新約 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか? 作:虚無の魔術師
少年は、たった一人で立っていた。元々、村のあった場所で、一人だけで。
血塗れになりながら、大きな穴に何かを落としていた。
人だ、死んでしまった人。焼けたものもあれば、串刺しにされたものもある。しかし少年は構わず、死体の足を引っ張り、穴の中に落としていた。
少年のいた村は滅ぼされた。滅ぼしたのは、冒険者と呼ばれる存在。何かを探していたらしく、村の住人を皆殺しにしても執拗に探し回っていた。見つからなかったのにも関わらず、満足そうに冒険者たちは立ち去っていったのだ。
そしてそれを、少年は木箱の中で泣きながら見ていた。両親に言われるがままに逃げ、姉代わりの少女に促されて身を隠し──────その結果、皆殺されたのだ。
生存者はいなかった。無抵抗な老人や子供、赤ん坊すら殺されていた。両親や少女は分からなかった、焼かれた死体が多く、判別のしようがない。
それでも、と少年は穴を掘り、死体を落とす。これが墓の代わりになると思い、涙すらも枯らした少年は、虚無の心で亡くなった皆の冥福を祈るしかなかった。
この世の地獄と称しても良い世界。そこに一人の生者が脚を踏み入れる。
『酷いわね、この有り様。野党の襲撃には見えないけど』
フードを被り、顔を隠した謎の人物。声からしても女性なのは分かる。しかし何かが違った、少年が出会ってきた人々とは根本的に違う───そう直感を抱かせるナニかが。
『─────ねぇ、貴方一人?』
『………………』
『手遅れ、みたいね。それと貴方、名前は何て言うの?』
コクリ、と子供は頷く少年に女性は悲しそうに目を伏せながら、そう聞いてきた。
自分の家族の死を受け入れるように、悲哀に満ちた顔つきに少年は何か、心がざわめくような感じがする。
同時に、その問いに答えていた。
『キョウ………レギオン………』
『………そう、貴方なのね』
女性の反応は落ち着いたものだ。宝玉のように神秘的な瞳がキョウという少年を見据える。
それに、キョウの荒みかけてた心も平静を保ってきた。その様子を理解したのか、女性はしゃがみこんでキョウの目を見つめる。
『私は■■、こう見えてもオラリアから来たのよ。ある人を追いかけてたんだけど…………』
クスクス、と優しく笑いかける。その女性の眼には、慈愛と好奇が写り出ていた。
『貴方、気に入ったわ』
『…………何が?』
『少しだけ鍛えてあげる。貴方にその気があるなら、オラリアでもやっていけるように。でもその前に聞かせてくれる?
貴方は何をしたいのか、貴方自身の目標を』
余計なお世話だ、と言おうとしたが、喉の途中で固まったその言葉をゴクリと呑み込む。
純粋な疑問が、女性の口から、自分自身に問いかけられてきたのだから。
自分は─────何が、何を、何の為にしたいのか。
それに対して、キョウは意を決して自分の思いを口にした。
◇◆◇
「…………美味しい」
「俺がいる意味ないだろ……」
すぐ近くでジャガ丸くんを頬張るアイズを横目に、キョウは恨めしそうに頭を抱えそうになる。そうしたいのは山々だが、失礼なので絶対にしない。
もしアイズたちに捕まらなければ、今頃迷宮でモンスターたちを狩っていたところだろう。
現状に文句を言っても変わらないので仕方ない、と諦める。今はこの場をやりきるしかあるまい。(と言いながら、冷静にこの場から逃げようと画策しているのだ、この男は)
「ねぇねぇ、エッジくん!質問していいかなー?」
「だからエッジじゃ……………はい、お好きにどうぞ」
(あぁ、妥協しましたね)
もう否定しても無駄だと分かったのか、キョウはゲンナリとした様子で答える。
「エッジくんの右目って魔眼なんだよね?」
「あぁ、そうだけど」
「その魔眼って一体何処で手に入れたの?オラリアでも滅多に見ない物だよね?」
好奇に目を輝かせるティオナに質問に、他の三人が此方を向いた。
『魔眼』、オラリアではキョウしか所持していないとされる魔道具の一品。そもそも、このオラリアでは存在しない代物で、これを売却すれば何億もの富が手に入るだろう。
勿論、売り出すつもりはない。今の所、ファミリアは借金してる訳でもないし、そもそも『これ』はキョウにとって大切な代物なのだから。
「オラリアに行く前に貰ったんだよ、母親代わりの先生からな」
「母親代わりの、先生?」
キョウの言葉に、レフィーヤが声を漏らした。
確か、主神のロキから詳しく聞いた時、『先生』と呼ばれる何者かからの推薦があったらしく、通常通りなら《ロキ・ファミリア》の一員となっていたことだ。
「俺に多くの事を教えてくれた人だ。オラリアへ行く前に修行を重ねてくれた、俺のことを心配してくれておるだろうな」
「…………良い人なんだね」
「あぁ、俺の貞操を狙わなければな───」
「ち、ちょっと待ってください!?」
遠い目のキョウの付け足したような呟きはその場の全員が耳にしていた。代表するように顔を真っ赤にしたレフィーヤが大きな声で呼び止める。
少しの静寂のあとに、キョウは先程の発言に気付く。申し訳なさそうに口を閉じていたが、すぐに平静を保ち、
「───それと先生は修行の仕方が笑えない。対人戦闘は戦争でラキアの兵士とやってこいとかモンスターの代わりに………」
「反らしましたね!?話を反らしましたよね!?」
「そうだよ反らしたよ!ここでする話じゃないからな!何で俺は女性の前で痴態を話さなきゃならない!?」
「それよりも貴方、ラキアの兵士と戦ったの?恩恵無しで?」
「魔眼や氷結使えるから大丈夫よ、もしもの時は私が助けるからって言われて投げ出されたな」
「………やっぱり大変な生き方をしてるのね」
普通じゃないと呆れるティオネに、キョウは苦笑いを浮かべるしかない。レフィーヤはしぶとく聞いてくるが、何とかはぐらかした。
…………内容的に女性に話すべきとは思えない。意外にもキョウは懸命な判断を取れたのだ。
「────それで?用はもう済んだし、帰るぞ」
「いや何でこの状況で言うんですか!!」
…………いや、全然取れてなかった。
やはりレフィーヤが騒いでいたが、キョウはそのまま全速力で走り去った。追いかけては来ない、当然だ。じゃが丸くんを食してる最中を狙ったのだから。
そして数分の間、必死に走っていた。もう一度見つかれば、今度こそ目的を果たせなくなるからだ。
「あーあ、時間をだいぶ無駄にしたな。これじゃあ今日は迷宮に潜れないか?」
酷く落胆しながら、キョウは巨塔バベルまでの道筋を進んでいた。勿論、迷宮に行くつもりなのだ。アイズたちの妨害(本人たちはその気はないが)により邪魔をされたが、まだ間に合わない訳ではない。
「ん?」
見れば、多くの人々の悲鳴が聞こえてくる。少し先では、逃げ惑った人の波が此方に向かってきていた。
「おいおい、何だこの状況は」
「知らないのか!この先にモンスターが出た!幸い被害者は出てないが…………」
「モンスター?何でこんな場所にいる?」
「ガネーシャ・ファミリアのテイムしていたモンスターたちが脱走したんだよ!アンタも早く逃げろ!」
慌てながらも説明してくれる男に感謝の意を述べてキョウはそのまま直進していく。人気の無くなった大通りで、一体のモンスターが暴れていた。
「………やっぱりな、脱走したヤツか」
拘束用の鎖や首輪などが見える事からそう判断する。近くの店を破壊していたモンスターの鋭い目つきが、此方を捉えた。
浴びせられる敵意にキョウは僅な笑みを浮かべ、長剣を鞘から引きはなった。その直後、周囲の空間が冷え始める。触れたものを体の隅々まで凍らせるようは冷気を放ちながら、キョウはその場に立つ。
自らの二つ名『
「────選べ。誰も傷つけずに下層へと逃げ戻るか、それか俺の
モンスターの少しは躊躇はしたものの、唸り声をあげて襲いかかってきた。萎縮してしまった己を奮い立たせる行為、もう一度殺気を向けるのは意味がないだろう。
警告はした、そう呟く。冷気の中心に立つキョウは長剣を振り上げ、地面に突き立てる。
勝負は───それだけで終わりを迎えた。
女神 フレイヤはある青年に興味を持っていた。
白い兎のような少年に向けたのが恋慕なら、その青年に向けたのは慈愛だ。恋慕が一人の女性として向けたものなら、慈愛は女神として向けたものである。
フレイヤは一度見たことがあった。その青年の、魂を。
氷のように冷たく、そして禍々しい黒さを持つ氷の魂。
────に、見えるが違う。その眼で多くの魂を見てきたフレイヤは、その本質に気付いた。
氷の内側にあったのは、真っ白で透明な魂。穢れなど何一つもなく、だが何かに染まりやすい色。ベル・クラネルとは違った意味で、純粋なのだ。
『そう、怖がってるのね。自分が何かの拍子に歪んでしまうのを。だから氷という偽りで自分を覆ってる、自分が誰かと触れ合い、壊れないように』
「魔王」を滅ぼすという果たさなくても構わない宿命でその身を縛り続け、いつの日か呪いとなっていた。キョウ自身には解けない、呪縛へと。
『………可哀想な子、そして悲しい子。』
沈黙の後に彼女はそう評した。
魂を包み込む氷はすぐに解けるだろう。彼が何かを切っ掛けに心を許したその時、その魂が露になる。そうなれば無数の悪意に晒されることになる。あの硝子のように繊細で、綺麗な魂が。
そしてこの世界はきっと、彼に悲劇と試練を与えるだろう。それらは彼を苦しめ、いずれは完全に壊すかもしれない。
『なら、私は見守るわ。貴方という人間の───在り方を』
珍しく、フレイヤは儚げに告げた。
だが、もしも。
あの青年を捨て駒のように利用する者がいるなら、故意で彼を壊す者がいるならば───────、
騒動の最中、静かに暗躍する存在が、オラリアに存在した。
「フム、長い間に文明は発展したものだ。建物も質は良くなっている────最も、生き物の質は落ちてるがな」
ヒタヒタ、と男は素足で街中の道を歩いていた。今現在、オラリアではモンスターの脱走騒ぎがあったばかり。当然、ここの付近にもモンスターがいるかもしれないと連絡があった。
だが、男は関係ないと言わんばかりに逃げる人々とは逆の方に進んでいた。不自然そうな顔をする者もいたが、自身の安全を優先し、無視するのが多くだ。
しかし、そんな男に声をかける者もいた。
「お、おいアンタ!ここにいると危ねぇぞ!早く逃げろ!」
「…………フム、私のことか?」
それは、二人の冒険者だった。
周囲の一般人を守る為に動いている者たち。身を案じた故に掛けられた言葉に、男はピクリと反応する。声をかけられるまで、
そして同じように冒険者の二人は気づかない。彼等を認知した時、僅かに『不快感』が滲み出ていたことに。
それが彼等にではなく、彼等の中に流れる『力』が起因してることには。
「人間、質問しよう。私が何に見えるかね?」
「はぁ?お前何言ってんだ、さっさと逃げろってんだよ!」
「────やれやれ、ここまで衰えたか」
「ちょっと、一般人に構ってる場合じゃないって!早くモンスターたちを倒さないと他の人たちが殺されるよ!………ねぇ、聞いてる?」
強面の大男は何も言わなかった。代わりに、ドチャ!と生々しい音がする。
呆然と近くを見た猫人の女性は目を剥いた。見慣れたズボンを来た下半身が転がっていた。断面から鮮血を噴いて、血の池を作っていた。
「……………は?」
「やはり足らんな。失った力を再生させるには足らんよ、もう少し能のある人間が欲しいものだ」
その男────封印から放たれた『魔王』は冷静に酷評する。ボロ布で隠れた彼の体から、ボリボリバキ!と噛み砕くような咀嚼音と真っ赤な液体が流れ落ちていた。
そして、何かが足元に落ちる。人の腕だ、何かの装備品を纏っている男性のもの。
ちょうど、自分の仲間と同じような────?
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!?」
「喧しい」
女性は絶叫しながら、弓矢を構える。仮にも冒険者、恐怖を感じながらも体は反射的に動いていた。
それに対し、『魔王』はつまらなさそうにため息を吐く。放たれた矢を片手で防ぎ、もう片方の手には先程の大男の剣が握られている。
ザシュ!と矢が生身の腕を貫くが、彼は顔色を買えない。一瞬で女性の目の前に歩み寄り、彼女の胸元の下に───死なない程度に突き立てる。
「ぃ!──うあ!?」
「最近食ってばかりでな、10人くらいだったか?とにかく人間の味には飽きてきたのだよ」
猫人の女性を剣で固定した『魔王』は腕から矢を引き抜く。ドバドバと溢れる血に関心を見せず、剣を血に濡らす。すらりと流れるように刀身を伝い、女性の傷口に血が流れ込む。
「あ、………ごぁぐぇ!?」
突然、女性は赤い塊を噴き出した。
『魔王』の血が入り込んだ、傷口を中心に血管が浮き出していく。そして女性の体は変じていく。苦しさに涙の滲んだ叫び声も、最早人の言語ではない───別のナニかへと変わり果てて。
「お前には一仕事してもらおう、せいぜい役に立てよ」
直後、女性だったナニかは人のものではない絶叫を響かせながら、地面へと潜っていった。『魔王』の命令に応えるように、街のどこかへと進んでいく。
クツクツ、と押さえるような笑みを浮かべる彼はある物を見つける。
先程の影響で破壊された店、武器屋だと思われる。そこに並べてあった
軽く手にとって振るってみた、扱い方は理解している。欲を言えばこんなボンクラよりも性能の高い武器が欲しいが、今は文句を言っても仕方がないだろう。
手元のレイピアを軽く振り回し、人気の失せた街道を堂々と闊歩する。
「さて、我ら『魔王』の恐怖を、今一度知らしめるとしよう。無知で愚かな人間、そして天井から降り立った不遜なる神々へ。
その先陣を改めて切ろうか、この『守護』の魔王 フレウルスがな」
八柱の一体、『守護』のフレウルスは軽い様子で言い放った。そして戦いと悲鳴に包まれるオラリアを闊歩する。
だが、彼はまだ気づいていない。
このオラリアに、自分たちの同胞を滅した宿敵、『レギオン』の血筋がいることに。