トラックに轢かれたけど転生とかはしなかった。   作:PRD2

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書いてて思った……ヤンデレしないぞこのヒロイン達。
おかしい、なんでこんな重い過去持ってるキャラが集結してるのに病まないんだコイツら……いや私が書いてるんですけど、キャラが勝手に動いて……。

ということで、なんか一万字越えました。
駄文注意、読まなくても何とかなる。
それでも良い方は、暇潰しにでも読んでやってください。

※オレンジライトさん、タマゴさん。
 誤字報告ありがとうございます。


後日談 1-2 

 呪いとは何か。

 それは他者への怨恨(えんこん)であり、あるいは死者の魂の在り方の一つであり、もしくは妖怪の一側面であり──つまりは『負』である。

 否定の『負』、マイナスの『負』。 

 あらゆるモノを『負』の方向に動かす、人や大地に仇なす概念を人は呪いと呼称した。

 誰かへの怨恨を、体を蝕む毒とする。

 生者への羨望を、体を覆う枷とする。

 尋常ならざる者からの干渉を、人の世は怪異と呼んで畏怖をする。

 つまり呪いを探究することは世界の『負』の在り方を探究することと同義であり、『正』へと反転する術を模索するということである。

 それこそが『神輿』の家。

 誰かのために担ぎ上げられ羨望と怨恨の対象となりながら、仰がれることなく誰かの横に並ぶ在り方に憧れ──けれどそれを諦めた『諦観(ていかん)』をその身に宿した男の末裔。

 それが『神輿白夜』の起源(ルーツ)だった。

 

 

 

 神輿の家は数百年続く格式高い家柄の一つ()()()

 正確には『神楽』──天皇家の血脈を受け継ぎ、けれども日の本の裏の世界へとその身を忍ばせたその家系の傍流にあたる。元々は神楽家において呪いを探求した男が野に下り、その姓を『神輿』と改めた末に出来た家である。

 血は薄いと言えど皇族の一員が都を離れて領地を持ち、細々と知識を探求していた神輿は、当初は全くもって真っ当な家だった。町民の覚えも(あつ)く、何処かに呪いありと聞けば飛ぶように現地に赴き、誰彼構わず助けては好意を(うやうや)しく受け取る……殊に礼を重んじた家だったという。

 ──少なくとも、少し前の『神輿』はそうだったと。

 奥州の人里離れた林間部。

 人口の光も見られぬほどに遠く、月明かりだけが良く届く山奥にその施設は存在していた。茹だるほどの土の匂いが立ち込める山奥に建てられた灰色のコンクリートの建造物は、山奥にあるにはあまりにも場違いな近代的な建物だった。ここらに一つのみ存在するトンネルを抜けた先に鎮座(ちんざ)し、警備員の詰める門を越えてのみ中に入れるほど厳格なセキュリティ。通常の出入り口は存在するものの使うものはおらず、唯一大型トラックが入れるほどの大きさの搬入口からしか人が中に入ることはない。極端に窓の少ない、閉鎖的な建物がそこにはあった。

 あるものは息を吐くだろう、まるで研究所だと。

 あるものは苦言を漏らすだろう、まるで刑務所だと。

 ──その建物の最奥に、異質な部屋が一つ。

 まるで一軒家の一室から丸々小部屋を抜き取ってガラスで囲ったような空間が真ん中に鎮座され、その周りを囲うように幾つもの配管やコードやデスク型の端末が詰められていた。中心の小部屋にはピンクや白のソファーやベッド、机が置かれ、観葉植物やファンシーなヌイグルミが幾つか設置されている。女の子のおままごとのように可愛いげのある空間だが、一面のガラス張りがそれを酷く異質な物にしていた。

 カタカタ、と。

 ガラス張りの部屋の前に並ぶデスクに座り、キーボードを叩く男がいた。長い黒髪を無造作に後ろで結び、縁の丸い眼鏡を着けた爽やかそうな男だ。整った目鼻立ちをディスプレイに向けながら、流れる文字列を目が追っていく。

 そして幾ばくの間キーボードを叩いた後、カタリと音をたてて立ち上がる。裾の長い白衣をゆっくりと揺らしながら後ろを振り向き、男は笑顔を見せながら虚空を見て、

「──お帰り、白夜。きっと帰ってくると思ってたよ」

 優しい声だった。

 長旅に出ていた家族を、家に迎え入れるように優しい声だった。

 いつの間にか視線の先にあったドアは開いていて、そこには一人の少女が立っていた。春物らしい暖かな色の服の上から黒いジャケットを羽織った『神輿白夜』は部屋の中央にあるガラス張りの部屋を睨みながら、

「……随分と気持ちの悪い趣味ね、布留(ぬのどめ)。おままごとが好きだったの?」

「君の部屋を用意しておかないといけないなって思ってさ、作っておいたんだ。趣味が合わなかったかい? 年頃の女の子の気持ちは、お父さんは良く判んないからさぁ」

「そう、ならどっちにしろ嫌。内装も、もちろん外装もね」

 白夜の突き放すような声に、布留と呼ばれた男は「手厳しいなぁ」とため息混じりに声をあげる。そしてわざとらしく手を広げ、何かを思い出すように目を瞑りながら、

「それと、実の父親を呼び捨てにするのは感心しないなあ。昔みたいにお父様って呼んでよ。白夜は小さかったから覚えて無いかもしれないけど、昔は僕の事を呼びながらトコトコ後ろを着いてきてくれて──」

 刹那。

 風を切る音が布留の顔面のすぐ横を通り、そのすぐ後に後方にあった小部屋のガラスにヒビが入った。何か細い針のような物が突き刺さったように放射状に出来たヒビが音をたてる中、いつの間にか右手を前に突き出していた──まるで何かを投げたようにも見える格好の白夜がそこにいた。

御託(ごたく)は良いから。質問に答えるだけで良いの」

 先程とは全く違う、少女らしくない低い声が部屋に響いた。小さく指を揺らしながら殺気を乗せた冷たい眼光が布留を射抜く。彼はその視線を受けながらも笑顔を絶やすことはなかった。

「反抗期か……仕方ないな。誰もが通る道だ──おっと、分かった分かった。何が聞きたいの? 何でも教えてあげるよ」

「……今まで何をしていた」

「もちろん呪いの研究さ。個人的な物から依頼された研究まで色々と……知ってる? 『神輿』の家ってブランドは結構価値があるんだよ。最近は海外からも研究依頼があって……あぁ、これは偉い人には内緒だからね?」

「これが? 随分と近代的な施設ね?」

「呪いの研究って言うからもっと古風で日本的なやつを想像してた? そういう昔ながらの手法も良いんだけど、やっぱり近代的な技術も使うと効率が全然違くてさあ……それに機械って呪いと相性が悪いから好都合なんだ。科学製品って不思議と呪いがくっつきにくいから、扱いが楽で楽で……まあ呪いが発生しにくいのも、一長一短なんだけどね」

「ここにいる職員は?」

「この施設は基本的には僕と数人の友人で切り盛りしてるんだ。みんな研究熱心な人たちでさ。今日は君と会うから、留守にしてもらってるんだけど……さっきここに来るって連絡が入った。その時に、また紹介するよ。安心してくれ、みんな良い人たちだ……すぐに馴染めるよ」

 白夜のする質問に、布留は淡々と答えていく。その姿はまるで子供に自分の仕事を自慢する父親そのものだった。

 父親というより、教師に近いかもしれない。どこか研究者然とした身ぶりでありながら、白夜に優しく笑いかけながら、どこか嬉しそうに説明する。見るからに人畜無害で、人の良さそうな性格で、彼を見る誰もが彼を善人だと思うくらいに物腰柔らか。

「ねえ、そろそろ良いかな? 折角の家族水入らず何だから、もっとこれからの話をしよう。病院まで会いに行けなかったの……本当に悪かったよ。研究で手が離せなかったんだ……でも大丈夫、これからは一緒に暮らそう。必ずお前を幸せにしてみせるよ」

 布留は安心させるような甘い顔を白夜に向ける。娘を見詰める父親の顔は誇らしげで、自信に満ちたもので。

 まるでこれから先には希望が待ってるとでも言いたげなほどに優しい笑顔で。

「──嘘つき」

 だからこそ、白々しい。

 口から滑るように流れ出た言葉の数々が、白夜には空虚に写っていた。

 優しげな言葉を話す姿が気持ち悪い。

 嬉しそうに笑う姿はどこか中身に乏しい。

 さも良い父親であろうと振る舞う姿が演技めいていて見るに絶えない。

「会えなかった……? 会いに来てたよね、()()()()()()()()()()()()()調()()()

 白夜は既に知っていた。自分が入院している時に身体検査を謳って体を調べに来ていたのが──魔法で顔を変えていた『神輿布留』だということを、白夜の記憶を覗いた白雪から知らされていた。

「病気? わざわざ私の体をこんなのにしたのはアナタでしょ?」

 自身の体質が人為的な──神輿布留の作為的な物だと言うことを、既に知っている。

「……そっか、知っていたんだね。嘘ついてごめんよ。でも分かってくれないか。仕事の忙しさで長い間面倒見てやれなかった僕が、今さらどんな顔して君に会いに行けば良いのか分からなかったんだ。……それに君の体質は偶然そうなってしまっただけなんだよ。何とか治そうと思ったんだけど、どうしようもなくて……でも大丈夫。長年の研究で、君の体質を改善する方法が分かったんだ。その方法を使えば君は普通の女の子にだってなれる」

 だから、信じてくれと。

 こちらを真っ直ぐ見詰める布留を、白夜は冷たい瞳で返す。

 真剣そうで誠実そうな言葉の数々が、白夜には茶番を見せられているようにしか見えなかった。布留が何度言葉を重ねたとしても、白雪の持つ知識から白夜の呪い集めの体質が人為的な物であるのは明らかであり、なにより彼の後ろにあるガラス張りの部屋が全てを物語っていた。

 空虚にすらみえるファンシーな部屋と、それを囲う透明なガラスという檻。

 どれだけ贔屓目に見ようと、それはモルモットの実験台以外に他ならない。いっそ典型的なまでの少女趣味は貼り付けられたラベルのようで、透明なガラスはまるでホルマリンを覗いているようで気持ちが悪い。

 だからこそ、白夜はさっさとこの会話を終わらせるために布留に問う。

「だったら答えて……お母様はどこ?」

「……………………」

 その言葉に布留は少し目を細めると、肩を落として息を吐いた。そして頭を右手でガシガシと掻くと、

「……全く、しょうがない子だ。全く誰に似たんだか。検診の次の日に体調が治ったとか報告があったし、しかも僕が迎えに行く前に勝手に退院してるし……変な友達でも作ったのかい? あの病院の職員には全員手を回してたんだけどなぁ」

 ヒヒッ、という笑い声が聞こえた。

 優しげな顔は消え、口端を吊り上げて下卑た笑いを作った布留がパキパキと首を鳴らす。演技は肩が凝る──とでも言いたげに肩を軽く回しながら、

「で、(かがり)のことだろう? 結構前に死んだよ」

 そんななんでもない風に、面倒そうに布留は語る。

「七年くらい前だったかな。最初に産んだ君の体質が僕の想定とあんまり上手くハマっちゃうからさ……ただ、君が貧弱で何時死ぬか分かったものじゃないから、次はもっとマシなの産むように薬で調整して4、5人つくらせたら爪で喉切って死んじゃって。子供も二歳を越えることは無かったし、そのあとも何人か使って試したんだけどやっぱりダメでさ……結局君だけがしぶとく生き残ってるんだから、やっぱり命って神秘に溢れているよ」

 布留はニヤニヤと唇を歪ませながら白衣のポケットに両手を突っ込んだ。揺れる衣服の中でカチカチと小さい金属が触れ合う音が微かに聞こえる。

「その様子だと随分呪いの扱いに慣れているじゃないか。ここは人を癒す場所じゃないから、病院に置いといたのは正解みたいだね。やっぱり人が多いところは呪いが集まって楽だね、収集が早く済む……それにしても随分落ち着いてるじゃないか。少しは悲しんでくれると思ったんだけどなぁ」

 布留が語ることに、白夜は顔色を変えることはなかった。冷徹な視線は変わらず、そしてその顔が悲嘆に歪むこともなかった。

 母親が想像通りに亡くなっていたことも。

 父親が想像通りの外道だったことにも。

 白夜にとって、そう大した問題じゃない。既に『神蔵御染』という拠り所であり帰る場所を得た彼女にとって、両親の存在はそこまで重要なものでは無くなってしまったからだ。

 大切なのは自分と彼と友人程度。それ以外は求めない。

「……良かった」

「はあ?」

 けれど、白夜は少し安堵した。

 母親が既に死んでいて……そして被害者だったということに安心した。自分に唯一笑顔を送ってくれていた彼女が人でなしだったなら、白夜は少しどうにかなっていたかもしれない。

 そして。

「──お前がクソ野郎で良かった」

 

 それはきっと、開戦の合図だった。

 ──小さな暗闇が瞬く。

 白夜が後ろに構えていた左手をボールを軽く放るように下から動かすと、その指先が黒く歪む。それと同時に布留はポケットに入れていた手を空中へと投げ出すと、彼の周りを黒い何かが円を描くように逸れていき、後ろの小部屋のガラスや壁、電子機器へと突き刺さった。

「……呪いの圧縮と投擲、とても精密だね。触れたらどうにかなってしまいそうな、良い密度だ」

 宙空に無造作に翳された指先を小さく動かすと、布留の周りが何かを反射した。

「けれど経験が足りないのかな……狙いが荒い。誘導は難しくないよ」

 ──糸だ。

 縫い糸程度の細さの糸が、一瞬ごとに幾何学的な紋様を描きながら滞空していた。時折たわむ様に地面へと降りた糸は、対流する空気のように上昇し、布留の周りを巡り続けている。

 対呪聖装『白糸(しらいと)』。

 呪いを弾き、縫い留めるための布留の個人的な道具の一つだった。特殊な絹糸を清めた水で洗い、微少な印を糸に刻むことによって作られた聖なる糸は、卑しき力を防ぎそれを制する力を持つ。呪いという不確定で曖昧な概念に対する武器の一つと言える。

 やったことは単純。斜線上に『白糸』を配置するだけ。それだけで軌道を歪められた呪いは後ろへと流れていくのだから。

「……それなら」

 自分の攻撃を逸らされた白夜は布留に向かって走り出した。彼我の距離は十メートル程度。白夜でも数秒で詰められる距離に二人はあった。

 白夜の両手が黒く染まり、影が浮き上がる。

 ボコボコと泡を割りながら広がる粘性の影が、白夜を追い越して布留へと向かう。接近して直接呪いを当てる──触れるという行為は最も原始的な『干渉』だ。白夜の狙いは単純──圧縮した負の集合体を直接当てるだけ。それだけで人間の体は、かつての白夜の体のように誤作動を起こして動けなくなる。

 布留はそれを見て嬉しそうに笑うと、軽く振るうように右手を動かす。彼の周りを滞空していた『白糸』が影に集るように動き──影を遮った。

 白夜の顔が、驚いたように歪む。

「さすがにちょっと──舐めすぎだよ」

「なっ……! ──うぅ!?」

 衝突の瞬間に急に動き出した布留が、制止しようと足を止めた白夜の首を右手で掴む。布留の脚はいつの間にか淡く紫色に煌めいていた──典型的な付与魔法の光が、彼の脚力を爆発的に上昇させたのだ。

 白衣に包まれていた細腕が音をたてながら軋み、掴んだ白夜の体が宙に浮かんだ。体格に釣り合わないほど力強い布留の腕には黒い墨で文字が描かれていた。

 魔方陣に使われる文字式に、呪詛の言葉の羅列──彼が作り出した『呪詛言語』の効力だった。呪いという形式に則って、作為的に自身や対象の能力を増減させる。魔力の代わりに既にストックしている血液や毛髪を触媒として消費することで発動できる彼固有の魔法の一つだった。

「僕は呪いの専門家だよ? 君が僕を殺しに来たときのための対策をしてないわけがないだろう。既にこの施設は僕の陣の中で、君はそこにノコノコと入ってきた虫みたいな物なんだよ」

「ぐ、うぅぅぅ……」

 白夜は黒く染まった両手で布留の右腕を掴む。その瞬間白夜の体から這いずり出た黒い粘液が白衣へと伸び──弾かれる。

 腕に描かれた呪詛によって白夜の呪いを相殺したのだ。

 ──白夜は現在、自身の呪い集めの祝福の発動を抑制している。呪いを圧縮して攻撃したりなどある程度の自由は効くが、それ以上の行使をすれば暴走する危険があるからだ。だからこそ白夜は小細工を使うつもりだった。

 けれど『呪い』という分野においての専門家である布留には、彼女の能力を無効化する方法は幾つも考え付く。呪いを弾く聖なる道具を併用することで、白夜の『呪い集めの祝福』に反応しない特別な呪術形態を作り出せる。

 呪いに、呪いと聖なる物をぶつける物量作戦。

 単純な行為ゆえに、勝敗はより練度の高い──綿密な研究を終えている者に傾く。

「白衣にも、僕自身にも細工はしてあるよ。君が呪いの塊である限り、君は僕に干渉することは許されない……そんなことも君の友達は教えてくれなかったのかな?」

 

「──んなわけ、ないでしょ」

 

 ──だからこそ、白夜は己に課していた制約を早々に解いた。

 直後、白夜の背中から漆黒の手が這い出る。

 先程の影とは違う、(もや)のように不定形なナニカの集合体は数十の束となって四方へと散らばり、白夜と布留を拘束するように巻き付こうと空を泳ぐ。

 瞬間的に右手の拘束を離して後ろへと跳びずさる布留を、大量の手が捕まえようと殺到する。

 小さく舌打ちを鳴らした布留はすぐさま膝をつき、地面へと手をつける。その瞬間硬質なコンクリートを透けて出てきた大量の『白糸』が迫り来る手を一つずつ地面へと縫留めていく。

 それでも何かを掴むようにもがき続ける黒い手を、空から針が突き刺した。

「来いッ、『真千針(まちばり)』!」

 その掛け声と共に、天井から雨のように針が降り注ぐ。針全体に『呪詛言語』が彫られた数百の針は黒い手を拘束し、同じく白夜を縫い留めるために降り注ぐ。白夜はケホケホと咳き込みながら影を動かし、まるでスクリューのように回転させて針を防いだ。

 傘のように展開すれば、恐らく黒い手のように白夜ごと縫い付けられるだろう。だから白夜は回転させた影を少しずつ切り離し、最小限の犠牲で自分を守ったのだ。

「……なるほど、わざと近づいたのは油断を誘うためだったと……子供らしい単純な手だ。でもそれならもう少し僕を消耗させてからすべきだったね。そんな能力を使い捨てるみたいに使ってたら、先に倒れるのは君の方だろう」

 顔に冷や汗をかきながら、それでも布留は不敵に笑う。

 そもそも呪いを集め、それを利用して攻撃を繰り出してくる白夜に対して、呪いを弾き防ぐ力を持った道具を多数保有する布留はあまりにも相性が悪い。白夜の攻撃は綺麗に弾かれ、けれど布留の攻撃は白夜を大きく消耗させていく。

 白夜が不利なのは明らかだった。

 ……普通なら、そうだった。

「……やれるモのナラ、ヤッテミロ」

 その言葉と共に、遂に白夜の体が真黒(まくろ)に染まった。

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 まるでこの世の物とは思えないほどにおぞましく変化した白夜を──それでも布留は嬉しそうに笑って見ていた。

 ヒヒッ、という下卑た笑いが、白い歯を見せた。

「──いいッ! 良いぞ良いぞ最高だァ!! ここまで密度の高い呪いの完成形は見たことがない! これなら日本を──いや上手く方向性を示してやれば世界にだって呪いをバラ撒ける! これなら呪いの先を──『祝福の最奥』にだってたどり着ける!!」

 だからこそ、男は笑いを止めない。

 それこそ男の望んだ全て。

 世界に満ちた呪いが星に穴を穿ち、『祝福の最奥』と呼ばれる別世界への道を開く。

 人の集合無意識の先端部。

 『こうであったら良い』という人間の願いと呪いによって形作られた別世界。あらゆる叡知と幸福、憎悪と悲嘆で固められた天獄。

 そこに──必ず神がいる。

「我慢比べだ、白夜。僕のこの望みと、お前の殺意──どっちが深いか確かめようじゃないかッ!!」

 

 

 ──命を冒涜した男と、人を止めた娘の戦いは一時間に及んだ。

 白衣の裏に隠していた数千にものぼる針を地面へと落とす。針はまるで発芽する植物のように『白糸』を茎にして動き出し怪物へと伸びていく。怪物は殺到する針を触腕を動かして地に落とし、幾つもの黒い靄が反撃に布留を覆いにかかる。布留は額に流れる汗を降り飛ばすように足を動かしてそれを避け、『白糸』で靄を封じ地を走る。

 『白糸』が床へと飛び散り、触腕が壁の染みと消えた。

 天から注ぐ針の雨を、コールタールのような影が押し潰す。

 無限にも思われるほど生えた黒腕を、時に糸でコーティングした腕で弾いていく。

 永遠に終わらないかのように思われた両者の戦いは──けれど男の方に軍配があがった。

 グラリ、と。

 怪物の体が揺れる。まるで支えきれなくなったとばかりに。

 布留は、それを見逃さない。

「──『黒糸(くろいと)』ッッ!」

 その声と共に、怪物の足元や壁、天井から針が飛び出した。

 怪物を封じるように数十の針が怪物に突き刺さり、そしてその体を泳いでいく。足を留め腰を縫いつけ、そして自重を支えきれなくなったとばかりに倒れこんだ怪物を黒い糸で地面に縫い付けていく。

 動き出した触腕は既に遅い。倒れた本体の根本から『白糸』の針が幾つも伸びていき、怪物の不定形だった輪郭を定めていく。

 まるでパッチワークのように床へと繋がれていく怪物は抵抗するも、それが叶うことはない。

「……虎の子の『黒糸』を使って、やっとか。随分と、手を焼かせてくれる子だっ…………」

 肩を動かしながら息を切らせて、それでも布留は勝ち誇ったような笑みを変えない。既に『白糸』も『真千針』もほとんど使いきり、『白糸』の数倍の効力を持つ『黒糸』も在庫切れだ。

 あまりにも多くの道具の浪費──けれど布留は笑っていた。

 なにせ白夜が──『呪い集めの祝福』が手に入った。唯一の成功例であり、外の世界での実地実験を終わらせ、更に自発的に呪いの行使すら獲得した被検体が手元に残るならお釣りがくる。

「手に入れたぞ……『天獄』への片道切符を」

 全ては世界を知るために。

 全ては神を知るために。

 知識欲と好奇心の怪物の悲願が、ここに達成される。

 ──唸るような怪物の呻き声が聞こえる。

 既に人の形すら留められなくなったモノは地面へと縫い留められながら地面を振動させるように声をあげた。

 布留にはそれが、泣いてるように見えた。

「ヒヒッ……大丈夫さ、白夜。キチンと体は人の形に戻してやる。お前のままにするのは無理だろうからそうだなぁ……一松人形か西洋人形にでもしてあげよう。綺麗な服と、お前のサイズに合うように家具も作ろうか」

 下卑た笑いを隠そうともせず、男は笑う。

 ──今が人生で最も最高の瞬間だった。悲願を達成するための手段が整い、娘も戻ってきた。

 ああ最高だっ! これが人生の絶頂でなくて何であろうか。ともすれば神にたどり着いたその時よりも嬉しいのではないだろうか。全くもって世界とは僕を中心に回っているに違いない。思えば神輿の起源や悲願なんてモノはもうどうでも良い。僕は僕のための、僕だけのためにこの怪物の力を使う。呪いを反転させる……『正』へと返すなど何の意味もないだろうが。僕ならこの怪物の力を引き出して必ず『天国の廃棄場』をこの手に「にゃーん」

 

 

 ──振り向くと、猫がいた。

 小さな白い猫だ。

 白くて白くて、白い猫だ。

 見惚れるほどに綺麗な毛並みで、まるで宝石のようにクリクリとした白い瞳をしたネコだった。

 どこか、見覚えのある瞳だと。

 そう考えた時には、霧のように揺れた白猫の輪郭が、人のような形になっていて。

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「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

 刺されるような、または射ぬかれるような、もしくは貫かれるような、あるいは焼き付けるような。

 眼球が弾け飛んだと錯覚するほどの痛さに思わず膝をつく。両手で抑えても内側から止めどなく何かが流れ出ていく度に痛さは増していき、何度擦っても変わらない激痛に我慢できず──遂に自ら眼球へと指を伸ばして眼球を掻き出した。

「がぁっ……!! ぐ、ぐぞっだれっ!! なんだよ、ごれ──なんで、ごんなに、ぐちゃぐちゃじて……」

 まるで煮込みすぎてグズグズになった食べ物のように形を変える眼球を、手加減を誤って握りつぶす。プチャリというトマトみたいな感触がやけに掌に残る。

 けれど、どうすればいい。

 眼がなければ何も見えない。見えないのなら白夜が見つけられない。

 白猫の輪郭が揺れて少女の──白夜の物に変わったのは分かっている。ならあれは白夜で間違いない。早く縫い留めなければ、大切な被検体がいってしまう。

 針を、糸を動かせ。『黒糸』で床に縫い留めて──何故動かない。

 『黒糸』が動かない。ならなんでも良い。『白糸』でも『真千針』でもなんでも良い。どれでも良いから早く、くそっ、どれも動きやしない!

 なら陣を、そうだ自分の敷いた陣を動かせば良い。結界を張って逃がさないようにするだけで──()()()()()()()()()()()()()()

 いやそんなのはどうでも良い、あとで構わない。早く、陣を、陣を張り替えて、だめだ。なにも動かない。

 ならもう手でいい。手でつかめ。手がだめならあしでも歯でもかまわない。どんなことをしてでも──ゆびってどうやってうごかすんだったっけ? そもそもここはどこだ。なにもみえなくてくろしかみえない。かのじょはどこだ。なまえはわすれてしまったけど、なにかきっとたいせつなものを……たいせつってなんだっけ? ぼくはなにをしてたんだったか、どうにもからだが おもくてうごけない。なんかつめたいなぁ。ゆかにたおれて ゆかってどっち? そらってなんだっけ? うずまきのなにかがくるくるしててよく 

わかんないわたしはどこにむかって  

どこへいく       そことはどこであれとはだれだっけ 「にゃーん」 

なにかこえがきこえたきがするけどこえってなんだっけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと下を見ると、そこには男が倒れていた。

 眼孔から血液を垂れ流し、みっともなく涎を口から垂らして失禁する男を見下ろしながら、『神輿白夜』は小さく息を吐いた。

 一度白雪を猫として分離し、結界に探知されないよう施設の中の魔方陣を書き換えて貰ったのが功を奏した。呪いの一部を布留とぶつけ合わせて消耗させ、油断したところを後ろから攻撃する──奇しくも先程この男に指摘された戦い方をすることになったが、取り敢えずは成功と言えた。

 難があるとすれば本体から猫の方に意識を交代させ、人の姿に戻るため、服を着ていない状態になることくらいだが、どうせ誰も見ていないのだから気にすることもない。

『お疲れ様。結構な強敵だったようだね、策を弄しておいて良かったよ』

「うん……本当は、こんな面倒なことしなくても勝てるなら楽だったんだけど」

『それは高望みが過ぎると思うよ。呪い集めの祝福を持っていたとしても、それを使いこなせるかは君次第だ。一ヶ月とちょっとで埋まる差なら、彼は当主なんかになってないよ』

「……他の『神輿』は良いの? 一族なんて言うんだから、他にもいるものじゃないの?」

『神輿の家は二代ほど前から随分と他家から嫌われていてね。彼のように狂っていない者は既に家を離れてるし、彼の部下は既に真緒が殴って眠らせてしまったよ。記憶と記録を消せば、どうしようもないだろう。実験に使われた子は……もうどこにもいないみたいだし』

「…………そう」

 小さく、声を漏らす。

 何とも形容しがたい寂寥感が、胸をついた。

 少しの間、何かを考えるように虚空を眺めていた白夜は、ゆっくりと歩きながら糸で縫われたままの黒い怪物へと歩き出す。腰を曲げて糸を軽く摘まむと溶けるように糸は消えていき、不定形の怪物がグシャグシャと何かを取り込みながら動いて白夜の素足を包んだ。

 まるで虫が集るように一斉に白夜へと殺到した怪物の破片は、白夜の体を犯しながら侵食していく。見上げるほどに大きかった怪物は、僅か数秒で白夜の中へと入っていき、綺麗さっぱりと影も形も見えなくなり、後に残ったのは白夜の着ていた衣服だけになっていた。

 白夜は無言のまま服を手に取った。御染とのデートに買って貰った春物の明るい服には汚れ一つ付いていなかった。何だか難しそうな顔をしながら財布を取りだし、退院祝いだと買ってくれたそれらは少しだけひんやりと冷たくて──何故だか、重いような気がした。

 白夜はゆっくりと服を着込んだ後、施設突入前に真緒から受け取っていた黒いジャケットを胸に抱く。人工繊維の無機質さの中に、仄かに嗅いだことのある男の匂いがした気がして……白夜はそのままそこに腰を下ろした。

『……悲しいかい?』

「別に、何にも。直接会えば、何か感じられるかなって思ってたけど、期待はずれだった」

 ──敵討ち、みたいな物だと思っていた。

 白夜が七歳の時に優しい母親が病室を訪ねてこなくなった時、ふと漠然と死んだのだろうという考えは浮かんでいた。

 それはどうやら真実だったようで、彼女は無惨にも命を散らされていて──ならその元凶を倒してあげよう、なんて考えてこの襲撃を提案した。

 けれど、胸のうちに残ったものは虚無感しかない。

 自分を不幸に陥れた存在を倒してスッとしたわけでもなく、元凶の無様を晒した姿に興奮することもなく、ましてやこれで母親の無念が晴れたようにも思えない。

 そもそも、布留は死んでいない。ただ、色んな事を一時的に忘れているだけで、手も足も心臓も動いている。白夜の施した忘却の呪いは一時的な物でしかないので、後で念入りに処理をしなければすぐに精神は元の状態に戻るだろう。

 だからあとで、新しい呪い(記憶)を『眼』として埋め込む必要がある。

 先程のように抉り取ろうとしない限り恒久的に記憶の忘却が行われ、自身が心血を注いだ研究の詳細も忘れ──ただの人間に成り下がる。それはきっと彼にとっては殺されるよりも耐え難い行為に違いない。

「……はあ」

 小さく息を漏らし、そのまま体の力を抜いて床に寝転がる。冷たい床が背中に当たるが、そんなことはどうでも良かった。

 ──そう、どうでも良かったのだ。

 本当は母親のことなんてどうでも良かった。七年も会っていない人間は白夜にとって他人のような物だ。意識する方が難しい。

 本当は父親のことなんてどうでも良かった。自分がこんな体になった元凶に会ったところで、特に怒りもなければ悲しみもない。ただ父親という存在がいないと後々面倒だから──調達に来たというだけ。

 ただ──猫としてだが──御染と一緒に暮らし、そして時を過ごしていくうちに『家族』というものに興味が沸いた。

 例えばそれは両親だったり。

 例えばそれは兄妹だったり。

 穏やかな顔で自分(ネコ)を撫でる御染の顔が、どうにも幸せそうで。

 撫でられている自分も心底幸せで。

 それがきっと『家族』なのだと思って。

 だから、会おうとしただけ。

 ……結局当の父親は、自分の利用価値についてしか興味がなかったらしい。少しは反抗してみたけれど、返ってきたのは適当なあしらい──言うことの聞かない実験対象を扱うような言葉だけ。白々しい言葉の羅列でしかない。

「……ねえ、白雪」

『なんだい白夜』

「家族ってさ、なんだと思う?」

『そうだね……近しい血縁関係者や共に暮らす者達、配偶者……人によってはペットや、家そのものも家族だって言う人も、私の記憶にはいたよ』

 白雪の返答に、白夜は小さく「そう」と返した。

 それならば──あぁ、小さなことはどうでも良いか。

 白夜/白雪と『神蔵御染』が家族だと定義されていて、自分もそう思っているなら、それ以外はどうでも良い。

 その他のことは、どうでも良い。

 両親のことも、『呪い集めの祝福』のことも、自分の未来のことも、どうでも良い。

 私と彼がいれば、それ以外はどうでも良い。

 そう、諦めればいい。

 それが楽で、それが救い。面倒なことは先送りにして、辛いなら目を瞑って、彼の膝の上で微睡む人生を……猫生を過ごせていれば良い。頭を撫でられて、首輪を付けられて、彼の匂いを胸に眠る生き方を既に知っているから。

 もう、それで良いと、『諦観』してしまえば。

 全部楽に──。

 

「……それは、やめた方が、良いよ?」

 

 ハッ、と気付いた時には、目の前に真緒がいた。

 膝を曲げて背中を曲げ、至近距離でこちらの顔を覗き込んでいた真緒に、やっと気がついた。

「……諦めたら、詰まんない、でしょ?」

 こてんと、可愛らしく首を傾げながらそう呟く彼女の言葉に文脈はなく、まるで白夜の心を読んでいるかのようで。

 白夜は心臓を掴まれたと錯覚するほど、息を詰まらせた。

「……真緒ちゃんは、お兄さんが一番じゃないの?」

「にいさんは、いつだって、私の一番、だよ?」

「じゃあ……なんで私を友達になんかしたの? 私だけじゃなくて、葉月も、潤さんも……大切なら、独り占めするのが普通でしょ?」

 思えばそれは、当然の疑問だった。

 断言してしまうなら、そもそも白雪を含めた彼女たち──『神蔵御染』の周りは奇妙だ。彼を慕う女が何人も周りにいるくせに、当の本人たちは対立せずに日常を謳歌できている。そこに嫉妬はあっても憎悪にはならず、羨望はあっても独占はない──あまりに都合の良い集団と化している。

 確かに白夜もそれら集団の一員であり、彼を慕う一人だ。既に渦中にいる存在が何を今さら言っているのか疑問に思うかも知れないが、無論白夜本人も独占できるものなら当にしている。けれどそうできない理由は、白夜/白雪や葉月よりも彼との付き合いの長い真緒や潤があまりに好意的だからだ。

 ──友達に、なろう?

 白夜が真緒と初めて会ったときに、彼女は微笑みながらそう言った。自分よりも彼に近しい人間である真緒にムッとした顔を向けた白夜に、真緒は嫌な顔をすることはなく……彼女の兄であり想い人に良く似た笑みに、白夜は毒気を抜かれてしまったのだ。

 だから、聞きたかった。

 何故占有しないのか。何故争わないのか。

 何故──恋敵を友達になんかしようとしたのかを。

 真緒は白夜の真っ直ぐな目に、んー、と唸りながら首を傾げて、

「……昔、潤先輩に会ったときは、凄い、嫌だった」

 真緒は何かを思い出すように、虚空に視線を向けながらポツポツと語りだした。

「にいさんは、私のだと、思ってた。あの日……ハワイで、にいさんに会って、泣いて、笑って、家族になって……ずっと一緒で、ずっと私のモノだって、思った。

 だから、先輩を家に連れてきた時は、本当に困った。

 友達とか、いる? にいさんに、私以外のヒトとか、必要ない、よね? って。

 先輩にも、言った。失せろ、って。じゃなきゃ消す、って。なのに先輩は、にいさんを運命、だとか言って、ゴタゴタ言ってて……面倒だから、さっさと()()()

「『…………』」

 言葉足らずの、部分的な真緒の過去。

 色々と衝撃的な言葉の数々に、白夜と白雪はちょっと引いた。どうやら今ここにいる真緒よりも、昔の真緒は過激だったようだ。

「……でも、家に帰ったら、にいさんと先輩は、お茶飲んでた」

 ……本当に、何者なんだあの人。

 白雪と白夜の思考が綺麗にシンクロした瞬間だった。

「その後も、何回も殺して、でも生きてた。塵も残さなかったのに、ゲームしてるし。()()()()()()に、放り込んだのに、にいさんとデートしてるし……あと、ちょっと反撃されて、怪我したし」

 ──だから、諦めた。

 諦めて、話をすることにした。

 直接的な排除が出来ないと理解したから、説得でもなんなりして何とか排除をしようと試みた。

「そうしたら……まあ、そんな悪い人、じゃなかった」

 真緒から見た潤の印象は、どうにも変な人だった。

 御染と一緒にいるときはとても難解な言葉遣いで何言ってるのか分からないのに、彼が側にいないとあまりに『女』らしい顔をする。

 何でも知ってて、何でも出来るような事を仄めかす割には、それを御染に話そうとはしない。理由を聞いても、真緒には良く分からなかった。ただ真緒は、御染なら真緒の秘密を知っても態度を変えないことを()()()()()()()、それに同調してるだけだ。

 そして何よりも、潤は真緒の知らない御染を知っていた。御染の友達にしか見せない無邪気な笑いを、勉強をする御染の真剣な顔を、御染とのなんだかオタクっぽい雑談の応酬を──『石動潤』が好きな『神蔵御染』の姿を。

「その時に、気付いた。私の知ってるにいさんは、私だけの、にいさんで……他にも、色んなにいさんが、いる」

 それは、何だか素敵な響きだった。

 好きな人の──自分の大好きな人の色んな側面。自分以外の人に見せる顔や、自分以外の人が見る好きな人の姿。

 それを、知りたくなって──そう思っている内に、潤と色んな話をして、友達になって。

 

「好きなもの、一杯増えた」

 

 だからこそ、『石動潤』は真緒の先輩だった。

 

 (よわい)の話ではなく、人間としての先達。

 精神的に幼かった真緒にとって、視野を広げる事を教えた人物だから。面白いことを──兄と共にいるだけでは知ることの出来なかったものを教えた先生だから。

「だから、諦めてたら、何にも面白くない。弱い人は、いても困る、だけ」

 真緒の顔は変わらなかった。

 いつも通りの儚げな困り顔で──けれど硬い覚悟を秘めた目付き。

 ともすれば臆してしまいそうになる視線に、目を反らしてしまいそうになって……けれど反らしたら負けだ、という意識が心に浮かんでくる。

 ──きっとそれは真緒なりの最後通牒で、発破なのだろう。その程度では困るのだと。寄りかかるだけなのは、依存するだけの人間はいらないのだと。

 だからこそ、白夜は真緒に視線を返す。

 歯を食い縛りながら、目を吊り上げて目線を返す。

「……私は逃げないよ。真緒ちゃん」

 ゆっくりと、口を開く。

「私だって……お兄さんのこと好きだから。お兄さんの好きなところ、一杯あるから」

「……じゃあ、諦めなければ、もっと好きなことが、増える。やりたいこと、嫌いなこと、生きてる理由……みんな、見つかる、よ?」

 私も、そうだったから、と優しく微笑む真緒に、白夜は笑って返した。

 ──何はともあれ、諦めるにはまだ早い。

 白夜がこの世に生を受けて十五年程度。しかもその大半は病院のベットの上で生きる人生だった。

 けれど、ここからはそうもいかない。

 『呪い集めの祝福』をある程度制御した彼女にとって、きっとここから先の人生の方が長くなる。

 学校に行けなかった分の勉強をして、学校に通うようになったり、趣味や好きなことを見つけて遊んだり。恋は既にしているが、きっともっと人を好きになることを学べるに違いない。

 『神輿白夜』の人生は、始まったばかりなのだから。

 

 

 

 副題

『白夜ちゃんの里帰り~神輿本家崩壊~』

 改め

『呪い集めの少女のリスタート』

 

 

 

 

 




神輿白夜
今回の主役。春の新作を着た女は最強、賢姉が言ってた。
ケジメをつけに帰省する。あまり心境の変化は無いが、何となく吹っ切れた感じ。
今話でやっと人としてのスタートライン。彼女の冒険はまだまだ続く。頑張れ女の子。

白雪
今回のサブ。あんまり活躍してないのは仕様(たぶん)。
途中から空気だったけどその辺はまた今度描く予定。立ち位置は保護者だけど精神的には一番幼いかも。
一応ある程度メインの小話は考えてるけど、R18一歩手前になりそう。エロ的な意味で。

神蔵真緒
今回のサブ。兄ガチ勢にしてエンジョイ勢。
色々と言ってるけど、つまりは「やだ……私のにいさん何やってもカッコいい。抱いて!」の精神。
研究所近くで待機してた職員は半殺しにして森に放置。この後ついでに施設も壊してクレーターだけが残る。最後は先輩がガス爆発として処理する。完璧だな(白目)。

神輿布留
今回の主役? どちらかというと研究者タイプ。
わりと非合法で倫理的にヤバイことしてるのにヒロイン勢の方がもっとヤベーからあんまり目立たない。
このあと気付くと都会の住宅街で父親になってた。なんか忘れてる気がするけど、まあ娘が言うなら気のせいに違いないな!

神蔵御染
今作の主役。実は英語が得意。
中三の夏とかにハワイで親父に銃の扱いを習ったような、習ってないような……。
基本的に何もしないのに周りからの評価だけはやたら高い。つまりはなろう系主人公だな!(錯乱)

   でーたべーす
『祝福の最奥』『天獄』、人によってはそのまま『天国』とも。
 意味的にはほぼ同じ。人の集合的無意識──万人の考える『幸福』『願い』『悲嘆』『憎悪』など『正邪』と『正負』の集まる場所。誰もがそこに繋がっているが、誰もそこへは辿り着いたことはなく、あらゆる知識が眠ると言われているが、誰もそれを観測したことはない。fate的に言えば根源の渦、ハガレン的に言えば真理の扉のような物。
またキャラによって解釈が異なる。布留はそこは内宇宙に存在する生命体の思考の集積場だと捉えていて、そこは知識の宝庫であり、そして完全なる『神様』がいると思っていた。

『天国の廃棄場』
『天獄』に至る入り口の一つであり、『負』の集積場。
それは世界に溜まった『澱』(おり)。淀みであり歪みであり不動の泥。不定形が形を成したゴミ溜まり。


なお、この設定が活かされることはあんまり無い。


次回はまた明後日くらいに。
新キャラ出ます。お楽しみに。


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