『戦車道』。それは、古くから乙女の嗜みとされている武道である。武道であるため、当然のことながら多くの流派がある。そして、戦車道に携わる者に聞けば、必ずといって良いほど挙げられる流派がある。
『西住流』と『島田流』。戦車道の二大流派とも言えるだろう。
その内の一つ、西住流。その本邸の居間に二人の女性がいた。
一人は黒いスーツを着ていて、黒い長髪の女性。ピンと姿勢を正して正座をしているが、その表情は優れない。まるで、何か悩みを抱えているようだ。
もう一人はジーンズに白いTシャツというラフな格好をしている。同じ黒髪だが、この女性はボブカットだ。
どれほど黙っていたのか。すっかり空気が重くなった室内で、正座をしている女性……西住しほが口を開いた。
「りほ……。私はどうしたら良いの?」
「いきなりぶっ飛び過ぎてるぜ、姉さん」
りほと呼ばれた女性は、腕組みをして壁に背を預けながら立っていた。しほの問いに、質問の意図が分からないと返す。
「みほの行動に対して、私は西住流として接しなければいけないの? それとも母親として?」
それは、今日行われた、戦車道全国大会についてだった。
しほには、二人の娘がいる。姉のまほと、妹のみほだ。彼女たちは、ドイツ戦車を使う黒森峰女学園の生徒で、それぞれ隊長と副隊長を務めるほどの実力者だ。
今回の大会は、黒森峰の十連覇をかけた戦いだった。しかし、天候が悪化していたこと。そこへ対戦相手のプラウダ高校からの砲撃。そして足場が崩れた事による、Ⅲ号戦車の転落。誰が悪いとも言えない不運な事故が起きてしまった。
このⅢ号の後ろに居たのが、副隊長でありフラッグ車の車長を担当していた、みほだった。
彼女は見捨てることが出来なかった。砲弾が飛び交う中戦車から降り、増水した川へ飛び込んで仲間を助けた。
しかし、その間に担当していた戦車は、相手からの砲撃を受けて撃破されてしまった。
西住流の娘が戦車を放り出し、その結果十連覇を逃す。この事に、黒森峰のOGは酷く憤慨した。
西住流師範として、教えに反してしまった娘を叱責すべきか。しかし娘は責任を感じやすい子だ。自分が叱責することで追い討ちをかけ、戦車に対してトラウマを持ってほしくない。
西住流師範と一人の母親。板挟みの状態に、さすがのしほも精神的に疲れてしまった。
そこで、戦車道以外の世界も見てきた、妹のりほに助けを求めたのだ。
「母親として褒めてあげたい。でも……」
「なぁ。何で選択肢が2つなんだよ?」
「……え?」
「師範として言葉を送ってから、姉さんとしての言葉を送るって手もあるんじゃねえの?」
「っ!」
長時間の悩みを、目の前の妹はあっさりと解決してしまった。
りほは、口調が少し男っぽいものの、独特の考え方で人を引っ張ってきた。現に、大会では黒森峰の整備班班長を務め、Ⅲ号戦車が転落したと報告を受けたときは速やかに救助班を向かわせ、自らも回収車に乗った。その時も多くの人間が彼女の指示に従い、迅速な行動をしている。それだけ、彼女には人を惹き付ける『何か』があった。
『連盟から指示が出てないだぁ? 馬鹿野郎! モタモタして人が溺れるのを黙って見てろってのか!』
『責任は全てアタシが背負ってやる! とっとと救助に向かえ! モタモタするなら、ケツにドライバーねじ込むぞ!』
選択肢は1つではない。どちらかを選んでBetterを取るよりも、2つとも選んでBestを取った方が良い。
「……ありがとう、りほ。心が軽くなったわ」
「あんま具体的な答えを言えてねえんだけどなぁ……」
「ヒントから答えを見つけれたのよ」
「そうかい。……そろそろ2人が帰って来る頃だな」
「えぇ……」
「アタシは、部屋に居るよ。何かあったら……」
「分かってるわ。……ありがとう。本当に」
「……よせやい。あんまり言われると、照れる」
りほは頬を少し赤くして、出ていった。それからしばらくして、2人の娘が入ってくる。
2人が座ると、しほは、口を開いた。
桜が咲く季節。りほは、自身の住む
「アタシのこと、よく知ったねぇ。ま、みほちゃんの転校書類に、保護者代わりとして書かれてるから当然か」
《お願いします。私たちの戦車を復活させるには、貴女の力も必要なんです》
「帰ってきた時のみほちゃんね、随分と弱っていたよ。何故だか分かるかい? 戦車道に関わってない人間に、『黒森峰が負けたのはお前のせいだ』って、周りから責められたトラウマがあるからだ」
《……知っています》
「知っていながら追い詰めるのが、あんた達生徒会のやり方なのかい」
《そう言われるのも覚悟の上です。ですが、私たちが憎まれようとも、西住の力が必要なんです!》
「なぜそこまで必死なんだい? あんたの声、随分と追い詰められてる声だ」
《それ、は…………》
「……今は言えない、か」
《……すいません》
「……はぁ」
その声を聞いた相手は、戸惑った。不機嫌にさせてしまったのではないかと。
りほが次に発したのは……明るい言葉だった。
「ま、理由はどうあれアタシに任せな!」
《……………………へ?》
「引き受けるよ。お宅の依頼」
《い、良いんですか!?》
「当たり前さ! 戦車があるところにアタシは行く! フリーの整備士である、この西住りほさんに任せな!」
《あ、ありがとうございます!》
「どういたしまして。じゃあ、詳しい話はまた後でね、河嶋さん」
《はいっ! 本当にありがとうございます!》
電話を切ると、ドアが開く音がした。
「りほお姉ちゃん、ただいまー」
「おう、お帰りー」
一緒に住んでいる姪が帰ってくると、こんな事を閃いた。
「(アタシが大洗女子学園戦車道チームの整備士になった事は、みほちゃんには黙っとくかね。サプライズさ、サプライズ)」
「りほお姉ちゃん、どうしたの?」
「何でもないよ。さ、テレビでも見てて。夕飯作るから」
「はーい!」
ボコボコにされる熊のアニメを観ている姪に苦笑しながらも、夕飯作りにとりかかった。
夜。夕飯時に学校の事を楽しく話していたみほは、すっかり眠ってしまった。その様子にクスリと微笑むと、みほの部屋の扉をそっと閉めた。
缶ビールを開けて、クイッと一口。その後に自分の携帯を開く。
「もしもし? お疲れ、姉さん。うん、楽しくやってるみたいだよ。今も自分のベッドでぐっすりさ」
電話の向こうから安堵のため息が漏れたのを、聞き逃さなかった。
「そうそう。みほちゃん、やっぱり戦車道をやるみたいだよ。……そうなんだよ。突然『やる』ってことになったらしい。アタシも整備士の依頼が来た。え? もちろん引き受けたよ。良いことじゃないか、戦車道がより広まる事になるんだから」
戦車道から離れそうだった娘が続けることに驚いたのだろう。滅多に聞くことのない姉の驚きの声に笑いをこらえながら、自分の思いを告げる。
「姉さん。暗黙のルールになってる『強豪だけが参加を許される』ってのは、もう時代遅れだ。これからは沢山の学校が、戦車が大会に出るべきなのさ。……やっぱり、姉さんもそう思うんだね。良かったよ。
じゃあ、もう遅いしそろそろ切るよ。え? 姉さんは間違ってないよ。みほちゃん喜んでたよ。『お母さんが褒めてくれた』ってね。まほちゃんもね。そうだ、まほちゃんとか、よく彼女の側にいたエリカって子は元気かい? ……そうか。なら安心かな。きっと、全国大会の抽選会の時なんかに会うかもね。
じゃあね、姉さん。忙しいのは分かるけど、たまには休んだ方が良いよ? それじゃあ、おやすみー」
携帯を閉じると、ふと窓を見る。雲もない夜空に満月が浮かんでいた。
「今年は、今まで以上に面白いことになりそうだ」
そう呟くと、再びビールを飲んだ。
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