『その男、バレル』   作:はいばら榊@旧名

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第1話 熱斗

 時空タワーの観測棟は、今までにない緊張感に包まれていた。指揮者のみならず管制員達も、現在置かれている事態の深刻さを嫌という程理解している。

 デューオの地球抹殺プログラムが始動し、地球と人類の生命糸に、今や高みから見下ろす神の指先がかかろうとしていた。異星のネットナビでありながら余りにも力ある存在は、自身の価値観を絶対視し地球人類を断罪しようとしている。

 人類を悪しき存在と断定したデューオが、30年前の地球を消滅させてしまった場合。30年前を生きていた人間ばかりか、その後に生まれている熱斗や全ての生命が、誕生から否定される事になる。

 父親達の真剣な様子に、熱斗は拳を握った。はっきりとした表情にこそ出さないが、隣に立つ炎山も思いは同じに違いない。

 人類、他の生命、更にはロックマン達ネットナビの誕生に続く未来も、全てがデューオの否定一つで無にされてしまう。

 そのような事があっていいものではない。今を否定されるのも、過去から人類の全てを否定されるのも沢山だ。

 地球抹殺は、必ず止めて見せる。それが熱斗の誓いだった。

 長い一日が、おそらくは生涯忘れる事のない一日が始まろうとしている。

 先程、熱斗の父、光祐一朗博士が、12人のクロスフュージョン・メンバーに集合をかけた。10時間後、この観測棟に1人を除く12人の紋章保持者が集結する。

 熱斗と同様デューオに選ばれた人間として、パートナーのネットナビと共に地球存亡をかけた戦いへと身を投じる者達が。熱斗は、彼等全員をよく知っていた。

 職業や立場の様々な、しかし人間ともネットナビとも心を通わせている仲間達がやって来る。

 そう、1人を除いて。

 デューオの紋章を持つ者の中でただ1人、バレル大佐だけが欠けてしまう。しかし、それは無理のない事だった。

 熱斗と共に今を生きているバレルは、存在しない。バレルは既に故人であり、モニターの向こうから話かけてくるバレルは20年前を自身の時間としている過去の人間だ。

 つまり、モニター越しに見せているバレルの表情も声も、その全てが20年も前に大佐が発した過去の情報でしかない。

 過去…?

 いや、違う。熱斗は、確信をもってそう叫びたかった。

 かつてネビュラグレイ事件の時。侵入したアメロッパ軍の実験棟で出会ったバレルは、確かに今を生きる熱斗と触れ合う事の可能な存在ではなかったか。

 少し低目の大人の声、落下する熱斗を受け止める逞しい右腕、防寒服越しに感じた鮮やかな身のこなしも、当時の熱斗の五感全てが「ここにいる」と認識していた。当時の感覚も、今に残っている記憶も、決して間違いな筈はない。

 勿論。パスト・トンネルの理論は難しくてよくわからないものの、あの姿をしたバレルが過去の彼であるという事実自体を否定するつもりはなかった。

 ただ、時として。過去という壁の向こうにしかバレルがいない、そのようなニュアンスで話をする父や炎山達と受け止め方の違いを感じてしまう。熱斗がそう捉えてしまうのも事実ではあった。

 果たして、バレルは皆が言う通りの存在なのだろうか。

 ロックマンなら、きっと『そうだよ、熱斗君』と即答するだろう。父親も炎山も、これから集まる仲間達も、皆がそう熱斗に返すのだろうとの予測がつく。

 だからこそ、IPCは現在バレル大佐の紋章に関する情報をアメロッパ軍に請求中だというし、念のため炎山はこれからバレルが生前住んでいたマンションに向かうと言い出した。

「でも、それってさぁ…」

 微かに熱斗が独りごちる。

 13人目の仲間が、仲間である筈の人間が、今では紋章一つに置き換えられてしまっている。

 現実問題としてその対処は間違いではないのだろうが、熱斗は個人的に面白くなかった。13人目だけが、人間として扱われていない。

 しかも、他ならぬあのバレル大佐が。

「何か言ったか?」

 自分のPETを見下ろしていた炎山が、ふと顔を上げ不機嫌そうに熱斗を睨んだ。

 慌てて熱斗が、首と両手を横に振る。

「いや、別に。…ただの独り言だって」

「下にヘリを用意させた。大佐のマンションに行くだけなら俺1人でも構わないのに、お前がついて来るというからあれこれ変更しているんだぞ。文句があるなら、ここで待て」

「いや、ホントに違うって! 文句とかそんなの全然ないから。頼む、一緒に行かせてくれって」

 炎山が、ふと顔を背けた。

「大佐は、そこにはいないんだぞ」

「…わかってる。でも、13個目の紋章の為じゃなくて、13人目の仲間の為に俺が行ってもいいだろう?」

 横顔の炎山が目を大きく開いた後、静かに目を閉じた。

 そして、目を開いて熱斗と向き合う。

「そうだったな。…行くぞ、熱斗」早々に歩き出した炎山が、すれ違いざま白衣姿の大人に話しかける。「では、行ってきます、光博士」

「ああ。連絡は密に取ろう、炎山君」

「はい」

「じゃあパパ、行ってきます。行くぞ、ロックマン!」

『OK、熱斗くん!』

「熱斗も炎山君も気をつけて」

 身につけているPETからの声を耳にしつつ、熱斗も歩き出した。父の簡単な見送りが、背中を更に押してくれる。

 炎山の後ろ姿を見、友人も気づいてくれたのではないかと熱斗は思う。

 バレルの価値は、紋章だけではない。勿論、1人過去から現在に出現する事のできるカーネルのオペレーター、そのような価値だけでも終わらない。

 バレルは仲間であり、恩人であり、また会いたいと思わせる魅力溢れる大人でもあった。

 熱斗は、ネビュラグレイ事件の時、別れ際に聞いたバレルの言葉を思い出す。

「俺は、不死身のバレルだ。また会おう、熱斗君」

 シャッター越しの声は力に満ち、あの声が、言葉が、熱斗の奥に小さな炎を点している。

 もし胸の炎が今も燃えていなければ、障害の多かった仲間探しは頓挫していたかもしれない。人の心は弱く、対するアステロイドは仲間の数よりも多いのだから。

「置いてゆくなよ、炎山~!!」

 しかし、ようやくここまで来た。今からバレルを探しに行く。

 シャッター越しのあの約束は、決してモニター越しの再会を指していた訳ではないのでは。何の根拠もなく、しかし熱斗はそう信じて疑わなかった。

 紋章だけではなく、カーネル1人でもなく。熱斗のよく知るバレル大佐を手繰り寄せる為に、熱斗は再び動き始めた。

 外に出た途端、乾燥した空気が熱斗の全身にまとわりつく。

「ひぇ~」

 思わず熱斗は、情けない声で悲鳴を上げた。

 その様子を、振り返った炎山が冷めた眼差しで見ている。

「やはりここに残るか? 今夜に備えて、お前は疲れを取っておけ」

「やだよ。行く。行くってば!」

 頬を膨らませ、手を翳しながら熱斗は空を見上げた。

 どうしても行きたいのだ。どうしても。

 アメロッパの砂漠を照らす日は、まだ高い。

 

                    「第2話 炎山」 に続く  (全7話構成)

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