Fate/straightforward   作:たけじん

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3日目
第四話 真夜中の襲撃者


 振り子時計が午前零時を告げる時報を鳴らし、聖杯戦争三日目を迎えた夏凛は静かに胸を撫で下ろす。緊張を僅かに緩めたことで、室内に満ちていた空気も若干ながら落ち着いた。臨戦態勢から警戒態勢へ移行。命の危険が過ぎ去ったわけではないが、火急の案件ではなくなったということだ。

 昼頃に──否、既に先日のことだが、誠二との話し合いで彼のサーヴァントの不興を買い、その襲撃を用心して今夜の夏凛は外出を控えていた。マスターである誠二にはどうにも手綱を握れていない節があったことから、独断で襲いに来ることを予想していたのだが、杞憂に終わってなによりであった。

 

 肺に詰めていた空気を吐き出して大きく一呼吸、気の緩みからくる脱力感に任せて後ろへ倒れ込む。ベッドに腰掛けていたおかげで、夏凛の身体が柔らかい布団へ沈み込む。戦闘を想定して普段着のままなのだが、このまま寝てしまいそうである。

 ポツポツと屋根に当たって鳴る音は雨なのか、徐々に間隔を短くして奏でていくリズムが眠気を誘う。

 

『あのアサシンらしき小娘は来なかったのう』

 

 霊体化したままのランサーが愚痴にも取れる不満を呟く。主を狙う曲者は日常茶飯事だっただけに夜通し見張ることも吝かではないが、武者としての猛りが直接刃を交えたい感情を持て余す。かといって相手は仮にも主の友人とそのサーヴァントだ。ランサーから進言するにせよマスターの意向は尊重しなくてはいけない。

 マスター殺しと呼ばれるアサシンを早々に脱落させておきたいのは夏凛とて同じだ。だが当事者が怖気づけば迎撃の用意も無意味となろう。

 

「この分じゃ、お互いの力量差から敬遠したってことかしら」

 

『こちらを思いっきり警戒させる口ぶり。あのサーヴァントは失言が過ぎて暗殺には向いてないわな』

 

 あの子口だけは達者なのね、と夏凛はこちらに難癖をつけてきた相性が悪いサーヴァント、それを御しきれない未熟なマスター共々思い返す。今日中には返事を返さなければいけないのだが、どうにも良い妙案が浮かばない。

 断れば狙われることは必至、受け入れれば足を引っ張るだろう。正面からならば正々堂々と受けて立つが、相手は暗殺者らしきクラス。こと闇討ちでは能力差より相性として、僅かにあちらへ分がある。誠二は人畜無害だがサーヴァントは性格に難あり、というより夏凛と同族嫌悪の部類。

 

『して、主よ。奴らの提案はどうする?』

 

 声色からしてランサーは二人を嫌ってないらしく、サーヴァントが許容できるならばあとはマスターの采配が左右するが──

 

「──あれよあれ、あっちに何か勝機でもあれば同盟も勝ち筋だわ。それで決める!」

 

『応さ、それがいい。戦は兵一人だけではどうにもならんからな』

 

 合戦を駆け抜けた一騎当千の英雄ではなく、味方を有用に導いてきた将軍としての意見に夏凛は頷く。ランサーは将としての逸話も数多く、軍略スキルも持ち合わせている。その彼が納得できる判断だったならばとりあえずは適当であると言えよう。

 思えば聖杯戦争に臨む誠二の在り方を否定しただけで、彼のやり方というものをまともに聞いていなかった。もしそれが上策ならば、彼の甘さを飲み込んで手を組むというのも"有り"だろう。もちろん彼のサーヴァントとは出来る限り上手くやっていけるよう、誠二に取り成しを求めるが。

 それに同盟自体に疑問もついて回ってくる。聖杯戦争の最終的な賞品は聖杯──六人のサーヴァントを脱落させた暁に受け取れるものだが、バトルロイヤルにおいて同盟の先に待つのは確実な破綻である。なにせ最後には必ず敵に回さなければいけないのだ、同盟というより休戦の方がニュアンス的には近い。

 

 しかしそこで問題になるのが彼のサーヴァント、あの女の子──傍目には戦闘能力はさほど高くない。宝具の戦力に偏ったタイプとも取れるが、アサシンならばその線も除外できる。つまり最終的にランサーとアサシンが一騎打ちをするのだが、あの誠二でもまさか自陣営が勝てるとは思っていないだろう。

 つまり予想できる理由は主に二つ。一つは暗殺者らしく、裏切りを狙った獅子身中の虫として出し抜くこと。もう一つは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まったくもう……誠二のやつ……」

 

 この日のために一人で勝ち抜く算段を整えていただけに、可能性が見えてくるとそれがなんであれ夏凛にとっては頭を使わせる面倒に他ならない。歴代遠坂家の中でも凡俗故にあらゆる方法を模索してきたせいか、圧倒的な自信でもって一笑に付すということが苦手なのだ。

 『この子の願いを聞いて、どうしても叶えてやりたい──』なんて聖杯を求める理由にしては下の下。その考え方そのものは否定はしないし尊いものだと思うが、殺し殺され命を賭けるまでには値しない。そもそもサーヴァントとマスターは共に願いを叶えたいが為に協力関係にあるのだ。従える存在の為になんて間違っている。やるならば徹底的に自分のため、だ。魔術師らしからぬ、あるいは人間らしい、だからこそ矛盾した思考。

 

 脳内を占めている友人の顔をかき消すためにごろりとベッドを転がる。雨は本格的に降り出したようだ。暗闇の寝室には雨が屋根を打つけたたましい音が鳴り響いている。昨夜と同じように土砂降りの豪雨で少しだけ憂鬱になってしまう。

 

「ランサー、着替えるから廊下に……ランサー? 居ないの?」

 

 いつの間にかランサーは館内の見回りに行ったらしい。魔力の圧が感じられなくなっており、その隙間を埋めるように雨音がノイズとして部屋の中を満たしている。

 テレビなど胡乱な家電が自宅に無い夏凛は天気予報など把握していなかったが──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。"ゲリラ豪雨"などと突如として雨雲が発達する異常気象が、二夜連続で発生するはずはないのだ。ましてや遠坂家の周囲だけに豪雨を降らすなど、超常の現象である、魔術的な要素を除いてあり得ない──

 

「え?──ッ!」

 

 雷光──それはカーテンから侵入してきた。一瞬、部屋は真っ黒い影に塗りつぶされ、光が遠坂の邸宅を包み込み──フラッシュに呆気にとられた次に襲ってきたのは、轟音と爆圧。まるで爆撃に晒されたように巨大な何かが上空から振り落とされ、幾重にも張られていた魔術的な結界と屋敷を構成している物理的な物質を吹き飛ばして飛来した。それは──古来、神の力と一端として呼ばれ、"神鳴り"とも呼称されていた、天罰を意味する落雷。

 

 意識を取り戻したのは無理矢理に防壁を破られたせいで、魔術回路が悲鳴を上げた痛みのおかげである。ベッドに転がっていた夏凛は難を逃れ、クッションとして柔らかい壁となってその身体を飛んできた破片から防いでいた。クラクラと平衡感覚は失われ、何かに挟まっているとしか理解できないが、頭の中は関係なく動く。

 覚えている限りの記憶は、視界の色を反転させるほどの強烈な光と、未だに調子が戻らない耳が捉えた雷鳴。次いで部屋に充満する焦げ臭さで思考が現実に追いついてくる。

 

「ランサー! 対応!」

 

 なんとかベッドの瓦礫から身体を起こしながら叫ぶ。もちろん届いてないければ意味はないが出さない理由も無い。既に状況は動き出して切迫している。最速で導き出した答えは敵襲──魔術師の工房、生活拠点そのものを破壊してきたのだ。

 

 隠し玉であるスカートの中の宝石を確かめながら身を乗り出して床へ転がると、そこには寝室が──無かった。夏凛の眼前に広がるのは部屋ではない。何しろ壁が無くなっており、向かい側の角部屋まで吹き抜けだ。偶然にも壁側に寄っていたおかげで巻き込まれなかったが、遠坂邸の中心に巨大なクレーターが出来上がってしまっていた。家の中に居ながらにして屋外が丸見えになっている。面積にして三分の二は消し飛び、中心部へ崩落していないのが奇跡的だ。地下の工房まで貫いたその一撃の大きさが伺い知れる。

 

 豪雨が吹き付けてきて夏凛のボロボロの身体を濡らしてくる。落雷を耐えた建材に出火を認めるが雨で広がる心配はなさそうである。

 遠坂邸は曲がりなりにも魔術師の工房で、当然ながら建材にも魔術的な加工が施されているおかげで建物の強度は並ではない。魔術師を拒むために何十にも結界が敷かれているし、侵入者は即座に発見できるように細工がされている。それら全てを無理やり突破し、ましてや工房ごと破壊してきた相手と方法──

 

「『対城宝具』だっていうの……!?」

 

 対人宝具にしては威力が有りすぎるし、対軍宝具でさえ遠坂邸の強固な防壁によってここまで被害は広がるまい。聖杯降臨を行える一級の霊地として霊脈の加工と共に万全の砦だった遠坂の土地は今や陥落寸前と言ってもいいありさまだ。最終的には陣取り合戦になっていく聖杯戦争で、真っ先に御三家の霊地を奪い取りに来たのかも知れない。

 

「ランサー! 返事をしなさい!」

 

 相手は定石をあえて捨ててくる難敵だ──そう判断した夏凛は豪雨の中で声を張り上げる。ランサーは"宝具によって守られている間"ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だがマスターが一人というのは危険な状態だ。魔力供給源が無くなれば最強のサーヴァントであろうとこの世に肉体を留めておくことができない。

 

 視力を強化しているおかげで戦場は見えているが、敵サーヴァントとランサーの位置が掴めない。再び大声を出して雨が降りしきる暗闇へ叫ぶと──

 

「■■■■──ッ!」

 

 クレーターの一部となっていた地下工房の影から、外へ押されるように飛び出してきたのは──全身に刀を身につけた男。彼の血走った眼と怒りの形相、身体を纏う紫電の稲光が、動物的が持つ本能を揺さぶって恐怖の威圧を与えてくる。

 夏凛は一目見て直感的に『狂戦士』のクラスとして召喚された、バーサーカーのサーヴァントであると理解した。

 

 だが敵陣で目立つ行動をしていたのが夏凛の失態だった。己が発生させた雨の中で周囲より大きい音を出していた物体に狂気の意識が移り──瞬間的に空気が破裂。魔力放出──魔力の雷が空気を膨張させた勢いで、雷速の如き疾さを生み出し夏凛が立つ二階の寝室まで飛び上がったのである。

 

 時間にして一瞬の連続、魔術師であろうと人間の範疇である夏凛が動ける訳もなく、電磁抜刀によって抜かれた雷速の居合斬りは──

 

「──離れておれッ!」

 

 ランサーが跳ね上げた蜻蛉切によって足元が崩され、間一髪で夏凛の髪を数本だけ斬るに留まった。速度が重視されるランサークラスと現在敵対しているバーサーカーのステータスはほぼ互角、だが雷の魔力放出スキルを持つバーサーカーが速度では一歩先を往く。そこをランサーは蜻蛉切の伸縮機能を利用し、神業的なタイミングでマスターを回避させた。

 

「ランサー!」

 

「──外へ逃げろ!」

 

 刀と槍の刃が交わり火花を散らし、バーサーカーは二階に着地すると、高跳びの要領で追撃してきたランサーから逃れるために更に上を目指した。神秘の隠匿など気にせず雷撃を撒き散らして遠坂邸の屋根を焼いていく。狂戦士の圧倒的な能力と雷雨のような激しい攻撃に、槍兵は技術と経験で主を守りながら追い立てる。

 

 遠坂邸は最早、安全地帯とは言い難い。宝具の行使による落雷によって大部分が消し飛ばされ崩落が始まっているのだ。夏凛を一刻も早く逃さなければいけない。

 

 屋根に降り立つランサーの隙を狙って幾本の紫電が駆け抜ける。ただの魔力の雷ではない──と見切ったランサーが槍で弾くと、手応えを手の内で感じ取り、バーサーカーが射った弓であると気付く。魔力の雷を絡めた矢の威力は推して知るべし、弾かれた流れ弾が遠坂邸の廃墟を再び爆発させる。

 

「■■■ッ!」

 

 怨念を込めた恨み節を狂気に乗せて叫ぶバーサーカーは再び雷電を身体に纏わせる。降りしきる雨粒すら蒸発させる暴力的な眩しさは、原初の神々しさを覚えさせる輝きだ。

 

「惜しいのう、バーサーカーよ。貴様とてよほどの英雄だろうに」

 

 雷としての相性か、マスターが居る狭い下より空が開けた上を選んだバーサーカーの知性にランサーは内心で驚嘆する。狂戦士らしく言葉は意味を伴っていないが、技に関しては衰えることを知らない。全身に身に着けている刀剣の数々は生前の彼が集めた宝具であろうし、腰に携えた弓を適切なタイミングで射る腕前はさぞ尊ばれただろう。雷の化身としての能力も持っているならば大英雄にも引けを取らない。

 

 それほどの存在と全力で戦ってみたかったという、僅かな欲がランサーに浮かぶほどである。

 

「■■■■■■──ッ!!」

 

「本丸に攻め込んできたお前さんに、儂の本気を見せてやろう」

 

 御託はどうでもいいのか、バーサーカーが二刀流で突っ込んでくる。魔力放出を併用した戦闘機動は最速のクラスを軽々と凌駕する。無茶苦茶な挙動であっても速度が乗れば威力に繋がり、避けられなければ致命傷へと繋がっていく。理性は無くともブーストされた雷速と本能に根ざした戦技がランサーを追い立てる。

 

 だがランサーの表情は変わらない。誰がどう見ても追い詰められているのはランサーだが、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ランサーは不敗の逸話が具現化した宝具で守られている以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 だからといって手を抜くわけではない。敵の攻撃を受ける前提の攻めなど二流である。ランサーの"ただ勝つ"という忠義は、逸話を超えた先にあるのだから。

 

 豪雨の中で繰り広げられたバーサーカーとランサーの一進一退の攻防は、絵巻物に描かれた武士達の一騎打ちの様相を呈していた。遠坂邸の屋根という舞台で繰り広げられる槍と剣の舞いは、ランサーの真名解放によって終わりへと向かっていく。

 

「ここに天下三名槍『蜻蛉切(とんぼきり)』を奉るッ──!」

 

 ──其の槍は不退転の勝ち虫すら割り断ち、其の名に貰い受けた名槍──ッ!

 

「舞え──『蜻蛉切(とんぼきり)』」

 

 真名解放された槍に魔力が通され、蜻蛉切としての逸話を再現する。だがこれに一撃必殺としての力は無い。そもそも蜻蛉切の力は物体を割ることにある。

 刃に触れた雷撃はそこから割り断たれたように二分割されてランサーまでは届かない。バーサーカーの足元を掠った刃先は本来ならば浅い傷だけで済むはずが──つま先から腰まで真っ直ぐ中央に切り傷が発生する。刃同士が交わされて火花が散るが、今度は様子が違う。力を込めずともランサーの槍の刃先が触れるとバーサーカーの宝剣に傷が付く。

 

 真価を発揮し始めて不可解な現象が起こり始めたが、生憎と狂化していてその理屈と結果をバーサーカーは驚異と捉えることができない。

 

 『対人宝具』とは同じ人間へと向けた効能だが、それより広くランサーの『蜻蛉切(とんぼきり)』は効果を発揮し、種別として『対物宝具』と分類できるだろう。刃に触れた物質を割り断つ力、それは単純な二分割でありながら硬さを無視した割断が発生する。単純な攻撃力では先程の落雷には及ばないが、防御を無視した分割は使い勝手がいい。やろうと思えば一撃必殺も可能で、サーヴァントであろうと問答無用で真っ二つに出来る。

 

 無論──そこまで悠長に魔力を込めさせてくれる相手ではない。

 

「■■■■ッ!」

 

 狂化されていたせいで痛覚も鈍っていたのか、腕や脚を割り断ち初めてようやく苦悶の表情を浮かべるバーサーカーは、怒りに変えて雷撃を撒き散らしながら突っ込んでくる。

 

「蜻蛉と戯れるのと、さてどちらが楽しませてくれるか」

 

 

◆◆◆

 

 

 本多忠勝は五十七の合戦を経て無敗──生涯で負った傷は自らの不手際で得た指の切り傷、そして手傷を貰った彼は老いを感じ死期を悟ったのだという。あまりに強すぎた彼の逸話は長く現代まで語り継がれ、常時発動型宝具としてランサーをあらゆる合戦の傷から守り越えさせてしまう。主君と枕を並べて討ち死にを遂げ

 

 故にランサーは"五十七回戦"を経るまで絶対無敵のサーヴァントである──宝具『死にともな 嗚呼死にともな(深きご恩の 君を思えば)』は概念としてランサーを防御する。

 

 夏凛が初戦からランサーに真名を名乗らせてあげたのも、真名解放を許可したのも宝具の優位性があったからである。五十七回という聖杯戦争では膨大な戦闘回数を乗り越えることなどまず不可能だからだ。先程バーサーカーの宝具らしき落雷が直撃しても全く無傷な辺り、対城宝具であろうと条件を満たさないと突破は無理と証明された。

 

──私がすることは、敵マスターの相手……!

 

 バーサーカーと戦闘を開始したらしいランサーの剣戟が上から鳴り響いてきている。豪雨に負けず劣らずに激しくぶつかりあう音が鳴り響き、バーサーカーの雷撃が屋敷の残骸を燃やしていく。

 どれだけの資産価値が失われていくのか考えたくもない。バーサーカーの宝具のせいで地下工房は壊滅、代々遠坂家が継いできた霊装の尽くが失われた。手持ちはスカートのポケットに入っている、十数年魔力を込めてきた宝石が十個ほどだけ。

 

 だがそれが逆に夏凛の思考を敵マスター撃退へと向かわせていた。ここまで壊滅的ならばいっそのこと諦めがつくというもの。家財道具や魔術品の持ち出しで崩壊に巻き込まれるか煙に巻かれるかを逃れ、真っ直ぐに討つべき敵対者について考えさせてくれていた。

 

 燃え落ちていく庭の木々を避けながら道路へと転げ出る。近隣住民は既に異変に気付いて騒ぎ出して集まっているが、這い出てきた夏凛を視界に捉えた者は居ない。簡易な魔術でもって存在を認識外へと置いているからだ。惨状を警察や消防へ通報している者を認め、ここは監督役と聖堂教会に任せて雨の公道を駆け出す。

 

「全く、人払いもしないでどうなってんのよ──ッ!」

 

 土砂降りの中、群衆から抜け出した夏凛が全身をずぶ濡れにしながらアスファルトを走る。相手は魔術師としては異端である神秘の秘匿を行わないばかりか、堂々と御三家の霊地へ攻め入っていくる存在だ。そういった手合が関係のない無辜の人々を巻き込まないとは思えない。

 世間の眼に晒されない形で、聖杯戦争で死ぬ人も居るのだと理解していても──実際に起これば夏凛の心に影を落とすだろう。そう悟っているからこそ、無人のエリアを目指して今は移動する。

 

 遠坂邸から距離を離すごとに徐々に雨が弱まり、バーサーカーと落雷の関係性から見て、この豪雨はあのサーヴァントのせいだと理解する。恐らくは宝具発生の前段階の兆候か、スキルによって天候を変化させたのだ。

 小雨程度になってきたところで周りに誰も居ないことを確認すると、ここに結界を張って敵マスターを待ち構えることに決める。公道のど真ん中だが、消音と人払いの効能に加えて時間帯も手伝って通行人の入る隙間は無い。すぐにバーサーカーを撤退させなかったことから見ても、マスター同士の一対一がお望みなのだろう。

 

「出てきなさい! 私とやり合いたいんでしょ!」

 

 どうせどこかから監視しているであろう敵マスターへ聞こえるよう叫び、次いで結界を敷設する準備を進める。魔術回路を励起させ──魔力を体内に循環、濡れて震えていた身体が痛みだし、それが逆に熱を生み出してくれている。

 それなりに強固な結界を作り上げるつもりで夏凛は術式を構築する。家や工房を破壊されたのだ、ガンドで大暴れして鬱憤を晴らしたい。

 口に紡ぐは遠坂家伝来の結界魔術──

 

「──Schutzen diesen Ort! Ton verschwindet,Vermeiden Menschen(ここより人の営みを禁じ、我が領域を守れ!)

 

──え? 

 

 ()()()()()()()()()()。魔力は過たず魔術を構成する術式へ流れ込んだ手応えはあったし、本当ならば結界が出来上がるはずだが──なぜか魔術が失敗している。

 思考そのものが抜け落ちる空白の時間、完璧にこなしたはずなのにという数瞬の時間が、夏凛に致命傷となる隙を与えてしまった。

 

 本当ならば──遠坂夏凛はここで脱落していたのだろう。だがそれを良しとしない存在が居た。自らの手で果たさなければ満たされないと、遠坂への敵愾心を持って聖杯戦争へ参加したライバルが一人。

 

「本当に、当代の遠坂はレベルが低いんですのね」

 

──突如としてアーチャーが夏凛の眼前に現れ、その剣でもって虚空で何かを薙ぎ払い、火花を散らして切り払ったのは──ライフルの弾丸だった。

 

「アーチャーに狙撃勝負を挑むつもりですの?」

 

 ふわりと横に降り立つのは豊かな金髪を縦ロールで靡かせた貴族の少女──エリスフィア・エーデルフェルトである。その眼は驚いて尻餅をついている夏凛ではなく、こちらを覗き見ている敵マスターへ向けられていた。神秘の秘匿を怠り魔術師らしからぬ攻撃手段を用いた卑劣漢は、生粋の魔術師であるエリスフィアの怒りを買っていた。

 そんな輩に無様に殺されるマスターは捨て置けばいいが、皮肉なことに自ら決着を着けたいトオサカだったのが運の尽きだ。助ける義理は無かったのでバーサーカーのマスターへ誅伐を下すだけに留めるはずが、夏凛を助ける行動へとなってしまった訳である。

 

 ここに居るのは弓兵として召喚されている戦闘代行者のアーチャーだ。それに狙われていては人間如きの小手先の技術でどうにかなるものではない。

 

「マスター、バーサーカーのマスターは撤退したようだ」

 

「ではランサーの援護を」

 

「──了解した」

 

「ちょっと──ッ!」

 

 弓を引き絞ったままのアーチャーは簡潔な会話で頷くと、くるりと向きを変えて未だ燃え盛っている遠坂邸を捉え、ダメ押しとばかりに強力な一射を放つ。夏凛が止める間もなく放たれた矢は綺麗な弧を描いて飛翔していく。流れるように二射、三射と続けざまに放つ。

 

 初戦で見ることが叶わなかったアーチャー本来の戦い方、その一撃は弓兵の座に据えられるだけはあった。

 

 狂化して理性が失われていたことに加え、ランサーの対処に追われていたバーサーカーは、遠方から飛来する一射目を避けることが出来ずにその一撃をモロに貰ってしまう。横槍に気付いたランサーが離れると同時に面制圧の要領で矢がバーサーカーへ襲いかかり、その衝撃で延焼していた屋根が完全に崩落して遠坂邸が中心部へ吸い込まれるように崩れていった。

 

 

◆◆◆

 

 

 駆けつけたランサーの話ではバーサーカーは途中で霊体化をして逃げた、ということだった。元々ダメージを負っていたところにアーチャーの一撃を貰って撤退を決めたのだろう。対城宝具の使用と戦闘の余波で遠坂邸は完璧に消滅、成果としては十分すぎるほどだ。一夜にして女子高生を路頭に迷わせたのだから。

 既に雨は上がっており、雨雲も霧散し始めている。夜明けも近いということで、早々に焼け跡に戻らなければいけない。明日以降の聖杯戦争のこと、学校での振る舞い、聖堂教会や魔術協会でのあれこれなど、今後頭痛に悩まされる夜は続くだろう。

 

 公道の隅であれこれ唸っている夏凛を一瞥し、もう用は無いと去ろうとしたエリスフィアの背中に声がかけられた。

 

「ちょっと待ちなさい──アレはなんのつもりだったの」

 

「不服だと思うなら──エーデルフェルト家当主、エリスフィアが正々堂々とお相手しますわ」

 

「分かった──待ってなさいエリスフィア。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ではその時まで精々、死なないことですわね」

 

 振り返らずに脚だけを止めて耳を傾ける。プライドだけはいっちょ前に高いトオサカの当主は、エリスフィアの助力が気に食わなかったのだろう。だからこそ、だ。約束を違えることは無いだろうし、一対一でもエリスフィアやアーチャーが遅れを取る道理は無い。

 

 ただトオサカの貴重な資料や霊装が失われてしまったのだけは残念である。地上で最も優美なハンターであるエーデルフェルト家としては、御三家の戦利品目当てに来ている面もある。聖杯戦争の仕組みそのものを簒奪する──それは聖杯獲得よりも胸をときめかすものだ。資料があるだろう他の御三家、マキリやアインツベルン勢のサーヴァントは果たして期待に応えてくれるだろうか。

 それらとは別にバーサーカーへの対処にも思考を割く。外様の魔術師への見せしめとしても機能すると良いが。

 太陽が東から昇り始め、魔術師の時間は終わりである。エリスフィアは己の未来の栄光に陽光を重ねつつ、帰路についた。

 

 

聖杯戦争三日目の朝が始まる──




マスター紹介(ステータス更新)

◆バーサーカーのマスター
何らかの方法で夏凛の魔術を使用不能にしていた。
遠方からの狙撃などを好む、魔術師らしからぬ存在。

◆遠坂夏凛
バーサーカーとの戦闘の余波で自宅が焼け落ちた。
現在所持している霊装は魔力を込めた宝石類。


サーヴァント紹介(ステータス更新)

◆バーサーカー
数多の刀剣や弓を携え、雷電を纏う武芸者。
落雷を発生させる宝具を持つ。

◆ランサー
筋力B 耐久B 俊敏A 魔力D 幸運A 宝具C

クラススキル   
・対魔力:D     

保有スキル
・東国無双:A
・軍略:B

宝具
『蜻蛉切』
ランク:C
種別:対物宝具
レンジ:2~10
最大捕捉:1人
刃に触れたあらゆる物質を二分割する、防御無効の割断を発揮。

『死にともな 嗚呼死にともな』
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:-
最大捕捉:1人
英霊と五十七回戦うまで傷を負わない、逸話を再現した概念防御。
五十七回の戦闘or自傷によって消失する。
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