シャーロ上空にいるライカからの緊急連絡。
観測棟に詰めている祐一朗がそう聞いた時、第一に脳裏を過ったのはアステロイドの襲撃という可能性だった。
先程炎山から連絡があり、バレル大佐のマンションに向かう途中、市街地でアステロイドからの襲撃・妨害を受けたという。
幸い、ロックマンとブルースが迎撃し大事には至らなかったそうだが、スラーにこちらの考えを見抜かれているのだと改めて祐一朗は思った。
「こちらに繋いでくれ」
「はい」
管制員がメイン・モニターに回線を繋げると、軍服姿のライカが大映しになった。
その表情は固いものの、移動中の機体に異常が起きている様子は見受けられない。
知的な祐一朗の顔から、安堵の息が漏れた。
「何かあったのか? ライカ君」
「光博士…。実は、少しお話しておきたい事があります」堅苦しい前置きの後、「極個人的な推測にすぎないのですが」と言葉を添え、ライカはプライドとのやりとりを要約して話した。
それを聞いていた祐一朗は、自分の中で次第に視野が広がる錯覚に囚われ驚く。確かに、先回りを好むバレル大佐とは思えない手抜かりが、紋章の件のみに感じられはしないだろうか。
「なるほど。もしかしたら今年亡くなったというバレル大佐は、我々が思っている時期よりもずっと先の未来まで知ったのかもしれない、と。そういう事なのか」
「はい。今まで我々はずっと、大佐の亡くなった時期を起点に大佐の行動を推測してきました。ですが。もし、もっと先にある未来まで…。今の我々がデューオの彗星にアクセスする事ができるようになるまでを、一人先に知っていたとしたら。かえって大佐の行動には、一貫性を見る事ができるようになります」
「なかなか興味深い話だな、ライカ君。…確かに大佐が更に多くを知っていたのだとしたら、必要が無いから敢えて何も残さなかったという行動として筋が通る。勿論、可能性の一つにすぎないのだが」
「わかっています」
「しかし、有り得ない話ではないな。元々大佐は、積極的に未来を変える行動を繰り返してきた。まるで、我々に一本道を歩かせようとしているかのように、だ。カーネルを使者に立て我々を幾度も導いてくれたバレル大佐は、紋章の件について我々にどう動いて欲しいのだろう…」
「我々には、全ての紋章が必要ですからね。…どうにも掴みどころがないという点では、まるでデューオのようです。大佐の本心は」
「ライカ君、それでは大佐が…」
言いかけてから、驚愕の余り祐一朗は絶句した。
モニターのライカも祐一朗の思考を読み取ったのか、その端正な顔を突然硬直させ言葉を失っている。
「まさか…」と、ライカ。
「まさかとは思うが…」無意識の仕種として、祐一朗はかけていた眼鏡の位置を直す。「直に、熱斗と炎山君から大佐の自宅捜索についての結果がこちらに届く。内容如何に係わらず、二人には早々こちらに戻って来てもらおう。あと30分で、ニホンから名人達がこちらに到着する。他のメンバーも、次々とアメロッパに入国中だ」
「こちらもヘリの飛行は順調です、博士。到着予定時刻が判明した時、また連絡します」
「ああ。それから先程、熱斗と炎山君がアステロイドに襲われたそうだ。君達も、十分に気をつけて」
「了解」
頭上のモニターが暗転し、同時に音声も切れた。
しかし祐一朗は、最早何も映していないモニターを浅い呼吸と共に見上げていた。突如降って湧いた途方もない思考に、一人気持ちがこの場を漂う。
バレル大佐とデューオとの関わり。普段なら相手にもしない荒唐無稽な話にも聞こえるというのに、今はそれが祐一朗を捕らえて離さなかった。
何かがおかしくはないだろうか? そう、二人のバレル大佐、二人共が。
そもそも祐一朗が知る限り、パスト・トンネルを利用し過去や未来への干渉を試みた人間はバレル大佐が初めてだろう。
祐一朗の時空干渉にしても、そもそもがカーネルとバレルの模倣であり、祐一朗自身が時空を越えた訳ではない。
しかも、その際初めて行った時空移動は、シェードマン、バブルマンの乱入によって想定外の混乱を20年前に引き起こしてしまった。
過去や未来に干渉する難しさをその時祐一朗は思い知ったというのに、大佐が繰り返す時空干渉のあの無駄の無さは神技と言ってもいい。大佐の功績により、人類はおぼつかない足取りながら一本道を未だ歩き続けている。
たとえ、あの異常な老化が彼一人の払った代償だとしても。
大佐が自在にした事象の大きさとその後に与える影響に比べれば、代償は本来人類レベルに相当するのではなかろうか。心の隙を持つ人類全体が、全員で払うべき程のものでは。
普通ならパスト・トンネルの存在を知っただけでは、原因と結果を反転する事などできる筈はない。地球を救う為に軍人として全ての手段を用いているのだとしても、成功させた時点で大佐の存在は神の領域に達している。
バレル大佐と彼に手を貸す者を、あのデューオがよく許しているものだ。
デューオとバレル大佐、そもそも両者に繋がりが無いと断定する事は難しい。紋章を与えられた時点で、バレルは既にデューオに見出だされているのだから。
「うーん…」
祐一朗は低く唸った。手には汗が滲み、もどかしさから新たな苛立ちが生まれてくる。
人が何かを知る事ができない場合、理由は二つ考えられた。
一つは、参照すべき知識や情報が不足している為。
そしてもう一つが、知る資格が無い為、である。人の心の奥底と同様、ヒントを手繰り寄せる手段のない謎もこの世には確かに存在する。
老いたバレル大佐は、祐一朗に何も残してはくれなかった。
それでも、個人的に大佐への強い思いならばある。
彼無くして、ネビュラグレイ事件の解決は有り得なかった。どうして大佐の助力を忘れたりできよう。
Dr.リーガルに囚われていた祐一朗を救出してくれた逞しい腕とあの優しい眼差し。若さと行動力に満ちていた大佐を未来に差し向けてくれたのが、他ならぬ老いた彼その人だった。
当時、祐一朗の中で大きな謎となっていたカーネルというナビを、若い彼は黒い最新型PETで操作していた。謎解きの為のヒントの幾らかは、大佐に支えられ立ち上がったあの時、一気に祐一朗の中へと雪崩込んできたのである。
自身の体験だからこそ、確信できる事もある。
冷静に考えれば、バレル大佐という存在は極めて異常だ。
しかし、彼は人類に味方する者で、決してデューオではない。
そして、熱斗が慕う良き大人でもある。
一科学者の身では、地球抹殺という事態と向き合うのは些か荷が重い。しかも祐一朗は、傍観する立場ではなく、事態打開を役割とする側の人間だ。
不安なら際限なく湧いてくるものの、決して表に出す事は許されていない。今の祐一朗にとっても、大佐のようなカリスマ性を持つ力ある男がすぐこの場に欲しかった。
「ふっ」
つい、渋い笑いが口を突く。
人として、祐一朗はワイリーの心境が十分理解できると思ってしまった。WWWというネット犯罪組織の頂点に立ち悪として世界と対峙したワイリーも、バレル大佐一人を敵に回す事だけは避けていたようだ。
熱斗に対するワイリーについての話ぶりから、彼が良き友人として大佐と接していた事がわかる。驚く事に、あのワイリーが、だ。
一度でもバレル大佐を見知った者は、皆同じ反応を示すのかもしれない。
「博士、ニホンからのヘリが来ました」
「とうとう着いたか」
管制員の言葉に、思考を裂かれた祐一朗の声が弾む。
アメロッパ国内で飛行機からヘリに乗り換え、待っていた者達が遂に到着する。
ヘリには、祐一朗が補佐を頼んだ名人の他、クロスフュージョン・メンバーのメイルと燃次の二人が乗っている筈だった。
彼等が次第に集まってくるという事は、地球消滅という運命の時がそれだけ近づいた事でもある。
一度は笑顔になった祐一朗の顔が、ふと曇った。
時計を見る。
四方が壁の為に外は見えないものの、この季節ならば日がかなり西に傾いている時刻になっていた。
「第5話 Dr.ワイリー」 に続く (全7話構成)