今朝は変な夢を見たもんだ。
でも、まさか本当だったり? そう思いながら、洗濯層には干すだけになった洗濯物が大量に出来上がっていて。
まさか、と思い、台所へ直行し冷蔵庫を開けると、昨日の昼の残りのカボチャのグラタンは跡形も無くなっていた。
え?
マジで?
太鼓金貞宗が来ていたって。
あれって、まさか。
夢でも幽霊でなくて。
正真正銘。現実で。
リアルにこの汚い台所に綺麗でかっこよさにこだわる伊達組の貞ちゃんが来ていたって。
冷や汗が出る。
まさか。
あの夢。
全部。
本当だったってこと?
かなり混乱しながら、台所横の食器棚を見たが、三つあったグラタン皿は一つ失くなったままだ。赤いグラタン皿で下のコルク台がセットになったものだった。だが、コルク台はあるのに、赤いグラタン皿だけはない。どう見てもどこかで失くすような品物ではないし、夢遊病発症で寝てる間に食べたとしたら、食べた後のグラタン皿あるはずなのに、それもない。
これはどう見ても。
あの夢が本当だったってこと?
ああああ。
本物の太鼓鐘貞宗がこの洗っていない汚れた食器の積まれた台所に来たってことだ。
最悪。汚い台所見られたああああ。
でも、うわ。ってことは本物に会っちゃったってことで!!!
何でもっと本丸の話とか伊達組の話とか話さなかったんだろう。
刀剣男士だよ?
実物だよ?
記念の握手とかサインとかもらっておけばよかった。
「っと。仕事に行かないと!」
って、色々やってる間に出勤時間。
*
「疲れた」
玄関開けて、夕食も適当にカップ麺で済ませるとパソコン起動。
会社は事務系の仕事だが、自分が役立たずだとはわかっているが、それを指摘されると図星なだけに落ち込む。色々と言われていることは正論だし、自分が仕事が遅いのが悪いのはわかっているし。失敗したわけではないけれど、すみませんを一日中言っていた。聞こえるように陰口をたたかれるのは、毎度のこと。慣れようとはしているけれど、慣れなくて心が中傷。聞いてるとわかってて言ってる人は、私に辞めてほしいんだろう。ネガティブ発動してるなあ。
「はあああ。こういう時は、とうらぶだよね」
癒しだ。癒しに会いに行かないとやってられない。
玄関の扉を開けると靴を脱ぎ散らかしながらも自室へ駆け込みパソコン起動。
風呂に入ってきて、大急ぎで着替えてパソコン前に座るとやっぱりまだ黒画面。
最近、パソコンで刀剣乱舞をしていると、ぶっちぶっちネット回線が切れまくる。
スマホは持っていないので、パソコンで刀剣乱舞するしかないというのに。
今も起動したまま真っ黒画面だ。下の花丸が出てこないときは繋がらないことが多い。
前にこのまま放置していたら繋がるかもしれないと、その画面のままお風呂に入って帰ってくると、そのまま真っ黒画面だった。つまり30分以上そのままだってこと。こうなると、何度もログインしなおすしか方法はない。
さて、これで10回目。クリックして起動。長い時で3時間。繋がった時は午前様。それからのゲームの日課こなして終わり。だが、本丸のうちの子に会わないと1日が終わらない。
何度目かの真っ黒画面だ。
今日も長期戦になりそうだな。
そうと決まれば、コーヒーでも作ってくるか。
一旦パソはそのまま放置で台所へ行く。
今日は全国的な夏日だった。もうすでに夜10時を回っていたが、自室から廊下につながる扉を開けるだけで湿気がたっぷり含まれたような熱の籠った空気が押し寄せる。
大急ぎで冷房の効いた自室の扉を閉めて台所へ向かう。
夜は電気をつけまくりながら歩くのはいつものこと。だって部屋の中真っ暗だから怖いんだもん。
台所を開け大急ぎで部屋の電気をつける。
白い光に目を瞬いた。
「おかしちょうだい!」
え?
目の前に。
包丁藤四郎がいた。
驚きに声も出ない。目を何度つむって開いても彼は消えていなくならなかった。
自分の太ももをつねってみたがやっぱり痛い。これは夢ではないんだ。
どのくらい時間ぽかんとしていたかわからない。
その間、包丁くんはダイニングテーブルに置きっぱなしの袋に入った9個入りの一口バームクーヘンに目が釘付けだ。
「ねぇねぇ。お菓子頂戴。僕の主さん、甘いお菓子くれないの」
こちらを見上げて、ちらちらと私とお菓子と視線が行ったり来たり。どれだけお菓子が欲しいんだ。
これは、やっぱり夢じゃない。
あの時の貞ちゃんと同じで。
現実だ。
でも、この蒸し暑い台所で立ち話していては頭から溶けそうだ。
「ちょっと待っててね」
台所備え付けのクーラーを起動させ、冷房最強にした。
包丁くんは部屋に入るなりバタバタしている私にい彼はお菓子をくれないと思ったのか、しゅんと肩を落とし始めた。
「やっぱり、お菓子もらっちゃだめかな?」
「これが欲しいの?」
そういいつつダイニングテーブルの上の一口バームクーヘンを差し出すと、ぱあっと笑顔に変わる。
どれだけ、お菓子好きなんだ。
そういえば、ゲームでお菓子増量を要求するとかいうセリフがあったっけ。
思い出しつつクスリと笑いながら一個と言わずと袋ごと彼に手渡した。
「はい。どうぞ」
その瞬間、包丁君の手に触れた。温度があった。ぬくもりがあって、短刀をいつも握って戦っているためか見た目子供なのに手は少し固い。
「立ち話は何だから、そこに座ってね」
「うん」
彼は素直にダイニングテーブルの椅子に座ってくれたので、私は右隣に座った。冷房はまだ効いていないし、扇風機をまわしていたがかなり暑い。座っているだけで汗が噴き出そうだけれど、包丁君は暑さよりも菓子が貰えたことが大きいみたいで、座ったまま、「これってどんな味だろう」ってニコニコしている。
「君は包丁藤四郎くん、だよね?」
「うん。そうだよ」
「君の主さん、甘いもの好きじゃないなら、私のお菓子持って行って包丁くんが叱られたりしないかな?」
お菓子が嫌い、だけならいいが、何かのアレルギーの類だと、そのお菓子を見るだけでも苦しい記憶を思い出して嫌だと思うのでそう聞いてみる。
「きっと、大丈夫だよ。主さん、甘いもの苦手なんだ」
「病気とかじゃない?」
「違うよ。食べれるけど買ってまで食べたくないんだって言ってたもん」
「他の刀剣様も甘いもの苦手なの?」
イメージとして大倶利伽羅さんがすごい甘いもの好きなんだけれども。
「あんまり好きな奴はいないよ。いち兄も好きじゃなくって、俺どうしてか聞いたら、いち兄は鍛刀で作られた刀なんだって。鍛刀で来た刀は主の影響を受けやすいから甘いもの好きではないのです。包丁はドロップできたから、その影響が少なく甘いものが好きなのですな、って買ってあげられずすまないって辛そうに言ってた」
いち兄の口調の真似は微妙に似ていて仲睦まじい様子が伺えて微笑ましい。きっと一期も彼に甘いものを買ってあげたかっただろうに、主を気遣って買ってあげられなかったのだろう。
「そっか。じゃあ包丁くんの本丸ではお八つは甘いものでないの?」
「うん。主が好きなしょっぱおせんべいが多いよ。俺、羊羹とか食べてみたいんだ。けど主さんが嫌いだからって買ってもらえないんだ」
「自分で買って食べてるのもダメなの?」
「駄目じゃないけど。俺、初めての給料で万屋で甘いお菓子たくさん買って帰ったら、主さんにばったり会っちゃってさあ。甘いものばっかり食べてると夕食が入らない。だから、包丁はレベルがなかなか上がらないのよっ、って暫くお菓子禁止にしちゃったんだ。あれから、自分で買おうとすると兄弟がいい顔しないんだ」
しょんぼり言う彼。
ん?
レベルとお菓子は関係ないよね?
どっちかっていうと包丁藤四郎という刀剣男士はお菓子がモチベーションだ。食べられないほうがやる気が出なくなるよね。
そういえば、ボクサーでアイスを楽しみにしていて減量クリアして、自分ご褒美にアイスを食べようとしたところをコーチに止められ試合に負けたっていう話聞いたことがあったっけ。
それは困る。包丁君が心が折れて戦に負けるのだけは、私の心が折れる。
「じゃあ、包丁君がこれからも頑張れるように、これもこれもあげる」
買い置きのお菓子や、実家から送られてきた羊羹があってよかった。小豆が絶妙においしいから時々送ってもらうのだ。
「わあ。すごいお菓子だあ。これって羊羹だよね? いいの?」
「うん。いいよ。包丁くんに食べてもらいたいんだ」
たくさんのお菓子を紙袋に入れてあげる。
「ありがとう」
包丁くんから花びらが舞って驚いた。これが、あの、誉桜なんだ。
そんなに嬉しかったのか。
こちらもうれしくなって微笑み返しつつ心の中でガッツポーズ。
あ、そういえば。
「それと、これとこれも」
昨日私が作ったお菓子を袋に詰める。
「これは?」
「クッキーとパウンドケーキ」
包んで包丁君の持っている紙袋へ入れる。食べたくなって作ったんだけれども刀剣男士にお供えできるなら本望だ。
「それと、主さんに貰ったと報告してから、お菓子好きそうな人と皆で食べてね」
「え? 主さんに聞くの? いち兄じゃだめ?」
「うん。だめ。いち兄に言う
前に主さんに、ここに来たことも報告してね」
不審に思われたらどうしよう。
あ、そうだ。
「ちょっと待ってて」
こういう時は、もらったということが重要なのだ。
ほら、お歳暮とか、そういうものってありがたくもらうものだから。
迷子の包丁十四郎くんに、どうしても彼にお菓子をお供えしたく持って行ってもらいました。
ご迷惑でなければ皆様でお召し上がりください。一般人の刀剣男士のファンより。
そう書いた紙を彼に渡す。
二次創作では刀剣男士が一般に知られている事もあったし、そうでなくても刀剣男士の存在を知ってる一般人だと思うだろう。更にファンだと書けば信じてもらえるだろうし、何より頂き物というのが重要。だって、好意でもらったものなんだもの。それを主さんが包丁藤四郎くんにお供えされたものをゴミとして捨てるってことは好意を無にするということだ。それはさすがにお菓子の嫌いな主さんでも一般常識的にないだろう。
「これ、私からも主さん頼んだから主さんに渡してね」
「分かった。人妻には負けるけど。優しいんだね」
「ありがとう。人妻だったらもっとお菓子上手だと思うよ」
「ホント?」
「うん」
だって、子供のためになんてもっと気合い入れそうだしね。
「だよね~。いつか人妻のお菓子をもらえるように頑張るよっ!」
彼のモチベーションは人妻とお菓子だもんね。
包丁君はお菓子の袋を大事そうに抱えて嬉しそうに話してて。きっと、本丸ではお菓子の話とかできないんだろうな。仲のいい友達でお菓子パーティとかしたときに、これ当たりとかはずれとか、それだけで楽しかったりするのに。包丁くんも主さんにそういう話できるようになれるといいなあ。主さん無理なら粟田口兄弟で。
あ、そうだ。あれもあったっけ。
「包丁くん。ジュース飲む?」
「じゅーす?」
「甘い飲み物だよ」
「わあああ。ありがとう」
大急ぎでジュースを注ぐと、彼は美味しそうにそれを一口飲むと、目を輝かせて一気に飲み干した。タンっとコップが子気味のいい音を立てる。
「あま~~~~い」
「リンゴジュースだよ」
「こんなに甘い飲み物初めて」
「気に入って貰えてよかった」
それならお土産にいれてあげようと、テーブルのペットボトルに手を伸ばして彼の持っているビニール袋へ入れようとして。
消えた。
さっきまで包丁君が座っていた椅子にリンゴのペットボトルがゴトリと落ちて、さらに床に落ちて転がっていく。
帰ったの?
帰っちゃったの?
あまりに急で。
空虚になった空間を冷房と扇風機が回り続けて。
ようやく部屋の中が、ちょうどいい温度になってきてて。
しばらく、その場を動けなかった。まるで夢のようだった。けれど、目の前のジュースの入っていたコップが包丁君が今目の前にいたことを告げている。
冷えたコップの汗のような水滴がつうっと下に流れ落ちていく。
「突然、帰っちゃっうのか」
ちょっと、びっくりとがっかりとさみしさが入り混じる。
包丁くんは少年に見えても戦う神様なのだ。この世界を守るために、戦うためにまたあの世界に帰ったのだ。
そうだ。神棚なら包丁くんに繋がるかも。
貞ちゃんが来てから、彼らがもう一度来るようにと願って買った神棚があるのだ。設置するにしても目線の上にしないといけないと思うのだけれど、借家では釘を打つわけにいかないので一緒に木製のラックも買って、一番上に神棚を置いたのだ。ベランダ近くの窓に設置してある。
床に転がっていたリンゴのペットボトルを、いつも水を注いである小さな神棚用のコップに注ぎお供えした。
「どこの本丸の包丁くんか分からないけれど。来てくれてありがとう」
部屋に帰ると、ぎぎぎっとパソコンから変な音が響いていた。