新約 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか? 作:虚無の魔術師
「なぁベル、一体何があったんだよ?」
「うぅ~……………」
少年は答えてくれない。帰ってきてから何一つ変わってはない。トマトのように羞恥に顔を染めるベルはどうしようもない呻き声をあげていたが、キョウはその理由をある程度察していた。
(…………アイズ関連、いやアイズだな。出会っただけであんな風にはならない─────まさか胸でも揉んだか?)
絶対に違うのだが、間違ってる訳ではないのが余計に困る。そう考えていたキョウも途中ですぐに無いな、と断定する。
もしあったとしたら、ベルは多くの冒険者(主に《ロキ・ファミリア》)の怒りを買うことになる。それに、天然というか経験無しのベルがそれをするのは絶対に無い。キョウ本人、同じ状況になったら腹でも斬ることだろう。
そう思ってると思い出したようにベルがベッドから飛び起きた。そして困惑しながら机の上にある物を持ち、キョウに不安そうな視線を向ける。
彼は少し驚いていたが、すぐに改めた。分厚い本は、昨日ベルの為に使った物だからだ。
「魔導書の事、ヘスティア様に聞いたのか?気にするな、貰い物だし」
「え、でも…………お金とか払ったりとかするんじゃ」
「してないしてない。お前の事を
あながち嘘ではない。一応偶々知ってたっぽいし、頂点に位置する人(猪だけど)でも先輩ではある。間違いなく、女神様が関係してるけど、嘘は何一つついてない。
「それはそうと、お前アイズに会ったんだろ?」
最早遠慮というものがありはしない程の容赦なさにベルは戸惑っていた。だが数秒後に観念したように項垂れる。
「ア、アイマシタ………」
「───何をされた?安心しろ、誰にもチクらないから」
「……………………………膝枕を」
吹き出しそうになったが、必死に堪えた。全てを悟ったあまり、感情が爆発するのを押さえ込む。この後輩は憧憬、というか恋慕を抱く少女に膝枕をされて、混乱と羞恥で逃げてきたのだ。
後輩とあの少女が結ばれるのは難しいな、とキョウは密かに頭を抱えた。
「ったく、アイズには感謝しろよ?膝枕をしてくれるなんて、普通なら有り得ないぞ。俺だってそんなに優しく無いし…………………何だその顔?」
適当に話していたら、ベルが物言いたげな顔を浮かべている。何か反論でもしたいのかと不思議に思ってはいたが、
「キョウさんも優しいですよ。僕や神様の為に色々してくれて…………」
「…………冗談は止してくれ」
あまりの純粋っぷりにキョウは心が痛むと笑った。本心ですよと言うベルは気付くことが出来なかった。
そう言ったキョウの顔が曇っている事を。何故か何も言えず、ただ諦めたような笑みだった事を。
ホームを発ったベルは先に行きます!と行って飛び出した。キョウも準備をしてから、ゆっくりとベルを追いかける。そして、何時もの待ち合わせ場所である広間にたどり着いた。
広場に足を踏み入れようとして、すぐに止める。彼の視線の先にある光景が原因だった。
見知った二人が何か言い争っているのだ。
「─────っ………!」
「────ぁ………!」
一人はベル。しかし普通と様子が違う。今までに無いくらいの怒りを表面に剥き出し、相手を睨む。そして相手の方は─────、
(アイツ、あの時の────)
そう。少し前、少女を庇っていたベルに襲いかかろうとしていた冒険者の男だった。男も顔を凄ませ、ベルと睨みあっていたが、やがて立ち去ろうとする。
興味があったキョウはすれ違いざまに男の襟を掴み上げる。思わず振り向く男の顔が、敵意に満ちたのがよく分かった。
「ッ、テメェは────」
「おっと落ち着け。俺も今回はやりに来た訳じゃない。少し気になってな」
慌てて退こうとする男を呼び止め、キョウは少し話を聞こうとした。ゆっくりとリリルカの元に向かったベルに気づかれないように男を連れて近くの建物に隠れる。聞こうとするその前に男は顔つきを引き締める。
「────期待はしてねぇが、テメェ。あのサポーターを嵌めるのを手伝え」
「あのサポーター、リリルカか。お前の狙いは彼女か?」
前から抱いていた疑心が芽を広げた。キョウは思わず、少し離れた所にいるベルとリリルカを見る。二人は此方に気づいてはいない。人混みや物陰で上手く隠れているからだ。
「話の前に聞かせろ。お前が追ってたのは
「違ぇな、あのガキは変身する魔法を持ってやがんだよ。それも正確に見分けがつかないようなモンをな。俺もあの時、それを使うのを見てなかったから分からなかったぜ」
昔の事を思い出したのか忌々しく顔を歪める男にキョウはなるほど、と考え込んだ。正確すぎる変身、それも触っても違和感が無いほど。
彼女の魔法は相当の価値と性能がある。それを利用した行い、流石としか思えない。キョウは判断し、心の中でリリルカに賞賛を贈った。
「狙いはベルか、確かにまだまだ未熟だが………」
「あのチビはいつもそうだ。ルーキーやそこら辺の冒険者ばかり狙っては奪い、それを繰り返す。気付かれた時には全てを奪い取って逃げるって訳だ」
そうやって、彼女は生きてきた。どんな冒険者もリリルカを追うことは出来ず、ただ諦めるしかなかった。姿を変える少女を追い詰めるなど難しい話だ。
そして最悪の場合、利用した後の冒険者を迷宮の手によって口封じする。わざとモンスター達を誘き寄せ、殺させる技術も持ち合わせている筈だ。
「───で?お前はどうやってリリルカを追い詰めるつもりだ?まさか襲撃の手伝いをしろなんて馬鹿な真似は言わないよな?」
「そこまで言わねぇよ…………ただテメェの仲間、あの白髪のガキを囮に使わせろ。あのサポーターが裏切る時まで」
話を聞いていたキョウはチッと舌打ちをした。そういうことか、と。
彼等にとって自分達は餌だ。リリルカという標的が本性を現し逃げようとする時に襲えるように、マーキングする。
その為にわざと罠に掛かれと、彼女のお得意に引っ掛かれと言うのだ。
「安心しな、テメェはあのチビを孤立させればいい。後は『俺達』がサポーターを捕まえてやるからよぉ」
(………『俺達』?)
不信そうに男を観る。話は理解できるが、信用できるかと言われれば別だ。そのまま利用され、殺される可能性もある。
だが、リリルカはきっとキョウ達を裏切るだろう。いずれ、いやすぐにも。
冷静に、冷酷に考えて────キョウは決めた。
「良いぜ乗るさ、その企み。俺が一役買ってやるよ」
「……………マジかお前?」
今度こそ、男は目を見開き絶句した。相当信じられなかったのかもしれない。何なら一応試しにやってみるというぐらいの気軽さだったのだろう。
だからこそ、そんな策略を了承されるとは思わなかったのだ。だがキョウにとってどちらでも良かった。
何時裏切るか分からない、そんな危うい者に優しくする程─────彼もお人好しではない。
「条件がある、ベルが殺されそうになった場合は俺が出る。そのサポーターも無力化してお前に渡してやる。そしてもう一つ、俺が手を組んだ事は誰にも話すな。これらが守れるなら分け前はお前の方が多くていい」
あくまでも合理的に、彼は話を進めていく。決して自分達側の利を捨てることなく、商談の交渉のように有利にしようとしていた。
結論は決まった。彼女が裏切ったその時、キョウは合図を示す。通路内に待ち伏せする彼等にでも分かるような大規模な氷攻撃を起こし、彼等にリリルカを捕まえさせる。
処遇は彼等に任せる、分け前は8:2でもいい。そう提案すると案外あっさり話は進んだ。
男、話のついでにゲドと名乗った男はキョウに向けて笑みを向ける。ほくそ笑んだ顔は、嬉々として歪んでいた。
「意外だな、あのガキは嫌がったからお前も同じかとヒヤヒヤしたぜ」
「ベルは仕方ない。アイツは甘いからな、情に絆される………だが俺は違う。リリルカがベルを裏切るなら、俺もアイツを切り捨てよう」
「…………ヘッ、てめぇはよく分かってるじゃねぇか。飲み込みが早くて助かるぜ」
まぁな、とキョウは自分の事を認めた。きっとこれを知ればベルは失望するだろう。あの言葉を取り消すことに変わりはない筈。
しかしそれでも、キョウは考えを改めるつもりはなかった。
「じゃあ頼むぜ…………俺達はテメェらが潜ってる間を待ち構えてるぜ。お前らは何とか生き残ればいいしな」
「あぁ、任せたよ」
ゲドと別れた後、すぐに二人と合流する。少しばかり世間話をした後に迷宮に潜る為にバベルへと歩いていく。その時、間違いなく聞こえた。
「………もう、潮時かぁ」
その声を聞いた自分を深く呪った。少女の失望と達観。そんな声を聞いてしまった時に、自分が感じたこと。
────あぁ、良かった。自分は間違ってなかった、と。
まるで免罪符でも求めるかのような在り方に苛立ちが募る。そんな生半可な考えをする自分に、怒りが消えることがなかった。
そして、次の日。
ダンジョンでの戦闘は問題なかった。リリルカはすぐにも裏切る程短絡的ではないらしい。理知的というか狡猾的、こういうものに慣れたような際どさが感じられた。
日に日に、次第にベルも疑問を抱き始めていたのだろう。リリルカもそろそろ動き出す筈。キョウは僅かにも可能性を頭に収め、考えを働かせていた。
そんな中、ついに動き出した。
「お二人様、今日は十階層まで行ってみませんか?」
リリルカは違和感なく、そう提案してきた。硬直するベルに彼女は、ベルとキョウの二人は十階層を踏破できる実力があると説明した。
その話を聞いたキョウは気づかれないように彼女の意図を悟った。彼女は自分達を『裏切る』つもりなのだ。決して追われないように、迷宮で撒こうと考えている。
────潮時か。図らずも、リリルカと同じことを考えたキョウはそう判断した。内心を知ってか知らずかリリルカは十階層に行くのを勧めてくる。
先日の交渉の為にも仕方ないかと。キョウはあっさりと受け入れた。
「確かにそうだな。今回ぐらいは良いだろう」
「えぇ!?キョウさんも!?」
「安心しろ、ベル。いざとなれば逃げればいい。そうだろ、リリルカ」
心にも無い事を、信頼してない相手に言う。笑顔で頷く少女も、きっと同じように思っている筈だ。一度疑った以上彼女を信用する事は不可能に近い。
「それじゃあ行きましょう、お二人様」
先に進む二人の背中を見つめ、ピタリと足が止まる。唐突に、頭の中に声が響き渡ったのだ。
────キョウさんは優しいですよ。僕や神様の為に色々としてくれて…………。
「いいや、違う。俺は優しくなんかない、
反復する言葉を喉の奥に呑み込み、二人に着いていく。そうだ、これでいい。冷徹な心は考えを改めず、ただ冷たくある。
誰かを守るために誰かを切り捨てる、キョウは自分の中にある違和感を氷の奥底に閉じ込めた。見て見ぬふりをするように。
キョウさんはあくまでも合理的な人です。一時期共にいた人間でも仲間でなければ、裏切った場合は容赦なく切り捨てます。本人はそれに疑問を抱いていますが、正しいから仕方ないと諦めてるんですね。