「よっ。突然こんなのが来て驚いたか!」
真顔のまま頭から血をたらたらと流しながら、左腕が肘あたりからなくなっていて、真っ赤な肉を割った傷口から骨が白く見えて。
台所の床に血だまりができて。
パニックになった。
「あああああ!!!!!!!!!!!!」
涙が噴きでて、何を言ったのか分からない。
泣きながら、近くにあったタオルで傷口を押さえた。
そうだ。確か、どっかに包帯があったはず。
大急ぎで、台所を出て自室に入るとバタバタと包帯を探し、急いで台所に帰り、値札の貼ってある包帯を出して顔をぐるぐる巻きにした。
「ちょ、きみなにを」
「血が、血がっ!!!!!!! ああああああ!!!!!!」
「きみ。ちょっと、血は止まったぞ。もう、だいじょ」
「だ、って、けが、まだ、あっち、あっ! イタイっ!!!! 痛いよおおおっ!!!! 血が!!!」
「痛いのは俺だと思うんだが」
「やっぱり痛いんだよねっ。いたいよねえええええ」
あちこち体や足も切れて。どうしてこんな怪我で話せるのだろ。人間なら痛くて動けない。声だって出せないくらいの怪我だ。
「きみ。大丈夫だって。ここは神域に近いから。もう、痛みはないから。俺は刀剣男士だ。手入れでしか治らない」
「そうだけどっ!!! そうだけどっ!!!!」
「実は主が、俺達刀剣男士の手入れをしてくれなくて、久しくてな。蔵の中に資材は山のようにあるってのに。鍛刀に使うから手入れには使わないというんだ。俺たちは皆戦場でいろいろとケガも増えて、折れる奴らもいた。もう数振りしか残ってなくてな。動けるのが俺ぐらいで、もう我慢ならんと、光坊の手を振り切って主に直談判に行こうとして、廊下を歩いていたらここに来た。驚いたなあ。こんな神域があるとはなぁ」
タオルと包帯で頭と左腕をぐるぐる巻きにされた鶴丸国永が腕を組みながら流ちょうに話す。左腕に巻いたタオルはすでに真っ赤に染まっている。
「あ、るじ、手入れ、してくれない?」
「そうだ」
動揺しつつも彼を見上げた。
一つ一つ言葉をつなぐ。
あるじが。
手入れを。
してくれない。
主が手入れをしてくれない?
それって。
資材があるのに手入れしない。
それは、ブラック本丸だ。
今まで来た刀剣男士はホワイト本丸の刀剣ばかりだった。
だから、ブラック本丸の刀剣がいるなんて。現実の存在するなんて。
そんな。
人間のために戦ってくれている神様に。
なんてひどい事を。
大急ぎで正坐して土下座した。
「ずみまぜん。ごめんなさい。にんげんが、ごべんなっ、さい」
泣きながら伝えた。鶴丸国永の血だまりが私のパジャマを赤く染める。
それだけで、涙が止まらない。こんな怪我のまま刀剣男士を放置している主が、同じ人間なんて。
「人間が、ごめんなさい。ごめんんっっさ、」
「君が謝ることではないさ」
頭上から戸惑った声が降る。
そのまま、やんわりと肩を掴まれ顔を上げるように促される。
彼の瞳は、私を恨んだり人間だと蔑んだり憎んだりしていない瞳で。
いつも私の家に訪れるホワイト本丸の刀剣男士のものだ。
「だってっ! 主が手入れしないってっ!」
「君が悪いわけではないだろう」
「それでもっ! 人間がっ! こんなことをっ!!!」
感極まってずびずび泣きながら、ふと、時間がないのを思い出した。
ここにいるのは数秒だったり、数時間だったり。今まで彼をタオルと包帯でぐるぐる巻きしてたんだ。もう全然、話している時間があまりないだろう。
「こんのすけは? 通報がダメなの?」
「こんのすけ?」
「そう。主には目のふちに赤い隈取のるあるキツネがサポートでいるはずだけど。そのキツネがこんのすけで政府に主がそんな違法なことをしていると通報するんだけど。見たことない?」
「ないな」
「じゃあ、きっと封印されてるかも。そうなると主の部屋かな。壊せばそのまま通報されるし」
「きみ、何でそんなことを知って?」
「担当官は主とつるんでる感じ?」
彼の言葉を遮り矢継ぎ早に質問を投げる。彼は不可思議に小首をかしげながらもそれに答えてくれた。
「そうだな。俺達が傷だらけでいても素知らぬ振りさ」
「それから。それから。えっと」
手持ちのお菓子やら食べ物を袋に詰めたものを彼に渡す。
「甘味は疲れた時にいいから」
いつも誰が来てもいいように用意しておいてよかった。
「それから、一つお願いです」
「なんだ?」
「主を殺さないで」
彼の目が一気に険しくなる。きっと、彼は今まさに主を殺しに行くところだったのかもしれない。
「それは。約束できないな」
彼は眉を寄せほの暗い炎を湛えた瞳に変わる。
それはそうだろう。
家族にこんな仕打ちをされたら、私だって殺したいと思うだろう。思うだけでなく行動に移すかもしれない。それを、出会ったばかりの他人が殺すなと言ったら、何も知らないくせにと、怒り出すだろう。それでも。
「人間のせいで堕ちないで欲しい。神様。お願いです。あなたの為に。主を殺さないで。鶴丸国永様。堕ちないで」
彼の目が見開かれる。
その強い視線を真っ向から受け止めつつ、堕ちないで欲しいと願いを込めて見つめた。
彼は少し戸惑ったような瞳に変わった。
彼にとっては死活問題だというのに。
主を生かしておいても鶴丸が折れてしまってはどうしようもないのに。
それでも、人間にこんな仕打ちをされているというのに、同じ人間の私に対しては、それは別だと言い切ってくれた。人間全部が嫌いになってもおかしくないことをされているのに。彼はそれでも人間を許した。こんなに綺麗な心の神様が、人間のせいで真っ黒な化け物のような祟り神になんてなってほしくなかった。堕ちないで欲しかった。
「出過ぎたことを言ってすみません。それと、通報の仕方はこれに書いてあって」
もしかして、ブラック本丸の子が来たら通報の仕方をまとめた紙を渡そうと用意しておいてよかった。
彼に手渡して、一つ一つ説明する。
二次創作の知識なので通じるか分からないけど。
「手伝えればいいんだけれど。私は別次元の存在なので」
「どういうことだい?」
「ここは、鶴丸国永が刀剣男士として存在してはいない世界です。ここは別次元です。蛍ちゃんに聞いたから本当」
「だったら、この神域は? どういうことだ?」
「龍脈の集まる場所でかなり昔は神様が祀られていた場所で、浄化された神域なんだって蛍ちゃんが言ってた。だから神様が、刀剣男士が好む場所で、集まりやすいんだって」
「じゃあ、君は何で俺達を知っていたんだ?」
「将棋みたいに歴史修正者を倒す遊戯があるの。その物語もあって。ブラック本丸っていうのもあって、その中に主が非道で、刀剣男士が無理な進軍に伽を命令したり、手入れをせずに放置や同士打ちをさせる本丸がブラック本丸と呼ばれるんです。あなたの本丸がブラック本丸なら、こちらの知識が当てはまるのなら、こっちで考えた通報の仕方も通じるかもしれないとまとめたものがここに書いてある。こっちの世界で考えたことだから通じるかどうかわからないけれど」
「しないよりはましだな」
「はい。上手くいくといいんだけど」
皆が助かりますように。今の苦しみが終わらせることが出来たらいいんだけれど。
いろんな思いが渦巻く中、彼の金色の目がこちらを見つめている。真顔は怖いんですけど。
「そうだ。もしこの地獄を終わらせることができたら、君に礼をしよう」
頑張って笑おうとしているようだけど目が真顔のまま口の端を釣り上げた状態だ。もしかして、顕現されてから笑ったことがなかったのかもしれない。
「礼、ですか?」
「ああ。そうだ。君の願いを一つ叶えよう」
「それはきっと、無理だと思う」
「なぜだい?」
「ここに二度、訪れた刀剣男士はいない。同じ刀種もいない。だから、鶴丸も、きっとこれが初めてで最後。一期一会。私に出会ってくれてありがとう」
ニッコリ笑顔で彼を見つめた。
彼は驚いた顔のまま、何かを言いかけて。
「き…」
目の前から消えた。
台所の床に、大きな血だまりを残したまま。
彼は、いつも訪れる刀剣男士と同じように跡形もなく消えてしまった。