≠゛`/ 夕 々   作:吉田太極

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キモい方の主人公が出てきます。注意。


第二話 木の上で眠れるやつはバランス感覚が良い

 あるよく腫れた昼下がり。

 

 誤字ではなく、本当によく腫れあがった──まんまるのたんこぶが美しい、昼下がり。

 いつものようにサボって、拳骨をくらって、珍しく真面目……とは言い難いまでも、道場で剣を振る少年の姿がそこにあった。

 

 坂田銀時。

 この寺子屋"松下村塾"に在籍する子供たちの中で、最も強い少年。

 一人一度も戦ったことのないヤツを除けば、松下村塾で鞭撻を振るう吉田松陽の次に強い――そんな少年である。

 

 声も出していない、何か別の事を考えながらでも、一応剣を振るう少年。

 その背景には、つい先ほどの一幕があった。

 

 それは――。

 

 

 

 

 

 

「道場破り、ね……」

 

 松の木の上。

 いつもは銀時が眠っているそこの、さらに高い所に座り込んで、松下村塾のとある一室を覗いている少年の姿があった。

 彼の名は長鹿素斎。

 一応、松下村塾の門下生。まともに授業を受けたコトも、道場で励んだコトもないので、門下生と言えるかどうかは怪しい所だ。

 

 そんな彼の視線の先。

 そこには、吉田松陽と何かを話す……頬に傷を負った少年の姿があった。

 

「寺子屋に道場破りって……馬鹿みたいだ」

(そうかい? 俺ァ好きだぜ、馬鹿みたいでカッコイイ)

「やっぱり馬鹿みたいなんじゃないか」

 

 一人でブツブツと、素斎は不満そうに喋っている。

 

 そう、道場破りが来たのだ。

 あくまで勉学を教えるところである松下村塾に、名門講武館からの道場破り。

 自分より弱いヤツしかいない講武館に嫌気がさして、どこぞで出会った銀時に勝つために来た、と。

 

「意味がわからない……。松陽(アイツ)にも、銀時(バカ)にも、わざわざ会いに来る価値があると思えないし」

 

 素斎は冷めた子供だった。

 否、語弊が少しある。素斎は、アツくなれない子供だったのだ。

 

 それは彼の過去に関係があることとはいえ、勝っただの負けただの、そもそも「競って高め合う」という事柄自体が全く理解できない、なんでお前寺子屋にいるんだよ、という性格なのだ。

 

「……強いヤツと戦いたい、とか。ホント、馬鹿みたいだ」

「お前だって強い松陽を討ちたいんだろ?」

「それとこれとは、話が違うでしょ!」

「おーおー、怒るなって。ま、そんなことより、後でちょっと体貸してくれよ」

「……なんで」

「俺はアイツと話をしてみたい。な、いいだろ?」

 改めて道場破りの少年を見る素斎。

 艶の良い頭髪に、整った顔立ち。野生と理知の交じったかのような瞳。

 とても松下村塾(こんなところ)に来るヤツには思えない。

 

「……別に、良いよ」

「っしゃぁ! んじゃアイツが帰る頃にちっと貸してもらうぞ」

「はいはい」

 

 素斎はため息を吐いて、松の木に寝転がる。

 バランスの良さはどこぞの白髪と張り合える程で。

 

 素斎は、そのまま眠りに就くのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、オマエ! タカスギシンスケだろ? ちょっと相手してくれよ!」

 

 茜と藍の鬩ぎ合う空の下。

 少年──高杉晋助は、声をかけられて立ち止まった。

 

 あの銀髪の少年以外、そして吉田松陽以外の有象無象に興味はなかったし、覚えてすらいなかったが――はて。

 自分は己の名を、この寺子屋の誰ぞかに教えただろうか。

 

「おいおいおいおい無視かよ。何、オマエも銀時みてぇにつまらないヤツ?」

 

「……うるせェ」

 

 妙に軽薄なその声に――そしてあの銀髪(あのバカ)と一緒にされた事に苛立ちを覚え、高杉は声の方を振り向いた。

 

 そこには。

 

 ニタニタと――いや、ケタケタと、だろうか。

 凡そ人間の浮かべるものとは思えない、悍ましささえ感じさせる笑みを浮かべた少年が、一人。

 

「……なんだ、お前」

 

「俺? 俺はソーザイだよ。ま、俺の事はどうでもいいんだ。うはは! 本物だ! 本物のタカスギシンスケだ!」

 

 楽しそうに。

 愉快そうに。

 少年は笑う。嗤う。哂う。

 

 高杉を見て、面白いモノを見たとでもいうように。

 

「馬鹿にしてんのか?」

 

「馬鹿に? 馬鹿にはしてないさ、面白いだけだ。だってタカスギシンスケだぜ……? それも本物! うはは、これが笑わずにいられるかっての! なぁ、なぁ。ちょっと遊ぼうぜ。どうせオマエ、今帰っても夜帰っても怒られてイヤミ言われるだけだろ? な? なぁ? いいだろ?」

 

 思わず身を引いた。

 

 喜色満面――だが、何かを隠している。

 裏がある、どころじゃない。裏が九割九分で、零れるように存在する表の破片のようなものが、辛うじて体裁を保っているだけだ。

 

 何より、会ったこともないヤツが――高杉の家の事情を知っていた。

 それだけで、疑う理由にはなりすぎる。

 

「てめェ、何を――」

 

 企んでやがる、と続けようとして。

 

「──喜鬼(キキ)

 

 ()()()()()()()()()()()()その男に、止められた。

 吉田松陽。

 

 先程別れたばかりの男だ。

 だが、纏う雰囲気は先ほどまでの和らかな、穏やかなものとは違う――張り詰めたものだった。

 恐れている、とは違う。何か、大切なものを壊してしまわないように、努めて気を配っている、という様子。

 

「お、なんだ。ショウヨウが相手してくれんのか? 昼ならそれでもいいって言うと思うけどな、うはは! でも今はタカスギシンスケだ。どけよ、ショウヨウ」

 

「いいえ、退きませんよ。貴方こそ、早く眠りなさい。素斎を返しなさい」

 

 高杉とソーザイの間に入る松陽。

 まるで守られたかのような立ち位置に、高杉は文句を言おうとした。

 

 だが出来なかった。

 

「やなこったね! うはヒャァ――ッ!」

 

 声を荒げようとした高杉の眼前。

 鼻先一寸。視界いっぱいに──これでもかと目を見開いたソーザイの貌が接近したからだ。

 

 どこまでも黒く、どす黒く、渦を巻くようで、突き抜けて泣き叫ぶような闇。

 まるで幼子が墨で描いた円のように、おどろおどろしい瞳が二つ。高杉を覗き込んでいた。

 

「ッ──!」

 

 思わず振り上げた拳。(獲物)が無いことを後悔する。

 拳の速度では間に合わない。まるで鬼が童子を食らうかのように――その凶爪が、高杉の首を、

 

「いけません」

 

「んなぁっ!?」

 

 その首根を*1掴み、凡そ人間を飛ばしていい高さではない上空まで彼を投げる松陽に、今度こそ声を荒げることが出来た。

 松下村塾にある最も高い一本杉を軽々と超える程の高さまで投げ飛ばされたソーザイは、しかし。

 空中でくるりと姿勢を整え――グシャ、と堕ちた。

 

 落ちた。

 

「……死んだんじゃねェのか?」

 

「しかし残念!」

 

 流石に死んだだろうと高杉が彼を見た、その瞬間。

 喜色満面で顔を上げたソーザイが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()両手足を使って近づいてきて――、

 

「眠りなさいと言っているのです」

 

 ぐしゃ、と踏み潰された。

 松陽に。

 

 頭、ではなく首を踏みつけるというその所業。顎まで地面に埋まっている。

 ピクピクと痙攣を続けるソーザイ。

 

 気色の悪さは勿論あるが、しかしそのあまりの容赦の無さに高杉の頬も引き攣る。

 

「さぁ、お帰りなさい。次は気怠そうにしている時の素斎と会うと良いですよ」

 

「……わかった」

 

 何もわからなかったが。

 未だピクピクと震えながら――しか指が高杉の方へ動き始めている()()があんまりにも気色悪くて。

 

 高杉はようやく、帰路へと就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、そろそろ石の味は飽きたぜショウヨウ。しかしアンタほんと強いな。やっぱりヨシダショウヨウって感じだ。うはは!」

 

「……まだ眠りませんか、喜鬼(キキ)

 

 高杉のいなくなった寺子屋の門前。

 そこには、尚も素斎を踏み潰し続ける松陽の姿がまだあった。

 

「別に今回は奪って出てきたわけじゃないしな。素斎なら寝てるよ」

 

「……彼が貴方の暴挙を許したと?」

 

「俺はアイツと話がしてみたいとしか言ってないしな! うはは、本当に話してみたかっただけだぜ、ショウヨウ」

 

 石畳に頭蓋を押し付けながら――首を完全に圧し折られながら、素斎が喋る。

 否、素斎ではない。

 

 素斎ではないのだろう。彼は。

 

「喜鬼」

 

「ん?」

 

「……どうですか、貴方から見て……彼は。彼らは」

 

「彼らって、タカスギシンスケとサカタギントキの事か?」

 

「はい」

 

「どうって、そりゃ」

 

 ゴキッ、と。

 喜鬼は、自ら首の骨を外して地から顔を上げ、松陽をまっすぐ見つめて――楽しそうに笑いながら言う。

 

「会えて嬉しいぜ――ああいう奴らに会うために、その為にこの世界に生まれてきたんだからな! 勿論、アンタもだぜ、ヨシダショウヨウ」

 

「……貴方が何者であるかは、聞きません。おそらく理解の出来ないものでしょう。

 ですが、貴方が使っている体は長鹿素斎――まだ幼い少年のもの。痛めつけるのはやめなさい」

 

「痛めつけてる張本人が言やぁ世話ないな。っと、そろそろ足退けてくれよ。素斎が起きそうだ」

 

 言われ、素直に足を退ける松陽。

 喜鬼はゆらりと上体を起こし、そのまま地面に座る。

 

 その体のどこにも、怪我はなかった。

 

「別に痛めつける気はないさ。オレと素斎は共存関係にあるんだ。確かに身体は素斎のモンだけど、このチカラも強さもオレのモンだぜ? オレは素斎に力を貸して強さを与え、素斎はオレにたまに身体を貸す。素斎は目的を果たして、オレはオレの願いを叶える。そんだけさ」

 

「もし、素斎が目的を果たした、その後は?」

 

「そりゃアンタの気にする事じゃない。だってその時は、アンタは死んでる。素斎の目的はアンタを殺す事なんだから」

 

「わかっています。それでも彼は、私の教え子だ。その末を憂慮する資格はありますよ」

 

「へぇ、そりゃあ、流石ヨシダショウヨウだな。

 で、素斎の目的が果たされた後、だっけ? そんなの簡単さ。オレが素斎になる」

 

 瞬間。

 喜鬼の首には、刃が触れていた。

 

 違う。ただの手刀――だが、それが自らの首を刎ね飛ばすのになんら障害のない事を喜鬼は知っている。

 

「鬼なんだ、人くらい食べるさ」

 

 それでも、あっけらかんとして。

 喜鬼は楽しそうに笑う。

 

「それが嫌ならアンタが止めればいい。アンタがその時人であるかは知らないけどね」

 

 ふぁふ、と欠伸を一つして。

 目を瞑って――喜鬼は笑う。

 

「アンタが止められないなら、アンタの教え子かね? まぁ安心しなよ、ヨシダショウヨウ。少なくとも素斎が自分から手放さない限り、奪うつもりはないよ。鬼ってな、約束を守るんだぜ」

 

 そしてカクン、と。

 首を落とした。無論比喩だ。

 全身の力が抜け落ち、胡坐から後ろに――石畳へ後頭部を打ち付けそうになるその体を、松陽は咄嗟に抱える。

 

「……あれ、センセ。……何やってんの?」

 

「おはようございます、素斎。まだ夜ですけどね」

 

 あの厭らしい笑みの鬼はもうどこにもいなかった。

 

 いるのは、あどけない顔で、不満を隠そうともしない顔で、怪訝に眉を顰める一人の少年だけ。

 

 長鹿素斎。

 

 彼はおはようを言わなかった。

 夜だから。

 

*1
高杉のではなく、素斎の




気怠くて闇抱えてる方の主人公:長鹿素斎
ウザくてキモい方の主人公:喜鬼

のW主人公でやっていきます!
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