの? 水淹れてくれるのも嬉しいけど。

 そしてトイレは本当大丈夫です。男の看護師さんにやってもらうから。年下に下の世話してもらうとか色々とアレだからここだけは死守した。男には譲れない一線があるのだ、妹にも友人にも譲れない一線が。

 

 

 ○月#日

 

 今日もお見舞いに来てくれた。だから自宅で療養してください本当に。

 ちなみに彼女の名前は葉月ちゃんというらしい。取り敢えず八月生まれであろうことは分かった。 

 親には何て言って来てるか聞いたが、普通にお見舞いに行ってくると言ってるらしい。親もそれで良いのか。

 話を聞くに彼女の家は結構なお金持ちで、極端な話をすれば高校とか行かなくても大丈夫だとか。

 いや、駄目だろ。行ってこいよ。

 青春を謳歌できるのは本当に短い期間なのだ。やりたいことは早めにやっておくのが一番である。かくいう俺も高校では帰宅部だったが、友人と遊びに行ってそこそこ楽しく青春していた。大学に通う今も同じようなことしてるけど、高校の思い出って大人になっても覚えてるものだと思うし。

 まあ彼女は出来なかったけど。

 今も部活に精を出す妹の話も交えつつ、今しか出来ないことを~、みたいな話をしたら難しそうな顔をして帰っていった。

 どうやら俺の思いが通じたらしい。良かった良かった、前途ある若者の未来はここに守られた。歌でも歌いてェ~気分だなァ~、とか言いたくなるレベル。

 

 

 ○月§日

 

 葉月ちゃんは昨日の話で決心がついたのでお礼を言いに来てくれた。ちゃんと放課後の時間帯である、ワンダホー。

 取り敢えず何の決心かは聞かなかったけど、何よりである。彼女が話さないなら、たぶん聞かない方が良いのかも知れないし、ずっと笑顔だったので悪いことにはならないだろう。ほっこりとした瞬間であった。

 ただ、その後に来た妹と彼女が会うと、途端に気まずい雰囲気になった。

 妹はなんか怒ってるし、葉月ちゃんは笑顔だけど目が笑ってないし……空気を変えるのが辛いよお兄ちゃんは。

 確かに妹からすれば、彼女のせいで俺が事故に遭ったようなものだし……兄思いなのは嬉しいが、年も近いんだし仲良くして欲しいと思う。葉月ちゃんは仲良くなりたそうにしていたし……やっぱり時間を掛けるしかないのかもしれない。今は話し合うより、時間が仲を取り持ってくれる筈だ。

 取り敢えず何とか空気を変えて、葉月ちゃんの門限まで何とか話をすることができた。やり遂げた……沈黙は何よりも辛いんだ。明日も同じことにならないようにしたいんだけど……。

 

 

 ○月&日

 

 昨日の話を見舞いに来ていた友人に話すと……何故かため息を吐かれた。解せぬ。

 殺気すら放っていそうな妹の眼光と終始笑顔なのに目が笑っていない葉月ちゃんの間に挟まれることがどれだけ辛かったことか……話上手(自称)な俺でも難しいことはあるのだが。

 友人はいつもの難しそうな話を捲し立てるように展開しつつ『取り敢えずあと五年待てば何とかしてやる』とか言い出した。

 どういうことやねん。

 どうやっても今すぐには駄目なのか……しかし仲を取り持つのに五年は時間かけすぎじゃないかと聞いてみたが、将来の安定を考えると五年はかかるらしい。

 そこまで考えてんのか……見据えている所が違う、さすがは高校の時テストで満点以外採ったことのない天才は言うことが違うぜ。そして今更だが何故俺と同じ大学に来た、もっと上を目指せよ。お前なら弁護士とか官僚目指せるんじゃないのか? デイトレーダー志望とかどういうこったよ。もっと安定する職を目指せよ。

 良く分かんないけど儲かる仕事じゃないだろそれ。

 

 

 ○月・日

 

 今日は誰もお見舞いに来なかったので暇だった。

 ずっと寝るのも飽きるし、テレビ眺めてるのも何だか勿体なく思ってしまう。

 ただ、よく考えると何も無い時間って久し振りかもしれない。大学じゃ講義聞いてるし、家だと料理とか掃除してるし……両親は俺が入院した時に帰ってきたらしいが、すぐに仕事で海外に飛んだようなので、妹は生活できているか心配だ……というわけでメールしたら友人が色々と気を利かせて家事の面倒をみてくれているらしい。良くできた友人だ、あいつには足を向けて寝ていられないな。

 お礼のメールをするとちょっと早い予行練習だと返信してきた……なんの予行なんだ?

 ……結局昨日も妹と葉月ちゃんは来なかったのだけど、大丈夫だろうか。気まずくないのは俺の精神的に良いのだが……ばったり会って喧嘩とかになっていないだろうか。

 仲良く出来ると良いのだが。

 

 

 ○月〒日

 

 キングクリムゾンのデザインって格好良いと思う。帝王って感じがするし。

 やはり荒木先生は偉大である。

 

 

 ○月*日

 

 妹と葉月ちゃんがお見舞いに来た。

 やっぱり喧嘩したらしく、ちょっと怪我してるし疲れている様子だった。お兄ちゃん暴力は良くないと思うんだけど……陰湿なのよりは良いのかもしれないけど、やっぱり話し合いが大切だと思います。

 ただ、言いたいことは言い合ったのか気安い関係……にはなれたと思う。ちょっと喧嘩腰だけど、険悪ではなかった……気がする。気を使う必要はあると思うけど、これなら俺の心労も軽くなるというものだ。

 これから仲良くなれることに期待しよう。友人曰く五年かかるらしいけど。

 

 

 ○月♪日

 

 ネットで自分の怪我の様子を写真に撮っておくと、経過観察になったり復帰のモチベーションが上がったりするらしいのでカメラを起動してみたんだけど……。

 驚いたことに、俺の右目が赤くなっていた。

 医者に聞くと、事故の拍子に目の色に異常が出ることは無いことも無いとのこと、そして何故言わなかったし。

 虹彩異色症というらしい……オッドアイ的な物かと聞いたら、ヘテロクロミア的な物だと言われた。違いが分からん。

 それにしても両目で色が違うとなると……何だかこう、中二病心に来るものがある。六道輪廻を司ったり、ギアスが使えたりしないか色々と試してみたくなる。結局使えなかったけど。

 ……そういった中二病的な妄想は高校の時で卒業することにしたのだ。非日常は俺の元には来てくれなかったし、ハルヒに感化されて宇宙人とか未来人とか超能力者とか探してみたこともあった……憧れたポジションはキョンだけど、今となっては苦い思い出である。あの頃の友人の苦々しい顔は、ちょっと忘れられない。

 まあ、それでも別に良いと今では思う。

 漫画やアニメの世界に憧れはあるけど、やっぱり普通の日常が一番だと思う。友人と遊んだり、妹の買い物に付き合わされたり……事故にあったのは予想外だけど、後悔はない。葉月ちゃんを助けられたのは嬉しいし……ちょっと主人公の気持ちを味わうことも出来た。怪我するのは一回で十分だ。

 激しい喜びもなく、その代わり深い絶望のない植物のような平凡な人生……とは言わなくとも、今の日常が俺にとっては丁度良い。

 ……まあ。

 もしかしたら、探せば非日常とやらはどっかに転がっているのかもと……まだ期待してはいるんだけど。

 まあ、そうあるもんじゃないよな。

 

 

 

 

 

 

 静かな住宅街に少女の足音が響いた。

 足取りは軽やかで、ともすれば歌を歌いながらスキップでもしてしまいそうなほどに少女の機嫌は良かった。これから行く場所が、起こる事が楽しみで仕方がないと言うかの如く口角を上げ、長い黒髪を靡かせていた。

 視線は前。向かう先にあるのは総合病院。

「~♪ 御染(みそめ)、御染くん、御染さん……うん、やっぱり御染さんが言いやすいかな? 新婚さんみたいだし」

 件の病院にいる青年の名前を(そらん)じながら彼女──『神楽坂(かぐらざか)葉月(はづき)』は歩いていた。

 高校のブレザーの上からセーターを着込み、ベージュのマフラーを着けた彼女は冷たい冬の風の中で頬を紅潮させていた。寒さではなく、熱に浮かされた少女のように。

 ──彼女の目的は一人の青年だ。

 名前は神蔵(かみくら)御染(みそめ)。『ミソメ』という、ちょっと女の子っぽい名前を気にしている普通の大学生。年齢は19才。身長175センチで体重は68キロ(入院前)。レベルは高くないが家の近くの国立大学に在籍し経済学を専攻していて将来は銀行員を志望。明るくコミュニケーション能力に長け、人見知りをしない性格だが大学まで親交のある友人は数人程度。理由は同高校からの親友である『石動(いするぎ)(じゅん)』との親交によるもの(弊校において奇人変人として名高き石動と仲が良いことが、彼との接触を躊躇わせてたらしい)。成績は上の下。普段の気安さとは裏腹に生真面目で家庭的で海外出張中の両親に代わり家事を行っている。スポーツは苦手だが運動神経は良く健康のために筋トレを欠かさない。好きな食べ物は甘くない卵焼き。嫌いな食べ物はピーマン、パプリカ等。趣味の映画鑑賞の他漫画やアニメなどのサブカルチャーにも造詣が深く、情報提供者曰く「どんなことでも楽しめる人間」を目指しているとのこと。

 ──それがここ数日で少女が彼について調べさせた情報であり、そして彼こそが『神楽坂葉月』を叱った唯一の存在だった。

 神楽坂葉月は魔法使いだ。

 日本の政界にすら名前を連ねる神楽坂家の長女にして、この世界の理から外れた超常を操る異能の持ち主。葉月は幼少より類い稀なる才能を評価され、現在においては日本の真の政府とも呼ばれる魔法庁──『魔』の『法』を司る組織に弱冠16才で内定を獲得した才媛であり、世界を裏から操り国家公務員すら比較にならぬ高給と地位を約束された少女──だった。

 彼女はその内定を数日前に蹴っていた。

 面接官である魔法庁の高官に対して既に手に入れていた内定通知書を笑顔で叩き返し、唖然とする高官に礼を返して魔法庁を去った。内定取り消しの書類の郵送を済ませ、晴れ晴れとした気持ちで後日彼女は病院に向かった。

 取り消しの理由は簡潔──他にやりたいことが出来たからだ。

 

 全ては彼女が事故に遭いかけたあの日──御染が彼女を助けたことに起因する。

 あの日彼女は、自分の裏の世界での身分をカモフラージュするための学校の登校日だった。あらゆる事柄において才能を発揮し、苦労なく達成出来てしまう葉月にとって『普通』の学校は良い娯楽であり精神の安定剤に等しい。いつも見上げられる立場にあった葉月にとって──たとえ高嶺の花だと認識されていたとしても──同列の存在を観察することは純粋に面白かった。

 彼女にとって学校は動物園や水族館のようなテーマパークで、だからこそ彼女は当時『遅刻に焦る学生』という気分を大いに楽しみ──御染に怪我をさせてしまった。

 最初に彼女が抱いたのは疑問だった。

 ……何故彼は自分を助けたのだろうか? 

 衝撃吸収と認識阻害の魔法を瞬間的に発動していたにも関わらず助ける必要性を鑑みて──彼が一般人だと気付くと、余計に助けた理由が気になった。

 一般人に迷惑をかけた罪悪感よりも自身の知的好奇心のために彼の事が気になって、意識が戻ったという話を聞いて彼の元を訪れ、『誠意を持って謝る』演技をしつつそれとなく魔法を掛けて理由を聞こうとして。

 叱られた。

 痛くない程度の拳骨を落とされ困惑する葉月に、彼は怒ったように説教した。

 ──赤信号を渡るのは危ない、と。

 ──急いでいたとしても注意は怠ってはいけない、と。

 ──もし怪我をしたときに周りがどれだけ心配するか考えなさい、と。

 そんな当たり前の、親が子供にするようなことを、御染は説教した。

 子供に言い聞かせるような優しい口調と、言外に葉月自身のことを思いやるような言葉を、彼女は初めて聞いた。

 打算を込めた期待の声じゃなかった。

 媚を売るような称賛の声じゃなかった。

 ……葉月を思う、優しい体罰だった。

 生まれて初めての優しさを知った葉月は、子供のように泣きじゃくり、嗚咽を漏らしながら謝って──感謝した。

 自分を叱ってくれる人が存在することがどれだけ嬉しいか知った彼女は──その時初めて恋をしたのだ。

 

 だからこそ、彼女はこの上なく舞い上がっていた。

 御染に会いたい。会って話をして、傍にいたい。彼のためなら何でもしたい。彼のためなら、彼と一緒なら何でも楽しそうで、全てが胸踊る出来事になりそうで、好きなことも嫌なことも全てに意味が出来る。

 だから内定は要らなかった。裏の世界にもう意味なんてない。彼が普通の人間であることは既に調査済みで、なら一緒にいられない裏の世界に興味もない。今まで育ててくれた親への感謝はあるが、そもそもやりたくもない役所仕事なんて冗談じゃない。もっと真っ当で、彼に胸を張れて、そして一緒にいられる職業に就きたい。つまりはお嫁さんに永久就職? あぁ、最高じゃないか、と。

 ──そんなことを考えていた時だった。

 ()()()()()

 世界が置き換わる音がした。

 青い空はテレビの画面が切り替わるように数瞬暗くなり──そのまま満月の光る夜になった。

 閑静な住宅街は姿をそのままに、しかし夜の帳が落ちたにも関わらず明かりを着けた様子はない。まるで──いや事実、誰もいないのだろう。

「──転移、じゃない……世界を()()()()()? でもこれって……あぁ、マスキングテープみたいな感じかな?」

 葉月の声が小さく漏れた。

 状況を理解するのに秒もかからない。何者かが──例えるならシールを貼るように、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の思い通りの世界を形作るような能力は存在するが、これはまた毛色が違う。どんなことをしても良い世界──壊そうが砕こうが、現実の世界に影響を及ぼさない都合の良い世界を空間に満たす術式だ。

「それにしても随分と適当というか……空間の範囲は私を中心として半径3キロメートルかな? 私だけと話したいならもっと簡単な方法もあると思うけど……どうなのさ、御染さんの妹ちゃん?」

「──そうでもない、よ? 喧嘩は周りに迷惑をかけないのが一番、だから」

 葉月がまるで世間話をするように後方に声を掛けると、返ってきたのは辿々(たどたど)しい少女の声だった。

 振り返ると、そこにいたのは予想通りの顔。

 ミッション系のスカート丈の長い紺色の制服の上に、男物の黒いジャケットというアンバランスな着こなしと、タレ目が儚げな印象を思わせる少女。オドオドとした口調も相まってか『儚げで気弱』というイメージを貼り付けたような娘が、満月に照らされて立っていた。

「真緒ちゃん、だよね? こんにち──いやこんばんは、かな。ここで会うなんて奇遇だね」

 葉月は彼女に笑顔を送る。目元も、口許(くちもと)も、表情筋すら意識的に動かした完璧な笑みを見ると、真緒と呼ばれた少女は不服そうな顔をした。

「そういうの、いい。見てて、きもい」

「そっか。じゃあ普通に聞くけど──御染さんって表の人だったよね? 真緒ちゃんみたいな()()()じゃなくて」

「うん」

 馬鹿にするような言葉に、真緒は当然のように答えた。

 けれど葉月は、別に馬鹿にしているわけではなかった、というよりもむしろ逆である。

 世界を改編するような魔法は総じて難度が高いが、別に不可能というわけではない。葉月も再現しようと思えば難しいことではない程度の魔法だが──何より異常なのは規模だ。

 自分ではなく他人を起点にし、更に半径3キロメートルの世界を塗り替えるには莫大な魔力が必要となる。平均程度の魔力量を持つ魔法使いと大規模な魔方陣を用いたとしても、100人用意して10分も持てば上出来な程に世界を誤認させる魔法は燃費が悪い。たとえ葉月の知らない魔法以外の能力だとしても、この事象を引き起こしておきながら平気な顔をしている真緒は紛れもなく化け物だった。

 葉月の頬に汗が伝う。

 未知に対しての恐怖と興奮を、葉月は無理矢理笑みを浮かべて誤魔化していた。

「私のことは、あとでいい。私は、聞きたいことがあるだけ、だから。先輩的に言うと……面接試験?」

「へぇ、そう……ちなみに私は御染さんの奥さん志望なんだけど、志望条件とかあったりする?」

「ある、よ? ていうか、それを、聞きたかった」

「はい?」

 茶化した言葉をまともに返されて思わず声をあげる葉月に、真緒は言葉を続けた。

 

「──にいさんに()()あげる覚悟、ある?」

 

 あまりにも適当に述べた質問の言葉なのに、何故だか葉月はその真意を理解できた。

 全部。

 何を、とか。

 どれを、とか。

 そんな言葉が無くても、葉月は理解できた。

 ──全部。

 彼女の想像しうる限りで。

 彼女が想定しうる限りで。

 彼が望むモノ。

 ──それを、全部。

「…………即答、出来ない?」

「……うん」

 不思議そうに首を傾げる真緒の言葉に、葉月は困ったように言葉を返した。

「どうして?」

「……御染さんが教えてくれたからだよ」

 その言葉に、真緒は沈黙した。

()()()()()()()()()……それが普通のことだって。確かに御染さんがしたいこと何でもしてあげたい。彼がいれば何も要らないって私は今でも思ってるくらい、彼が好きだから」

 たとえ彼が望むなら何でもしてあげたい。

 この世の財の限りでも。あまねく星の欠片でも。

 愛しき誰かの心でも。嫌いな誰かの命でも。

 けれど。

「でも、御染さんは普通の人だから……やり過ぎたら彼の日常を壊しちゃう。()()()()()()()()()……だから、全部はあげられないよ」

 ちゃんと喋ったのは2日程度でしかないけど、それだけで分かる。彼は普通の人だ。

 気さくで優しくて、話してて楽しいし、ちょっとオタクっぽいけど真面目な人で……何でもない日常を楽しめる人だ。

 だから、それを壊すわけにはいかない。

 幸せにしたい──そう心の底から思えたから、彼の日常を壊したくない。

「その代わりというのも何だけど……私以外はあげられないけど、私自身はあげられるよ。心とか……体もね」

 堂々と。

 曲げることなき信念のように、葉月は胸を張ってそう言った。

 その言葉を、葉月の言葉を聞いた真緒は、少しの間考えるように目を瞑ると──小さく頷いた。

「悪く、ない」

「……そっか。じゃあ面接は合格かな?」

「うん。面接試験、おっけ」

 真緒のその言葉に、葉月は嘆息し、

 

「──じゃあ、次は、実技、ね?」

 

 ()()()()聞こえた声に、葉月は戦慄した。

 何てことはなかった。

 いつの間にか目の前にいた真緒が、葉月に向けて軽く拳を振りかぶっていた。

 本能が警鐘を鳴らす。

 ──下手に受けたら、死ぬと。

「──!?」

 反応は一瞬だった。

 両腕を顔の前でクロスさせ、衝撃を散らすことを意識した厚さコンマ数ミリメートルの六角式魔法障壁を16枚展開。更に風魔法で拳の予測軌道上の空気に粘性を付与し衝撃までの数瞬のうちに出来るだけの速度を削ぎ落とし、念には念を入れて自身に体を補強し空間に固定する固定魔法を

「むだー」

 ──後方に吹き飛んだ。

 粘性になった空気をものともせずに、16枚の障壁を障子の紙を破るかのような気軽さで突破した拳は、第三宇宙速度で葉月の腕に当たった。

 ボールのように地面を転がりながら、即座に体に硬化魔法を付与。数十メートル後方に体が吹き飛んだものの、次の真緒の攻撃に備えるように何とか受け身を取る。

 奇しくも──自分を助けた青年のようになりながらも、葉月は真緒を睨む。当の本人は、殴り抜いた体勢のまま、同じ所に立っていた。

「反応は、わるくない。がんばり、ました」

 ぱちぱちと、小さな手拍子が聞こえる。

 小馬鹿にするような彼女の声に、葉月は動いた。

 折れた腕の骨を固定し、両足と両腕に加速魔法、全身に先ほど剥がされた硬化魔法を五重に掛け、真緒と葉月の間の空間をトンネル状に真空にする。ちょうどクラウチングスタートの体勢から真緒の正面まで加速した葉月は、対物質装甲障壁(アンチマテリアルアーマー)を右足にセット。音速をはるかに超え、コンクリートのビルを倒壊させる一撃を真緒の頭の左側面へぶちかまし──。

「でも、かるい、ね?」

 それを彼女は片手で止めた。

「っ!?」

 今度こそ葉月は息を飲んだ。

 右足をバットのように掴んだ真緒は、放り投げるように葉月を後方へ飛ばした。あしらうようなその動作に舌打ちをしながら空中で体勢を直して着地する。

「……本当に何者よ。いくらなんでも物理法則を無視しすぎじゃない?」

「こっちの、セリフ。魔法使いって、杖、使わない、の?」

「何でも出来るわよ、魔法使いだもの。それよりお嫁さんに戦闘能力とか必修だったっけ? 意味があると思えないんだけど」

「にいさんの日常、守るん、でしょ?」

 さも当然のように聞いてくる真緒の言葉に、葉月はポカンと口を開いて驚きつつ──何かに気付いたように不敵に笑みを浮かべた。

「そう、そういうこと。彼にバレない程度に何でもしろってことね……本当に御染さんって普通の男の子? ()()()()の妹がいるなんて、ちょっと普通じゃないと思うけど」

「……知ってた、の?」

「気付いたのよ。衛星レベルの魔力量と地球と同質の魔力を放ってれば、あとは何となく理解できた。それと、貴方の本体って上で光ってる奴でしょ? 普通のよりずっと大きく見えるもの」

 葉月が指を指していたのは、神々しく輝く白い月。

 ──魔王現象。

 魔法学上、存在すると謳われた()()の存在。

 星の意思の発露であり、同時に星の余剰魔力の集合体が何かのきっかけにより形を持ったと言われる、自然の創り出した天然の神霊。

 理論上では数百万年から数億年の間に一体出現し、少なくとも大陸を一つ滅ぼしても可笑しくないほどの魔力を持つ──正真正銘の天災。

「……すごい。はじめてで気付いたの、潤せんぱい、だけだった」

「私としてはそっちの先輩の方が気になるんだけど……私と同じ結論が出てくる辺り、絶対人間止めてるじゃない。世界が広いのか狭いのか分からなくなってきた……」

 そんな泣き言を漏らしながら、それでも笑みを絶やさない。

 ──面白い。

 確信した。やっぱり運命はあるのだと。

 この数日で私の世界は何百倍にも膨れ上がった。知らないこと、敵わない誰か、そして好きな人が出来た。

 最高だ! この上ないほどに!

 自分を変えてくれるくらいに素敵な人に出会って、自分が知らないことが世界にあると教えてくれた。

 ──彼と一緒に生きたい。きっと幸せになれる。

 そして同時に確信した。

 絶対に──これからもっと面白くなる!

 

「あぁもう──生きてるって最高ねぇ!!」

「……かかって、こいやー」

 

 子供のように無邪気な女の子の声が響く。

 止まった時間を動かすような、産声だ。

 

 

 副題

 『天才が普通の男の子と天災に出会った冬』

 

 

 




神楽坂葉月
今回の主役。主人公より主人公してる。
信じて送り出した世の中舐めてる天才系女子が一般人に女の子にされて帰ってきた件。根は良い子で知的好奇心旺盛。
このあと本気だして殺しにいったが敵わず。

神蔵真緒
今回のボスにして面接官。小動物系魔王。
設定的にも性格的にもヤバイが主人公は気付かない。
実はあと二回変身を残している。
ちなみに男物のジャケットは御染のもの。

石動潤
出番ほぼなし。でもヤバイ奴。

神蔵御染
今作の主人公にして真のヒロイン。
基本的に普通なのに周りがヤバイやつばっかで相対的に普通じゃない。つまりはヤバイ奴。
五部はミスタとギアッチョ戦がお気に入り。
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