新約 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?   作:虚無の魔術師

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医神とクエスト/兄弟と剣姫

唐突だが、ベルは密かに特訓をしているらしい。それを知ったのは偶々ボロボロに疲れ果てたベルを見つけた日だった。慌てたキョウはどういうことか問い詰めると、ベル曰く修行を受けて貰っていたとのことだ。

 

─────話を聞けば、ベルの兄 ゼルとアイズがベルを鍛えているらしい。あのアイズがそういうことに付き合うこと自体、キョウとしては驚きであった。よほど、ベルに興味があるというべきだろうか。

 

キョウとしてはこの件を他言無用にするしかなかった。というか、絶対に言えない相手が近くにいるからこその判断だ。

 

 

─────ベルを可愛がっているどころか、想いすら寄せている我等が女神 ヘスティア。あの一件で信頼を強くし、恋心を宿すリリルカ。いざベルの事でいがみ合う二人がこのことを知れば、きっと穏やかに住むことはないだろう。巻き込まれないことを最善とし、キョウは沈黙を貫くことを決意した。

 

そうして数日いつも通りベルと冒険を終え、一休みしているとリリルカから呼び出された。当初は何事だと顔をしかめていたキョウだが、話を聞いて静かに納得した。

 

 

─────ベル様がミアハ様の眷属に騙されていた、と。

 

 

◇◆◇

 

 

「すまんっ!!」

 

 

ミアハ・ファミリアの拠点に集まったベルやキョウを前にし、主神のミアハは深々と頭を下げていた。本当に申し訳ないという意思が感じられるその姿にベルは戸惑いながらも頭を下げるようにいう。

 

予想していたわけだが、こんな事態になるとは………とキョウは深い溜め息を漏らす。他人への疑心が人並みにあるキョウが大して反応しないことに気付いたリリルカはある事に気付いたらしく、口を開く。

 

 

「─────キョウ様、気付いていたんですね?」

 

「一年も使い続けていれば薄められていることくらい察する。確証がなかったし、無闇に言い掛かりをつける理由もなかったからな」

 

「気付いてたのなら早く対処しても良かったと思いますけど………」

 

「事情があるのさ、あの人にも。それを知っている以上、無下にはできない」

 

 

ポーションを薄めて倍の額で売っていたことに気付いたのはリリの直感故にか。事前に知っていたキョウに不満気な視線を向けるリリだったが、キョウとしては見過ごしておく程の理由があった。ミアハ・ファミリアが陥っている深刻な問題があるのだから。

 

「ナァーザ、何故こんなことをした!? 答えよ!」

 

「………ファミリアの帳簿はずっと火の車状態。何も知らない兎は良い鴨だった」

 

強がるように言う犬人のナァーザだが、明らかに震えている。怒られることへの怯えではなく、自分が仕出かした事の重みを理解した上のものだとキョウは理解していた。

 

そんな彼女に厳しく説教を下すミアハ。主神として間違いを正さねばと思っていたのだろう。だが、説教を受けたナァーザはミアハを睨み、口火を切った。

 

 

「そんなこと言って、ミアハ様は誰彼構わずポーションを配り回って! そんなだから元が取れなくて、私たちが苦労する!挙げ句に事あるごとに女の子を無自覚に誑し込んで! どれだけ尻拭いをしてきたか………っ!」

 

「な、何を言っているのだ!? 誑し込むなどと、誤解を招くようなことを─────!?」

 

 

唐突な反撃を受け、無自覚故に困惑するミアハ。だが、限りなく正論であることは事実。それに関してはミアハ様が悪い、とベルを除いた三人(内一柱)が納得した。ヘスティアとリリルカに至っては視線が冷えたものになってすらいる。

 

「ベルには悪い子としたけど、何とかしないと困るのは私達!いや、カイの方なのに…………っ!」

 

「…………っ!」

 

「最近ずっと迷宮に入り浸ってる………昨日帰ってきた時だってボロボロになってたのは、ミアハ様だって分かってるはず! 借金を何とかしないと、今度はカイまで─────!!」

 

その言葉にベルとキョウは思わず反応する。2つの言葉がベルに耳に引っ掛かった。借金、そしてカイ。彼が無茶する理由がナァーザがこんな詐欺紛いなことをしたのに関わっているのか、そう考えたその時だった。

 

 

 

「ふははははははっ!! 邪魔するぞおおおおおおおぉー!!」

 

 

鼓膜に響く大きな笑い声と共にホームの扉が蹴り破られた。その声に気付き、ミアハとナァーザが嫌そうな顔を浮かべ、げっ、と顔を歪めるキョウ。ああ、コイツかぁと面倒そうな顔をするヘスティアの隣で何がなんだか分からずにいるベル。

 

扉を蹴って現れたのは大層な髭を蓄える偉大そうな初老の男神。偉そうな態度を隠さない神の後ろには、一人の女性が付き添っている。うげっ、とキョウは露骨に反応し、仰け反ろうとしていた。

 

「知ってるんですか? あの人達のこと」

 

「なんと! この儂を知らんとは! まだまだオラリオに来て日が浅いと見える!貧乏人はこれだから哀れよ!フム、 儂らに恩義のあるキョウ・レギオンよ!最近名を馳せている貴様に免じ、ワシの事を説明することを赦そう!」

 

相も変わらず偉そうな男神の言葉にヘスティアがなぬぅっ!と憤慨している中、はぁ、と溜息を吐いたキョウは褒め称えるように手を添え、自信満々な老神をベルに紹介した。

 

 

「そこのジイさんは神 ディアンケヒト。オラリオでも数少ない医療ファミリアの中でも最大規模のファミリアを擁する都市最高の医神─────ってのは過大評価で、団員にファミリア運営を任せておきながら偉そうに威張り散らしてる嫌味くさいクソジジイこと偉大なるディアンケヒト様だ」

 

「ふはははは!褒めるでないわ!…………ん?半分悪口ではなかったか?儂のこと馬鹿してなかったか?アミッドよ」

 

「………気の所為では?」

 

付き人の少女 アミットは無表情ながらそう発言する。むぅ、そうか?と不満ながらも納得したディアンケヒトは思い出したかのようにホームの主であるミアハたちを見下ろす。

 

「そうそう!今月の支払いの用意は出来ておるのか、ミアハァ?」

 

「ッ!それは………!」

 

「フフンッ、出来ておらんよなぁ? お前のとこの真面目な少年に免じて何度も見逃してきたが、今回ばかりはお前たちの無節操な扱いは目にあまる!明日までに支払いを行わなければ、このオンボロなホームを売り払ってやる!覚悟しておくのだなぁ!?」

 

唾を撒き散らす勢いで捲し立てて満足したのか、ディアンケヒトはアミッドを連れて堂々と帰っていった。去り際に一礼をするアミッドが扉の向こうに消えた途端、密かにベルの後ろに移動していたキョウは一息つく。

 

「行ったか。ホントに面倒な奴等だったな」

 

しかし、その場の空気はあまりにも重い。明らかに落ち込んだミアハとナァーザ、二人にどう言葉を掛けようかと迷っていたベルだが、ミアハが重い口を開いた。

 

「あのディアンケヒトとは、天界にいた時から折り合いが悪くてな」

 

ソレはディアンケヒトとの長い付き合いを語るものだった。同じ医神という類似した立ち位置もあり、何度も衝突したミアハとディアンケヒト。それは天界の話に限らず、オラリオでも同じだった。ファミリアが健在であった時も、幾度も衝突を繰り返していたらしい。

 

だが、それでも大した問題はなかった。中堅ファミリアとして名を馳せていたミアハ・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアにも負けないくらい強かったのだ。

 

「─────それを、私がぶち壊した」

「…………」

「私も昔は冒険者だった」

「え……」

「今のベルみたいに迷宮に潜ってお金を稼いでたけど、ある日やらかした。モンスターに焼かれて、手足を食べられた。他の手足は治せたけど、右腕は駄目だった」

 

俯いたナァーザは静かに長袖を捲る。それを目の当たりにしたヘスティアとベルは言葉を失い、キョウとリリルカすらも驚愕を隠せない。

 

銀の義腕。その精巧さは人間に近いものにまで再現されている一品。それをディアンケヒトから買い取ったことが、今回の借金の原因であった。

 

「ミアハ様はこの義手を私一人のために買って、借金を負った。その時までいた私以外の団員は、皆ミアハ様を見限って出ていった…………残ったのは、私とカイだけ」

 

「でも、どうしてカイくんだけが?」

 

皆が逃げた、という話に露骨な嫌悪を隠さないリリルカを宥めながらベルは疑問を口にする。その言葉に、ナァーザもミアハも答えない。答えられないのだろう。代わりにと、キョウが答えることにした。

 

 

「─────ナァーザさんが腕を失ったのは、カイを庇ったからだ」

 

アイツ本人が、そう言ってたと付け足す。ナァーザは違うと否定しようとしていたが、キョウはそれを許さず、淡々と事実を告げる。

 

「モンスターに囲まれて、恐怖のあまり戦意喪失したらしい。そんなカイをナァーザさんが突き飛ばして─────魔物になぶられた」

 

「…………」

 

「狂乱しながら、カイは魔物の群れからナァーザさんを助け出した。アイツはずっと後悔してた、『僕のせいだ』って。アイツが無茶をしているんなら、それはきっと借金を返済するためだ。自分を庇って団長が負傷して、その結果仲間がいなくなったんだ。後悔しない訳が無い」

 

俺だってそうなる、とキョウは断言する。その時はきっと、自分の不甲斐なさを、自分の弱さを心から恨むことだろう。だからこそ、命を賭けてでも償わなければ、と思う。それは、人一倍優しいベルでも、人一倍冷酷(を自称してる)なキョウでも同じような思考になることだ。

 

 

「………それでも、悪いのは私。あの時、無理しようとしたカイを止めなかったから、こうなったのは自業自得。その結果、モンスターと戦えなくなって、借金まで残して………」

 

「………ナァーザ」

 

「こんな身体じゃ、出来ることもない。後輩に無理をさせて、私は役立たず」

 

「ナァーザッ、もうよい! 止めよ………」

 

自己嫌悪に陥っていたナァーザの罵倒を、強く止めるミアハ。残された二人の様子は、あまりにも見ていられない。そう感じたのか、或いは純粋に神友を案じたであろうヘスティアが何か方法はないのかと問う。

 

どうやら、あるにはあるらしい。しかし、自分一人では無理な話だと、ナァーザは落ち込む。そんな様子を見届けたヘスティアの視線が、ベルとキョウに向けられた。二人は静かに目配せをして、口を開く。

 

「あー、えっと………キョウさん、僕後学の為にもっとクエストしたいなぁって思うんですよね」

 

「そうだな。まだまだベルの教育のためにも、クエストを受けるのも悪くはない。そうは思わないか?リリルカ」

 

唖然としたリリルカは、ベルとキョウの考えに気付いたらしい。クスリと笑い、二人の芝居に付き合ってくれた。まるでクエストを依頼して欲しいと言わんばかりのリリルカの発言に、今度こそミアハとナァーザは目を見張る。

 

「………いいの?私は、ベルを……」

「コイツは気にしてないなら、俺は構わない。それに、カイには借りも山程ある。新人時代、アイツには世話になったからな」

 

それと、と言い腕を組んだキョウは背を向ける。優しさを隠すような冷たさで自身を包みながら、告げた。

 

「―――友好的なファミリアを潰させる訳にはいかない。今後の為にも、借りは作っておくべきだろ」

 

「…………フフッ、素直じゃありませんね。キョウ様」

 

「何のことやら」

 

 

◇◆◇

 

 

翌日、ミアハ達からクエストを受けたキョウたちはオラリオの外へと出ていた。返済の催促に来るであろうディアンケヒトには妨害は済ませている。今、ディアンケヒト・ファミリアでは呑んだくれのチンピラがボコボコにされて搬送されているはずだ。借金を取り立てに行く暇すらなく、老神すら忙しい事態だろう。

 

急患で忙しいであろうアミッドや他の団員への僅かな謝意を零し、絡んできたチンピラを正当防衛で叩きのめしたキョウは呑気な様子で馬車の中から外の景色を見ていた。

 

この数ヶ月の間、ずっとオラリオに居たから、外の空気は新鮮なものを感じる。談笑するヘスティア達を尻目に、キョウは今回の目的を再確認した。

 

 

セオロの密林。

オラリオから直進して東の先にあるアルブ山脈、その麓に広がる大森林に目的のものはあった。迷宮では30階層から出現する『ブラッドザウルス』、昔に迷宮から抜け出し、繁殖した個体の卵がミアハ達の作る新しい薬の材料となるのだ。

 

迷宮から離れたモンスターは弱体化するため、現在のブラッドザウルス程度ならキョウは愚か、ベル一人でも何とか相手が出来るため、大した心配はしていなかった。

 

 

─────だが、そう簡単に済む話ではないようだ。

 

 

 

「…………静か過ぎるな」

 

「………可笑しい。ブラッドザウルスがいるからといっても、ここまで動物がいないのは普通じゃない………」

 

馬車から降りた後、大森林を踏破するキョウは怪訝そうに呟いた。緑に包まれた自然の景色だが、辺りから生き物の気配が感じられない。何かを恐れて、この場から去ったのだろうか。ブラッドザウルス相手といえど、ここまで過剰に逃げるのは異常でしかない。

 

「ッ!アレを見てくれ!」

 

何かに気付いたヘスティアが指を指す。その先にあったのは、無数の死骸だった。ただの動物ではない、明らかに大きな恐竜のような生物の無惨な残骸。ふと顔を上げたナァーザの顔が驚きに包まれる。

 

「ブラッドザウルスの群れ………全滅してる」

 

「全滅って、何にやられたんですか?これだけ大きなモンスターの群れが殺されるなんて─────」

 

「────まさか、アレを壊そうとしたのか?」

 

 

キョウは一早く、ブラッドザウルスの群れの奥にある物に気付いた。黒紫色の不気味な結晶。近寄り難い空気を放つその色に、ヘスティアが身震いをさせて後退りする。だが、何も知らないヘスティアとは対照的に、ミアハは閉じた目を見開き、愕然とする。

 

 

「アレは―――魔結晶!?」

 

「?知ってるのかい、ミアハ」

 

「魔王の魔力は風に乗り、あらゆる土地へと広がっていく。が一定量集まった際、結晶化する。それこそが、魔結晶。封印された魔王の魔力の残滓なのだ」

 

魔王、と聞いたキョウが眼を細める。ミアハがそれを知るのは太古より下界に居たからこそ、魔王との闘争を遂げた神話の時代を経験した神であるからなのだろう。

 

「で、でも、どうしてこんな所に………ここの近くに魔王なんていないですし………!」

 

「…………言っただろう、魔王の魔力は風に乗り、世界に広がると。恐らくアレは、一柱の魔王の復活により漏れ出した他の魔王の魔力だろう。あのまま放置していれば、徐々に大きくなっていくことだろう」

 

付近に魔王がいないのであれば安心だ。この後どうするかは、既に決まったようなものだろう。

 

「決まりだな。そんな厄介なもの、壊しておけばいい」

 

「おおっ!その通りだ!早くやっちゃってくれ!」

 

「ッ!ならん!不用意に近付けば─────」

 

 

壊そうと歩き出した瞬間、結晶から漏れ出す魔力が一気に濃くなる。悲鳴のような音が響いたかと思えば、黒い魔力から複数の影が浮かび上がる。そして、身体を黒で構成した不気味な魔物がその場に現れた。

 

「モンスター!?」

 

「けど、このモンスターは上層でも中層のものでもありません!」

 

「気を付けよ!奴等は魔王尖兵(アビスソルジャー)、魔王の魔力から生まれる魔物だ!数は多いが、生み出すものの強さに比例する!あの魔結晶は然程大きくはないが、危険には変わりないぞ!」

 

「─────神様!ミアハ様!下がって!」

 

「コイツらの相手は俺達が───!」

 

前に出たベルとキョウが各々の武器を構える。戦意を宿す二人に気付いた魔王尖兵(アビスソルジャー)が言葉にならない声を吐き、二人へと突撃していった。

 

 

【─────!】

 

最初に切りかかったのはベルであった。ヘスティアナイフを構え、腕と同化した刃を振り被ったヒト型の魔物の胴体に切り込む。深い一撃であったのか、魔物はその場に崩れ落ちる。

 

そんなベルへと飛び掛かる三体のヒト型。片腕の刃を展開し、ベルを切り裂こうと迫るが──────滑り込んだキョウの一太刀で、等しく切り払われる。

 

 

「ベル!キョウ!刃を持つのが魔王尖兵・斬刃!刃を持たずに浮いている球体が魔王尖兵・術核!魔法を撃ってくるから気を付けるのだぞ!」

 

「ミアハ様!もっと奥に!」

 

心配が強いのか、説明をしてくれるミアハだが、リリやヘスティアに引っ張られて奥に引っ込む。アドバイスはありがたいが、襲われたら無力であることを自覚して欲しい。

 

 

「ミアハ様の言う通り!数が多い………っ!」

 

何度も斬り伏せているが、数が減る様子は見られない。ソレ度のろ過増えているように見えるのは気の所為だと思いたい。次第に球体の魔物から魔法が放たれ始め、弾幕のように辺りに広がっていく。

 

「────ベル!下がれ!」

 

冷気を纏ったキョウの呼び声に、ベルはすぐに応えた。眼の前にいた魔王尖兵・斬刃を蹴って、後ろへと飛ぶ。その瞬間、キョウは魔力を解き放ち、魔法を発動した。

 

 

「アイス・ショック!!」

 

地面に触れた両手から、凍てつく冷気が吹き出す。同時に眼前の地面が凍りつき始め、前方にいた無数の魔王尖兵が氷像と化す。唐突に入ったヒビが広がり、魔王尖兵は塵となって砕け散った。

 

 

【────────!】

 

魔結晶が、悲鳴のような不協和音を響かせる。亀裂と共に黒い結晶が、粉々に割れた。だが、ただ自壊した訳では無いのは、二人も良く分かっていた。

 

黒い欠片が泥のように、一つに集まっていく。漆黒の液体を振り払って中から現れたのは、同じく黒いヒト型。しかし、その下半身は四足獣へと変わっており、上半身のヒト型は更に鋭利になった刃を展開し、口のない顔を上げ、嘶きを響かせる。

 

 

────名を、魔王尖兵・修羅。

魔王尖兵の中でも特殊、ユニークモンスターとして分類される個体。レベル1でも対応できる魔王尖兵よりも強く、3級相当の冒険者でなければ厳しいとされる強敵である。

 

魔結晶の量的に、実際のレベルは2より下振れの強さであるが、それでも普通のモンスターよりも圧倒的に強い魔王尖兵。素直に侮れる相手ではなかった。

 

 

「ッ!ベル!気を付けろ!レベルは低いが、厄介だぞ!」

 

「はい!分かってます!」

 

二人同時に斬りかかるが、魔王尖兵・修羅は容易く弾き返す。獣のように俊敏に動き回り、二人へと刃を振り下ろしていく。徐々に圧倒されていったベルとキョウに追撃を下そうとする魔王尖兵・修羅。

 

────その頭部を、凄まじい速度で飛来した矢が貫く。突然のダメージに魔王尖兵・修羅は矢の飛んできた方を睨む。弓を構えたナァーザは震える手で矢を番い、再び一矢を撃ち込もうとする。

 

怒りの唸りと共に、魔王尖兵・修羅が地面を軽く蹴る。馬が走り出す時のように、一気に加速しようとする魔物を見て、ナァーザがふと微笑む。

 

 

その笑顔の真意を、魔王尖兵・修羅は気付かない。気付いた時にはもう遅い。目の前の相手への意識を忘れた以上、どうなるかは明白。

 

 

「ファイアボルト!」

 

「アイス・エッジ!!」

 

雷の如くの炎と氷の刃が、魔王尖兵・修羅に叩き込まれる。魔法の一撃を同時に受けた魔物にトドメを刺すようにナァーザの放った矢が突き刺さる。今度こそ、魔王尖兵・修羅は崩れ落ち、消滅した。塵の中から落ちた魔結晶が地面に触れた途端、それすらも粉々に砕けて消え去った。

 

 

◇◆◇

 

結論から言って、当初の目的は達成された。目的のブラッドザウルスの卵を回収し、オラリオに戻ったミアハ達は新しい薬を開発し、それをディアンケヒトの下へと持っていった。

 

二属性回復薬(デュアル・ポーション)という新薬を前に、流石のディアンケヒトもいつものように偉そうな態度は取れなかったらしい。その効果が本物と判明し、価値を理解した老神にミアハは穏やかな笑顔で買い取るように求めた。

 

嫌味ではあるが、商才のある神のディアンケヒトは怒りに悶えながら新しいポーションを高値で買い取ることにしたらしい。これだけで今回の支払い分を超えた金額であるため、難癖をつけられることは当分ないだろう。

 

報酬を受け取り、満足そうに帰っていくキョウやベルたちを見届けたミアハとナァーザ。自分たちの危機を救ってくれた神友と知り合いへの、忘れられない感謝を秘め、二人は互いに見合う。

 

 

「さて、帰ろうか。ナァーザ」

 

「はい………ミアハ様」

 

「む?どうした?」

 

「今回のこと、カイにも謝らないと………」

 

「………それもそうだな。カイにも迷惑を掛けてばかりだった。…………今度は何かご馳走でも用意するか」

 

ミアハとナァーザは静かに笑い合い、自分たちのホームへと戻っていく。己の子と大切な後輩を労うため、彼の帰りを待つことにした。これからは、前みたいに笑って過ごせると思いながら。

 

 

──────だが、いくら待ってもカイが帰って来ることはなかった。3日が過ぎたある日、嫌な予感を感じたミアハたちがギルドに向かったが、ギルドすらもカイの行方を知れずにいた。

 

そして翌日、カイ・ソルヴァーナが迷宮で行方不明になったとギルドが公的に発表した。

 

 

◇◆◇

 

────ある日の迷宮にて。

 

「か、、カヌゥ!? 助け────あ!」

 

何故こうなったのか、男 カヌゥは腰を抜かしてそう思うしかなかった。目の前に広がる景色が地獄であると理解した時には、己を突き動かしていた欲望は消え去り、絶望だけが残っていた。

 

 

【────】

 

バキ、バキ!と眼前にある巨大な影が血を撒き散らす。背を向けたまま何かを砕くように、生々しい音を響かせる。自分の仲間が喰われていると、本能的に理解したカヌゥは逃げることすら出来ない。

 

迷宮内で楽をして稼ごうとしたカヌゥたち。他の冒険者から戦利品でも奪おうと考えていた彼等を────ソレが強襲してきた。

 

 

未知の魔物。いや、魔物ですらないナニカにカヌゥの仲間たちは容易く蹂躙され、捕食された。餌としか見てないソレの立ち振る舞いに、自分もああなるのかと想像した途端、声にならない悲鳴が溢れた。

 

 

────その声を聞いたモノが、ゆっくりと動き出す。ズン!と踏み込んでくるナニカに対し、カヌゥは逃げ出すことすら出来ない。ただ目の前の存在に怯えながら────恐怖から逃れるためか、自分の終わりを悟ったのか、笑うしかなかった。

 

そして────ナニカの一撃を受け、カヌゥの意識は途絶えた。死んではいないが、正直に言えば死んだようなものである。ピクピク、と血を流して痙攣するカヌゥを掴み、巨大な影は大きな口を開いて喰らい始めた。

 

 

【―――弱、イ】

 

カヌゥだったものを喰らい終えたナニカは、無機質な声で呟く。ソレは既に死に絶え、糧となったカヌゥ達への純粋な感想であった。

 

【もっと、強イ、人間―――強い、心、強イ力、―――我、欲すル】

 

ソレが出会った者は、全て弱かった。自分相手に立ち向かうものなどいやしない。ソレは、強い相手を求めていた。自分を前に立ち向かう、強い意志と心を持った相手を。そうでなければ、満足できないのだ。何人もの冒険者を喰らった、その魔物には。

 

────だからこそ、ソレは敵を求めた。自分の糧にする、相応しい敵を。それを喰らえば、自分はもっと強くなれると理解して、大型の魔物は次なる獲物を探す。

 

【全てハ、魔王(フレウルス)様の為ニ】

 

闇より生まれた魔王の眷属は、強さを求める。同時に、己を滾らせるほどの宿敵との出会いを、迷宮の中で渇望していた。

 

 

────────────────────

『白い兄弟と剣姫』

 

ふと目覚めたベルは、またアイズに膝枕をされていた。情けない悲鳴を上げて飛び上がったベルを、近くで見ていた兄が呆れたように溜め息を漏らす。

 

ゼルによりアイズと再会したベルだが、訳合ってアイズに教授を受けることになった。最初は加減なしの一撃で意識昏倒したベルだが、今で何とか目で追えるようになってきた。

 

『────加減くらいしろ、アイズ。コイツはお前とは違い、まだ貧弱な小兎だ。下手したらマトモな修行にならんぞ』

 

『………ごめん、ゼル』

 

『お前の思ってることをぶつけてやれ。そうすれば、少しはマシになるだろう』

 

『…………いいの?』

 

『その程度で堪えるのなら、コイツはその程度ということだ』

 

起き上がったベルが耳にした、心配そうなアイズと相変わらず非情なゼルの言葉。だがベルガに気になったのは、あまりにも距離が近い二人の様子だった。 

 

同じファミリアと言えど、二人の間には何か信頼みたいなものを感じられる。普通の仲間という関係ではないのか、と思っていたベルは休憩時間に聞いてみることにした。

 

「あの………ゼル兄とアイズさんって、どんな関係なんですか?」

 

「────俺とコイツがデキてるとでも思ったか?」

 

懸念していたことをバッサリと指摘され、狼狽するベル。当のアイズはデキてる?と不思議そうに首を傾げており、ゼルははぁと嘆息していた。

 

「ただの妹分のようなものだ。この馬鹿に何度世話を焼かされたことか」

 

「………むぅ。ゼルだってリヴェリアに何度も怒られてた」

 

「お前程ではない。一緒にするな、問題児め」

 

ふん、と鼻を鳴らすゼル。不服そうに頬を膨らませるアイズ。見たこともない二人の様子に唖然としていたベルに、ゼルは話を逸らすように修行を再開させるのだった。

 

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