『その男、バレル』   作:はいばら榊@旧名

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第7話 熱斗、再び (完結)

 観測棟で迎えた朝は、日付的には翌日という事になっていた。熱斗達がバレルと別れ、父親のいる現在の時空タワーに送り返されてから、ここではまだ半日も経っていない。

 それでも体に残る疲労感は一日分を遥かに越えており、デューオの彗星に向かった後、熱斗の体が何時間を過ごしたかは最早誰にもわからなかった。

「みんな、御苦労だった。とにかく今は十分な睡眠をとってくれ。これからの事については、君達が起きた後に報告しよう」

 祐一朗のこの言葉で、クロスフュージョン・メンバーの全員が、一旦観測棟の別室で眠りに就く。

 しかし、熱斗と共に同じ部屋で休んでいる筈の炎山、ライカからも、寝息らしいものは全く聞こえてこなかった。

 眠れる筈がない。バレルを見送った者達は、誰もがやりきれなさに苦しんでいる。

 試しに熱斗は、隣に見える毛布の山に声をかけてみた。

「…なぁ、炎山。起きてるんだろ?」

 返事はすぐになく、代わりに毛布を動かす音がする。

『ね…、熱斗くん…』

 気遣いを勧めるロックマンが、熱斗を制止しようとした。

 敢えてそれを無視し、熱斗はしつこく炎山の声を聞こうとする。

「起きてるんだろ? …眠れる訳ないもんな、俺達」

「……」

 炎山が、何がしかを答えた。

 しかし、聞き取る事ができないひどく籠った声になっている。毛布を頭から被っているのかもしれない。

「よく聞こえないよ」

「…話しかけるな」

「え?」

 確かに、炎山の声ではあった。

 但し、短く、邪険な印象の強い口調が、熱斗を戸惑わせる。

「起きたら、少しくらい話を聞いてやる。だが今は放っておいてくれ」

「炎山…」

 鳥つく島も無いとはこの事か。それきり炎山からは、拒絶的な空気が漂ってきた。

 熱斗は渋々炎山を諦め、次はライカに白羽の矢を立てる。

「なぁ、ライカ…」

「お前も寝ろ、熱斗。たとえ眠くなくてもな」

 熱斗の言葉を半ばで遮り、ライカが不機嫌そうに言葉を返す。

「こんな気分じゃ全然寝れないよ。ライカだって…」

「俺は眠れる。軍人だからな」

「軍人か…。バレルさんもここにいたら、同じ事を言うのかな…」

 横になっているライカが返事に窮し、炎山も改めて重い寝返りをうつ。

『熱斗くん、それじゃあかえって…』

「あ…、ごめん」

 ロックマンに窘められ、熱斗は慌てて謝罪する。

 しかし熱斗の失言から、室内の空気がこれ以上はないという程気まずくなってしまった。

 単に、寂しさを紛らわせたかったのに。空回りする思いが煩わしくなって、我慢できずに熱斗は立ち上がった。

 部屋のドアを開けると、通路に日が差している。

「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」

 室内にいる仲間にしばらく戻らない事を伝え、熱斗は父親のいる管制室を目指した。

 ドアが開くと、意外に静かな事に驚かされる。

 そうかと、熱斗もその理由に思い当たった。

 デューオの脅威が去りパスト・ゲートも閉じてしまった今、時空タワーはその役割を終えたのだ。観測棟に用意した管制室も、後は片付けを待つだけなのかもしれない。

 仮眠をとっているかと思ったが、父はやはりそこにいた。名人と、他に2~3名の管制員もまたいつもの場所で、海外と連絡を取っている。

「どうした?熱斗。眠れないのか。昼までには、クロスフュージョン・メンバー全員の帰国の手続きも終わる。そうしたら我々も、ニホンに帰れるぞ」

「うん」

 熱斗は素直に首肯した。それでも、体の内側に元気が戻って来ない。

 大切なものを失ってしまったやりきれなさと、大切な人に多くを失わせてしまった痛み。そして、何もできなかった無力感から、嬉しいという感覚が何なのかを思い出す事ができずにいる。

「ねぇパパ。俺達のやり方、これでよかったのかな?」

 近づきながら話す熱斗から、多くを察したらしい。祐一朗が右手で手招きをしつつ、同時に左手でコンソールのボタンを幾つか操作した。

 メイン・モニターが切り替わり、地球の全景が映し出される。

 それはTVや勉強で見慣れた、地球の姿だった。漆黒の宇宙を背景にした青い惑星が美しい。

「見てごらん、熱斗。この映像は、今衛星から送られてきている地球の姿なんだ。わかるか? 消滅してなんかいない。地球は今もこうして周回軌道上を移動していて、我々も生きている。お前達がやろうと決めた事をやり遂げたから、今のこの地球があるんだ。…ありがとう、熱斗。お前達は確かに、地球とその未来を守ったんだ」

「わかるよ…。わかるよ、パパ。……でも、それならなんで、バレルさんだけがいないの?」

「熱斗……」

 父親の顔を見上げ、熱斗が無理な質問をする。

 熱斗としても困らせたい訳ではなかったが、他に言葉を思いつかなかった。

「俺達は、誰も欠けちゃいけなかったんだ! みんなで帰って来るつもりだったのに。バレルさん…、バレルさんをデューオに連れて行かれちゃったよ! しかも、あんなに歳とって戻って来るなんて…」

「熱斗…」

 祐一朗の手が、熱斗を優しく抱きとめる。

「外へ行こうか、熱斗」

「…うん…」

「名人、後は任せていいか?」

「どうぞ、光博士」

 祐一朗の指示を頷きながら了解し、サングラス姿の名人が歩き始める熱斗を優しく見送る。

 誰一人、バレルがいない理由で熱斗を責めはしない。

 そして、もう二度と会う事のできないバレルを惜しむ様子も見せていない。

 大人は我慢ばかりをする。熱斗にはそれが、何とはなしに面白くなかった。

 父親に誘導されるままに、観測棟の屋上へと昇る。そこはヘリ・ポートとして使われている為、熱斗も何度か足を踏み入れた事があった。

 祐一朗が、時空タワーの見える方向に熱斗を誘導する。

 覚えていた通り、やはりそこにクレーターは無かった。

 タワーから観測棟に戻って来る時、景色の激変に全員が驚いたのは、まだ夜の事。

 あの巨大なクレーターが突然姿を消し、砂漠にぽつんと建つ時空タワーと観測棟を、長い高架橋が繋いでいるではないか。今も、景色は夜見た時と変わりがない。

「熱斗。お前の気持ちは父さんにもよくわかるよ。バレル大佐という犠牲を出してしまった事を、僕も悔やんでいるから。でも、地球が消滅して熱斗やロックマンもデリートされてしまう事を、大佐は望むのだろうか? 僕も父親だから、あの人の考え方がかわらなくもない」

「それなら俺だって! 俺だって、バレルさんを守りたかった! もし俺に、もっと力があれば…。バレルさんを取られずに、デューオを改心させる方法が見つかったかもしれないのに…」

「それは違うぞ、熱斗」今まで眼鏡の奥に穏やかな目つきを浮かべていた父が、突然厳しい顔つきに変わる。「力で何もかもが解決できる訳はないだろう? 大佐が地球の運命を変える事ができたのは、力に依存しない最良の方法を思いついたからだ。今のお前の考えでは、むしろデューオの不興を買ってしまうぞ」

「…俺じゃダメだって事?」

「今回のケースはな」

「…それってやっぱり、あのバレルさんが、死んでしまったバレル大佐から色々聞いたからできた事なのかな?」

 祐一朗は、そこで一拍置いた。

「おそらくは違うと思う。過去のバレル大佐が、自分で咄嗟に思いついた事だと思うんだ」

「どうして?」

「これは、ライカ君とも話していた事なんだが。今年亡くなったという大佐の誘導には、恐ろしい程無駄がない。明らかに結果から判断し、我々を最良の方向に導いていた節がある。その理由は今回、明らかになった。熱斗も見ただろう? デューオとクロスフュージョンして全てを解決した大佐は、我々のいるこの時間ではなくもっと過去に戻っていった。それが、大佐が元いた時間なのか、もっと後になるのかはわからない。ただ一つ言える事は、後に地球を混乱させるデューオの審判に、事前に備える必要を感じたからだと思うんだ。デューオの力を借りて、パスト・ゲートが機能していた頃にわざと戻ったんだよ。その大佐がデューオとのクロスフュージョンについて教えていたのなら、過去のバレル大佐は、もっと効率のいい近道を選んだんじゃないかな」

「そっか」熱斗も、納得して頷く。「それでバレルさんは、おじいさんの姿でワイリーと会って、そして今年死んだんだ。…って、あれ? でも、おかしくない?パパ。地球が元に戻ったのなら、バレルさんはもう何もしなくていいんだろ?」

「うーん、それなんだが…」首を傾げた祐一朗が、その知的な表情を曇らせる。「パスト・トンネルで繋がれた時間の中で、大佐だけがループしているのかもしれない」

「ループって、つまり…」

『無限に循環しているって事だよ、熱斗くん。バレル大佐が、デューオの審判前に過去の自分に情報を送って。それを頼りに過去の大佐が、僕達と一緒に戦う。そして、パスト・ゲートが閉じる前に、また過去に情報を送って。この繰り返しが起きているって事なんだ』

 熱斗の中にあるもやもやとしたものを、ロックマンが言葉に直した。

 それを、祐一朗が受ける。

「そうだ。大佐の時間は、パスト・トンネルで繋がれた時間の中で閉じられている可能性が高い。そして、同じ事を繰り返すか、微調整をして未来を少しづつ変えながら、30年前と昨日までの間をずっと生き続けているんだ。死の直前になると、また過去の大佐に繋がって。…大佐の人生だけが、一度きりの人生じゃない」

「そんな…!」

 熱斗が言葉を詰まらせた。

 余りにも残酷な結末ではないか。熱斗達が取り戻した前途の長さと引き換えに、バレル大佐は自身の未来はおろか、荷を下ろして眠りにつく事すら叶わなくなってしまったのか。

「バレルさん…」

 熱斗の声が、思わず涙声になる。

「だけれど、熱斗」祐一朗が、努めて明るい声で話しかけた。「今回デューオと地球の関係が良好になって、大佐の過去修正と未来誘導はようやく終わったのかもしれないぞ。バレル大佐は、大切なものを全て守りきり、その上我々の知り得ない知識と宇宙の神秘にまで触れる事ができて、幸せな老後を迎えたんじゃないかな」

 絶対に違うと、熱斗はしきりに首を横に振る。

「そんなの悲しすぎるよ! それに、何もかもを守ってなんかいない! 自分の時間を大切にしていないし、俺達みんなの気持ちを…。気持ちを…。……バレルさんのバカ…」

「熱斗…」

 祐一朗の手が、熱斗の肩にそっと触れる。

「大佐は軍人だ。きっと、それをベストだと信じる気持ちが人一倍強かったんだろう。でも、歳をとった大佐の顔を覚えているか? 大佐は決して不幸になんかなってない。それに、熱斗達の気持ちもとても大切にしていたよ。…本当はわかっているんだろう? 熱斗も」

 潤む両目を擦りながら、熱斗は無言で頷いた。

「それに。もしかしたら大佐は、我々が思っている以上に長生きをしているかもしれないんだ。熱斗は、ウラシマ効果という言葉を知っているか?」

「ううん、知らない」

『高速で移動する物体の中にいる人は、僕達よりゆっくり時間が進むんだって。熱斗くん』

 ネットワークで検索した結果を、ロックマンが噛み砕いて説明する。

「そう」と、祐一朗が頷いた。「デューオの彗星の移動速度は、我々の想像を越えている。大佐が宇宙のあちこちを見る事ができたと話しているのだから、もしかしたら彼は、千年、…いや数万年は生きているかもしれない」

「えっ!? そんなに!! おじいちゃん、なんてもんじゃないじゃん!!」

「ああ」と、祐一朗は笑う。「物理の世界では、そうなっているんだ。…バレル大佐はパスト・トンネルに繋がれた時間の中にしかいないというのは、正確に言うと間違いだ。循環の中で、彼は何度もデューオやカーネルと共に宇宙に旅立っているのかもしれない。唯一、今回の事実から我々科学者に言える事は、彼は地球人類で一番の長生きな物知りだという事かな」

「へぇー! 数万年なんて、俺、何だか想像もつかないよ」

「その間、大佐は一人じゃなかった。心を許せるカーネルがずっと側にいたし、デューオもいた。そして熱斗、お前との思い出もな」

「寂しくなかったんだ、バレルさん。…俺は、こんなに辛いのに」

 熱斗は、時空タワーの先にまで続くアメロッパ砂漠の殺風景な景色を眺め回した。更にその先に、何かが発見できはしないかという思いから。

 一つ息をつき、祐一朗が静かに呟く。

「父さんも、バレル大佐の事は好きだったよ。彼とはもっと色々、戦い以外の話もしてみたかった。パスト・ゲートが閉じてしまった今となっては、夢なのかもしれないけど」

「…もう一度、何とかなんないかな…?」

 祐一朗がそれには答えず、敢えて別の話題を熱斗に振る。

「不思議な事を教えてやろうか、熱斗。実はさっきまで世界各地と連絡を取っていたんだが、誰もデューオの彗星の事を覚えていないんだ。町が破壊された痕跡もない」

「ええっ!?」

 熱斗の声の他に、屋上に出る為のドアからも同様の声がした。

 振り向けば、そこには炎山、ライカの他、メイル、ディンゴ、ジャスミン、燃次郎、プライドの姿もある。

 炎山が、一歩前に出た。

「それでは博士。地球は、そもそもデューオの彗星に遭遇していないという事になっているのですか?」

 祐一朗が首肯する。

「アステロイドにそそのかされたネット犯罪者達も、刑務所や拘置所にはいない。アステロイドと共謀したネット犯罪を、彼等は起こしていないのだからね」

「そんな…」

 何か思うところがあるのか、炎山がその場に凍りついた。

「彼等については、もう一度何か犯罪を起こした時に逮捕し直すしかないだろう。彼等はまた犯罪を起こすかもしれないし、何もしないかもしれない」

「全ては連中の気持ちの強さ次第、という事か」

 祐一朗の言葉を、ライカが継ぐ。

「もうそそのかす連中はいないんだし、今度はあいつらももう少しましな生き方をするんじゃないか」

 発言者が考えている以上に、燃次の言葉は重い。

 犯罪をそそのかす声は、何も外から入ってくるとは限らないのが常だ。犯罪者予備軍とも言うべき者達が、自身に向けて自ら発する事も多々ある。

 熱斗達ネット警察の仕事は、終わらない。たとえバレル大佐が、地球を救ったとしても。

 デューオの厄災は去ったが、地球人類の足下は未だおぼつかないままでいる。

 熱斗の中に、一つの決意が芽生えてきた。

 これから先の未来を守るのは、自分達の役目でいい。いや、自分達の役割にしたい、と。

 バレル大佐の守ったものを、今度は自分達が守るのだ。神も救世主もいないこの世界で、代わりに自分達が引き受ける、と。

「パパ、俺やるよ。学校もあるから大変だけど、ロックマンもいるから大丈夫」

『そうだね、熱斗くん。僕達、これからもがんばろう! 僕もやるよ、カーネルの分まで』

 PETから聞こえるロックマンの声に、「お前達ばかりにいい格好はさせないぞ」と炎山が唇を尖らせる。

 仲間達は、皆それぞれに無理をして笑っている様子ではあった。

 でも、今は仕方がないと熱斗は思う。バレル大佐と出会い、そしてその存在を失ってしまった心の穴は、誰もが簡単に塞ぎきれるものではない。

 ただ。皆が一様に思っている事がある。

 熱斗は、それを敢えて声に出した。父親を、そして仲間達を見回すその表情はとても明るい。

「俺、バレルさんに出会えてよかった! 誰も知らなくても、誰も覚えていなくても、俺、忘れないよ! ずっと!」

 

 

                           終わり (全7話構成)

 

 そして、これより始まる……。

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