Fate/straightforward   作:たけじん

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1日目
第一話 聖杯戦争の開幕


 静まり返った夜更けの深山町の一角では人ならざる者達によって剣戟が繰り広げられていた。穂群原学園の校庭を広々と立ち回る存在が二組、流石は英霊の座に刻まれるだけはある者達だ。これまでに何十も刃をぶつけて火花を散らそうとも一向に勢いが落ちることはない。

 知らぬ者が感知すれば季節外れの台風と言わんばかりの圧は、一帯に張られている人払いと静音の結界から漏れ出ることはないだろう。この冬木のセカンドオーナーでありマスターの一人である遠坂夏凛は、魔術の腕は未熟ながらも精神性と心意気だけは立派な魔術師であり、聖堂教会の世話にならなくとも神秘の秘匿にも注意を払っている。

 

 つい先程召喚したばかりのランサーは合戦の一番槍に拘り、同じく真っ向勝負を仕掛けてきたサーヴァントが現れたことで、聖杯戦争の初戦は自分達が務めることとなった。己の魔術師としての力量とランサーの武将としての方針を比較し、まずは彼の老成した戦術眼を信じようと決めたのだ。これから最後まで戦い抜く従者(サーヴァント)──否、相棒であるのだから。

 

「中々やるわな、お前さん。これだけ儂を手こずらせた奴はおらん」

 

「そうか……その言葉、ありがたく受け取っておこう」

 

 一息ついたランサーが上々といった表情をし、相対するサーヴァントもまた拮抗する実力に笑みを浮かべる。そして再び──束の間の称賛は金属音をぶつけ合う音で掻き消える。

 夏凛の期待は良い方で裏切られた。

 決して能力が高いとは言えないランサーだが、その卓越した技術によって遥か格上のサーヴァントを軽くいなしている。長物としての長所を十分に活かし、変幻自在に伸び縮みする一槍を振るって敵の首を取ろうとしている。

 あの宝具は──真名解放をせずとも武器としての機能でリーチが変化する。逸話、というよりは生前のランサーが扱いやすく改良してきた恩恵だ。ひたすら実戦で生きてきたランサーらしいといえばらしい。

 神秘が全く残っていない中世の英雄でも、冬木という日本の土地を利用した知名度補正で超一級の英雄と打ち合える。以前から考えていた目論見が上手くいったことに夏凛の中で湧き上がってくるものがある。

 

 当代の遠坂はこれまでで最も落ちこぼれである──それが後見人と時計塔の見解だった。それは夏凛がよく知っている。だからこそ魔力消費の少ないサーヴァントを強力なものへと仕立てあげることにしたのだ。そして成功した、これが興奮せずに居られるだろうか。

 

「ランサー、宝具の解放は貴方に任せるわ! やっちゃいなさい!」

 

「──承知した」

 

 トップスピードから急停止したため、甲冑に巻いている数珠がじゃらじゃらと音を鳴らす。宝具の真名解放に入ったと見たのか、相手のサーヴァントは退いて距離を広げる。距離にして10m、飛び込めば一瞬でお互いの懐に突き込める位置取りだ。どちらが必殺技を放っても致命傷を取れるし、撃ち合って刺し違えられる。

 

 この戦闘は他のマスターから見られているとまず思っていいだろう。バトルロイヤルの聖杯戦争で初戦から手の内を明かすのは避けたいが、相手が相手だけにここで真っ先に使ってもいいと読んでいる。脱落まではいかなくとも手傷を負わせられるならば後々が楽で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 夏凛が敵サーヴァントを格上や超一級と評しているのは決して弱気になっているからではない。マスターに与えられた瞳で読み取った能力値は幸運以外が全てBランク以上ときている。どこぞの大英雄という確証はあり、その手に持つ獲物は剣──若草が絡まった新緑を思わせるものとくれば、そこから自ずとサーヴァントの正体を辿っていける。

 

「一つ聞きたい──お前さんのクラスは剣士(セイバー)か?」

 

 生前武士として駆け抜けた戦場で、刀を取るとなれば侍しか存在しなかったランサーの見立ては夏凛と同じだった。ランサーで現界した己と対等に渡り合える近接能力に優れたクラスは自然に絞られてくる。問いを聞いたセイバーらしいサーヴァントは構えを緩めると、

 

「もしかしたら剣にも優れる弓兵(アーチャー)かもしれないな」

 

と自嘲気味に嘯き、ランサーは戯けと一笑に付す。

 剣を使う弓使いなど居ないだろう。聖杯戦争での一番槍、英雄の誇りである宝具の解放、そして互いに実力を確かめあっても未だクラスすら明かさないとなれば、有象無象の一人と果てるのもまたいいだろう。名乗りあげない腰抜けか否か──ランサーの忠義はただ勝つ、それ故の忠勝だからだ。

 

「参る──徳川四天王が一人! 本多忠勝がここに天下三名槍『蜻蛉切(とんぼきり)』を奉るッ──!」

 

 真名解放──それは英雄が必ず一つは持つ宝具、必殺の兵器を呼び起こすための合図。ランサーが構える無骨で華美な装飾も無くただひたすら実戦を想定された『蜻蛉切』から、空間を押しのけてしまうような圧力が莫大な魔力となって吹き出している。後はその力の方向を眼前のサーヴァントへ向けるだけだ。

 セイバーと思わしきサーヴァントは剣をランサーに向けたまま動こうとはせず、宝具を真っ向から受けようとする態度である。

 離れた位置にいる夏凛は眼を細めながらランサーの勇姿をしっかり脳裏に刻む。ここから始まる聖杯戦争において命を預ける相棒として、一人の人間としてランサーが誇った無窮の武芸の到達点である宝具の瞬きを──見ることは叶わなかった。

 

『ほう──私の他にもセイバーが居るというのか。面白い冗談だな』

 

 凛とした女性の声が校庭に響き渡り、夏凛は左右を見渡して発生源がどこかと探す。魔力の波長は感じなかったのにこの場全体へと届くほどの声量、ということは──

 

「ランサー、上よ!」

 

 夏凛が視界に捉えたのは──黄金だ。

 音を超えた速度で降ってきたそれは明らかに超常の存在であり、即ちサーヴァントである。宝具を解放していたランサーは夏凛の呼びかけに反応し、飛び込んできた乱入者を槍で受け止めると同時に地面へ衝撃を受け流す。

 行き場を失った魔力とサーヴァントの勢いで地面が捲れ、局地的な地震が起こるほどの揺れが起こり、槍を突き混込んだせいで土埃が大量に巻き上がる。

 数瞬の出来事で眼を閉じてしまった夏凛の元へ大きな存在、ランサーが即座に周囲を警戒しながら戻ってくる。

 

「無事か」

 

「ええ、私は大丈夫。だけどさっきのサーヴァントは──」

 

「──刮目せよ! 私こそがセイバー"妖精女王"エリザベスである!」

 

 塵芥を魔力で強引に吹き飛ばし、絢爛豪華な黄金の鎧を纏った女性が現れ、片手にはそれまた綺羅びやかに存在を誇示する黄金の剣が握られていた。

 妖精の女王、エドマンド・スペンサーに登場する栄光を意味するグロリアーナ。著書の中でテューダー家はアーサー王の末裔だとされていたが、あの剣は彼の騎士王と由来を同じにする聖剣なのだろうか。

 真っ先に真名を名乗ったランサーは鎧武者に槍と特定しやすさから敢えて夏凛はそれを良しとしたが、クラスを間違われたことに腹を立てて真名ごと晒すサーヴァントというのも珍しい。ランサーのように名乗り上げを行う武者だから、ではなく単に目立ちたがり屋で王としての気位がそれを許さなかったのだろう。

 

 セイバーは小脇に抱えていた人間を隣へ下ろした。銀髪に紅の瞳、人形のように整いすぎた顔立ち──始まりの御三家の一つ、アインツベルンのホムンクルスだ。

 金と銀が夏凛の前に並び立つ。

 セイバーはランサーと全く同じ年代を生きた、神秘が薄い17世紀を生きたというのに感じられる魔力量が段違い過ぎる。マスターの供給量というより、セイバーそのものが史実の人物とは違うように思えてくる。

 

「──オシリスフィール・フォン・アインツベルン」

 

「ご丁寧にどうも。遠坂夏凛よ」

 

 オシリスフィールと告げたホムンクルスはショートカットに中性的な顔つき、平坦な身体と──そう夏凛と変わらないが──どこか女性には思えない。アインツベルンといえば女性型ばかりだと父から聞いていただけに違和感が拭えない。

 ドイツ系の家系であるアインツベルンが鋳造するホムンクルスもまた白人であるはずが、オシリスフィールは褐色の肌をしている。

 

「挨拶も済んだ、誤解も解けた。先程の続きはどうする? ランサーとセイバーを騙るサーヴァントよ」

 

 すっかり場を取り込んだセイバーはランサーともう一方のサーヴァントの間に立つと黄金の剣を見せびらかすように掲げる。どちらかというと装剣に近いぐらいに装飾が施されているそれは、見掛け倒しではなく宝具であると一目見れば実感できる。腕に自信がある、というより戦いそのものを求めているようだ。

 

「さてな。そこの小童はどうだ」

 

 じりとランサーが夏凛とセイバーの間を遮るように一歩前へ出る。クラスを騙ったとセイバー自身にレッテルを張られ、会話に参加していなかったサーヴァントはセイバーの更に後方で機会を伺っていた。手に持つはセイバーと同じく草木を模した剣、恐らくは草木に関する逸話を持つのだろう。だがあれがセイバーではないというなら何か。

 

「騙した訳ではない、がこれもまたマスターの狙いなのだろう」

 

『御三家ともあろう者達がこの程度とは……失笑を禁じえませんわ』

 

 声がした──可愛らしい少女の声色。

 謎のサーヴァントの後ろから現れたのは、ゴシックロリータのドレスに身を包んだ人形のように美しい女の子だ。金髪碧眼と外国人を地で行く容姿で、見た目はオシリスフィールのように人間離れしていない。くるくるとロールに巻かれた髪の毛は貴族の証であり、貴族であるならば高名な魔術師であると名乗っているようなものである。御三家の名を知っているということは聖杯戦争にもまた精通している。

 

「ほう、私のマスターを侮辱するとは女王の威光を恐れぬか」

 

「そういう大口を叩く貴女はどこの誰なのかしら?」

 

 悪意に敏感に反応するのはセイバーと夏凛の二人である。女王としてのプライドが臣下であるマスターへの暴言を許さないセイバーと、遠坂の家名に誇りを持っている故に御三家でも下に見られることを嫌った夏凛の声が重なる。

 キツイ目線に晒されても尚女の子は嘲笑の笑みを崩さず、優雅にサーヴァントの隣に並び立つ。

 

「こんばんは。エリスフィア・エーデルフェルトですの。以後お見知りおきを」

 

「エーデル……フェルトッ……!」

 

 夏凛は無意識に拳を握り込んで魔術回路が僅かに励起していた。それほどの衝撃が全身を襲った。北欧フィンランドに居を構える名門魔術師の家系で、遠坂家の遠縁とも伝えられている。それだけならばまだいい。

 エーデルフェルト家の現当主であるエリスフィアは夏凛とそう変わらない年でありながら、時計塔での将来が期待され、歴代エーデルフェルトの中でも特に特異な魔術師であると囁かれている。

 遠坂夏凛は落ちこぼれであり、一方のエリスフィア・エーデルフェルトは天才魔術師であり、謂わば意識せざるを得ない相手だった。

 

「アーチャーの剣技はどうだったかしら? 先程の提案も、セイバーとランサーを相手取ってもよろしくてよ?」

 

「まさか本当に剣を振るう弓兵とはな」

 

「ほほう、器用な真似をするものだ。アクシデントは人生を楽しませる。実にいい」

 

 クラスを無視した振る舞いを見せたアーチャーの事実にランサーは驚き、当事者のセイバーは殊の外嬉しそうに笑う。

 夏凛が知る"エーデルフェルト"とならば可能と言えるかも知れない。エーデルフェルト家の魔術特性は『姉妹』であり、魔術師の家系ならば一名しか輩出できない当主を代々二人出してきた。

 そしてエリスフィアは一人でありながら『姉妹』だという噂がまことしやかに流れている。その真偽は不明だが彼女が紛れもない天才であることは確かであり、『天秤』と称される特性を受け継いでいるならば、抽出した別々の面を一つのクラスに統一したというのが妥当だろうか。

 

「あら、そこまで難しくありませんわ。ワタクシにとっては、ですけど」

 

 エリスフィアがクスっと微笑む表情のそこかしこに多分に混ざった嘲りに夏凛はギリリと歯ぎしりをした。オシリスフィールは会話を己の埒外であると決めているのか、口を出すことも表情を乱すこと無く控えている。この中で魔術師としての各が最も低いのは誰が見ても明らかだった。そればかりではない。

 戦況的に不利なのは夏凛達だ。宝具の真名解放直前まで魔力を込めていたランサーに対し、乱入してきたばかりのセイバーは疲弊をしておらず、本来のスタイルを明かしたアーチャーは遠距離に徹することも厭わないだろう。このまま戦闘が再開すれば二組から真っ先に狙われる可能性がある立場である。

 

 三騎士達が睨み合いながら徐々に距離を取り出し、マスター達もサーヴァントの後ろへ下がって第二回戦が火蓋が切って落とされようとしていた。誰が誰を狙うのか、慎重に探りを入れる緊張は──唐突に終りを迎えた。

 月明かりで照らされていた空に暗雲が立ち込めていく。それは急であったが、一方で山特有の天候でもある。冬を越したばかりの乾いた冷たい風が吹き始め、ポツポツと雨が降り出して一気に地面を濡らしていく。穂群原学園の校庭は急な雷雨のせいで泥水をかき混ぜたような有様である。

 

「今宵はここまでですわね。はぁ、ドレスが汚れたらどうしましょう」

 

「あッ──待て!」

 

 他のサーヴァントなど歯牙にもかけずに面々へ背を向けると、エリスフィアは困り顔で悪態をついてからアーチャーに身体を抱えさせた。夏凛の静止より泥が跳ねてしまうことの方が問題であり、そのまま声を無視して運び去っていってしまう。

 傍若無人な態度といい虚仮にされた振る舞いに夏凛は頭にキていたが、一方で冷たく濡らす雨が冷静な部分でエリスフィアを測っていた。

 アーチャー達が帰路についた方角は新都を指しており、魔術工房として居を構える場所はエーデルフェルト東の双子館であると推理していた。以前の聖杯戦争でエーデルフェルト家が管理を手放し魔術協会に提供されていた物件だが、出戻りの形で再び拠点にすると推測するのは容易い。

 

「私達も今夜は下がろう。次からは我が城で待つ」

 

 先に戦っていたアーチャーが戦線離脱したことで構図はランサー対セイバーとなったが、ランサーはともかくセイバーの戦意は消えていた。元よりクラスを騙る不届き者と覗き見する者に真名を告げに来ただけだ。元凶が去った以上は追撃は野暮であるし、多少なりとも魔力を消費したランサーに剣を振るうのもつまらない。

 ここでランサーに戦を仕掛けるべきではないと直感が告げていた。同年代に生きた極東の槍使いというのはセイバーにとって魅力的だったが、気軽に真名解放してしまえる裏に隠し玉があると見えたのだ。

 セイバーが霊体化したことで黄金の鎧と剣が眩さを保ったまま虚空へと消えていく。先に帰ったのではなくオシリスフィールの側に控えている。白と褐色の少女が首を傾け──それが会釈だと夏凛は若干戸惑い──別れの挨拶をした。

 

「それでは遠坂夏凛、また戦場で」

 

「ねぇ、ちょっと待って」

 

 土砂降りの中で相手を引き止めるのは夏凛としてもどうかと思うが、どうしても聞いておきたかったことがあるのだ。口を開きかけて出てきたのは彼女の出自に関係するであろう、肌の黒さ──それはホムンクルスであるオシリスフィール自身に聞くのは残酷に思えて、そんな感傷は魔術師に相応しくないと理解していて──

 

「──貴女の願いを、聞いてもいいかしら」

 

 まだまだ甘さが抜けきらないと、夏凛は己を恥じる。聖杯戦争に参加する意義は人それぞれで、それを知ったところで利点にはならない。寧ろ人間的に"まとも"な夏凛が今後、その願いを押し潰していけるかの覚悟を問われていた。

 予想外だったのはオシリスフィールも当然だろう。数刻の停止のあと、ただ当然のように告げたのだ。

 

「──()()()()()です」

 

 人類の救済。それはアインツベルンの妄執である第三魔法の成就、ひいては聖杯戦争の始まりから求め続けている意義のことなのだろうか。アインツベルンらしいとアインツベルンらしいが、夏凛が目の前のホムンクルスから感じたのはそれよりも現実的な手段を予想させる口調だった。




マスター紹介

◆遠坂夏凛
ランサーのマスター。
遠坂家の現当主。歴代でもっとも凡人・凡俗ゆえに理想に生きようとする魔術師。

◆オシリスフィール・フォン・アインツベルン
セイバーのマスター。
アインツベルンのホムンクルス。銀髪に赤目、中性的な顔つきに褐色の肌を持つ。

◆エリスフィア・エーデルフェルト
アーチャーのマスター。
エーデルフェルト家の現当主。一人でありながら『姉妹』である異端の魔術師。


サーヴァント紹介

◆セイバー
妖精の女王。処女王の異名を持つイギリスの女王、エリザベス一世。

◆ランサー
徳川四天王の一人。天下三名槍『蜻蛉切』を振るう武将、本多忠勝。

◆アーチャー
草木のような剣を振るう弓兵。
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