現時刻──ヒトキュウマルマル
眼前にそびえるは闇の中でもその存在感を大きく醸し出す建物。
「隊長、鎮守府の包囲完了しました。鼠一匹逃げられません」
「おう、ご苦労さん」
周りを見渡すと副長以下10名ばかりが神妙な顔つきで俺を見ている。皆が皆、どのような心持でこの場にいるのかは言うまでもない。
中からは時折、元気な艦娘の声が聞こえるが俺たちは知っている。それが表面だけ取り繕わされた偽者のそれだと。
だから今、俺たちはこの場にいる。その表面を暴き、粛清する為に。
「さて、んじゃあそろそろ行きますかね」
吸っていたタバコを足元に落として火を踏み消し、建物内部に繋がる入り口の扉に向かい、俺はそれをあらん限りの力で蹴り壊した。
轟音と共に壊れた扉が奥へとすっ飛んでいき、その音を聞きつけた見目麗しい艦娘たちが何事かと駆けつけてきた。
「こんばんは。ちょっくら邪魔するぜ」
返事を待たず、俺はロビーの中心へと足を進める。部下たちも周囲を警戒しながら俺の後ろに続いてくる。
「な、なんだ君たちは!?」
大勢の艦娘たちが集まる中から一人の男が血相を変えて飛び出してきた。その白く煌びやかに輝く軍服や階級章からこの鎮守府を任されている提督だと判断。
俺は懐から一枚の紙を取り出しながら、男に向かって言い放つ。
「"護艦隊"だ。大人しくしな」
『艦娘守護憲兵隊』──通称"護艦隊"
昨今、悪徳提督よる艦娘への非人道的な扱いがあまりにも多発し、それに業を煮やした海軍省が陸とは別に憲兵隊を設置。
この護艦隊の役割は本来の憲兵とそれとは違う。人の治安維持もしなければ交通整理もしない。するべき事は唯一つ……「艦娘に仇なす人間を粛清し、彼女らを守護する」。
それ以外になく、またそれを成すためならば超法規的措置をも辞さない。
しかしそれは当然といえる。艦娘が現れてから半世紀が過ぎているが、現在の法は人間に有利なものばかりであり、その規定に則るとどうしても泣きを見るのは艦娘が多くなってしまう。
よって護艦隊に所属する者は法律適用外の粛清人であり、その対象となった者は悪い意味で治外法権者となる。
もちろん、そのような無法と言える隊への入隊審査や仕事は特別厳しい。
軍刀等の武器を使わず徒手でも複数人を制圧できる武力、24時間365日どのような時でも出動、艦娘への滅私奉公にも近い思いやりなどなど。
また隊独自の法度も存在する。
艦娘への暴力禁止、命を惜しむな艦娘惜しめ、死以外の途中退役などなど。
これらを破れば弁解の余地なく切腹、あるいは絞首刑に処される。……ただ一つだけ生きて退役出来る術があるが、それは特例だ。
つまり極論すれば、艦娘への底知れぬ『愛』がなければ到底勤まるものではないのだ。
当初、そのような隊に誰が入るのか、そもそも入れる人物はいるのかと思われていたが、発足から20年、現在30余名の隊員がいるのは多いと言えよう。
「───よって、貴様を『捨て艦』および『オリョールクルージング』の容疑で逮捕する」
懐に入れていた罪状の書かれた紙を読み上げ終えた。
結構な声量で読み上げたので、周りに集まっていた艦娘たちにも聞こえたのだろう。ある者はその事実に驚嘆し、またあるものは凶行の終わりを悟って慟哭の涙を流していた。
そして己の罪を皆の前で明るみにされた件のブラック提督だが。
「ふ、ふざけるな!俺は知らん!そんな事、知らないからな!」
ああ、そっちか、とため息を一つ。
罪状を突きつけられた提督はたいていの場合、観念して大人しくなるか、このように否定の言葉をわめき散らすかだ。
もちろん、面倒なのは後者。
「あのよぉ、てめえが知ってようが知らなかろうが関係ねえんだよ。俺たち護艦隊が"そうだ"と判断した時点で、それはもう事実なんだよボケが」
護艦法度の一つに『誤認逮捕は己が死を持って償うべし』という物騒なものがある。だから俺らは裏を取り、調べ上げ、間違いなしと断定するまで逮捕には踏み切らない。
よって俺たちがここにいる事が、すでにこいつの罪の証明だ。
「そ、そんな強権が罷り通るわけ───」
「通せるんだよ、俺たちは」
これ以上話しても時間の無駄だな。この手合いは言って聞くより身体に分からせる方が早い。流石に艦娘たちのいる前じゃあしねえが、戻ってじっくり護艦隊式尋問をすりゃあいい。
俺を部下に目配せをして男を拘束させると、踵を返して出口へ向かう。途中、ため息を一つ。
(いつも思うが、せっかく提督になれたのに何で馬鹿な事するかね)
こうやって仕事の後にいつも胸に去来するのは呆れと──羨望。
俺は……俺だって……。
「な、なにが悪い!」
不意に。
背を向け出て行く俺の背後から男の叫び声が聞こえた。
「俺は提督だぞ!護国の為に身を粉にして戦っているんだ!そんな俺が艦娘をどう扱おうが俺の勝手だ!」
───ピタリ、と俺の歩みは止まった。
周りの部下たちから「あ、これまずい」「うわ、やっべ」という囁きが聞こえる。
「貴様のような憲兵風情には分からんだろうがな、捨て艦もオリョクルも効率的な戦略だ!小を切り捨ててこそ大が生き、その先にある平和が勝ち取れるというものだ!」
───再度踵を返し、わめき散らす男の元へと無言で歩みを進める。
「俺たちのやっているのは戦争だ!綺麗ごとでだけで物事を量るな!護艦だと?艦娘は護るものではない、護らせるものだ!護国の為の艦娘!艦娘を護るよりも国を護るのが人間の務めだろう!」
男の顔は怒りで赤く染まり、俺の部下に拘束されている腕を今にも振りほどき殴りかかってきそうだ。
もちろん、男一人の腕力くらいで振り解けるほど護艦隊員は柔じゃない。部下たちは涼しい顔を……あ、いや、ちょっと焦ってる。「隊長、落ち着いてくださいっ」と言いたげだ。
うん、まあ、なんだ。悪いな。
「分かったらさっさと俺を解放し──」
「なぁ」
ニコリと俺は男に笑いかけた。
「殺人事件ごっこしようぜ。お前、被害者役な」
「は?何を……ぐぎゃ!?!?」
俺の渾身の右ストレートが男の顔面ど真ん中にめり込み、拘束していた部下ごともんどりうってすっ飛んでいった。
シンと辺りが静まり返る中、俺は口を開く。
「いくつか言っておく。本来なら護国の為に前線で傷つき戦うのは男の務めだ。なのにその力がない不甲斐無い男の代わりに、女子の身でありながらその身を挺して戦っている艦娘には敬意を持て。次に俺たちは護艦隊だ。艦娘の為の人間だ。戦争なんてどうでもいいし、護国の思いも一切ない。あるのは『艦娘を護る』、これだけだ」
言葉を口にする度にボルテージが上がっていく。そして内心で膨らんでいく一つの思い。
なんで提督なのに……提督のくせに……提督なら。
「……提督なら艦娘とイチャコラしてりゃいいじゃん」
ああ、抑えられない。
「俺だってなぁ、提督になりたかったんだよ!士官学校行ったんだよ!なのに卒業後の配属先がなんで憲兵なんだよ!希望出してねえよ!あのクソ海軍大臣、なぁにが『腕っ節は歴代ピカイチだし、艦娘も好きだから適任だね』だよ!なぁにが『提督にしたらすぐに不祥事起こしそうだから』だよ!何で俺だけ入隊審査ガバガバなんだよふざけんな!俺の夢のハーレム奪ってんじゃねえよ!!」
憲兵なんてすぐにやめたかったさ!でも法度のせいでやめらんない!
涙を飲んで諦めた俺の夢を、この男は叶えようと思えばすぐに叶えられる立場にいるのに、それを無視して嘲笑うかのように艦娘を酷使してる!
この男は……この男はァ!!
「やっぱここで死に晒せやボケがぁあああああ!!」
「ああ、やっぱり隊長キレたあ!?止めろぉ!」
未だ寝転がっている男に、正義と欲望と羨望を込めた拳でトドメを刺さんと飛びかかる。しかし、寸前で俺は部下たちに拘束された。
「離せてめえら!こいつぶっ殺させろ!!」
「今年に入って何人ヤってると思ってるんですか!」
「先々週もそれで提督一人半殺しにして始末書書かされたでしょ!?」
「いくら護艦隊でも今度やったら営倉にぶち込まれますよ!?」
「今、減給10ヶ月ですよね!?まだ伸ばすつもりですか!?」
「もう連帯責任は嫌なんすよ!ホント勘弁してください!」
俺の手足と腰に計5人の部下が引っ付き、俺の歩みを阻止しようとしてくるが、その程度で止まるような思いじゃねえ!
「俺だって大和ちゃんの居住性確認したかったわ!武蔵ちゃんの凱旋の後で俺の相棒見せたかったわ!むっちゃんと火遊びしたかったわ!金剛ちゃんにバーニングラブ言われたかったわ!」
でも出来ない!俺はただの憲兵だから!なんで俺は提督じゃないんだ!そしてそんな俺を差し置いて何でこんな屑が提督やってんだ!
「ここで一人提督ヤりゃあその席に俺が座れる可能性は決してゼロじゃないはず!だから死ねええ!」
「ゼロですから!可能性ゼロですから!」
「マジで落ち着いてください!」
「だあ、くそ!おい、誰か麻酔銃持って来い!」
「すみません艦娘の皆さん!誰でもいいんでウチの隊長に砲弾か魚雷叩き込んでくれませんか!?それか俺ら諸共爆撃してくれてもいいですから!」
くそ!くそ!くそったれえええ!!!
────この日、護艦隊によってまた一つブラック鎮守府は粛清されたのだった。
このあと
部下とイチャコラしたり
知り合いの提督の鎮守府の艦娘とラブコメしたり
逮捕した提督の鎮守府の艦娘から嫌われたり
秘書艦が欲しいから部下たちと漁船で大海原に出航したり
そんな続きが読みたい