ソード・ラビット・オラトリア   作:ぜむりあ

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すみません、遅くなりました。。


38.狼と少女⑨

 それは、『決着の一撃』。

 大鐘楼(グランドベル)の衝撃が凄まじい震動になって戦場を包み込む中、アルフレドは(なお)も笑った。眩いばかりの紅閃光は戦火を彷彿(ほうふつ)とさせ、自分に向けて驀進して来る(さま)はまるで閃光の火矢。大鐘楼の音と重なりながら荒ぶる火炎の巨柱に、アルフレドの全身に力が込められ、次には意を決したように瞳が見開かれた。

 

 「――――――――――」

 

 一瞬後、右肩が爆ぜ、戦闘衣(バトル・クロス)が吹き飛び、血飛沫が勢いよく吹き出る。

 次に襲ってくるのは眩いばかりの大閃光だ。

 大魔道士(リヴェリア)顔負けの反則技を放ったベルは――――しかし。

 

 「はぁ、はぁ……はぁっ……!?」

  

 突き出した右手から完全に力が失われ、精も根も尽き果てたように崩れ落ちた。

 そして、レフィーヤは見た。

 白い兎を抱き留める視線の先、完全に消滅した大壁を、身体を欠損させながら、塵のように吹き飛んだ男の姿を。

 

 「……やった、やりました」

 

 (つぶや)きとともに訪れる長い静寂。

 レフィーヤはそれを、大声音を打ち上げることで破ったが。

 

 「――――やりましたやりました! あははっ、やりましたっ!? 私達の勝利です! 見ましたか変態ヒューマン! やってやりましたよ!? 見なさいベル! 吹っ飛びましたよあのオジサン! いい気味(きみ)ですっ!!」

 「……レフィーヤさん、うるさい」

 

 興奮のあまり少年を名前で呼んでいることに少女は気付かない。耳元で(わめ)かれたベルが苦笑いを浮かべるも、その表情は安堵に染まっている。そしてそれは、駆け寄ってきた仲間達も同様だった。

 脂汗を滲ませるエルフの大魔道士は、微塵(みじん)も油断を見せることなく、次へと意識を向けた。

 

 「色々と言いたいことはあるが……後だ」

 「……え?」

 

 崩れ落ちたベルと支えるレフィーヤの無事に安堵(あんど)しつつ、ぶち破られた大壁の先を見据えるリヴェリア。険しい表情を崩さないハイエルフの女王の耳朶を、どこか間の抜けたベルの声が、撫でた。

 

 

 

 ✉

 

 

 

 ベル達の現在地より壁を挟んだ大通路。

 壁の向こうで勝敗が決する少し前。

 血で血を洗う死闘はやはり、続いていた。

 

 それは悲鳴だった。

 刃が肉を斬り裂く音も。

 刃に肉を斬り裂かれる音も。

 (きし)む黒の刀身すらも。

 振るわれる刃に付着した紅い血潮は最早(もはや)誰のものかすら定かではない。

 苛立ちを隠せない怪人(レヴィス)の舌打ちが剣戟の中に(はじけ)、次には絶叫に掻き消される。

 形振(なりふ)り構わない捨て身。刺し違えることすら躊躇(ちゅうちょ)しない様相(ようそう)(もっ)て、リーナは剣雨の嵐を浴びせかけた。

 

 「「――――――――――――――ッッッ!!」」

 

 (つがい)の双刀が彩る残像は黒と蒼。(ひだり)を出すよりも早く(みぎ)を。(みぎ)を出すよりも早く(ひだり)を。指折りの冒険者達を見てきた彼女の主神アストレア。数多(あまた)の武器を使いこなす眷族(リーナ)のことを、女神は歩く戦術総覧(そうらん)とまで評している。本質を剣士とする少女が己の完成系として選択したのが二刀流。それは未だ未完成ながら、玲瓏たる少女の姿形からは想像がつかない程に苛烈で荒々しい。剣戟(けんげき)の雨に打たれ続けるレヴィスの刃もまた、妖しい輝きを帯びる。

 

 「(あわ)れだな、(おんな)! 嗚呼(あぁ)(あわ)れだ! 自分の顔を鏡で見てみるがいい、妄執に取り憑かれた化け物め!!」

 

 剣を持った化け物が何かを叫んでいる。

 次には侮蔑の眼差しを送ってくる。

 その化け物は。

 音速の剣(さば)きで斬撃を受け流し、受け止め、その強靭な体幹をもって暴風を耐え凌ぐ。

  

 「――――殺す」

 

 自分の声とは思えないほどおぞましい昏い声音が腹の底から溢れ出た。

 自分が化け物であるなど、そんなことはもうとっくに知っている。あの悪夢の日からずっと、自分はずっとずっと孤独で、化け物だ。  

 あの日、29階層でレヴィスと遭遇してしまったのはたまたま。戦うことになったのは他の冒険者を保護するため。今でも思う、彼我の実力差を察した瞬間に、形振(なりふ)り構わず逃げるべきだった、と。

 

 「そこまでして私を殺したいか!? 全くもって理解出来(でき)ん! この状況で一騎打(いっきう)ちに(こだわ)るなど、どんな狂犬だお前は!」

 「これは私の役目(やくめ)だ! 誰にも譲らない! あの子(ティーゼ)達の分までお前を(ほふ)る! レヴィス、お前を八つ裂きにする――――私の義務だ!!」

 

 最早(もはや)禍々しき『影』としか映らないレヴィスに、リーナの妄執の炎が燃え盛る。

 憤懣を滲ませながら、あらんばかりに吠える中で、リーナの耳に当時の痛哭(つうこく)が残響する。

 ――――早く二人を連れて行け! このままじゃ全滅だ! ごめんみんな……後は何とかしてくれッッッ!!

 ――――この怪物(ばけもの)は俺達が抑える! 早くしろッ!!

 ――――っ……わかりました! 逃げます! リーナ先輩は私達が!

 ――――暴れないで下さい!? 早く、早くこっちに!!

 ――――やめろ、離せッ!? 二人とも……!!

 ――――副団長(ファナティオ)様!? (ウォール)が! 負傷者がっ!? 前からもモンスターがっ!?

 ――――退路は断たれた、上には戻れない! 『下層』の安全地帯(セーフティポイント)まで走り抜ける! (ぼう)や、どうかその人をお願い! 必ず二人で追いついてくるのよ!?

 

 唇を噛み千切りながら指示を飛ばしたのは、同性としてどこか()りが合わなかった副団長だった。

 リーナはこの時、初めて彼女の悲鳴を聞いた。

 そして、彼女の金切り声とともに駆け出したパーティは、下へ下へと逃げ延びたのだ。

 皮肉なことに、初めて続きだったこの日。副団長の絶叫に少年が腕を上げて応えたのが、パーティ全員として交わした最後のやり取りになってしまった。

 およそリーナと一番(いちばん)付き合いが長く、仲間達(パーティ)の中で(もっと)も強かった少年は、怪人(レヴィス)に敗れた()()利き腕を失った。這い出してきた『あれ』を足止めするも、喰われ、最期には取り込まれたらしい。

 彼は精霊の体内に取り込まれかけながら、必死に仲間を逃がそうとして、共にとどまってくれた団長の支えを受けながら、それをやり遂げた。それは偉業と言っても何ら差し支えない、英雄たる行いだった。

 だが。

 中核であった人物の事実上の死亡。大きすぎる代償を払い、羽交い締めにされたリーナが仲間達とともに落ち延びたあの時、ひとつの【ファミリア】は終わりを告げ、散り散りになったのである。

 残ったのは生き残った者達の失意と怒り、そして深い深い悲しみ。中でも失意が一番(いちばん)大きかったと言える。

 当時の主神であった女神と(たもと)を分けただけでは飽き足らず、切っ掛けとなった女への復讐を掲げた少女に愛想を尽かすかのように一人、また一人と都市を去り。待っていたのは都市(オラリオ)に来てから二度目となる仲間()()との別離。一人は死別という無惨な結果。

 はたして、一人になった少女が考えることなど、限られていた。

 哀切(ひがん)はひとつ。

 

 ――――あの女に報いを。

 

 視界が狭い。

 あたかも剣を振れば振るほどに視力が失われていくほどに、目の前の敵しか見えなくなる。

 人の形をしたどすぐろい何かしか。

 殺すべき『怪物』しか。

 斬撃に次ぐ斬撃、おどろおどろしい魔力の暴風。

 火花の代わりに生まれる衝撃と風圧が互いの髪をはためかせ、汗という名の(しずく)が、血という名の(しずく)が、混ざり合って()ちていく。 

 ガレス達は手を出せない。下手に斬り込んだり魔法を放ったりすれば、怪人(レヴィス)ごと少女(リーナ)まで巻き込んでしまう。見守るしかない。

 それも承知の上で、少女は確信的に助けを拒み、そして挑むのだ。限りなく後ろ向きな冒険に、リーナは今日(きょう)足を踏み入れる。

 だが。

 勝てない。届かない。押し切れない。

 既に出ている答えを蹴り飛ばし、代わりに絶叫する。

 剣を振るう度に敵は受け止め、己が吠える度に心が震え、そして己の身体だけが自壊していく。

 迷低する、迷低する、迷低する。

 思考は迷走し、理性は獣のそれへと低下していく。

 神から賜りし恩恵(スキル)(おのれ)(ゆだ)ね、絶え間なく激情に全てを(ゆだ)ねる。

 

 「――――う、あああああああああああああああっ!!」

 

 目の前の敵を殺すために咆哮を絞り出す。

 戦意と殺意がごちゃ混ぜになり、産み出されるのは黒い猛火だ。

 剣が音を立てて(きし)みだし、あらゆるものの境界が意味をなさなくなっていく。

 

 「自己満足の復讐鬼が……! 理由を他人に求める弱者(ごと)きが、私を殺せると思うなよ!!」

 「(うるさ)い! 私の、私達ために死ねっ、化け物め!!」

 

 誰も手を出せない。この死闘に手は出させない。

 助けは来ない、他でもない少女(リーナ)がそれを拒む。

 十年近く待ったのだ。この瞬間(とき)を、この禍々(まがまが)しい戦場を。降って湧いたような機会だとしても、不格好であってもそれに飛び付いて……何が悪いというのか。

 己の半身である(はず)の黒剣が忌み嫌うように鈍い輝きを放つ。

 それは最早(もはや)明確な拒絶であり、やはり悲痛な絶叫(ひめい)だった。

 

 「私にはこれしかない! あの日(たし)かに、私の人生は終わったのだから!!」

 

 自分にはこれしかない。

 仇を追うことしか、生きる意味を見いだせない。

 現在(いま)の仲間達への愛情はきっと欺瞞だ。

 その本質は愛とは似て非なる歪んだものだ。

 主神から先達達の話を聞いて心踊らせることも。団長(ミクリス)との信頼関係も、ノーチラスを手ほどきしていることも、ことある事にモルドを折檻していることも、ヒスメナに雷を落とすことも。  

 今の日常が幻想だとすれば、悪くない(ユメ)だと思う。そう、悪くなかった。もし初めに出会ったのが彼女達ならば、きっと彼等と同じくらい好きになっていた。

 

 「――――【()ちろ】」

 

 轟くのは決然の声。

 心の臓がバキバキと音を立てて崩壊を始める。

 血反吐を吐き、身体の奥から己が壊れていく。

 ステイタスを大幅に超越した『力』の行使。

 その代償。

 主神より決して使うなと厳命された()()魔法の第三段階。第三連結の枕詞(トリガー)

 刺し違えようとここで討ち果たす、その一心で獄炎の(ともがら)に堕ちようとした、その時。

 

 大鐘楼の音が聞こえた。

 

 「―――――――――」

 

 目の前の敵すらも取り除き、隔絶された世界の中で、確かにリーナの耳にも届いた。

 (団長(ミクリス)……?)

 血走った目を見開き、顔を振り上げる。

 それは涙の音だ。

 それは女神の悲歌だ。

 それは引き戻す歌だ。

 燃え盛る地平線から暁の光が立ち昇り、両手に握り締めた剣が共鳴するように淡く発光する。

 舞い踊る黒炎は弱まり、飛びかけていた思考が戻ってくる。 

 振り上げた黒剣、衝突までの時間が極限まで引き伸ばされる中。

 ――――ごめんなさい。でも、

 ――――あなたは、そうじゃないでしょ?

 知己の声がした。剣が軋んだ。 

 僅かに生まれていた(ひび)が波のように広がっていく。まるで涙が()うようにして波及していったそれは(またた)く間に刀身を支配していき。

 そして、黒く輝く破片を宙に飛ばしながら、ポキッ、と。

 呆気なく砕けて、折れた。

 

 「!」

 

 砕ける(はず)のない不壊属性(デュランダル)が、折れたことによる大きな動揺。

 そして、そのたった一瞬が、勝負の明暗を分けた。

 

 「もらったぞ!」

 

 リーナが見せた揺れは、レヴィスにとって致命的な好機となる。

 猛烈な弧を描くのは白濁色に染まった剣身が衝突した。

 

 「っ――――――」

 

 構えるも押し切られる右手。

 呆気なく、弾き飛ばされる蒼の長剣。

 あれ程まで、手に馴染んでいたというのに。

 まるで、今のリーナを忌み嫌うかのように、得物は掌から離れていった。

 大振りに揺さぶられる視界の中で、無感動のレヴィスの顔が急迫してくる。

 あれほど鳴り響いていた剣戟の音は掻き消え、時の流れが緩慢になる中。剣を振り上げた怪人、揺れる赤髪の奥で、一瞬だけ。

 誰かがこちらを見ていたような気がした、黒色の瞳が、まるで謝るように。

 見慣れた姿が(きびす)を返すと同時、リーナの瞳がはっと見張られる。

 そして、次の瞬間――――ドッッ、と。

 波涛(はとう)のごとく、風が凄まじい勢いで驚いた。

 止まってしまった戦場に二度(にたび)吹き(すさ)ぶのは、轟音を従える暴風。

 アイズが行使する、白い風。

 

 「――――ッッ!!」

 

 体を前に倒し、アイズは斬り込んだ。

 駆け抜け、踏み切り、宙を踊り、驚愕するレヴィスに一撃を見舞う。

 振り下ろされた刃ごと、銀の一閃が全てを薙ぎ払った。

 

 「リーナの邪魔をするのが正しいのかどうか、私にはわからない。だって、私がされたら、きっと怒るから」

 

 後方に跳躍したレヴィスを金の瞳に映し。衝撃を殺すように回転しながら着地するアイズは、片膝をついたリーナに向かって、背中越しに声を飛ばした。

 砕け散った漆黒の破片は、少女の風を歓迎するかのように巻き上がり、まるでアイズを守るように纏われたそれは、キラキラと、少女の持つ金色をより一層(いっそう)引き立てる。

 

 「でも、私でもわかる。こんなこと、誰も望んでない。きっと、誰も頼んでない」

 

 肩で息をするリーナの瞳が、はっ、と見開かれる。

 その双眸に、金色の長髪とその背中が映し出される。

 

 「私も(いや)。こんなのは、おかしい」

 

 アイズは一瞬の隙を突いて、二人の間に割り込んでいた。少女が全てを瓦解させようかという刹那(せつな)、呼び寄せられるようにアイズは地を蹴ったのだ。

 それは、(ほとん)ど本能に近い行動だった。

 大鐘楼の鐘の音が鳴り続ける中、銀の刃がレヴィスに向けられる。迷いはある、邪魔をして良いのかという葛藤もある、だが、見過ごすのは違う、何より、見過ごしたくないとアイズ自身が思い、介入することをアイズが決めた。そもそも、リーナの我儘に付き合う道理など、考えてみればある(はず)もなかった。

 ただ、らしくもなく少しだけ、感傷的になってしまっただけ。母との絆を否定されたような気がして……そして、自分が彼女の立場なら、そう考えて足が止まってしまっただけ。

 レヴィスがはっとなって顔を上げれば、アイズに続くようにガレス達が駆け上がって来るところだった。

 呼び寄せた自爆用の食人花は全滅し、モンスター達もまた、灰へと姿を変えている。自分達の何倍にも及ぶ怪物達を、【ロキ・ファミリア】は迅速に駆除してみせた。まるで、この程度で自分達は倒せないと叫ぶかのように、全身を傷付けながらも彼等は戦い抜いてみせた。

 

 「それで、もう終わりかの? 大勢は決したようじゃが……まだやり合うつもりか?」

 

 レヴィスの視線の先では、アイズの横に歩み出したガレスがニヤリと口角を吊り上げていた。全身を火に焼かれながらも、ドワーフの大戦士はその戦意を欠片も衰えさせてはいない。

 

 「仕留め損ねたが、まぁ、いい、(すで)に目的は達した。後は仕上(しあ)げだけだ」

 「……なんじゃと?」

 

 (けた)違いの存在感と不気味な雰囲気を纏う怪人(クリーチャー)に、大斧を装備し直したガレスが怪訝な表情を向ける。

 十を超す冒険者達を前に、レヴィスは冷たく瞳を細めるのみだった。

    

 「それにしても、(うるさ)い鐘だ……」

 

 その緑色(りょくしょく)の瞳に何の感情を浮かべず、淡々と発言した直後。

 大通路の壁面が、大爆散した。

 

 

 

 ✉

 

 

 

 ――――ドンッッ!! と。

 

 「え?」

 

 前触れなど、ある筈もなかった。

 パーティ後方のクルス達が振り向いた先。

 打ち上げられた轟音。打ち破られた、いや、焼き破られた白宮殿(ホワイトパレス)の大壁を、盾役(ウォール)として最後尾に控えていたナルヴィは見た。

 無数の瓦礫と燃え盛る火柱の中、巻き上がる火の粉と土埃の中から、大きな人影が()い出てきたのを。

 最前線に上がっていたアイズも見た。豪炎を身に纏いながら驀進(ばくしん)してくる巨体を、禍々しいその男の姿を。

 アイズ達の呼吸が止まり、レヴィスでさえも目を見開く最中、ただ一人、クルスはあらん限りに叫んだ。

 

 「ナルヴィ、逃げろぉおおおおおおおおおお!?」

 

 彼が手を伸ばす中、身体中を大炎上させる男は、嘲笑を浮かべ高笑いしながら集団(パーティ)へと突っ込む。身体中を燃やしながら突っ込んでくる出鱈目な男の大驀進に、顔まで焼け爛れた不気味な男の不意打ちに、ナルヴィは数瞬(すうしゅん)時を止め、そして前に出てしまった。それは盾役(ウォール)としての本能か、偉大なる【ファミリア】の一員である責任感か。

 中衛位置から振り返ったアイシャの顔が青ざめ、唇の動きが凍りつく。

 

 「はははははははははははははっ!?」

 

 突き出された左拳にナルヴィは反射的に大盾を突き出し返す。が、狂った破壊力の前には些事に過ぎなかった。ドゴッ、という不快音とともに飛び散るのは盾()()()()()の破片。粉々に砕け散った自身の装備とともに、赤髪を揺らす彼女の体はあらぬ方向へと吹き飛ぶ。

 地面に転がったナルヴィの息の根を止めようと、燃え盛る男は更に爆走した。

 

 「ごめんなさい!」

 「っ!?」

 

 男の追い打ちが繰り出される、その刹那(せつな)だった。

 金切り声とともに駆けつけた白髪の少年が、ナルヴィを突き飛ばす。両腕を破壊された少年の渾身の体当たり。大きく外へ弾き出される少女の体、口端を裂くアルフレド、そして盛大に歪むベルの両頬。

 体力の限界を迎えても(なお)、女を逃がした少年の勇姿を嘲笑うかのように、男の左腕が放たれようとする。

 アイズの疾走も今更(いまさら)間に合わない。戦局を決定付けるであろう完璧な詰み。

 眼前に迫り来る破れかぶれの一撃に、ベルは不安定な大勢のまま身を強ばらせるのが精一杯だった。

 

 「――――」

 

 だが、不意に。

 (くら)く澱んでいる男の目が、何かに気付いたように見開かれた。

 途端、アルフレドの身体が急停止(ブレーキ)をかける。

 前進を中断し、身を守るように振り上げられる左手。えっ、とベルが呟きをこぼしたその瞬間――――通路の後方から、極寒の風切り音が鳴り響く。

 男の左腕に向かって一直線に撃ち出された絶対零度の閃光は、(またた)く間に()()。それはバキバキ、という音を響かせながらあっという間に肩上へと侵食していき、最後には()()美しい氷の華を咲かせた。

 

 「(なに)ィ!?」

 

 動きを止めた偉丈夫(アルフレド)の視界に映り込むのは、土埃に身を隠しながら長杖を突き出す茶髪茶色目の魔道士。そして彼女の背後から飛び出してきたであろう、小さな勇者の急迫――――大跳躍(だいちょうやく)

 ベルとレフィーヤによる実に凶悪な共同作業が実を結んだのと、ほぼ同時だった。

 鐘の音を頼りに走り続けていたフィン達は、通路の奥にアイズ達を発見するなり、足を更に走らせてここまで急行してきたのだ。

 そして、土埃に身を隠して接近した。それだけだ。

 驚愕するアルフレドに向かって、宙に舞ったフィンは槍を握り締める。

 

 「悪いね、ここまでにしてくれ」

 

 瞳を吊り上げ、会心の一突(ひとつ)きを繰り出した。

 それは、さながら勇者の一撃。

 

 「――――がっ」

 

 腹部に炸裂(さくれつ)した一撃にアルフレドの体が折れ曲がる。足を地から浮かせる凄まじい衝撃に、耐え抜くことは叶わない。今度(こんど)は振り上げられた長槍ごと鮮血を飛ばしながら身体が宙を舞い、横薙ぎに払われる動きと共に無理矢理(むりやり)跳躍させられた。

 

 「【ディア・フラーテル】!!」

 

 そして、次には全能たる治癒魔法が行使される。

 発声源はフィンの後方。仕掛けてきた魔導師の背後から声高らかに魔法名を宣言した聖女は、瞳を揺らしながらも仲間を癒す。美しい純白の光が少年を包み込み、はては冒険者達()()を癒していく。

 己の腹部を貫かれたアルフレドは、見開かれた瞳をあらんばかりに血走らせ、浮遊感に苛まれる。

 やがて宙を舞っていた彼の体はどさっと背中から落ち、げほっ、と血の塊を吐き出した。

 そして、自分を救い、騎士のように立ち塞がる小さな勇者に、ベルは喜びの声を上げた。

 

 「フィンさん……!」  

 「無事かい……って、清々(すがすが)しいほどにボロボロだったみたいだね」

 

 呆れたように笑みを浮かべる小人族(パルゥム)の勇者は、吹き飛んだ男から視線を外すことなく少年と言葉を交わした。びくびくと痙攣しながらもぎょろり、と瞳だけを向けてくる男に対して、警戒感を緩めない。

 

 「それにしても、【傭兵王(ヘルディアド)】か……流石(さすが)に驚いたよ。君はよくないものを惹き付ける力でもあるのかな?」

 

 額に手を当てながら、「まぁ、あれと交戦して生きてるだけ大したものだ」と(こぼ)すと、小さな勇者は(まなじり)を決して、槍を握り締めた。 

 

 「喜ぶのは早いが、上出来だ。よくやってくれた、リヴェリア、そしてガレスも」

 

 前と後ろで得物を構える戦友たちに、フィンは心からの称賛を贈る。

 この局面での三者合流。この時点をもって、ほぼ約束されたであろう勝利を確実なものとするために、前からアイズ達が、後方からフィン達が、(なお)も立ち上がった怪人(クリーチャー)超人(イレギュラー)を追い詰めていく。

 

 「……なぜ」

 

 だが、後方に控えるアミッドの表情は冴えない。死者はゼロ。ほぼ全員が立ち上がったというのに、衝撃を受けたように動きを止めてしまっている。

 

 「あ、アミッドさん……」

 「聖女様……?」

 

 愕然と立ち尽くす聖女のただならぬ雰囲気に、察してしまったベルは胸がざわつき、何とも言えない表情で前方を見やる中。

 先程(さきほど)氷の魔法を放った魔導師の女性はふらつくアミッドを支え、そしてベルに目で訴えた。

 君はここに居なさい、と。

 そして、ベルの背後。聖女の癒しを受けて全快したベート達の背中を見つめながら。レフィーヤもまた、最後の一押しに尽力しようとしたが――――しかしそこで、ドンッ! と。

 

 「!!」

 

 冒険者達に畳み掛けることすら許さず、ダンジョンが咆哮を上げた。

 

 「っ……す、すみません……で、ですがこれは……」

 「……階層が、揺れてる?」

 

 完全には治癒していない足をふらつかせたレフィーヤを受け止めながら、ベルは顔を引き攣らせた。

 そんな二人の瞠目(どうもく)他所(よそ)に、真っ青になっているのは、茶髪茶色目の魔導師だった。零れ落ちそうな胸部とは裏腹にか細い身体。その全身を存分に振るいながら、あたふたと手をバタバタさせた彼女は、あらんばかりに叫ぶ。

 

 「い、いけません! これは、爆発が連鎖して……近付いて来るっ!?」

 

 はたして、ベルの耳にも聞こえてきた。

 方角にして、これまで通ってきた通路から、どんっ、どんっ、という爆砕音が鳴り響き、近付いてくる。それは連鎖を続けていき、耳を塞ぎたくなるような音を響かせて階層を破壊していた。天井からぱらぱらと小石が落下し、次には後方の大壁が爆散する。

 

 「これは……火炎石か!? 馬鹿な! 一体(いったい)どれだけの量を仕掛けていた!?」

 

 ふらふらと不安定に体を揺らすベルとレフィーヤを支えるリューが、(たま)らず悲鳴をあげる。

 そして、前方。

 レヴィスと相対していたアイズは、唇を噛み締めた。

 完全な既視感(デジャヴ)食料庫(パントリー)で戦った際と同じく、やはりレヴィスは奥の手を用意していた。しかも今回は、前回よりも随分と悪辣だ。

 

 「逃げなければ埋まるぞ? 特に、助けが必要なお前の仲間はな」

 

 はたして、食料庫(パントリー)でそうした際と一言一句(いちごんいっく)違わずに、レヴィスは告げた。

 白宮殿(ホワイトパレス)が爆発炎上する音を聞きながら、アイズは彼女らしくもなく歯(ぎし)りした。そしてさらに、追い打ちをかけるように。

 

 「フィン、左右から食人花が来る! 不味(まず)いぞ! とても数え切れん!」

 「!」

 

 最後尾に陣取っていたリヴェリアからの悲鳴にフィンの肩が揺れる。 

 十字路に差し掛かっていた冒険者達の逃げ道が塞がれる。追い詰めていた筈が、逆に追い詰められた。

 いよいよもって、撤退以外の選択肢が封殺される。

 悪いことに、炎が迫ってくるのは上り階段方向。迂回しようにも、左右からは大量のモンスターが押し寄せてきている。残された道は下への一本道のみ。よって、上への退避は不可能。この先へ進むしかない。

 そして二度(にたび)、激しい落盤の音が降り注ぐ中。前後からじわりじわりと追い詰められていたレヴィスとアルフレドは、それぞれが左右へと走り出した。どこにそんな力が残っていたのか、おぞましい花達の触手(うごめ)く通路へと、一目散に逃亡を試みる満身創痍(まんしんそうい)の敵を、【ロキ・ファミリア】は追跡出来ない。この状況では不可能だ。

 

 「動けない者には手を貸せ! 荷物は出来る限り確保! ティオネ、椿(ツバキ)、前を走ってくれ! 38階層まで駆け抜ける!」

 「わかりました!」

 「承知した!」

 

 取り乱すことなく、されど悔しさを滲ませながら、矢継ぎ早に飛ばされる首領の指示に、団員達は即座に従う。そうしている間にも、どんっ、どんっ、と後方から火柱が上がり、合流しては巨大化し、それらはさながら地獄の業火のような畝りを上げて近付いてくる。

 

 「レフィーヤは私が背負います。クラネルさんと【戦場の聖女(デア・セイント)】は……」

 「それでしたら、この少年は私が運びます……精神疲労(マインドダウン)、ですかね? なんにせよ、気絶していなくて良かったです」

 「アミッド、しっかりしなさい。お願いだから……こんなところで落ちないで頂戴ね?」

 

 同胞の少女(レフィーヤ)を担ぎ上げたリューの要請に、茶髪の魔導師と褐色肌の治癒師(ヒーラー)が答えた。いずれもここまでフィンの部隊に同行しており、所属は名目上【フリアエ・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】。合流した二人の女性の力も借りつつ、ベル達は撤退行動に移ろうとしていた。

 

 「リーナ……!」

 

 そして、こちらも満身創痍で倒れ伏しているソルティリーナを、アイズは抱き上げようと手を差し出した。だが――――握った手は握り返されない。困惑するのはアイズ。まるで置いていけと言っているかのような様子の少女に、アイズが嫌な汗を流していると。

 

 「【剣姫】様! その人を、連れて行って下さい! 早くっ!」

 「!」

 

 大声を張り上げたのはノーチラス。灰色髪の少年は自らも動けない者に手を貸しながら、戸惑うアイズに懇願した。次には、つべこべ言うなら気絶させてでも良いとまで叫ぶ少年。そして、それが心を動かしたのか、

 

 「……!」

 「……すまない、頼まれてくれ、アイズ」

 「……わかった」

 

 霞んだ瞳は何を映しているのか、アイズにはわからなかった。ただ、すっかり弱々しくなってしまった少女を抱き上げ、その場から離れ出す。

 

 「……すみません、何だか、急に力が」

 「いえ、気にならさないで下さい。ただの精神疲労(マインドダウン)なら良いのですが……」

 

 そして、魔導師の女性に背負われたベルが大規模な十字路を前方へと突っ切ろうかという時。

 

 「いいぜぇ。行けよ。今はまだ、生き延びな、ベル・クラネル」

 「……!」

 

 顔面の皮膚が焼け落ち、痛々しい色の液体を滲ませながら、アルフレドは声を飛ばした。食人花の花弁で胡座をかいた狂人に、ベル達は立ち止まり視線を向ける。次々と疾駆していく仲間達を他所(よそ)に、睨み合う。そして、すぐ隣を併走していたオルナと、その背中で放心していたアミッドもまた。

 

 「アルフレド、さん……あなたは、何がしたいんですか……何が、したかったんですか?」

 「今回は単なるお付き合いだ、仮面(エイン)ちゃんのな。ま、お前さんを見ておきたかったのは本当だが……タナトスの野郎から聞いてたしな」

 「……!」

 

 諸々の事情を知っている、という言外の意味を含ませるアルフレド。

 彼はアミッドを見つめ、次にはやはりベルに視線を滑らせると、目を細めた。

 

 「まぁ、色々あるんだろうが……お前さん達はまだ、知らなさすぎる。俺と同じ土俵には立てねえな」

 「仰っている意味はわかりませんが……何にせよ、認めましょう。認めざるを得ません。貴方は悪だったと。そしてこの瞬間から、貴方は私達の『敵』――――消え去るべき『敵』です」

 

 そして、ベルの言葉を遮るように言い放ったのはアミッドだった。言葉の節々から非難の念を滲ませながら、明確な敵意をもってアルフレドを睨み付けた。

 顔を歪ませるベルを他所に、開ききった瞳孔を大男にむける聖女(アミッド)。そんな少女の様子に、アルフレドは大きく吐息を吐き出すと、目を細めた。

 

 「敵じゃねえよ、お前さん達は……まぁ、精々(せいぜい)死なないこった。特に、ベル・クラネル、お前さんは」

 「……僕もアミッドさんも、死にません、死なせるつもりは、ありません」

 「そうだ、その意気だぜ新米(ルーキー)。その目でちゃあんと見届けるこった……やらかしちまったお前さん達には、その権利と義務がある」

 

 最後は忠告のように言ったきり、アルフレドは口を開かず、食人花に運ばれるがままにその場に背を向けた。

 

 「おい、何やってんだ兎野郎!」

 「ベル、アミッドも急げ!」

 

 ベートとリヴェリアに呼びかけられ、足を止めていた運搬者(うんぱんしゃ)二人の疾駆が再開される。徐々に激しくなる崩落を(かわ)しながら、上級冒険者二人は、同業者の、あるいは自派閥の団長を救おうと、地面を蹴った。

 

 「オルナさんも、走れたんですね……」

 「意味不明なこと言ってないで、大人しくしてなさい。それと、お疲れ様。最悪の事態は回避出来て、良かったわ」

 

 ゆらゆらと混迷する意識を奮い立たせ口を開くも、並走するオルナに窘められるベル。苦笑いを浮かべるのは、少年を背負い()ける魔導師の女性だ。

 はたして、37階層、白宮殿(ホワイトパレス)を後にする直前、自分よりも一回り程度(ていど)歳上であろう女性の背に揺られるベルは、ぼんやりと背後を振り返る。

 深紅(ルベライト)の瞳に映し出されるのは、燃え盛り崩落する白宮殿(ホワイトパレス)、それだけだ。(アルフレド)の姿はとっくに見えない。すぐ側に居る筈の少女(アミッド)の表情も見えない。

 回らない頭を痛めつつも、それでも、二人とも無事だったことに、ひとまずは安堵した。

 ややあって、地獄と化した迷宮から退避し、そのまま【派閥連合】は『深層』を駆け抜ける。

 この日、遠征隊の一行は、強制的に前進することを余儀なくされたのだった。


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