『その男、バレル』   作:はいばら榊@旧名

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第2話 炎山

 往復の時間を考えるなら、IPCの炎山専用ジェット機でより多くの距離を稼ぐ方法が理想と思われた。

 アメロッパ砂漠から長距離を移動し、バレル大佐がかつて住んでいたというマンションのあるアメロッパタウンへ。そこで用事を済ませた後、日帰りでUターンをしようという計画だ。

 伊集院姓を持つ炎山にとって、それは特別強行スケジュールでもなければ、不慣れな移動でもなかった。

 IPC副社長として、広大な国土を持つアメロッパの地方都市間を短時間で移動するなど、別に今日初めて行う事ではない。視察に商談、会食など、このアメロッパを疾駆させられた経験はいくらでもある。

 それが、炎山の日常そのものだった。

 隣で車中の食事を楽しんでいる熱斗には、想像の世界でしかないのだとしても。

 IPC所有の小型ジェット機で最寄りの空港に降り立ち、炎山は予め手配していた黒塗りの高級車を市街地の中心に向かわせた。経験上、日帰りUターンは確かに可能と言えるのだが、距離が距離だ、さして時間に余裕がある方ではない。

 ましてや、アステロイドの妨害が途中入らないとも限らなかった。

 あのスラーの事。最後の紋章とも言うべきバレル大佐の紋章をこちら側が手に入れる難しさを、よく理解している筈だ。それでも動いてくるのが、彼女ではないのか。

 途中、不測の事態によって時間を浪費する可能性は考慮すべきだろう。だからこそ、急いでいる。

 そう、我々は皆が知ってしまった。デューオの紋章が、複製可能だという事を。

 事実、Dr.リーガルはそのようにして既に13全ての紋章を手に入れている。

 かつてDr.ワイリーが抽出した大佐の紋章に関するデータは、オリジナルがリーガルによって奪い去られてしまい、アメロッパ軍にコピーが残っている可能性も極めて低い。

 それでも一縷の望みを繋ぎ今一度軍内部でデータの洗い出しを進めてもらっているが、おそらく何も出てはこないだろう。

 炎山が、早々にバレル大佐の自宅を捜索しようと決めたのは、バレルという男の聡明さと用意周到なところを大いに買っている為だ。

 カーネルを未来の事件解決に送り込むバレル大佐が、紋章を仲間に届けたいと願わぬ筈がない。ここで人類の希望とする糸が切れてしまう事を、決してよしとはしないだろう。

 炎山は、その可能性に賭けていた。大佐の自宅に何がしかが残っているのではと踏んだのは、炎山なりの推理である。

 急ぎ食事を終えた炎山は、サンドイッチの入っていた箱を畳む。そして、シートに背を預けた格好で思案げに小さく息をついた。

「あぐあぐ…。うんめぇー!」

 隣で、熱斗の声がする。

 炎山が顔を傾けると、ちょうど熱斗がサンドイッチを口に運ぶところだった。事態の深刻さを理解している今でさえ、簡単な食事に熱斗はさも幸せそうな声を上げ頬を紅潮させる。

 たとえ何処に向かおうと大佐には決して会えない、そう知っている筈の彼なのに。

 熱斗の言う、皆が大佐の紋章だけを求めているとの指摘を炎山は敢えて否定しなかった。そのような思いが強いのは、紛れもない事実だからだ。

 しかし、やむを得ないではないか。今置かれている状況を見れば、個人的な感情は捨てざるを得ない。

 あと十数時間で地球が消滅してしまうというのに、出会う見込みのない仲間を追い求めても悪戯に時間を浪費するだけとなる。炎山の中で、急務と人情は秤にかける事すらできなかった。

 ただ一人、そのいずれをも大切にしようとする今の熱斗が、炎山には無謀に思え、また一方では少し羨ましくも思える。

 そもそも炎山とて、バレル大佐という人物に思い入れがない訳ではなかった。

 熱斗は忘れてしまったのかもしれないが、紋章保持者と知る以前からバレルを追っていたのは、他の誰でもない。炎山自身なのだから。

 IPCの情報網を駆使してアメロッパ中を嗅ぎ回り、カーネルというナビの動きを引き寄せ、更には「バレル大佐」というオペレーターにまで辿り着く。そして再びIPC幹部として、今度はアメロッパ軍に関係情報の提供を求める。

 時間はかかった上に紆余曲折があったものの、カーネル、バレル大佐、そしてデューオの紋章は、主に炎山の尽力によって一本の線で繋ぐ事ができた。

 何故かバレルの行動に2系統がある事をつきとめたのも、ちょうどこの頃にあたる。

 アメロッパークで日光浴をして過ごす老人と、カーネルを幾度も事件解決に差し向ける積極的なオペレーター。どちらもバレル大佐というのだから、驚きだ。

 その間、たったの20年間。

 アメロッパ軍から多くの情報を引き出しても尚、「不死身のバレル」は幾つかの謎を残す不可思議な男だった。彼の全ては、未だ濃い霧の向こうで静かに探索者を拒み続けている。

 何故彼は、50歳の肉体にあれ程の老化を抱え死亡してしまったのか。

 20年前のナビであるカーネルに時空移動の能力を与えた人物と、一体どのような関係にあるのか。

 そして何故。多くの事件解決に尽力してくれた人物が、老いたバレルではなく、20年前のバレルと限定されているのか、など。

 炎山が持つ全ての手段を用い、光博士の助力を得ても、謎解きはとうとう完璧に終わらなかった。

 深層の謎を解き明かすには、まだ情報が足らないらしい。欠けているのだ、中心を占める最も大きなヒントのかけらが。

「…山! おい、炎山!」

 突然、やや強い口調で炎山は熱斗に呼ばれた。

「話しかけたら、返事くらいしろよな。どうせまだ着かないんだし」

「…すまない、考え事をしていた」

「もしかして、それってバレルさんの事?」

「ああ」

「やっぱ仲間だもんな。時空タワーで声は聞けるし、何だかすっごく身近に感じるよ。俺」

 炎山が返事に窮していた時、PETからブルースの声がした。

『炎山様、オート電話です』

「わかった」

 一旦手の平を熱斗に翳し、炎山は素早く電話に出た。

 案の定、相手はアメロッパ国防省筋の人間で、バレル大佐の紋章に関する件で急ぎ回答してきたのだ。

 ようやく判明するか。炎山の中に、僅かな期待が膨らむ。

 但し、電話の内容は思わしいものではなかった。やはり軍は、紋章に関する情報・記録を一切持っていないという。

 今置かれている状況を考えれば、嘘ではないと見るのが妥当だ。炎山は話を信じ、協力に対する謝意を伝えて会話を終わらせた。

 そして、聞いたばかりの内容を熱斗と、遠方にいる光博士、ライカにも伝えておく。

 ライカは現在空路にて、プリンセス・プライドと共にアメロッパへと移動中だった。

「了解した、炎山。プリンセスにもお伝えしておく」

 手短な返事だけを返し、ライカは通信を切った。

 ライカらしいと言えば、ライカらしい。落胆は秘めて表に出さない、それが彼の振舞いだ。

 そして、とうとう希望は、バレル大佐の自宅だけとなってしまった。

 隣でようやく食事を終えた熱斗も、失望を隠そうとはしない。

「軍になかったんだ、紋章のデータ」と、熱斗。

「ああ。これでもし大佐の自宅に何もなかったら、とうとう俺達は手詰まりだな」

「あーっ!! あっちのバレルさん、来れないのかな。パスト・トンネルを通ってさ。顔が見れて声も聞けるのに、なんで体だけ無理なんだよ」

「それが簡単なら苦労はしない。たとえ僅かな可能性があるとしても、大佐は移動の際に途方もないリスクを背負う事になるんだぞ。お前は大佐を、そんな危険に晒したいのか!?」

「えー…」

 言い返すつもりの言葉を噛み潰し、熱斗が不平顔で唇を尖らせる。

「だからせめて紋章だけでもと、こうして探しているんじゃないか」

「そっか…。そうだね。もし紋章が見つかったら、あっちのバレルさんを危ない目に遭わせないで済むんだ」

「ああ」

 炎山が車窓を眺めると、陽光を弾くビル群が高さを競い聳え立っていた。景色から察するところ、目的地にかなり近づいているものと思われる。

 こうして街は光で満ち溢れているというのに、審判を下した神の傲慢から、この世界の明日は風前の灯だ。地球消滅まで、最早時間はさほど残されていない。

 当然、この街諸共30年前の地球が消滅する時、20年前のバレル大佐もその存在を抹消される。今更危険の有無など問うまでもなく。

 街も、世界も、我々も、そしてバレル大佐も消える…のか。

 炎山は、自身で言い出した事を反芻し、打ち消さんと強く首を横に振った。

 20年前の大佐が自ら持っている紋章。もしやそれこそが、最後の希望なのではないか?

 一度は否定したものを欲している自分がいる。そのような自分をどう受け止めてよいのかわからず、炎山の心が腹に重く沈んだ。

 

                   「第3話 ライカ」 に続く (全7話構成)

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