結論から言おう。
この物語は戦史では無い。
なので、艦娘と深海棲艦の戦いを、その付随する全世界で徴兵された少年兵の中で最も戦功を挙げた「E組」の戦功を主観無く知りたい方々には別の文献をお勧めする。
この本は、国により深海棲艦達と戦う事を余儀なくされた青年達の、儚く生きた証を後世へと語り継ぐ為に編纂された物である。
その青年達がどんな人間だったのか。その青年達が私たち艦娘に何を遺したのか。その事を人々に忘れ去られない為に、私たち鎮守府の皆はなるべく多くの資料、証言を基に迅速にこの物語を書き上げた次第である。
だが、この物語は多くの軍事機密を白日の下に晒すものであり、直ちに公開されることは決してないであろう。
…それでも私達はあの青年たちの死が意味のある物であると信じ、この物語を綴っていった次第である。
さて、物語を開く前に文責である私、この青葉がここに宣言する。28人との絆と魂は私たち艦娘の心に永遠に生き続ける事を。
それは靖国通りの桜が蕾をつけ、冬の恰好をしなくても良くなった頃の話であった。
潮田渚を始めとする元3年E組はその靖国通り沿いにある防衛省に全員集められていた。
「やあ、ようこそ防衛省へ」
何故ここに居るのか。そんな当惑を隠せない様子のE組の面々に、防衛大臣はまるで長年の友達を初めて自分の家に連れ込んだような、軽く棘のない挨拶をする。
だがその挨拶と裏腹にその両眼には値踏みをしてやろうという瞳だった。
「防衛大臣の掛巣長治だ、よろしく」
年齢は59歳。
政治家としては油の乗り切った年齢であり、その顔は精悍の一言に尽きる。
その防衛大臣が秘書一人だけで元E組の高校生を見続けている、その非日常感が大臣室にあふれている。
「…ここに居る皆、椚ヶ丘中学の元3年E組ですよね? 一体何を企んでいるんですか?」
困惑で取られた会話の主導権を取り戻そうと矢田桃花が口を開く。
「いい質問ですねぇ。流石営業志望だけはある。このご時世なんだから、何となく察しがついているでしょう」
時は2015年春。
日本は、いや世界は滅亡の淵に立たされていた。
深海棲艦。
半分機械で半分生き物の生まれながらのサイボーグと言うべきであろうその生物は、1年半前に世界一帯、特に太平洋を中心に突如として大量に発生、瞬く間にハワイやオセアニア諸国を占領してしまう。
その惨状に各国は手をこまねいていた訳ではなく、連合軍を派遣するも連戦連敗。
ついに日本近海やアメリカ近海にまで現れる様になり、世界中が人類は滅亡するのではないかと恐慌状態に陥った。
「いい大人が勿体ぶって話しする?そういうのって先に結論から話すべきだと思うけど?」
防衛大臣の上から目線にイラついたのか、赤羽業が棘のある言葉で返す。
だがその言葉は、その場に居る殆どの人物が思っていた事の代弁でもあった。
「全く、最近の若者は会話を楽しむと言う事を知らないのか…」
その言葉がやや不愉快だった様だ。大きく鼻で老眼鏡を動かす。ずれた老眼鏡を元に戻しながら、愚痴るように防衛大臣は呟いた。
「まあ良い、結論を言おう。君たちには徴兵されてもらう。徴兵されて浦賀にある鎮守府で艦娘たちの教育要員兼強襲揚陸要員の任に就いてもらう」
「え、」
E組全員が一斉に驚いた。
寺坂竜馬が驚きそのままで口を開く。
「ちょ、ちょっと待て。大学とかどうするんだよ」
「もちろん休学してもらいます。その間は学費を払う必要も発生しません」
ここに来て、大臣の後ろに携わっていた秘書が口を開いた。
背が高く、大臣のボディーガードも兼ねている体格の良い若年の男性である。
「艦娘ってあの艦娘ですか?」
不破優月が矢継ぎ早に質問する。
「そうだ。かんむす、という言葉に別の意味は無かったはずだが」
防衛大臣は眉一つ動かさず答えた。
そう、世界が滅亡する瀬戸際、という話にはまだ続きがあったのだ。
艦娘。
もう人類滅亡か、という絶望の中に現れた最後の希望。
第二次世界大戦前後に活躍した戦艦の魂を宿した少女達の事である。
艦娘の素となるものは適合者である人間の女性だ。
未成年者の人権を侵害する物として批判的な向きも国際社会には有った。だが彼女達は、日本に迫りつつあった深海棲艦の軍を瞬く間に押し戻して行った為、追い詰められた状況の国際社会は追認していく他無かったのである。
「駆逐艦の艦娘は小学生から中学1,2年生、軽巡洋艦も中学2年生から高校1年生までの少女だからな。そういえば、児童養護施設で児童を教えていた経験も君らにはあったよな。それが活かせるぞ」
と話を進めていこうとする防衛大臣。
「ちょ、ちょっと待って下さい。私たちはやるなんて一言も、」
それに焦りを全面に押し出して片岡メグが異議を挟む。
「いや、俺達はこの話を受けざるを得ないよ」
その異議を冷静に赤羽業は否定していく。
「ほう、流石だね」
防衛大臣は感心して眉を少し動かした。
「もし、僕達が受けなかったら、他の似たような高校生達が同じようにこの任に就くように強制される。その人たちの事を思い、僕達は断る事が出来ない。…そうでしょう?掛巣さん」
磯貝悠馬が苦虫を噛み潰したような声を出す。その絶望の重さがE組全体に重くのしかかる。
「強制とは人聞きの悪い。私はただお願いしているだけですよ。…最も君たちが仏心を出すから断れない、それだけです」
防衛大臣は猫なで声を囁いた。
その挑発めいた態度にE組の面々の怒気が増していく。
足元を見やがって。
そんな言葉が聞こえてくるような状態であった。
「…おう、黙って聞いていれば舐めた態度をとりやがって」
「俺たちをただの高校生と思ってないだろうな?」
ここに来て吉田大成と村松拓哉がその怒気を代弁するように防衛大臣を詰る。
今でも飛びかかりそうな二人の後ろに寺坂は黙って彼らの後ろに回る。飛びかかる彼らを止めるため、では無い。別の理由があった。
防衛大臣が微動だにしないのだ。
政治家とは言え、ここまでの怒気を放たれたら少しは反応するはずである。
だが、防衛大臣は後ろの秘書と同じように全く普通の表情を崩さない。
ここで初めて、E組一同全員がこの防衛大臣も並大抵の人間でないことに気づく。
「よしよし。大した殺気を放てるじゃないか。戦場に立つなら、そのくらいの物を出せないとな」
ここに来て防衛大臣は僕らの殺気に応え、初めて笑った。
猛獣。
一言で表現するならこれが最適解でろう。
「…ッ!」
E組の一同が総毛立つ。
E組の一同が半ば本能的に全神経を戦闘モードに切り替っていく。
その様子をまじまじと見る大臣。
更に戦闘モードの顔に切り替えるって行くように見えた瞬間、
「…はぁ」
といきなり小さなため息と共に大臣の顔から獰猛の笑みが消えた。
…その顔には苦渋、という文字がはっきりと浮かんでいる。
大柄な体で立派な椅子に座っているはずの防衛大臣。
だが今はその身体が誰が見ようとも小さく見える。
何か見てはいけないものを見ている。そんな雰囲気が部屋に漂っていた。そんな様子を見て大臣は更に気が進まなそうな顔になりつつ、口を開く。
「私は防衛大学校出身で陸上自衛隊のレンジャー教官の経験もあるんでな。正直言って君たちの様な少年兵を作るという、上の判断は承服しかねる物があったのだが…」
そう言葉を締めると、ゆっくりとE組一同の顔を見渡した。
「防衛省にあった資料通り、君たちの中学三年生で過ごした一年間は充分に徴兵に耐えれる人間をつくり出せた様だな」
大臣はそう言ってまた更に、顔にある皺を更に深くしていった。
「そんな顔になるんなら、そんな命令最初からやらなければいいじゃんか」
寺坂竜馬がそんな大臣の様子を見て、呆れた様に口を開く。
「バカを言え。そんな事をしたら、即座に私の首が飛ぶどころか政治家生命すら危ういわ。ここで私の首が飛ぶとあいつらがスタンドアロンしてしまう」
「あいつら…?」
竹林孝太郎が意を測りかねて疑問を投げかける。
「まあ、直にわかる」
「…一応聞く。君たちは日本国の徴兵を受ける、それで良いな?」
…E組には逃げ道は無かった。
ここで逃げてしまったら知らない誰かが生贄の羊にされる。
そんな事はE組にとってそれは受け入れがたい事実だ。
かつて大人に見捨てられた自分たちが今度は本意では無い命令を大人に受ける。しかも逃げたらもっと後悔する形で。
…受け入れるしかなかった
だがそれを今すぐ受けいれる事が出来るかは別問題であった。
そんなE組の気持ちを察した磯貝が口を開く。
「少し、僕達の間で話をさせてもらえませんか?」
直接話しを突然持ちかけてきたという事は余裕は本当に無い、それが実情であろう。だからこそ背景の整理をしたい。
「…いいだろう。だが、ゆっくりとは待てないからな」
大臣は多彩な感情を見せた今までとは打って変わって仏頂面になり、その提案を承諾した。
「たくっ、本当に急過ぎるぜ、この話」
寺坂が悪態をつく。
「まー、そんだけ日本という国が追い詰められてるって話だよね」
赤羽が口を開く。軽い口調と裏腹に顔は真顔のままだった。
防衛大臣の計らいで防衛省の会議室の中、E組は話し合っていた。
この計らいは徴兵されるとは言え、破格な待遇で言えよう。
だが、そんな待遇を自分達で意識出来ないくらいには緊迫したやりとりが続く。
「きょうしゅうようりく要員って何なのかな~?」
倉橋陽菜乃はずっと疑問であったのであろう。緊迫した雰囲気に合わないおっとりとした口調でE組全員を見回して尋ねている。
「簡単に言うと、海から島へと上陸する時に攻め込んだり物資の上げ下ろしを行ったりする兵士だよ。アメリカ軍だと海兵隊として独立して編成されてる部隊だね」
磯貝が答える。E組随一の秀才は強襲揚陸という一般人に馴染みの無い用語を澱みなく説明する。
「え、なんかそんな凄く重要そうな所を任されるの?」
岡野ひなたが驚いた声をあげる。
「ところが、そういう訳でもないんだよねぇ」
赤羽業は官僚志望という事もあってか、この内容にも対応出来るのであろう。少し余裕が戻り軽い口調で補足を入れる。
「どういう事?」
木村正義が疑問を挟む。
「実は自衛隊には海兵隊にあたる、強襲揚陸人員っていうのは存在しない事になってるんだ」
磯貝が説明を始める。
「へぇ~」
どこからともなく感嘆の声が聞こえる。
「そう、あくまでも“自衛隊”であり、敵に攻め込む為の人員は不要、っていう思想からそういうのを今に至るまで作っていないんだ」
赤羽がまた補足説明をする。
「でもそれだと深海棲艦に占領された島を奪い返す時に対応出来なくなったから、緊急にそういう要員が欲しくなったんだろうな。自衛隊員、深海棲艦と戦って3分の2にまで減ったらしいから」
磯貝が口調で淡々と事実を述べていく。
それはこの日本が未知の怪物に対して消耗しているこの上ない証であった。
「で、新設の部隊なんか作れるはずもなく、暗殺者とは言え軍事的な訓練を受けた経験のある俺らに白羽の矢が立った、という訳か」
千葉龍之介が顎に手を当てながら分析する。
「そういえば烏間さんも、イリーナさんも何やってんだよ。この話に反対しなかったのかよ~」
岡島大河がやれやれと言った表情で口を開く。彼の軽いノリの発言。その場の緊張が緩む。
「二人とも深海棲艦対策で今はタイ」
中村莉桜がそんな岡島くんの発言をやれやれと思ったのか、少し投げやり気味に答える。
3年E組の担任であった超生物、通称「殺せんせー」
その殺せんせーに後事を託された防衛省の一員である烏間惟臣とその妻となった烏間イリーナは海外諜報を担当する部署に回っていた。
そして深海棲艦戦争の戦局の悪化ととともに国連の深海棲艦対策部として未だ健在であるタイ王国の首都バンコクに赴任していたのであった。
それを思い出すE組一同。
「ん…。なんでそんなタイミング良く二人共日本から居なくなってんだ?」
杉野友人が疑問を呈した。
その発言を聞いた瞬間、クラス一同がパズルが嵌ったように一様に察した。
「もしかしてこれ、狙い通りって奴?」
場の空気が引き締まっていく。
「そこまでして俺たちを徴兵したい奴らが居るって事か」
菅谷創介がその空気の総意を口に開いていく。
それは見えない悪意を代弁する物であった
「そこまで私達を陥れたい奴って鷹岡と柳沢が思いつくけど…」
不破が思いつくだけの名前を羅列していく。
鷹岡明と柳沢誇太郎。
E組にとって浅からぬ因縁も持ち主であった。
だが、今は話の本脈から逸れてしまう為、その因縁に対しては省略させてもらう。
「鷹岡はともかく、柳沢は身体も動かせない状態だったはずじゃなかった?それに人望もほとんど無かったって話を聞いたけど」
片岡メグがその言葉に反論していく。
「そういう犯人探しするのには材料が少ないと思うぜ」
「寺坂の言うとおりだ。ただ少なくとも、僕らのことを快く思っていない、いや悪意を持っている人物が居るという事はこれからの事を考えて頭の隅に入れとくべき、だと思うよ」
寺坂と三村航輝が脱線しそうな話を元に戻す。
「これからの事、かぁ…」
潮田渚が口を開く。
今でもこんな非日常的な命令が信じられないのであろう。
…普通、通常の民主主義国家下でこういう重大な物事を通すのは、国会における議論を経てその事の是非が語られる。その間に当事者の彼らの心情も定まる。そのはずであった。
しかし、今はその法案を通した大人側の裏技でそういう事は一切無視された、と言って良い。
…もし、悪意という物があるのならそこである。
だが、今の彼らはそこに対して触れずに進んでいる。気づいていないのか。それとも敢えて気づかないで先に進んでいるのか。
答えは後にわかる事となる。
「そうね。そんな伏魔殿から自分だけ逃れよう、ってのは私の趣味じゃないわ」
狭間綺羅々が口火を切って徴兵を受けるに賛同の意を述べる。決して運動が得意では無い人物ではなかったがその意志は堅い物が見えた。
「その通りだね。医者なんていつでもなれる。今は僕らが一丸となってそんな悪意と戦う時だと思うよ」
竹林も同意とばかりに口を開く。彼もまた運動による暗殺が苦手だった人物である。
二人共徴兵、となると多大な苦難が予想される二人であると言って良い。
そんな二人からの力強い徴兵される事への意志の顕れ。
それはこの場の空気を決定させる痛烈な一打となった。
「あれから3年経った。各々殺せんせーからのアドバイスブックを貰って自分たちの課題を見つめ合い成長したと思うんだ」
その二人の意見を承け、磯貝悠馬がE組全体を見回して口を開く。
「だから徴兵を受けるだけじゃない、俺たちをハメようとしている奴に一泡ふかす。いいな!?」
強く拳を握りあげ、スピーチの様に場を締めあげた。
「おー!」
一同は同意の歓声をあげる。
今ここにE組は徴兵される事を決断する運びとなった。
「…決まったか」
防衛大臣の部屋。
防衛大臣はさっき送り出した時の仏頂面はそのままに、手元にあった書類を後ろの秘書に渡して短く一言言い放った。
「はい、俺たちはあなたの提案に乗る事にします」
磯貝がE組を代表して意志を表明した。
「…賢明な判断だ」
「あんたの思い通りなんじゃないの」
赤羽が悪態をつく。
「…そう思うと良い」
防衛大臣は否定も肯定もしなかった。
「…そう思っておくことにしとくよ」
張り合いが無さそうに赤羽は引き下がった。
「では手続きをしますのでこの下の会議室に移動してください」
ここまで久しく口を挟まなかった秘書が口と身体を動かし、移動するように促しはじめた。
E組一同は無言でそれに従う。
秘書が観音開きの扉を両方開ける。4人ずつ順々にE組の面々は出て行った。
そんな最中、突然防衛大臣が口を開いた。…あまり大きくない声だった。
「…ああ、一つ言い忘れていたことがあった」
集団の最後尾に居た潮田と隣りにいた雪村あかりが怪訝に思い振り返る。
「提督は優しい人間だ。気をつけると良い」
「…?」
その言葉の意味を二人は意図を図りかね、また踵を返し部屋から出ていく。
彼らがその言葉を知るのは鎮守府に着任してからである。…今の彼らにはその言葉を知る術もなかった。
…いかがでしたでしょうか?
これは椚ヶ丘中学校3年E組でも暗殺の才能を万全に発揮し、この物語を作る上でも手がかりとなった膨大な資料を残した潮田渚くんの手記からのプロローグでした。
ここでは重要な機密が三つ、明らかにされています。
一つ、椚ヶ丘中学三年は決して国難に立ち向たいという自発的な意志で徴兵を受けた物では無く、半ば強制的に徴兵されていた物であった事。
二つ、その徴兵には何らかの裏があった事。
そして三つ、…未だに3年E組の生徒達は3年時に担任だった超生物の事を殺せんせーと言い、未だに慕っている事。
その教えが如何にして彼らの血肉になり、道標になってきたのであったのか。
僅かながらこの手記で少し分かったであろうか。
だが、それと同時にこのことわざを皆様にお教えしたいと思う。
The road to hell is paved with good intentions
(地獄への道は善意で舗装されている)
…彼らはそう、善意で悲劇への扉を開いてしまったのである。その事を当時の私達を含めまだ誰も知る由はなかったのです。