新約 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?   作:虚無の魔術師

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久々っていうか何年ぶりの再開です。稚作だと思いますが、読んでいただけると幸いの限りです!


再会の日

「…………それでさ、色々あったんだよ俺は。取り敢えず全力であの娘には謝ったな。それはもう土下座で」

 

「それはそうですか。………それとドケザというのは聞いたことがありますね、確か極東の方での礼儀の一つだとか」

 

 

あの騒動から数日。

愚痴を漏らすキョウの横でエルフの給仕───リューは表情を変えずに聞いていた。

 

 

彼等は話をしているが、同時に作業も行っている。酒場の台所での皿洗いだった。山のように積み上げられた皿をテキパキと洗う青年―――キョウ・レギオンは徐々に愚痴を溢し始めた。

 

 

「はぁ、何で俺が仕事しなきゃいけないんだ。今回は何もしてないぞ俺は………してないよな?」

 

「話を聞いてましたか貴方は。アーニャから快く引き受けたでしょう」

 

「いや、店の手伝いしろなんて言われた覚えはないんだが。やってくれるよな?って言われただけで、何がなんだか分からなかったんだが?」

 

「アーニャも悪いが、引き受けた貴方の責任でもある。諦めるべきだ」

 

 

………ですよねぇ、と漏らしながらも皿洗いに徹し始める。キッパリと言い切るリューだが、彼女も一緒に皿洗いを手伝ってくれている。

 

 

「………貴方は、変わったみたいですね」

 

「そうか?」

 

「少なくとも、ここに来た時よりも。昔の貴方は酷く冷たかった─────まるで氷そのものみたいに感じられるくらいには」

 

「─────」

 

 

心当たりが無い訳ではない。先日の一件で、キョウは自分の在り方に疑問を覚え、変化を認識していた。自分自身の身に起きた変化だが、何一つ不満を覚える要素は感じない。

 

 

「…………仲間を持った弊害か。俺も温くなったもんだ」

 

「その温さは、決して悪いものではないでしょう」

 

「………それもそうか」

 

 

詰めたい雰囲気を宿す二人は、それだけで充分だった。会話を終えた二人は店の女主人に怒鳴れる前に、すぐさま仕事に全力を尽くすことにした。

 

 

◇◆◇

 

 

先日の一件の報告を、リリルカ・アーデの一件の顛末をエイナに伝えようとしていたベル。ギルド本部に立ち入ったベルは、エイナがいつもいる受付を見つけた。

 

 

「…………あれ?」

 

 

そこで、様子が可笑しいことに気付いた。エイナは誰かと言い争っているように見える。周囲の喧騒故に声は聞こえないが、ただ事では無さそうだった。

 

 

「────────っ!!」

 

「………………、……」

 

 

必死に叫んでいる様子のエイナ、本気で心配しているであろう彼女の言葉に、相手は本気にしてない感じだった。フラフラと身体を揺らしている姿は、まるでおちょくっているようにも見える。

 

エイナの事を気に掛けていたベルが不安そうに駆け寄ってみると、己の考えが間違いであることを理解した。フラフラとしていた相手に見覚えがあり、思い出したベルが大声で口を開く。

 

 

「カイさん!?」

 

「……………ベルくん、か。久しぶりだね………元気?」

 

 

振り返って笑顔を浮かべる青年───カイの顔は、健康とはかけ離れていた。丁寧に整えられていたはずの銀髪は粗雑になっており、顔色は青白いものに変わっている。ボロボロの布に全身を包んだ彼の装備は傷だらけであった。

 

その風貌に、ベルはある事実を頭に浮かべる。冷や汗を噴き出した少年は純粋な心配で声を大きくさせた。

 

 

「か、カイさん!一体何時から迷宮に────!?」

 

「いや………ね、何時から入ってたのか………正直、分かんないんだ………。エイナさんの話によると、五日位だった、らしいけど………」

 

 

今度こそ、絶句する。話によると、彼は十ニ層付近を何日も回っていたらしい、それもたった一人で。明らかに無茶をしているという事実は、エイナはともかくベルですら理解できるほどだった。

 

 

「カイさん!それ以上、ダンジョンに潜るのは控えて下さい!このままだと危険ですよ!?」

 

「………だから、少しだけ寝ますよ。…………六時間くらい休めば、良くなるんで………」

 

「だから!それだけじゃ駄目です!三日間くらい安静にしてください!!少なくとも二日は─────」

 

「そんなにッ!休んでいられないんだよッ!!」

 

 

必死に呼び止めようとするエイナに、カイは強い勢いで切り捨てた。あまりの気迫に言葉を詰まらせたエイナに、我に返ったカイは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「……………ごめんなさい、エイナさん。心配掛けて……でも大丈夫です、ちゃんと休みますから…………」

 

 

それだけ言うと、彼は返答も待たずに人混みの中へと消えていった。エイナの呼び声に答えることなく、立ち去っていく。心配そうに見つめるエイナに、ベルは不安ながら聞いた。

 

 

「カイさん………どうかしたんですか?」

 

「ベルくん…………実はね、キミが来る前から無茶してたらしくて、他の人が退職して私が担当する事になったけど、ここまで無茶するなんて、私も最近知ったから…………止めてるんだけど全然聞いてくれなくて」

 

 

確かに、エイナはちゃんと止めようとしていた。しかし、カイの意思も強く、絶対に譲ろうという姿勢ではなかった。何故そこまで迷宮に潜ろうとするのか、そんな風に疑問を持つ前に、エイナの話の中に興味深い言葉が聞こえてきた。

 

 

「まぁ、ミアハ様のファミリアの事情だと彼も無茶するのは仕方ないかもしれないけど………」

 

「事情、ですか?」

 

「あまり詳しいことは分からないけど、ミアハさまのファミリアって団員が二人しかいないのは知ってる?」

 

「………た、確かに。ミアハさまやナァーザさん以外の団員は見なかったです」

 

「団長のナァーザさんも戦えないから、代わりにカイくんが一人で戦ってるんだけど……………Lv3だからって、一人で十二階層………その深くまで潜ってるらしいの。パーティーを組んで欲しいんだけど、あまり他の冒険者を好きじゃないみたいだし」

 

 

その話にベルは驚きを隠せなかった。カイは、ベルから見ても善良で優しい人だ。そんな彼が他人との交流をしない理由が持ち分を分けたくない、もしくは他者を毛嫌いしているという事実が。ベルの知る彼の姿と、大きくかけ離れていたから。

 

 

「一人でファミリアの運営資金を手に入れる為に、カイくんは頑張ってるの。他の人とパーティーを組まないのは取り分を分けるのも惜しいみたいなのと、何かあったらしいけど…………前任者の人しか知らないらしくて、私も後で確認してみようと思ってるけど」

 

「………そう、ですか」

 

 

やはり、不安だった。何か妙な感覚が、胸騒ぎが止まらない。追いかけるべきだったかもしれないと思いながら、ベルはあの青年のことを考えていた。

 

 

しかし、その日から、ベルはカイの姿を一度も見ることはなかった。数日後、迷宮の中で出会う、その日までは──────

 

 

 

「──────おい」

 

突如、真後ろから低い声が響く。

ふとその声に気付いたベルは咄嗟に反応するよりも先に全身を大きく震わせた。既知の相手だ、ベルもよく知っている―――身内も身内の。

 

ベルの後ろに立つ相手を見て凍り付くエイナの顔を見て覚悟を決めたベルは振り返る。やはり、そこには見違える程変わった兄弟がいた。

 

「ぜ、ゼル兄………」

 

不機嫌そうに顔を歪めた白髪赤目の男。ベルが愛らしい小動物を思わせるのであれば、その男は凛々しくも無慈悲な肉食獣―――いや、龍と呼ぶべきか。

 

オラリオで活躍していることを知った時は嬉しかった。仮にも肉親であり、子供の頃から抱いてきた兄への情景もあった。だが、あまりにも上──────レベル7にまで到達した兄の姿、昔と変わったその姿に、ベルは再会を素直に喜べなかった。

 

そんなベルの思いを知ってから知らずか、ゼルは冷たい目でベルを見下ろし、告げた。

 

 

「話がある、少し付き合え」

 

はひっ、と答えるしかなかった。というか、それ以外の言葉が出なかった。

 

◇◆◇

 

 

オラリオでも有数の高級料理店。その一室は数時間の談義の為、人ではなく神によって貸し出されていた。その場に集まったのは、三神。

 

 

道化の神 ロキ、美の女神 フレイヤ。現在オラリオ最高峰のファミリアの主神である二神、彼女たちがこの場に訪れたのは一人の神によって呼び出されたからであった。

 

 

「久しぶりね────オーディン」

 

「此方こそだとも、フレイヤ。こうして同じ場で会うのは何時ぶりか」

 

白銀の長髪を有した、隻眼の男神。虹色の色彩の如く、煌めく瞳を有した男は黒い外套に身を包んでいる。その神は、オラリオでも特殊な立ち位置にいる神であった。

 

 

名を、オーディン。

神の中で唯一、権能を使用することを許された超越神。世界のバランスを保ち、あらゆる災厄に対応する為に動く調停の神であった。

 

故に、その存在は表向きに秘匿されている。だが、彼はオラリオが創設されて以来、影に潜みながら調和を保ち続けていた。己の娘である、ワルキューレ達と共に。

 

 

「我が娘達から聞いた、どうやら気に入った子供がいるらしいな」

 

「ふふ、そうね。二人ほど見つけたわ、一人は女として、もう一人は女神としてね」

 

「………お前がそこまで言うとはな。中々の子供なのだろうな、出来ることなら眼に収めておきたいものだ」

 

「駄目よ、オーディン。あの子達は私が手に入れるんだから」

 

「まだ、だろう?視るだけならば問題あるまい。それに、横取りをする気はない、安心しろ」

 

 

クスクスと笑いながらも威圧感を見せるフレイヤに、オーディンは淡々と答える。他の神ならば萎縮して腰を低くすることだろうが、彼は違う。フレイヤと同郷であり彼女の親友である彼は、物怖じすらしない。

 

 

「……………」

 

「いつまで黙っている、ロキ。久しい再会だ、ここは素直に喜ぶべきだろう」

 

「────な、何言うとんねん!誰が喜ぶか!此方はお前に会うのがどんだけ嫌やったか!」

 

「そう言うな、俺は嬉しいぞ。相変わらず素直ではないが、少し淑やかになったな。子供を持って落ち着いたのだろうが、ずぼらな所と酒癖の悪さは直ってないだろう。子供達に恥ずかしいところを見せぬように心掛けておくべきだ。子は親を見て育つ故にな」

 

「─────だあああああっ!止め止め止め!なんやお前は!相変わらず神経質でやらしいわ!そんなんだからモテへんのやで!」

 

「安心しろ、気にしないさ。俺が恋するのは、過去にも未来にもただ一人────今も変わることはない」

 

「───────っっ!!?!?」

 

 

茹で蛸のように真っ赤になったロキが言葉にならない絶叫を漏らす。そんな彼女の様子を、オーディンが微笑むと、ロキは怒りを剥き出しにして掴みかかった。

 

そんな状況を面白そうに見守るフレイヤ。他の神が知れば大層驚くか呆然とする事態だが、同郷の神々としては見慣れた光景である。

 

何故、飄々としたロキがここまで振り回されているのか。その理由はあることに起因する。かつての過去、二神を繋げていた一つの関係、その決裂。端から聞けばあまりネタに出来るような話ではないが、それでも二神の様子からして重いものではないらしい。

 

 

荒れていたロキも時間が経ったことで落ち着いたらしく、一息つく。そんな彼女が乱暴に席に座ったことで、オーディンも本来の目的を思い出したように口を開く。

 

 

「さて────此度の呼び掛けの件、感謝する。次に行う神会の前にお前達との情報通達をしておきたいと思ってな」

 

 

だが、呼び出された二柱の女神は殆どの意図は理解していた。

 

 

「魔王の覚醒かいな。そんくらい分かっとるわ」

 

「そうね、私の子供達からも伝わってるわ。今はLv3程度と聞いていたけれども」

 

 

数千年眠っていた太古の魔王、その一柱の覚醒。

その事実は当初、オラリオを激しい混乱に巻き込んだが、今はそれも沈静化している。実際に大きな問題が起きていないことで気を抜いたのが大半、実力者達も「まだ完全ではない魔王にそこまで意識を集中させる訳にはいかない」というのが現状である。

 

最も、魔王の居場所が分からない現状での決断であった。もし魔王の居場所が判明すれば、多くのファミリアが協力して討伐に取り組む所存だろう。

 

 

「そうではない。復活した魔王が闇派閥を襲撃した。争った痕跡が無かった以上、魔王に捕食されたと見ていい」

 

「敵も減って良かった、とは言ってられへんよな」

 

「今現在、奴の居場所は確認できん。公に見つからないようにしてるのか、ここ数日姿は見れんな────迷宮にいるのは確定だが、全域の調査は流石に厳しい状況だ」

 

「まぁ、そこはアンタらにでも任せるわ。ウチの子達にも気ぃつけるように言っとくし、重要な事だけ共有してくれや」

 

 

そう言うロキは魔王に関して極めて消極的であった。その理由は明確、魔王に脅威を感じていないから。今の魔王がどれだけ強力であろうと、自分の家族が負けるはずがないと信じているのだ。

 

オーディンとて、ロキの子供達が負けるとは思っていない。だが、それとこれとでは話が違う。今回の件は、強い弱いの話ではないのだ。

 

 

「ロキ、お前とて無関係ではあるまい」

 

「なんやて?」

 

「目覚めたのは『守護』の魔王 フレウルスだ。あの一件、アテナが喰われた─────お前のところの剣姫と深い因縁のある、あの事件で覚醒した魔王だ」

 

その話を聞かされた途端、ロキの顔から笑みが消えた。

 

「─────それ、マジか?」

 

「間違いない。対面した彼女達から確認した、その記憶も当然消している」

 

「なるほどな…………アイズたんやティオナ等も全然喋られへんから不安になっとったが、結局お前のやり口かいな。記憶まで弄っといてよう手が回る」

 

「不服か?もしそうならば謝罪しよう。お前達に共有する前に色々と情報封鎖の手間が掛かってな」

 

「いや、悪いけど助かるわ。アレの情報が漏洩すんのは流石に不味い。特にアイズたんにだけは」

 

険しい顔で思案していた策謀の女神は、すぐに深い溜め息を吐き出す。降参したように両手を挙げ、口を開いた。

 

「…………はぁー、しゃあない。ウチも黙って見てられへんな、ちゃんと協力するわ」

 

「良いのかしら?最初は興味なさそうだったのに」

 

「復活したんが、『奴』やったら流石に黙っとらへんわ。それに、今の肉体はアイツって事やろ。ますます手ぇ出さん訳にいかんわ。アイズたんの為にもな」

 

「ふぅん、そう。………それより、オラリオの外はどうなの?魔王の影響は少なからずありそうだけど」

 

どうでも良さそうにしていたフレイヤが世間話と言わんばかりに話題を振る。特に可愛がっているアイズの話に然程興味を向けない女神にロキはムスッとする。言い合い、もとい自分の子供自慢になる前にオーディンは話を始めた。

 

「守護の魔王の覚醒により、各地に施された五柱の魔王―――オラリオに封じられた三柱の魔王の封印が弱まっている。外の方は最悪だ。魔力が漏れ出して、周辺の環境を狂わせている―――情報では、魔王尖兵(アビスソルジャー)が多発しているらしい」

 

魔王尖兵(アビスソルジャー)、それは魔王の魔力より生まれ出る魔物。魔王の手駒として、太古の昔地上を蹂躙した脅威の一つ。際限なく暴れ回る無数の軍勢であった。

 

自我もなく、恐怖もなく、ただ魔王より刻まれた―――『あらゆるものへの殺意と破壊衝動』に従い、生命を駆逐し、滅ぼし尽くす。

 

だが、単体であれば恐れることはない。一個体の強さはレベル1の冒険者になら何とか倒せる程度。どれだけ集まろうと、レベル3以上の強者には太刀打ち出来ないだろう。

 

―――だが、仮にも魔王の尖兵。ただの雑魚とは違う、もう一つの懸念点がある。

 

 

「魔王復活から一週間の時点で、各国から『魔王獣』が3体も確認されている。『甲鎧』に『腐敗』、そして『増殖』の計三体だ。『甲鎧』はアレスのラキア帝国―――その王子が主導する軍に討伐され、『腐敗』も遠方にいるアルテミスたちにより撃滅された。だが、『増殖』は一国を滅ぼし、その地を根城にしている―――我が娘と義息子が討伐に向かっているから心配する必要はないが」

 

オーディンの眷属で最強とされる二人。その無事の帰還を疑わぬ男神の様子に、ロキやフレイヤは何も言わない。子供たちのこと信じることは神にとっては当然のことだ。心配する必要などない、子供たちの実力は神自身が理解しているのだから。

 

 

「それと、だ。魔王復活に際して我々が警戒すべきはダンジョン内部に封印されし魔王達についてでもあり、更にもう一つある」

 

「────│オラリオ《ウチらの方》、か」

 

話を戻した神々、彼等は共に同じ答えに至っていた。復活した魔王フレウルスの活動が目立っていないのだ。最近は魔王ことすら忘れそうになっているのが多いほどに、あまりにも静かすぎるのだ。

 

だからこそ、オーディンは懸念していた。守護の魔王がオラリオを内側から崩そうとしているのではないか、と。人間や神を利用し、大きな禍を招くつもりではないのか、と。

 

「神々は愉悦に生きるものが多い。己のやり方を満身する結果、あらゆるものを害する者もいる。かつて、絶対悪として君臨したエレボスのようにな」

 

何故魔王が目覚めたのか。オーディンは人為的、或いは神為的だと疑っていた。そうでなければ、魔王が一柱だけしか目覚めない。封印が限界を迎えたのなら、魔王はほぼ全柱覚醒していたことだろうから。

 

「刺激を求めるがあまり、自分自身の手で封印を解いた神もいる位だ。怪しいものがいれば、即座に報告を。場合によっては強制送還も厭わぬ」

 

 

前例があるからこそ、余裕ではいられない。そこまで慎重に、警戒を緩めないオーディンを二柱の女神は嘲ることはない。彼女たちも分かっているのだ、オーディンの懸念を。彼の恐れる事態になってしまえば、全てが終わってしまうことも。

 

 

「─────絶対に、新たな魔王を産み出してはならない」

 

 

◇◆◇

 

 

引きずられるようにギルドの外へと連れ出されるベル。興味の眼差しを向ける民衆や冒険者、彼等がクスクスと笑おうとすれば、兄の鋭い眼光が向けられる。蜘蛛の子を散らすように逃げる気配を無視し、ゼルは人気のない場所へと辿り着いた。

 

 

「久しいな、ベル。5年ぶりか、息災のようだな」

 

「うん、兄さんこそ………」

 

「ゼル兄で構わん。呼び名程度、一々気にせん」

 

腕を組んだまま堂々と答える兄の姿は、子供の頃の時と変わっていないように見えた。ほんの少しだけ安心できたベルは、全身の力を抜く。安堵する弟を尻目に、兄はほぉと僅かに口元を緩める。

 

「まだまだ尻の青い腑抜けかと思っていたが、少し皮は剥けたらしい。悪くない面になったな―――俺から言わせれば、まだまだだがな」

 

「ゼル兄こそどうしたの? 僕、何かしちゃった?」

 

「話があるのは俺ではない。お前に会いたいというヤツがいるんでな。こうして機会を作ってやったんだ」

 

会いたいヤツ? と不思議そうなベルの前で、ゼルは「出てこい」とだけ告げる。すると、近くの物影から人影がユラリと出てくる。その相手を見た途端、ベルは今度こそ言葉を失った。

 

 

「…………久しぶり」 

 

『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

ベルの危機を救った恩人でもあり、情景を秘めた相手でもある。一目惚れしているベルとしてはこの再会に完全に思考が回らず、陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと口を開閉している。

 

 

「─────う」

 

「………う?」

 

「うわぁぁぁあああああ──────────あばっ!!?」

 

真っ赤に染め上がったベルが絶叫して逃げ出そうとした瞬間、全力疾走したベルの首に重い衝撃が響いた。ベルの逃走を理解していたゼルが腕を伸ばし構えていたのだ。そして、考え無しに走っていたベルは避けることもできず、直撃。一撃で気を失ったベルは呆れ果てた兄に掴まれるのだった。

 

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