『その男、バレル』   作:はいばら榊@旧名

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第3話 ライカ

 氷山に覆われた海を下に見、ヘリが東進を続けている。

 武骨な軍用ヘリの乗り心地は決して良いとはいえないものの、貴き生まれの美しい乗客は愚痴一つこぼさず空の移動に耐えている。

 幸い好天に恵まれ、飛行は至極順調。太陽の光がヘリと下界の氷山を照らしている。

 それにしても。この奇妙な組み合わせが最早奇妙と言えないところに、今置かれている状況の異常ぶりがあるのだろうとライカは思った。

 クリームランドの王女が国内最強ネットナビを自身のPETに収容し、シャーロ軍の下士官を随行者の一人に加えながら出国。シャーロ軍の輸送ヘリでアメロッパに入国しようというのである。

 指定空港に着陸後、アメロッパ政府の手配したヘリが、ライカとプリンセス・プライドを光博士の待つ時空タワーに移動させるよう全てが手配されていた。緊急性と移動時間の短縮を考えるならこの方法もやむを得ないと、関係国全てが判断した結果である。

 最も長く飛行するシャーロ上空の飛行許可を極めて短時間で得る為にも、彼女にはこのシャーロ軍の輸送ヘリで最も長い時間をひたすら我慢していただくより他になかった。

 まず間違いなく今夜。アメロッパに到着し夜を迎えた後、最後にして最大の過酷な戦いが始まる。

 それだけにライカとしては、せめて移動の間だけでも快適な空間と休息を姫君に提供して差し上げたかった。

 しかし現実はこの有様で、王女に相応しい空間どころか、不便を感じさせないもてなしすら提供する事が叶わない。

 もしも。彼女が、クリームランドの王女でなかったら。彼女が、防衛の要ナイトマンのオペレーターでさえなかったら。この白く華奢な腕や肩に、国民と人類の運命を担わずに済んだのではなかろうか。ついそう考えてしまう。

 デューオの紋章を持つ者は、世界各国に13人。但しその中に、軍人としての経歴を持つ者は余りに少ないのが現実だ。

 世界各国に優秀な軍人が沢山いる事は誰一人疑わないものの、彼等でも背負った事のない過酷な運命にプライド姫が見舞われてしまった。

 民間人を多く含む一見無作為な選抜メンバーに、デューオは一体何をさせたいのだろう。

 これまでの経緯を考えるなら、相応の、いや、それを遥かに上回る激しい戦闘が今後想定された。Dr.リーガルの不気味な行動も予測が難しいだけに、3勢力の衝突という最悪のシナリオも最早避けられそうにはない。

 一度戦闘に突入してしまえば、戦略、適切な判断、経験、技量、そして武器の威力がものをいう。プライドには申し訳ないが、この先、気力でどうこうできる次元の問題でなくなる事は目に見えていた。

 たとえ彼女が、強力なナイトマンとクロスフュージョンできようとも。

 それが戦闘というものだ。厳格なルールに拘束されている公式ネット・バトルや、命までは奪われないサバイバル・ゲームとは根本的に違う。

 姫君に紋章を持つ者としての役割が無ければ、御身を思い強制的に帰国させてしまいたい程だった。

 顔にこそ出さなかったが、ライカも憂鬱なのである。軍人として、またサーチマンのオペレーターとして、周囲を驚かせる程の結果を積み重ねてきたというのに、今のこの身の何と無力な事か。

 同じく紋章保持者として、せめて姫君以上の働きをし彼女の、そして仲間達の負担を下げてやりたいと願っても。時空を自在に行き来する神の如き異星のネットナビを相手に、12組の人間とネットナビのペアが何をしたら状況を好転させられるというのか。

 そう。デューオに選ばれた人間は13人いるのだが、最後の1人を戦線に加える術が無い。

 欠けてしまうその人物こそ、ライカが意識するもう1人の軍人であり、シャーロ軍にもその名を轟かせている大国アメロッパの伝説的存在だった。

 バレル大佐。もし彼が生きていれば、ライカは50歳の大佐と対面が叶ったのかもしれない。かつて、肉薄する敵に対し起死回生の望みを繋いだ作戦で大勝利をおさめ、「不死身のバレル」と呼ばれるようになった元アメロッパ軍総司令官である。

 髪、アイ・カラー共に黒。将校でありながら空手の達人で、白兵戦にも長けているという。頭脳、肉体、共に最高のものを備えており、シャーロ軍諜報部は常に彼の動向を追跡せんと試みていたようだ。

 尤も、その度に手酷い反撃を受けていたようなのだが。

 察するに、ネットワークを掌握し常に大佐を補佐し守っていたカーネルから、容赦のない妨害を仕掛けられていたのだろう。

 総司令官当時にバレル大佐の立てた作戦とその指揮ぶりは、間接的な経路を介し戦争終結のかなり後、シャーロにもたらされたと聞く。おそらく、今も尚関係資料がシャーロ軍記録庫に保存されている筈だ。

 バレル大佐ならば。もし、彼がこの戦闘に参加する事ができるのなら。素人と軍人、そしてそのナビという13組の混成部隊は、一つにまとまる事くらいはできるとライカも確信する。

 今この13組は、幾つかの重大な問題を抱えていた。

 勿論、総合的な戦力の差は最大の問題点ではあるが、そもそも今のライカ達にはリーダーが不在だった。

 最前線で、最適な指示を出す事ができる者。年齢、国籍、立場も様々な者の集まりが、己を、そして集団としての決定を委ねてもいいと認める存在。戦闘時如何に係わらず、雑多な集まりと化してしまいそうなクロスフュージョン・メンバー全員の心を束ね、更には士気を高める存在が、今早急に必要なのである。

 現在総指揮は、時空タワーの観測棟に詰めている光祐一朗博士が行っているが、いざ戦闘が始まってしまうと、最前線にはその場を指揮する者が必ず必要になる。人間である事を捨てたDr.リーガル、そしてアステロイドとの戦いも想定される中、経験豊富な戦闘指揮官は不慣れな光博士の負担を下げる意味でも必要不可欠と見るべきだろう。

 これから我々が立つ事になるのは、人知を越えた戦場なのだ。既に皆が、相当な不安を抱えている。人としての適性と限界を、それぞれ知っているが為に。

 それなのに、何故。デューオの審判が下される前に、バレル大佐は亡くなってしまったのか。

 そして、カーネルを操るもう一人のバレル大佐は、20年間という時間の向こうから姿と声を届ける事しかできないのか。

 仲間達は、皆が切望している。彼の大佐の合流を。

 その為に必要な手段は、まだ見つからないのだが。

 炎山は現在、せめて大佐の紋章だけでも手に入れようと熱斗と共に大佐の自宅に向かっているという。しかし、ライカは余り楽観していなかった。

 紋章に関するデータはアメロッパ軍にも無かったと、つい先程連絡を受けた。しかも、Dr.リーガルが全てを持ち去ってしまった後、Dr.ワイリーは今一度大佐の紋章を分析し直さなかったと聞く。

 最初のデータを作ったワイリーすら作業に関わってはいない中、他の誰に紋章の分析が可能だったというのだろう。

 再分析が行われていなければ、そもそも何も存在しない。自宅の訪問は無駄足になるのでは、との思いが頭を過った。

 ふぅと息をつき、ライカは憂鬱な気分を払拭しようとコーヒーを用意する。

 そして、プライド姫と世話役の女性にもカップを渡し、努めて冷静に話しかけた。

「今まで随分と、未来にいる我々を助けてくれたバレル大佐です。大佐の紋章に辿り着く方法は、何処にはあると思うのですが」

 手袋越しにカップで手を暖め、プライドが何かを言いかけてやめた。

「何か…?」と、ライカが話を促す。

「その事なのですが…。20年前の大佐に手を貸し、カーネルに時空移動の力を与えたのは、一体誰なのでしょう? もしや私達は、その人物をこそ追わなければならないのではありませんか?」

「そ、それは…!!」

 今度は、言いかけたライカが喉の奥に言葉を詰めてしまう。

 ライカとて、その可能性を気に留めていなかった訳ではない。ただ心の何処かで、その人物はワイリーなのではとの推測を一人密かに立ててもいた。

 全てにワイリーが絡んでいたと考えると、筋の通る部分が余りに多いのである。

 常人には決して見る事すら叶わぬデューオの紋章を分析する能力まで持っているのなら、カーネルに時空移動の能力を与えていてもさほど不自然ではなかろう。

 そもそも。バレル大佐と当時のDr.ワイリー、そしてカーネルというナビは、ほぼ同時期にアメロッパ軍に所属していたという共通項で強く繋がっているではないか。

 しかも、バレル大佐とワイリーとの関わりも、決して希薄なものではなかったようだ。

 Dr.ワイリー。まだまだ疑ってかかるべき存在と見るべきだろう。

「しかし、ワイリー…!」

 その名を改めて唱えかけ、ライカは絶句した。何か大きな見落としがあると、ライカの頭脳が警鐘を鳴らしている。

 ワイリーではなく。そう、バレル大佐に、だ。

 かつて幾度となく20年前から現在の事象にカーネルを送り込み、現在の時代に干渉してきたバレル大佐が、今更原因と結果の反転に躊躇いを見せる筈がない。

 何故大佐は、過去の自分に情報を与え、もう一度ワイリーに紋章の分析を行うよう指示しなかったのだろうか。

 IPCの最新式PETの情報を過去に送り、トリニティ・ブレイン社の最深部で稼働しているヒカリ・タダシ・プログラムの情報まで提供しておきながら。他にも数々の事件解決に絡み、明らかに未来の情報を持っていると思わせるあの大佐が、リーガルが紋章を奪う事の意味と危険だけは伝えなかったというのか。

 おかしい…。バレル大佐の行動に、大きな矛盾を感じてしまう。

 ライカは、咄嗟の思いつきを手短にプライドに伝え、急ぎ自身のPETを取り出した。

「サーチマン。アメロッパにいる光博士に連絡をつけてくれ。緊急だ」

『了解しました、ライカ様』

 観測棟との回線が繋がるまでの間、ライカとプライドは互いに顔を見合っていた。

「確かに変ですね」と、眉をひそめたプライドがカップを握る。

 ライカは頷いた。

「亡くなった大佐は、おそらくもっと別の方法で我々が紋章を揃える事ができると知っていたのだと思われます。可能性の一つに過ぎませんが、今よりもっと未来の情報として。その方法さえわかれば…」

 直後、PETからサーチマンの声が割り込む。

『ライカ様。時空タワー観測棟の光博士が出ました』

 

                   「第4話 祐一朗博士」 に続く (全7話構成)

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