そこに飾られた傑作、聖王の槍。
それを見上げる女性は過去を思う。未来を馳せる。
そして今は槌を振るう。
端的に語られる、そのキセキ。
お題はノーラです。
詩とは全く関係がない、ロマサガ3短編小説となります。
楽しんでいただければ幸いです。
初代親方が語った言葉がここには残っている。
『道』
たった一言のそれを、各々全ての職人が考えて悩み。そして答えを出して武具を作り出してきた。それがここ、ピドナにあるレオナルド武器工房300年の歴史。そして私、ノーラの問題でもある。
最初にはっきりと言っておく、私は職人にはなりたくなかった。
ピドナは都会で、地方にはない学校という施設もあって、好きな事を学べると聞いた。子供たちが集まり、様々な事柄に触れて興味ある分野に進み、才能を開花させるという施設。とても幼い頃は無垢にそんな話を聞いて、自分もいつかそこで好きな事を学べると思ったものだ。
どんな素敵な未来が待っているのだろうか?
道行く人はお洒落な服で着飾っている、デザイナーとして最先端の流行を生み出してもいい。職人たちが噂するオペラでは素晴らしい歌声のオペラ歌手が人々を魅了しているというから、私も人に愛される物語をこの口から紡ぎたい。願いは広がる一方だった、父の一言があるまでは。
「ノーラ。お前をこの工房の正式な弟子にする。鍛冶の道を知り、極めよ」
言葉を理解するまで一瞬。把握するまで一瞬。かみ砕くまで一瞬。
一瞬で私は私の未来が閉ざされた事を知ってしまった。学校にはとてもお金がかかる、限られた人間にしかいけない世界だ。しかし自分が生まれたレオナルド武器工房には娘を学校に行かせられるお金がある事は知っていた。だからこそ自分はそこにいけると思っていたのに。
父は学校に私を行かせる気がないという。私を学校に行かせる金は出さないという。私は学校に行けないという。
私は鍛冶の道という暗闇に落とされた。
悲しみしかなかった。憎しみしかなかった。恨みしかなかった。
自分を自由に羽ばたかせる翼をもいだ鍛冶という世界に、私は負の感情しか持っていなかった。しかし家出をした子供が勝手に生きていける程、世界は甘くない。それを知っている程度には私は子供ではなかった。私は父が敷いた鍛冶の道をとぼとぼと歩くしかなかったのだ。
なぜ、なぜ、なぜ。
どうして、どうして、どうして。
自分はここまで惨めな気持ちで槌を振るう音を聞いているのだろう。炎が鉄をなめる色を見ているのだろう。野獣の革をなめす臭いを嗅いでいるのだろう。
工房の片隅で小さくなっているのだろう。
「ノーラ、どうした。鍛冶はつまらないか」
寡黙な父が厳しい言葉でそう声をかける。
つまらないと言えばよかったのかも知れない。学校に行きたいと言えばよかったのかも知れない。
けれどもどんな言葉も出ずに、代わりに涙が出た。ポロポロと泣くのをこらえながら目から涙が溢れて止まらなかった。
「――ノーラ、今の気持ちを忘れるな」
父はそうとだけ言い、槌を持って作業場に戻る。
私はただただ呆然とそれを見やるだけ。
どれだけ日にちが経ったか。ただただ鍛冶場を漫然と見ていた私はいつしかイライラが止まらなくなっていた。
進まない自分に? それはある。
閉ざされた未来に? それもある。
進歩のない職人たちに? これが一番だ。
ずっとずっと、狭い世界を眺めていた自分には。どういった風に槌を振るえば鉄を強固にできるのか、熱を持った鉄がより良いそれに仕上がる水の蒸気がどれほどか、卸された獣の革を見極めてどうなめせばいいのか。それを段々と理解しているのに。
何故、ここにいる職人たちはそれができない? 自分から望んでこの工房にいるお前たちはどうしてその程度ができない?
(――ふざけるな)
最初の感情は、怒り。私を縛るこの世界で生きるお前たちは余りに愚鈍。
この程度に、この程度に――!
何故、私が未来と自由を諦めなければならないのだっ!!
激情に動かされ、私は槌を持って鍛冶場へ向かう。ずっと片隅にいた私が急に動き出した事に驚く者もいたが構うものか。今、ここで、この私が、魅せてやるっ!
カーン。カーン。鉄を叩く。
ジュゥゥゥと水とお湯の間にある温度でそれを焼き入れる。
やすりを繊細に扱い、磨き上げる。
作り上げた作品は凡庸だった、そこらの職人が作り上げる作品と総合点で変わらない。槌を上手く振るえない、思った場所に振り落とされずに叩く場所がずれていく。鉄を水にいれた時の蒸気がおかしい、鉄の持つ熱が温度を変えているのだと即座に理解した。やすりで削ってはいけないところを削ってしまう、繊細さと器用さが私には足りなかった。
駄作だ。愚昧だ。凡才だ。私は私をそう評価した。
あそこまで心の中で馬鹿にして、あんなにも見返してやると思ったのに。結果は無残、自由を諦めた時より今の方がずっと惨めだった。
「初めてでここまでとは――」
「流石、親方の娘」
「くそっ、俺だって……!」
――なのに、なんで。誰も私を責めないのか、馬鹿にしないのか。
なんで称賛の目で私を見るのか。なんで感嘆の声を私に投げかけるのか。なんで挑戦的な目で私を睨むのか。
騒然としたその場。進み出るのは、父。
鉄を打ち、焼きいれて冷まし、磨き上げる。簡単な作業、難しくない工程、凡庸な仕上げ。
それは私の物よりも数段素晴らしい物に仕上がった。いや、比べるのがおごがましい雲泥の違いだった。
それが父と私の違いだった。
「…………」
仕上げた作品を確認した父は、続けて私を無表情に見やる。
(っ! このぉ!!)
その視線が無性に気に食わなかった。込められた感情に心がささくれだった。
その日から、私は連日槌を振るい続ける事になるのだった。
「ノーラさん?」
「ん。ケーンかい」
「ええ、僕ですよ。どうしたんですか、ボーとして」
「いや、高いなぁと思ってね」
今、私は工房に高く飾られた聖王の槍を見上げている。あそこまでの作品を、レオナルド武器工房は300年創り上げていない。
(何を思っていたんだろうねぇ…)
今は亡き、寡黙な父。その心の裡を知る術はもうない。だが、その器の大きさは今なら分かる。
聖王の槍が盗まれて、激情に駆られてそれを追いかけた父。何年もかけてそれを見つけ出すまでの間、工房から離れなかった職人たち。父が死んだ後、寂れた工房。
ああ、今なら分かる。悲しみと憎しみだけで槌を振るっていた自分に、職人としての魅力はなかったのだ。だから職人たちは工房を見限って離れていったのだ。寡黙でも熱い情熱を持っていた父だからこそ、聖王の槍がなくとも生きていた間は職人たちは離れなかったのだ。
だがそれは父も分かっていたのだろう。このカリスマは一代限り、自分の間だけ。娘に代が移れば工房が寂れてしまうこと。だからこそ聖王の槍を執拗に求めたのだ、娘とその先。工房における全てのシンボルとして。
(……大きいねぇ、高いねぇ)
父の器が。父の志が。
今更ながらに理解できる。
学校という制度は今は人気がない、自由を尊重し過ぎて子供の奔放さが制御できなくなったのだ。もちろん悪くない人も少なくないし、高い水準の教育も与えられる。だが、学校を出たからという理由で尊重される事はない。それよりも幼い頃からピドナ一、世界一の工房で働いていたノーラの方がよほど尊敬の眼差しで見られている。父は、親方は、きっとここまで見据えていたのだと今だからこそ分かる。
父の期待に応えられているだろうか。親方の望む腕に自分は育っているのだろうか。
思い出すのは、怒りと憎しみと悲しみと。負の感情のみで武具を作っていたあの頃の自分。人を繋ぎ止められる器がない事を、親方と聖王の槍のせいにしていた頃のあの時分。
たまたま偶然、あの時に客が訪れなければどうなっていただろうか?
『何かいい武器か防具は?』
自分は恵まれていると、ノーラは思う。
腕に、ではない。才に、ではない。人にだ、縁にだ。そんな奇跡的な幸運を、自分は持っている。
全てが終わった後のこの時に、自分はこの上なく清々しい気持ちで槌を持つことができている。
よしと。気合いを入れて立ち上がる今日は普段以上に調子がいい。いつも以上の作品を作り上げる事ができる。その確信。
聖王の槍を見上げた。それはこの工房のシンボル、全ての武具の頂点に立つその逸品。それを超える事が、とりあえずの目標だ。
『道』
鬱屈から始まった、憎しみで立ち上がった。笑っていられる今がある、喜んで続けられる未来がある。
それこそが、私、ノーラの道。
「よし。じゃあ今日もいっちょう、やってやろうかね!」
自分が敷いた道を、今日も自分で歩いていく。
そうだ。これこそが『道』なのだ。