最初、その場にいたオペレーターもナビも、全員が我と我が耳を疑った。バレル大佐が一人、デューオとのクロスフュージョンを試みるというのだ。
それはとりも直さず、バレル一人で戦いの全てを抱え込む事をも意味していた。
先程まで彼とクロスフュージョンしていたカーネルにとっても、驚きは大きい。それが、仲間達を、そしてカーネルをも置き去りにした、バレルただ一人の捨て身の行動と気づいてしまった為だ。
宇宙空間を思わせる半電脳世界で、生身のバレルが毅然とした態度で巨大なデューオと交渉している。カーネルは、そんなバレルを背後から見守るしかない。
カーネルのデリートを阻止せんと、カーネルとデューオの間に彼は突如割って入った。全てを共有し共に戦う事を誓った者同士が、今は守る者と守られる者に分かれてしまっている。
バレルの背が無言で、「今は私に任せてくれ」と語っているのがわかる。しかし、カーネルにはそれが悲しくてならなかった。
そして考える。何故、このような事になってしまったのだろうか、と。
時空を越え、13組のオペレーターとネット・ナビのペアがデューオの彗星にアクセスし、全てのシステムをその統制下に置いているデューオと接見。異世界文明の生んだ超高性能ネット・ナビ、デューオの説得を始めた。
しかし、地球人類と彼等の生み出したネットワーク文明を悪しき進化と断定したデューオは、バレルの時代より10年前、ロックマン達との出会いより30年前の地球をデリートしてしまった。
地球消滅は、実行されてしまったのだ。
本来地球が浮かんでいる筈の周回軌道上には、最早僅かなガスと塵の帯しかない。地球の消滅が爆発によるものではなく、存在否定による抹消なのだと、状況が語っている。
スペクトルによる地球電子データ化すら、まだかわいい方なのだとカーネルは思い知った。変換されただけのものは、元の状態に戻してやればよい。
しかし、一度完全に消滅してしまったものは、復元が極めて難しい。地球を再構成しても、失われた数多の命を取り戻す事にはならないのだから。
それでも、バレルは諦めなかった。
Dr.リーガルが試みた方法を踏襲しようと判断。デューオをここにいる者達の制御下に置き、時空に干渉。地球消滅の工程そのものを否定し、地球消滅という事態がそもそも起きなかった事にしてしまおうと考えたのだ。
13人の誰よりも早く立ち直り周りを鼓舞する指揮ぶりは、流石バレル大佐と言うより他にない。大人も子供も、他人の幸せを素直に喜ぶ事ができる者もできない者も、彼は見事にまとめ上げる。
元々皆がこの厳しい状況下で、我が身の行く末や肉親の事ばかりを考えたのではない。豊かで大きな自立した存在に対する外部からの理不尽な扱いに、それぞれが人としての憤りと使命感を感じている。
バレルはそれを巧みにまとめ上げ、13組のペアの集まりでしかない集団を、チームという体裁に引き上げるのだ。
しかし、悲しいかな。力と力、気持ちと気持ちの衝突では、神の如きデューオを相手に全く勝負にならなかった。
デューオの持つ圧倒的なパワーは13組の総合力さえ軽く弾き飛ばし、人間とカーネル達ナビの望まない、力任せの強制的なクロスアウトをも簡単に行ってしまった。
それにしても、何という無慈悲なクロスアウトなのだろう。実体化の拠り代たる人間の体からナビ達が無理矢理引き剥がされた時、ダメージは全てオペレーター側が引き受けてしまったのだ。
カーネルがバレルを抱き上げた時も、彼は全身の痛みに顔を歪め、倒れたまますぐには起き上がる事ができずにいた。
それが、デューオのやり方なのだろう。
全宇宙に数多存在するネットワーク文明の監視者として、遥かな高みから全ての存在を冷めた眼差しで見下ろしている。そして、悪しき進化が起こっていると判断しようものなら、関係する星の命も文明も、無感情に、そしてひどくぞんざいに取り扱い抹消してしまう。
心の弱さに甘い誘惑を囁いておいて、立て直しのきかない者達が悪戯に増えるのを嘆くのは、本来試練以前の問題だ。地球と同じような手法で試され、そして滅ぼされた文明人にとっては、感情や衝動を持っている事自体を断罪されたに等しい。
正常な審査の方法ではなかった。ましてや、デューオに地球に審判を下す資格など元々無い。
それでも高位の者を気取って、独善的に振舞うのがデューオなのだ。
勿論、バレル達に対する冷遇を目の当たりにしながら、優れたネット・ナビとして見出だされた事を嬉しく思う者がこの中にいる筈もない。カーネルもまた同じだった。
地球消滅、そしてバレル達オペレーターへの仕打ち。アステロイドが蔓延した原因もよく知るだけに、カーネル達13人のナビとデューオとの対立点は増える一方となってゆく。
カーネルは、決然と叫んだ。
「我々は最後まで戦うぞ、デューオ!」
元より、デリートされる事を覚悟しての拒絶だった。
しかし、カーネル達がデューオに改めて敵対の意思を伝えた直後、バレル達がパートナーを庇い立ち上がり始めたのだ。術もないというのに、ただ強い思いから生身の姿でナビを背で隠し庇う。
ただ一つ、自身の中から迸るパートナーのナビを守りたいとの思いから。
そんなオペレーターとナビ達を、デューオの白い巨体が見下ろしている。感情を表現するようにはできていない、機械的な顔で。
そして、デューオは何度目かになる同じ質問をした。
「クロスフュージョンとは何だ?」と。
余程関心があるのだろうと、カーネルは思う。デューオの中から、興味と、悪しきネットワーク文明の産物との断定が、交互に表出する。
そもそも、デューオがバレルや熱斗達に紋章を与えたのも、地球に実在するクロスフュージョンの何たるかを見極めたいが為だと言っていた。
或いは、地球人が欲望に溺れアステロイドが世界に浸透する速度に、クロスフュージョンの可能性が抑制をかけるところを見たかったのだろうか。
但し。クロスフュージョンは、デューオが考えるような力という性質のものではない。当然、精神をコントロールし人間の欲望を抑制する機能がある訳でもなかった。
単に、人間とネット・ナビの建設的共存が見る次段階の姿、の一つにすぎない。しかしそれは、地球人類とカーネル達のようなネット・ナビが、共存の次段階を模索できる程に接近した結果でもある。
唯一絶対の存在であるが故、対等な関係というものを一切持たないデューオに、理解する事は極めて困難かと思われた。
それでもデューオは興味を示し、問い続ける。
地球を消滅させた後で、僅かに生き残った人間とナビへ。
最早、言葉の応酬では一向に埒が明かない。その回答を正確に送り渡すべく、バレルは我が身を差し出そうと決意したのだ。
「大佐…」
カーネルは知っている。バレルの本当の狙いは、更にその先にあるのだという事を。
ネット・ナビと人間のクロスフュージョンが成功した時、主導権は拠り代である人間が握る。バレルはその瞬間にデューオを制御し、地球復元とも言うべき大規模な時空干渉行為を行うつもりでいるのだ、と。
失敗すれば、リーガルの二の舞になるとわかっていながら。
バレルとクロスフュージョンすると、カーネルの中にバレルの感情が直接流れ込んでくる。異質な精神が一つの体に二人分干渉しても何ら問題が起きないのは、肯定的な感情で互いが強く、そして深く結びついているからに他ならない。
愛や思いやりといった感情を知らないデューオが、思惑あってクロスフュージョンを試みようとするバレルと同化を始めた時。バレルが無事目的を果たす確率は、決して高くはない。
いや、むしろ。全てを感づかれ、何もできぬうちに抹殺されてしまう可能性の方が遥かに高いと言うべきだろう。
デューオは元々、地球人に対し好意的でないのだから。
白い巨神がバレルに前進を促し、カーネルを置いてバレルが一人歩き出す。
バレルの言葉を待つカーネルに、彼は何も言わない。
「バレルさぁぁん!!」
ロックマンに止められながら、熱斗が激しく泣き喚く。その姿に、カーネル自身の思いが被る。
そして、ふと気づいた。バレルの背が怯えているのではないか、と。
たとえ無言で歩いていても、バレルをよく知るカーネルにはわかってしまう。
あのバレルが怯えている。
『不死身のバレル』の伝説を残しアメロッパの英雄と讃えられている彼も、一方では肉体一つ、命一つしか持たない一人の人間でしかない。ネット・ナビと括るには神がかりな力を持つデューオにたった一人我が身を差し出そうとする今、軍人として鍛え上げられた精神を持つ彼も平常心を維持する事は難しいのだ。
それでも、バレルは耐えている。為し遂げたい思いの強さで、自身を必死に支えながら。
「大佐…」
カーネルの中で、他への思いがふと途切れた。
地球、祖国アメロッパ、そしてロックマンと熱斗達への思いも。カーネルの中で爆発的に膨れ上がる一つの思いの前に、突如として霞んでしまう。
それは、余りにも大きな感情のうねりだった。
勿論、決して他者への友情や祖国への思いが色褪せたのではない。単に、たった一つの思いの前に、他者への思いが静かに頭を垂れただけなのだ。
決してバレル一人を行かせまいと、カーネルの思いは固まった。
「大佐、私もお伴いたします」
バレルが一度足を止め、ゆっくりと振り返る。
あのバレルの事。「来るな」と跳ね返される事も覚悟したが、バレルは何も言わなかった。
ただ、静かな視線と止めた足だけが、カーネルに何かを語りかけようとしている。
カーネルの背後で、仲間達がざわついた。
最早何の躊躇いもなく、カーネルはバレルに追いつく。
バレルはそれを待っていたかのように、並んで歩き出すのをよしとした。
思えば、バレル専属のネット・ナビとして様々な任務をこなし、指示に従い行動してきた。時空移動をし未来で活動する時には自主的な判断も行ってきたが、バレルの思いそのものに逆らったのは、これが初めてになる。
カーネルとしては、オペレーターを失ってまで長らえるつもりはなかった。もしバレルが地球と自分一人を引き換えるというのなら、自分は唯一彼の側におり、ネット・ナビとして、そしてパートナーとして彼を支援する存在でありたかった。
そもそも人間を支援する為にのみ、ネット・ナビは存在するのである。
取り残された熱斗に、別れ際、バレルが不敵な笑いを残す。
「心配するな、俺は不死身のバレルだ」
いつもの自分を取り戻しているバレルに、カーネルは安堵した。強がりではあっても、悲壮感漂う無理ではない。
カーネルが、そして熱斗が、彼を大切に思っている事を受け止めているが故の笑顔だ。
たった一人のネット・ナビだけを従え、バレル大佐はこれから生涯最大の賭けに出ようとしている。
昼も夜もない空間に球状の光が発生し、カーネルとバレルの二人を包み込む。光の球体は二人を素早く持ち上げると、水平移動させデューオの胸部に取り込んだ。
視界が変化する中、カーネルは記憶の糸を手繰って思い出す。
かつてスラーは言った。アステロイドの純白は、人の心で何色にも染まるのだ、と。
ならば、これからバレル大佐がデューオを染める。
人という存在を、そして友愛を知る心ある色へと。
カーネルの視界にいるバレルが、更に強い光に包まれる。
そして、それは起きた…。
「第7話 熱斗、再び」 に続く (全7話構成)