いのち短し忍べよニンジャガール   作:欠落したオートメーション

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或いは、そうだねぇ。
普通の大学生が住むアパートに炊飯器を持った少女が現れましてねぇ。
あの娘って誰?
そう、それがたとえばニンジャガール。


居候少女

 

 大学生というのはそう良いものでも無い。自分で交友関係を作らなければならないし、予定も全て自分で作って自分で管理する。

 

 誰が言ったか人生の夏休み。

 夏休みには宿題がつきものだ。僕にとって、大学生活というのは宿題であり、夏休みというのは上部だけの話なのだ。

 

 人生初の一人暮らしを始めてから1年が経過した。

 

 彼女を我が家に招き入れたこともあった。

 そこで一夜を共にしたこともあった。

 そこで別れ話を切り出されたこともあった。

 そこで目を腫らしながら、友達に愚痴ったこともあった。

 

 たった1年だけど、濃厚な思い出と情が詰まったこの1Kの我が家。

 学生生活が終わっても、ずっとここに住んでいたいなんて思ってしまうほどに、この一部屋には情が詰まりに詰まってしまっている。

 

 でもやっぱり、独りは寂しい。

 過去の恋人を招き入れて一緒に寝たことはあっても、同棲をしたことはない。ホームシックだなんて言わないが、元来、人間というのは群れる生き物。人肌恋しくなるのは無理もないのだ。

 

 サンタクロースが仕事を終えて過去の人になった日。

 朝8時に温もり残る布団から起き上がり、眠気抜けないあほ面に冷水を打ち付けて、辛めの歯磨き粉で歯を磨いて。

 

 僕のこの冷え切ってしまった肌を温めて、そして慰めてくれる存在(ヒト動物関係なし)が現れてくれないだろうか。

 

 芝居掛かったいい加減なモノローグに、ベートーヴェンの第5交響曲「運命」を雰囲気的にBGMとして流して、歯ブラシを口から取り出し、冷水で濯いだ時だ。

 

 ピンポーン、と荘厳なあの調べを萎縮させてしまうほどの軽快かつ気の抜ける電子音が響く。

 

 ––––––朝から誰だ。

 

 小首を傾げながら、まだパジャマであることなんて気にかけず、鍵を解除し、寒い世界へと繋がる扉を開けた。

 

「はい、どちら様でしょう––––––か…?」

 

 宅配便を想定していたが、そこにモスグリーンの制服と帽子を身に纏った好青年はいなかった。

 ただ、冬場によく聞く、鼻をすする音が、僕のお腹の方から聞こえた。

 

 頭を下げる。視線を下ろす。

 

 そこにあったのは旋毛。

 黒色の海に、白い砂浜。

 

 旧劇のエヴァンゲリオンのラストシーンを上空から見下ろしたようなその光景は僕の視線から外れて、水晶のような大きくて綺麗な目が現れた。

 

 正しくは、その人物は僕を見上げた。

 

「ドーモ」

「…どーも」

 

 左手をシュタッ、と敬礼するように挙げる。

 2歩後退して、改めて玄関前に立ち尽くす人物––––––少女を見る。

 

 肩までかかった深い黒色のストレートの右部分だけを、さくらんぼのようなピンク色の髪留めゴムで結んでいる、謂わばサイドテール。前髪は左に分けられていて、露わになっているおでこがとてもチャーミングだ。

 大きくて丸い目に、長めだが程よい細さのの眉毛。

 顔立ちだけなら普通の少女だ。古き良き、日本人少女を体現したような感じ。

 

 だが、そこから視線を落とせば、話は別。

 

 黒とグレーを合わしたブレザーに、赤色のチェック柄のスカート。そこから下は素肌丸出し。真冬であるこの時期にはスパッツやらタイツやらを履いている筈だが––––––。

 

「あの、なんで裸足なの?」

「む」

 

 何故か裸足なのだ。それも布類とか何も付けてない。純粋かつ清々しいほどの裸足。裸の足と書いての裸足だ。

 

 裸足の女神というのは傷を隠しているらしいが、彼女は隠している様子もない。傷なんて無いけど。

 

「それはだな……」

 

 ニヒルに口角を上げる。

 10秒くらい間を置いた。寒いから扉を閉めてしまおうかと本気で思ったけど、聞いたのはこっちだし、答えは聞こうと耐えた。

 

「特にない」

「サヨナラ」

「あっ、待って!ちょっと待って!」

 

 閉めようと扉を引くが、何かが挟まって動かない。

 足元を見ると、そこには炊飯器が。8時16分、とデジタル時計で記されていた。

 

 さすがは日本製の炊飯器なだけはあり、力付くで引こうにもビクともしない。諦めて、隙間から顔だけを外に出す。

 

「なに、こんな朝から。家出?」

「上京!」

「上京?西から来たの?」

「大阪」

 

 制服で、それも裸足で大阪から東京へ来た理由はわからないが、それよりももっとわからないのは、何故うちに来たかということだ。

 

「ウチ、市役所じゃないよ」

「そんなのわかってる。トチジ、がいないじゃないか」

「その人がいるのは都庁だよ」

「知ってた!」

 

 多分この娘は頭が悪い。

 

「じゃあ、なんで」

「お姉ちゃんに、ここに来れば大丈夫って言われた」

「……お姉ちゃん?」

 

 突然、宙を舞ったその言葉に首をかしげる。

 その″お姉ちゃん″が彼女に僕の家を紹介したということは、その″お姉ちゃん″は僕の知り合いということになる。

 

「お姉ちゃんの名前教えてくれる?」

「ゆり」

「牛込?」

「うむ」

「アイツかぁ…」

 

 思わず額を抑える。キリキリと骨の軋む音が聞こえる気がする。

 牛込ゆりというのは僕の昔の彼女だ。夏休みが終わって暫くの頃、「私とあなたじゃ性格合ってない気がする」とだけ言い残して去っていった女傑だ。

 前述した通り、僕はその一件で泣いた。友達を道連れにして愚痴った。今では軽くトラウマだ。

 

「えっ、なに。新手の嫌がらせ?」

「手紙を預かってる」

 

 因みに、彼女はその豪傑さに似合わず、割と用意周到、かつ古風だ。

 

 妹さんから渡された封筒を受け取る。可愛らしいマスキングテープでデコられたその封筒をていねいに開けて、手紙を取り出す。

 

 ″背景、元カレ様。

 元気にしてるかしら。私は元気。今はブルーハーツを聞きながらこの手紙を書いてます。

 さて、この手紙を読んでるということは、あなたの元に私の妹の″牛込りみ″がいると思うわ。

 単刀直入に言う。というか頼みます。

 これから2年間、うちのりみをあなたの家で居候させてください。

 話せば長くなる経緯があるのだけど、行数足りないから一言で済ますわ。この手紙を書く1週間前、りみが住んでいたアパートの部屋のガスが打ち止められたの。

 16歳の女子高生が、道端で寝たり公園の水道水を命の水と呼んだりするのは、人としても姉としても居た堪れないと思ったの。あなたも、人の心を持っているのならそう思うはずよ。

 2年間。生活の足しが必要なら、私の元に請求してきても構わないわ。

 虫のいい話だし、元カノからの頼みなんて…って思うのも無理もないし、仕方のないことだわ。

 でもどうか、お願いします。

 これを頼めるのは、あなたしかいないの。

 どうか、りみをお願いします。

 

 親愛なるあなたの元カノ牛込ゆりより。″

 

 ″P.S ラインのブロック解除しておいてください。″

 

「…………」

「どうした黙り込んで。何か良いことでもあったのか?」

「起きればよかったんだけどな、良いこと」

 

 ああ、もう。

 なんの因果だ。もうアイツとは縁を切った。アイツの言う通り、ラインもブロックしてる。なのに、クリスマスを終えたこの日に、なんでメッセージと一緒に妹をよこしてくるのだろう。

 

「……如何だろうか」

 

 俯く僕の顔を、彼女は覗き込む。

 確かに、言われてみると少し痩せ気味かもしれない。日々の食事が滞っているのだろうか。

 早朝の、乾ききった冷風が肌を切った。

 

「……とりあえず、入りなよ。寒いでしょ」

「感謝!」

 

 明るい声で手を挙げる。

 軽やかな足取りで我が家へとお邪魔する。無論、炊飯器を片手に持ってだ。

 

 暖房の温度を2度上げて、彼女を畳というの名のリビングに案内する。

 炊飯器と、背丈に見合わぬ大きなギターケース、その他諸々を詰め込まれてるのであろうボストンバッグを置かせて、ダイニングテーブルのイスへと座らせる。

 

「まあ、だいたい事情はわかった」

 

 対面する形で、もっというならアルバイトの面接をするような感じで自分自身に言い聞かせるように言う。

 

「君……りみちゃん、の方はどうなの。こんな一介の、ましてや収入なんてバイトの賃金でギリギリやりくりしてる男の家でこれから暫く過ごすことになるのって。抵抗とかないの?」

「白米食べれるならどこでも良い!」

「もう農家に嫁ぎなよ」

 

 その心意気とメンタルがあるなら確実に農家の嫁としてやっていけるだろう。

 

「……とは言ったものの。ウチにも事情というのがあって」

「事情?」

 

 よかった、ようやく女子高生らしい内容を話してくれそうだ。正直、この娘が「私は未来人で、超能力を操れます」って告白されても「なるほど」と即答できるほどに、彼女は10代の思春期真っ只中の少女には見えないのだ。

 

 本日2度目のシリアスな顔。1回目よりも少し信憑性がある。

 

「ウチはニンジャで……」

「里に帰りなさい」

「抜け忍なの!」

「抜け忍でも物語のツートップにはなれるから。今からでも遅くはないよ、大阪の里に帰ってやり直しなさい」

 

 たぶん写輪眼も使えるようになるから。

 

「それと、同級生とバンドやってるの!」

「時代設定ちゃんとして」

 

 1600年代から突然1960年代へと跳ね上がった。デヴィッド・ボウイもびっくりな二足の草鞋だ。

 

「ウチはベースで、そのバンドには絶対に必要な存在なの!」

 

 自分で言わなければいくらか信用はできた話だ。

 

「ウチは今通ってる学校から離れられないし、離れたくない。別に農家に嫁ごうが、ウチは生きていける。けど、あの4人とバンドを続けたい……」

 

 興奮からか、顔が赤く染まる。

 

 まあ、つまりは彼女は友達を大切にする良い娘ということか。

 キャラが濃すぎるし設定はガバガバだけど、根はちゃんとしてる。そういうところは、どうやら姉とそっくりなようだ。

 

「……じゃあ確認…というより契約」

「まほー少女になるのか?」

「ボストンバッグ実家に送り返すよ」

「印鑑の準備は出来ている」

 

 ハナからここに居候する気だったのだろうか、それとも別の思惑があるのか定かではないが、ブレザーのポケットから判子を取り出す。そんなところに入れておいて、落としたらどうする気なのだろう。

 

「まず1つ。一応若い男と同棲するワケになるけど…それで変な噂立っても責任持てません」

「立っても気にしない」

「次。僕とは色々と生活スタイルが噛み合わないところもあるだろうから、家事とかはやっておいて」

「働かざる者食うべからず」

「そうそれ」

 

 伊達に農家に嫁ぐ覚悟は持っていないらしく、自分の立場や居候としての振る舞いは認識しているようだ。

 

「最後に」

「うむ」

「……まあ、言いにくいけどさ」

 

 寝癖で左側にハネた前髪を上げる。

 

「僕は君を受け入れる気だよ。でも、迷惑がかかって、面倒を見きれないってなったら、君の意思に関係無く出てってもらう」

 

 最後の一言に、りみちゃんは息を飲んだ。出来る限り声を低くした効果が出たのだろうか。

 

「いいね?」

「うん」

 

 やけに素直な返事が返ってきた。ニンジャガールはJKに進化したようだ。

 

「その3つの要項からなる契約、承った」

「よかった」

 

 ケースを開けて、印鑑を取り出して朱肉に押し当てる。どこに押す気なのだろう。彼女はカタチから入るタイプなのだろうか。

 

「これからよろしく」

 

 と、伸ばす手とすれ違う形で彼女の右手が閃光を描いた。

 

 え––––––?

 

 声を上げるよりも先に、先ほど髪をかきあげたことで露わになった額に小さな衝撃が走った。

 額に手を当てて摩る。すると、指先には微かな赤が滲んでいた。

 

「ヘッショッ」

 

 右の人差し指と中指で印鑑を挟んで、左手で見事にV字を作って笑み浮かべる。

 

「迷惑をかけぬようにベストを尽くす」

 

 僕の日常は騒がしいことになりそうだ。

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