朝早くお腹が空いて目が覚めた。初夏に入った頃だけに今日も夏日だぜとばかりに早起きの蝉の歌声が窓の外で響き渡っている。蝉、早起きだな。今何時だろうと手を伸ばしてベッドから辺りにあるはずの目覚まし時計を探るり当て、引き寄せると上部ボタンを押し蛍光ランプに浮かび上がる数字を目をしょぼつかせながら見つめた。午前4時。時計の淡い緑色の光が消えると団地間取りで狭い6畳の部屋の中は、すでにカーテン越しに薄っすらと白んだ光が入ってきている。
今日はせっかくの休みなのだ。休日惰眠を貪る予定なのだ。もう一度寝ようとタオルケットを引き寄せたが、お腹が否というようにぐうぐうとなる。お腹が空きすぎて目が覚めるなんて、子供みたいだ。空腹感に負けて、むっくりと起き上がる。今度こそしっかりした目で部屋を見つめると、あちらこちら脱ぎ散らかした衣類が散乱している。とっても女性の部屋には見えない。
仕事が繁期だけに、遅くまで残業でいつも玄関開けたら風呂に入り寝るだけで洗濯溜まり放題。で、最近朝はいつもこんな感じだ。 薄明りの中一つ一つ脱ぎ散らかした衣類を集めながら歩き、向かい側の洗面所へ行きネットに入れると洗濯機に放り込んだ。溜まった洗濯物の何とも言えない汗臭い臭いというか加齢臭がする。洗剤を入れて大急ぎで蓋をしてタイマーをセット。今の時間では近所迷惑になるし、あとでやろうと思っていると忘れてしまうこともあるので。セットしておいて、タイマー音が鳴ったて時間になれば干せばいい。
その間中お腹はフルオーケストラの様に鳴り響く。
一人暮らしで本当によかった。妹が居たら、お姉ちゃん可笑しすぎると大笑いされたことだろう。
実家では二人ひと部屋で始終顔を合わせていた一つ下の妹の顔をお思い出して懐かしさに目を細めた。そろそろ夏休みだから、一人部屋になったあの部屋でごろごろしているのかもしれないな。
引っ越した時は、ここは借り手がかなりすぐ変わる物件だと聞いたが、幽霊とか借主が亡くなったとかでもないのに、借主がこの部屋に帰れなくなるらしい事故物件なのだと聞いた。。引っ越しを決めるとすんなり帰る事が出来たと、大家さんに言われた。
私はそんなことは1度もなくこの部屋かえれているから部屋に好かれたのだろうと言われたっけ。
顔をも洗わずに朝食にするのは少し気が引けて洗面所で早々に歯磨きと顔を洗うとパジャマのまま廊下の奥にある台所に向かった。
そういえば昨日昼ご飯に作ったカボチャのグラタンが多すぎてもう一つグラタン皿に入れたままだ。料理番組みてたら美味しそうで材料がちょうどあったんで作ってみたんだけれども、かなり美味しかった。あれはリピ決定だな。思い出すとお腹がまたぐうっとなった。あれなら朝からいける気がする。
台所のドアを開けて中に入る。シンクが見えたが昨日の洗い物がそのままだ。あれはグラタン食べてから洗おう。そうしよう。
そう思いつつ、台所のガラスの嵌った引き戸のすぐ脇にある冷蔵庫を開けると近くにあった大学芋を摘まむ。これは三日前に作ったのでそろそろ賞味期限的にヤバイ。食べきってしまわないとなあ。大学芋で、ちょっと小腹が満たされお腹の音は泣き止んだ。
「大学芋もいい味出してるけど、やっぱメインはこっちだよね」
手前に入っていたカボチャのグラタンを出しつつ、横にあるオーブンに入れようとして。
カチャリと台所の扉のあく音の先に人の気配。
え? え?
びっくりして振り返った。
泥棒???
本当に驚いたときには悲鳴も出ない。声なんかもっとでない。
台所の扉の前に立っていたのは、中学生ぐらいの少年だった。
白い肌。蜂蜜色の瞳。ジャージような服。短パンを着た少年が、蜂蜜色の瞳でこちらを見てた。
蜂蜜色の瞳なんて、人類で見たことない。
カラーコンタクトだとしても、あまりにも似ていて。
もしかして。もしかしなくても。
太鼓鐘貞宗のそっくりさん?
この人はとうらぶにでてくる太鼓鐘貞宗の服装に容姿。
まるでイラストから抜け出てきたような。
どっからどうみても太鼓鐘貞宗だ。
ちょっと待って。
自分の家の台所に刀剣男士がいるなんてありえない。
これって夢?
夢なの?
そういえば、昨日ずっと刀剣乱舞の逆トリップの創作を読んでいた。
そのまま寝落ちしたせいで、こんな夢を見ているのだろうか。
ありそう。
きっと、貞ちゃんが自分の台所に現れるっていう夢に違いない。
「ここは、どこだ? あんただれだ?」
声までそっくりだった。
当たり前か。
だって私の夢なんだもん。
彼も私同様に驚いて、目を見開きながらこちらを見ているが、訝しむ様子も警戒する様子もない。
ふつう身の危険や不審人物がいたら警戒すると思うのに、なぜか初対面だというのに私を親しみのこもった感じだ。目が合う。と、まるで見知っている間柄のように、彼はにっかっと太陽のような画面越しに見る笑顔で私を嬉しそうに見つめた。
さすが夢だ。
「ここは私の家で、私はここに住んでる人間だよ」
刀剣男士に名前を言ってはいけない。
夢なので、いってもいいかと思うけれども。もしもってこともあるし。
「えー。じゃあ、ここ、本丸の厨房じゃねぇのかぁ?」
きょろきょろと状況を確認するように狭い台所を見渡されてしまって、夢なんだから綺麗なキッチンっていう設定でもいいのに、いつもの狭いキッチンに昨日洗い物そのままで寝たので汚れた食器がシンクの中で水に浸かっている。それらをぐるりと見渡している彼の目が、私の持っているグラタンに注がれる。
「これって、なんだ?」
「グラタンだよ」
「ぐらたん?」
「そうだよ」
「へえ。これって西洋料理なんだよな? 美味そう」
貞ちゃんはグラタンを知らないみたいだった。かぼちゃのグラタン。
なんだか、ラップかけてあるのにチーズの香りがほんのり香。
戸惑いながらも貞ちゃんにグラタン皿を差し出して見せた。
「貞ちゃん食べてみる? これオーブンで15分ぐらい焼いて、チーズがぐつぐつ行ってきたら出来上がり。昨日食べたけれど美味しかったよ」
彼がへえっといいながら、グラタン皿を私の手から受け取る。
「あんたが作ったの?」
「うん。そうだよ」
「へえええ。すごいなあ。こういうのって外国料理で難しいんだろ?」
「簡単だよ。作り方教えようか?」
「いや。主が西洋料理好きじゃなくって、食べてみたいけど……」
「主さん?」
「うん。俺の主さん。和食が好きなんだって。みっちゃんが言ってて、だからおむらいすとかすぱげてぃとか万屋で看板看るけど食べたことないんだ」
「そう、なんだ」
この太鼓金貞宗には主さんがいるのか。
夢なのに、こういう場合私が主でゲームの中から会いに来たとかじゃないの?
自分のゲームの刀剣男士かと思っていた分ちょっと、っていうよりも、かなり、がっかりだった。
彼は私の反応をどう見たのか、グラタンが食べてもらえないからがっかりと映ったのかもしれない。
大慌てで、私の顔を覗き込んで励ます様ににっこり笑う。
「あ、そうだ」
彼はカボチャのグラタンを持ちながら上目遣いで私を見つめた。
「これ、持って行ってもいい?」
「うん?」
「主に見せて食べていいって言ったら食べようかと思って」
にっと笑顔で言うってところはホワイト本丸の良い審神者さんらしい。
「こんな食べ物初めてみっからさ。みっちゃんにも見せたいんだ。持って行ってもいい?」
「いいよ。じゃあ、このままじゃなんだし。タッパーに入れるね。あ、オーブンで焼く時はラップは取って180度ぐらいで15分だからね?」
「分かったぜ」
私の後ろでラップかけたグラタン皿を待ってもらいながら、台所のシンク下の棚をガサゴソと漁る。どうしてこういうときにちゃんと整理整頓をしておかなかったんだろう。
グラタン皿が入りそうなタッパーを見つけて、これだと持って振り返った。
「貞ちゃん?」
いなかった。だれも。
え? え?
「夢だけに、突然消えるっていうパターンの夢だったってこと?」
台所に自分の声だけが響く。
手に持っているタッパーは嫌に現実っぽく、使い古したいつもの白いタッパーだ。
「いかん。これは夢だ。疲れすぎてるんだ。きっと。もう一度寝ようそうしよう」
夢の中で夢だから寝ようというのはおかしいんだろうと思うけれども。
でも、なんか怖い。
だって、夢じゃなかったら幽霊ってことになるじゃないか。
寝室へ戻ると布団をかぶる。
あれは夢だ。
幽霊じゃなくて夢だ。
きっといい夢だったから。寝たら続きが見れるかもしれない。
その時は伊達組全員集合だ。
夢の中で夢の続きを見ようとしているなんて不思議だけれど。
それでも。
夢だとしたら。
刀剣男士の出てくる、現パロの夢なんて初めてだ。
そういえば、パソコンがかなり変な落としていたけれど。壊れる前のような変な音。私、起動したっけ?
きっとこれも夢だと思うことにする。