Fate/straightforward   作:たけじん

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2日目
第二話 足並みは確実に


 遠坂夏凛の朝は早い。表の姿である学生として遅刻欠席無く学業を卒なくこなし、裏の顔である魔術師としてもしっかり遠坂家の家訓に忠実であった。聖杯戦争という常に気を引き締めなければいけない状況こそ、無理なくいつもを維持することが大事だと悟っていたのだ。

 だからこそ──朝の弱さもまたいつも通りであった。髪をかき上げてカーテンから差し込む朝日に目を細める。昨夜の豪雨はまるで幻だったかのように晴れ渡った青空だ。

 ベッドの傍らには魔力を帯びた存在が漂っている。ランサーが霊体化を解いてその姿を現世に表した。

 

「おはよう……ランサー……」

 

「応さ。よく眠ってたな」

 

 すっかり気を緩めて寝ていたことに恥を覚える。幼い頃に死に別れた父のような安心感を、ランサーから密かに感じていたとは言えない。あくまでサーヴァントとマスターは共に聖杯を求める戦友の関係が望ましいからだ。

 

「──侍として主君の寝顔を覗くってどうなのよ」

 

「なに、主ぐらいなら儂の娘みたいなもんよ」

 

 カッカッカッと笑って甲冑を着込んだ大男が掻き消え、和と洋のバランスを崩されていた自室に静寂が訪れる。

 目を瞑っても思い出せる昨夜の戦闘──サーヴァント同士の武を競い合わせた初戦、大胆不敵に挨拶をしてきたマスター達、まだ見ぬ敵サーヴァント達……夏凛の夢などではない。体が震えるのは魔術師としての誇り故か、ランサーに合わせれば武者震いか。

 どちらにしろ夏凛は参加者としての立場を改めて意識せざるを得なかった。

 

 

 冬から春に移り始めたカラッとした晴れ模様と青空は、昨夜この冬木の地で魔術師同士のバトルロイヤルが始まったことなど微塵も感じさせない。もちろんそれは今が人目の有る時間帯だからというのも大きい。魔術師は神秘の秘匿を第一とするために基本として夜間の活動か、さもなくば一般人の目に触れない工房に閉じこもる。

 聖杯戦争でも魔術師の取り決めを暗黙の了解としているが、それはそれでこれはこれだ。殺し合いの観点から考えれば戦闘の時間を問わないマスターも居るだろう。むしろ夏凛のように学生として私生活を晒さなければいけない者は真っ先に狙われる可能性が高い。

 遠坂邸から穂群原学園まで山間の道を優雅に登校する最中でも魔力の気配へは過敏にしておき、更に最終兵器となる従者まで校舎に連れてきていた。

 

『いいランサー? 貴方は屋上で待機、何かあれば対処、こっちも一人じゃ無理なら呼ぶわ』

 

『相分かった。儂は教練の空気が苦手でな、外なら有り難い。榊原なら嬉々としそうだがのう』

 

 昇降口で立ち止まってランサーに念話で話しておく。霊体化したままのランサーがボヤいたまま離れていくのを肌で実感する。一気に背を包んでいたものが無くなった寒気とそれで気付いてしまった僅かに頼っていた気持ちを叱咤する。

 学校に居る"かもしれない"マスターは一人だけだが、それもあくまで夏凛の想定内であるし御三家ならば昨晩のことも承知の上だろう。後見人の噂に聞けば間桐は数代前に没落しかけたものの、外部から血を入れたことで続いたと聞いていた。

 だが知っているのはそこまでだ。現当主がマスターなのか、代理として身内が参加しているのか、今回は一切無関係なのか。カマをかけるのもいいかもしれない。

 

 

「おはよー夏凛! ねぇねぇ次の日曜さ、新都まで出かけない?」

 

「ごめん! 家に親戚が来ててさ。しばらく忙しいんだよね、ごめんほんと!」

 

「そっかぁ……夏凛ちって家おっきいもんねー」

 

 ごめんねーと女子高生特有の過剰なスキンシップで友人と抱擁を交わしてから席に座る。 

 代々冬木の地を管理してきた遠坂家当主は学校でもある種高嶺の花扱いであったが、友人曰く気さくで話しかけやすい夏凛は学校で見せる笑顔が歳相応だと言う。口調が砕けて敬語が抜けてしまうのは、貴族として生きるより庶民的な親しみを選んだ結果だ。

 

 魔術師として育ってきたおかげで地頭は良かったが成績は上の中であり、運動も護身術を独自に習得している程でその手のトップレベルには及ばない。何より夏凛自身が己を優秀だと思っていない。だからこそあくまで凛と生きる理想を持ちながら、女子高生らしい自然体が普通なのだ。歴代の遠坂当主には相応しくないかも知れないが、これが夏凛という人間であった。

 

「──おはよう、遠坂」

 

「あら誠二、挨拶なんて珍しいわね」

 

 夏凛に近づいてきた男子生徒は──パッと見は薄ぼんやりした風貌である。名前通りに誠実そうな穏やかな表情に学校では控えめな性格と、どこにでも居そうな奥手な男子生徒Aもしくはモブキャラであるが、彼こそマスター候補である現間桐家の当主である間桐誠二である。

 

 所属するグループの違いから夏凛とは私生活では殆ど関わりはなく、同じ魔導の道を志していた御三家ぐらいが互いの共通項だ。それは相手も意識しているのか、緊張気味に放課後に会えるかどうかを聞いてきた。

 もちろん予定は無いし話を聞くぐらいは可能だ、とまで考えた所で見せてきたのは──

 

「──()()の話をしたいんだ」

 

 手の甲に刻まれているのは赤い聖痕。聖杯戦争に参加したマスターを示す証であり、莫大な魔力を秘めた三回だけの絶対命令権。誠二のそれは富を表す十字星型なダイヤの形に近い。夏凛の円を描いているものとは対照的だ。

 評価を改める。間桐の血は既に取るに足りない、魔術師としては落第な凡人だと侮っていたが、戦いに挑む者としての度胸は備えているらしい。それは夏凛が求めて止まない正しき魔術師のあり方に近い。

 

「──ええ。それじゃあ放課後ね」

 

 

◆◆◆

 

 

 太陽が既に登りきった時間帯、勤め人の出勤時間が過ぎた一時の静けさの中で聖杯戦争に参加したマスターの一人、手繰緋那(たぐりひな)は起床時間など気にせずゆっくり目を覚ました。

 脳の覚醒が追いつかないまま毛布をかき抱いて再び睡眠を貪る──ことは流石に無い。長期休暇の癖で時間を有意義に無駄にするのは心地いいが、未だ慣れない巨大な魔力が側を彷徨いているのは気が散るというもの。

 聖杯戦争を見越して一週間前から住み着いたアパートの一室は既に工房として完成している──他人から見れば男子大学生の趣味に染まりきっているともいえる──が、それを物珍しげに眺めている存在がいる。

 このままダラダラしているのも面倒だと起き上がると、安眠妨害をしていた元凶であるサーヴァントが霊体化を解除する。

 

「……おはようキャスター」

 

「気持ちいいぐらいよく寝てましたな、マスター」

 

 魔術師のクラス名で呼ばれた男は機嫌よくからかい、マスターである男は眠いもんは仕方ないと軽く返す。往年の友人関係すら感じさせるやり取りの二人だが、昨晩聖杯戦争が始まった通りキャスターとの出会いはつい十数時間前の話である。意気投合、まではまだいかなくともお互いの性格や思想を理解しつつある主従関係は概ね良好と言えるが、それはマスターとサーヴァントの嗜好が極めて似通ったものであるからだと緋那は考えていた。

 

 手繰緋那は日本海側に県を置く片田舎で細々と魔術刻印を継承してきた家系に育ち、閉鎖的な社会ゆえに変化も無く"昔からそういうものだから"と最早伝えることだけを意図して魔術を覚えた人形遣いである。上京した際に魔術協会と接触したのは本当に偶然であり、そこから魔導の世界へと足を踏み入れたのだ。

 

「しかし──女の子は可愛い立体物に限る。この時代、この地に召喚されたのは何たる僥倖……ッ!」

 

 キャスターは吐息をかけることすら禁忌であると、手で口を抑えながら熱い視線を"あるもの"達へ送っている。

 サーヴァントを招く触媒に関して手作りのドールを使用したからこそ、こんな性格のキャスターが選ばれたのだろうと思うとつくづく己というものを意識させられる。

 こちらに越してきてから発売日を迎えたので買った美少女フィギュアがカラーボックスの上に並び、ガラス棚にはお気に入りのドールと小物類を一緒に収めてアンティークを演出し、一角を占めているデスク上には最近ハマりだしたロボットと少女を足したようなプラモデルが何体も放置されている。

 どれもこれも少女型をしているが──これは単に緋那の趣味である。

 二次元に恋をするオタクという人種、あるいは人格形成をした者は()()()()()()()()()へと迫る魔術師としての素質があると実体験で断言できる。時計塔の支部が秋葉原にある時点でオタクと魔術師は近い存在なのだ。喚び出したキャスターはその究極系と言っていいだろう。

 自身の趣味は誇れるのに他人の趣味を痛いと感じてしまう気質ゆえに、キャスターのあれこれが自虐も含めて呆れて感じてしまう。

 

「お前って本当にサーヴァントなのかよ……」

 

「もちろん、私の伝説を知っていれば納得でしょう──私が妻を愛したのは物言わぬ像だからではなく、愛した人物がたまたま像だったからですよ」

 

 にこやかに笑うキャスターのその口調は世迷い言そのものだが、一人の人間としてそれを素晴らしい愛だと感じてしまう。端から見れば狂気の沙汰かも知れないが、そういう風に一心に尽くす愛を持って生きられるならば──羨ましいと思ってしまう。

 

 例えばゴーレムに関する逸話を持っているアヴィケブロン、人造人間の怪物を創造したヴィクター・フランケンシュタイン、絡繰人形を操ったと云われる加藤段蔵。人を模した触媒で召喚できそうなサーヴァントは数多く居るはずであり、同じ分野の人形遣いとしてマスターらしく戦闘補助をと考えていたが、戦闘能力が全く無い今のキャスターの方が自分にとってはやはり()()()なのだろう。

 

──ギリシャ神話に語られるキュプロス島の王、ピュグマリオン。自らの手で理想の女性を彫り、それを一人の女性として愛した末に悲願を叶えた男。

 

「キャスター、改めてよろしく頼む」

 

「ええもちろん。この聖杯戦争、微力ながら尽力しましょう」

 

 極東の人形遣いと人形を愛した男が固く握手を交わす。それはマスターとサーヴァントとしてではなく、互いの思惑を明確に捉えた上での同士の深い信頼からだった。

 共に勝ち抜くことを決意したが、キャスターが戦闘に全く向かないという事実は変わらず、それを覆すための準備が必要であった。具体的にはキャスターの宝具をいつでも使うための準備、及び己の人形遣いとしての能力にキャスターのそれを組み合わせるというプランだ。

 

 日本やイギリスで怪異の類と戦闘していた経験があり、魔術使いとしてそれなりに戦える方だと自負している。謂わば己の人形遣いとしての趣味と人助けを金銭で請け負う実益を兼ね備えたものだ。

 キャスターが出れない以上はマスターが前に立つしか無い。要は最初に考えていた自分が補助ではなく、サーヴァントを補助とするやり方である。

 

「よし、新都に行こう」

 

「もしかして素材の調達ですかな? ならこのブレイドワークス・ガールというのを……」

 

「キャスターってメカ娘が好きなのか──残念ながら中古屋を回るから新品はお預けだ」

 

 よほどお気に入りにだったらしいキャスターはがっくりと肩を落とすが、こういった素材は他人の手を渡った物の方が魔術的に魔力を込めやすいのだ。宝石でも同じことが言えるだろう。フィギュアならばぶっかけられたりして他人からの魔力が偶然残っていたり、偶像崇拝をしていたオタク達の念が溜まっていることが多々あるのも都合がいい。経済的にもお財布に優しいというのもある。

 フィギュアやプラモデルを使うというのは人形師としても異端中の異端だが、元々は既に廃れた人体模造の魔術に加えて緋那は魔術使いである。神秘が先細りしすぎているならば、そこへ最先端を持ち込んで扱えるようにすればいいという発想に至るのは当然だった。趣味が高じて義肢への換装をしている部分もあるぐらい、人形というものに入れ込んでいる。

 

「なるほど、あれはメカ娘という括りなんですな。実はギリシャの女神ってああいう感じなんですよ。うちの妻もアフロディーテに人間にしてもらった影響で──」

 

「──あぁ!?」

 

 突如として暴露された神話世界の裏事情を聞きながら出かける準備をする二人であった。

 

 

◆◆◆

 

 

 夕焼けが穂群原学園全体をオレンジ色に染め上げ、待ち合わせ場所である校舎裏に影を落としていた。既に生徒達は下校しており、残っているのは運動部の片付けぐらいだろう。こっそりと話すのも、交戦するのもこの時間帯が妥協点である。

 ランサーを霊体化させて隣に立ってもらいながら、はたして夏凛が心して待ち構えていた人影が遠くからやってくる。何となく話したい内容を察しているおかげで余裕な夏凛と違い、間桐誠二は緊張した面持ちで強張っているのが丸わかりだ。それでもマスターの一人と話したいというのだから勇気だけは褒められるだろう。

 

「待たせたな遠坂」

 

「私は大丈夫よ」

 

 彼がマスターであるならばサーヴァントが居るはずだが、連れてきて居ないのかその圧倒的な存在感を近くで感じることは出来ない。こちらにランサーが居るのは分かっているのに近づいてくるのは、不用心なのかそれとも隠していることがあるのか。

 霊体化していてもそれとなく把握が出来るはずのサーヴァントということは──

 

「──待って。まずお互いのサーヴァントを見せあって、示し合わせておいた方が良いと思うの」

 

 手の平ではなく指で作った銃の──遠坂家の魔術刻印に刻まれているガンドの──形を突きつけて眼前の誠二を牽制しておく。とりあえず今は手の内を晒して穏健に話をしますよという証明が無ければいけない。同じクラスメイト、知り合いといっても敵同士なのだから。

 夏凛の丁寧ともいえる体裁を整え手順を踏んだやり方に、敵意は無いと見た誠二は詰めていた息を吐き出す。言葉を聞いたランサーが己の主を支える壁のように現れたことで、英霊を構成する魔力の圧を体全体で受けることになる。

 

「……確かにそうだな。出てきてくれ」

 

 視線を左右に振ってどこへ発した言葉なのか、まるで自分のサーヴァントがどこに居るかも分からないといった風に声をかけた。そして──誠二から少し離れた位置に初めて見る新たなサーヴァントが現界する。

 魔女然としたマントとフードを被った少女、といった体でその慎まやしかな体型は自分達と同じくらいの若さにも思える。少なくともランサーのような老練としたタイプではない。見た目からサーヴァントの真名を探るのは難しいが、どのような人物かは想像することが可能だ。

 

 フードを取ったその少女は──ハッとするような美少女だ。見た目にそれなりの自負がある夏凛でさえ超絶的に可愛らしいと言う他ない女の子である。黄昏に落ちる今の時間帯からでも一番だと名乗り始める、煌めく星のような美しさを放っている。眉を立てて口をキュッと横で結んでこちらを真っ直ぐ見つめる表情は、生まれの気高さと内に秘める激情を予想させる。

 誠二の不自然な指示と彼女の態度からして、気難しいサーヴァントの扱いに困っているマスターというのが夏凛の見立てであった。

 

「それじゃ改めて──話っていうのは何かしら?」

 

「単刀直入に言う──同盟を組みたいんだ」

 

 意外性は全く無い夏凛の読み通りであった。御三家の知り合い同士、こちらは三騎士のランサーを従え、相手のサーヴァントは明らかに直接戦闘に秀でてるようには思えない。聖杯戦争を降りる気が無いのなら戦力として期待されていることになるが、裏を返せばあわよくば使い潰したいという意図も透けて見える。無論、あの誠二がそういう思考をするとは思えないが、当事者であるサーヴァントは別だろう。

 マスターの魔術師としての力量を評価に入れても、没落しかけの間桐の当主などほぼ一般人に近いのではないだろうか。魔力供給が出来るだけマシだが、それだけだ。

 

 夏凛がどう返事をするべきか悩んでいる姿を契機と見たのか、誠二が一歩踏み込んで胸の内を吐露する。

 

「俺はこの子の願いを聞いて、どうしても叶えてやりたいと思ったんだ。どうにかして聖杯戦争に勝ち残りたい。だから一緒に──」

 

「──甘えないで」

 

 眼の前の男が発するあまりにも情けない言葉をぴしゃりと撥ね付ける。凛と澄んだ一声に誠二は怯んで口をつむぐ。その言葉の、藁にもすがる思い故の無責任さと当事者意識の薄さを叩きつけられたのだ。

 

「これは殺し合いよ。そんな甘い考えじゃいずれ死ぬわ。聖杯戦争は知略と策謀を駆使して、最後の一組まで勝ち残る生存競争なの」

 

 遠坂夏凛は魔術師として期待され生まれ、この聖杯戦争も一つの通過点として遠坂家の悲願を達成するために参加しているのだ。根源の渦を目指す道中は死と隣り合わせであり、その覚悟などとっくに出来てる。

 だが無謀な勇気だけを持って進んでしまえば彼は底なしを悪意に晒されきっと地獄を見てしまう。誠二を引き止めたのは魔術師としての信念があるのと同時に、友人である部分からの忠告だった。

 

「まったく話にならないじゃない。時間の無駄だから終わりにしましょマスター」

 

 話が纏まらないと思ったのか、今まで黙っていた少女のサーヴァントが我慢できずに前へ出てくる。その口調はやはり貴族のような高飛車な性格のようで、魔術師として生きてきた夏凛に同族嫌悪をひしひしと感じさせるタイプである。もしエリスフィア・エーデルフェルトが居れば口喧嘩の一つにでもなったかもしれない。

 もちろん負けっぱなしは性に合わない夏凛であり、売り言葉に買い言葉をしてしまった。

 

「ねぇ誠二、その子は私のことが気に食わないみたいだけれど?」

 

「いや、でも、意外と仲良く──」

 

「なに言ってるの! それに、貴女が頷けばすんなり済む話だわ!」

 

「はぁ!? そっちこそ礼儀ってものがあるでしょうが!」

 

「──待て待て待て、双方とも落ち着け」

 

 効果が薄いと知りつつどうしようもなく頭にカッときてガンドを少女へ向ける。夏凛のガンドは所謂『フィンの一撃』と呼ばれる物理的な威力に、更に火属性を足して爆発力を高めている。おおよそロケットランチャーぐらいの威力だろう。マシンガンのように連射はできないが、今ならサーヴァントにも肉薄できる……かもしれない。

 

 一触即発の空気の中で視界を遮るようにランサーが割り込んで止めてくる。一瞬の隙を突いて誠二もまた自らのサーヴァントを夏凛から離した。どちらもヒートアップしているせいでこれ以上の話し合いは出来ないと見ていい。

 

「明日返答するからよう、今日はこれで収めてくれんか?」

 

「ああ……良い返事を期待してる。時間を取らせてすまなかった」

 

 ランサーと誠二が目配せをし、未だ威嚇しあっている少女を連れて反対方向へと別れて離れていく。少女のサーヴァントは誠二と手を繋いだまま暫く歩き、「もう離してっ」と悪態ついてから再びその姿を消した。夏凛の方はというと無理やりランサーに抱えられて学園の敷地外へと連れてこられていた。

 

 まだこの季節は日が落ちるのも早くすっかり暗くなってしまっている。衆人環視のある公道ということでカッカしていた頭もすっかり冷えていた。エーデルフェルトにも言えることだが、どうにも同族嫌悪というものが酷いものだと夏凛は振り返る。

 そんなマスターを叱るでもなく見捨てるでもなく、こういう主であるとランサーは受け入れて背を軽く叩いて落ち着かせる。取り乱した主をたしなめるのもまた仕える者への忠義として欠かすことはできない。

 

「ありがとう……ランサー」

 

「はっはっは! 喧嘩するほど仲が良いと言うしのう。儂も酒井の奴とようやりあったものよ」

 

「そのサーヴァントのことなんだけど……」

 

 暗くなった自宅への帰り道、夏凛は言い争った少女のサーヴァントのことを思い返す。誠二との話し合いを考えていただけに、その場では意識しなかったが色々と気になる点があったのだ。熱くなっていたとはいえ敵対関係になるかもしれない相手だ、戦力分析を怠ることなどしない。

 

「……気配が無かったな。いきなり現れた感覚だったわい」

 

「ええ。明らかに何らかのスキルか宝具、多分あの被ってた奴がそうかな……能力が見えなかったの」

 

 マスターにはサーヴァントの能力を可視化する特権が与えられるが、彼女が姿を表した時にそれが上手く働かなかった。ランサーの感覚も正しく、移動した際の魔力の揺らぎを全く感じなかった。まるでずっとそこに居たような、そんな違和感。

 能力が見えなかったことからあの外套が宝具なのだろう。不可視になる効果を持っているとしたら、スキルが見えないのも近距離で気付かなかったのも頷ける。確実に『気配遮断』に類似したスキル、またはそれそのものを有している。夏凛は誠二のサーヴァントをそう評価していた。ランサーもまた冷静にサーヴァントの少女を測っていた。

 

「まぁ直接やり合うような奴じゃないだろうな。暗殺者(アサシン)……といったところか」

 

「アサシン……そうね。恐らくそう」

 

 アサシン──マスター殺しとして名高いサーヴァントであり、三騎士といえど侮るわけにはいかない相手だ。油断をした一瞬を狙って逆転を起こしてしまう、そういったタイプの敵と言えるからである。今思えば、素直に同盟を組まなくても良かったのかも知れない。

 そんな美少女暗殺者を怒らせた事実は理解しているし、誠二はアサシンを制御しきれていない節があった。これは──不味い展開である。

 

「今夜は少し様子見ね……」

 

「ああ──備えよう」

 

 夜の帳が落ちきり、星々が輝き出し、魔術師達が暗闇を蠢き始める。聖杯戦争二日目の戦端の火蓋が切って落とされようとしていた。




マスター紹介

◆手繰緋那(たぐりひな)
キャスターのマスター。
義肢で武装している人形遣いの男子大学生。愛に生きることを夢見る魔術使い。


◆間桐誠二(セージ・マキリ・ユグドミレニア)
アサシンのマスター。
間桐家の現当主。魔術回路を持つが没落気味ゆえに一般人に近い感覚を持っている。


サーヴァント紹介

◆キャスター
ピュグマリオーン。ギリシャ神話に登場するキュプロス島の王。

◆アサシン
強気で意地っ張りで口が悪い美少女。外套の宝具を常に羽織っている。
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