艦これ×暗殺教室「青春を潮と血に染めて」   作:みかんバーグ

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すっかりこっちに投下するのを忘れていました。
長くなりますがご了承ください。


第三話「ダン・クイゼンベリー」

なんだ。まだ居たのか。

 え?話を聞きたい?なら先に言ってくれ。

…何度も言ってる?

 すまんすまん。これに夢中だった。

 

…………………

 

 また言いにくい事を聞いてくるな。

 いや、確かに良い子達だった。しかし、今の荒んだ鎮守府を作ったのもまた彼らが原因だからな。

 日向さんこそ言いにくい事を言う?

…まあな。そういう性分なのかもしれん。

 死も生も表裏一体。

 あいつらが歩んだ功も鏡の様なのかもしれないな…。

 

…手が動いてないが大丈夫か?私は一首できたぞ。

…聞かせてくれだと?仕方ないな。

 

先に行き

後に続くは

我が身かな

潮(うしお)の刹那よ

我が永遠

 

…どうだ?

 日向さんらしい?

 そうか。これと私達の首であいつらに少しでも手向け出来るだろう。

 

 え?そんな後ろ向きな事を言うな?自分達は生きて彼らの功績を伝えよう?

…そうなれば一番良いんだがな。

 

 

 

(どうしてこうなった…)

潮田渚は今まで無かった事態に困惑していた。

目の前にはこれから自分らが入る部屋がある。

その傍らには耳まで赤くなった茅野が自分の左腕に顔を埋めていた。

右隣にいる千葉くんと速水さん、左隣に居る杉野と神崎さんが各々の表情をしている。

千葉くんは囃し立てるような素振り。

速水さんはそれを咎めながら、僕たちを心配するような顔。

杉野は苦笑い。

神崎さんは何か安心したような顔であった。

「ちょっ、ちょっと茅野」

完全にどうすれば良いのか分からず、とりあえず離れてほしかったので声を掛けた。

「…カエデって呼んで」

だが、茅野は離れない。

「…へ?」

言ってる事が分からず、自分の眼が忙しなく動いたのが分かる。

「呼んで。そうしたら離れる」

か、母さん~と、父さん~。

人間追い詰められたら何にでもすがると言うが、まさか戦闘にもなってないのに自分の親を心の中で祈るとは思ってもみなかった。

なんでこうなったのか、30分前まで時計の針を巻き戻さなければいけない。

 

「という事で君たちにはこの防衛省海上女性職員集合施設の一員になる」

提督は明るい口調だったが、なにかのケリを付けるような口調で言った。

「住居は将来的に艦娘の住む場所を充てる。何、心配するな、今の艦娘が2倍以上にならない限り、退去とかはありえん」

自分たちの表情の含意を察した提督が一言付け加えた。一度定住を決めたらまた場所を変えるのは心理的に大きな煩わしさを感じさせる物である。

自衛隊というのは転勤の数々であるとは聞いたが、少なくともそういう状況に置かれたくなかったので僕は少しだけほっとした。

「で、基本は一人部屋なんだが、カップル向けの二人部屋もあるから、部屋は希望者優先な」

と提督は言った。

「…良いんですか軍隊で」

片岡さんが口を開く。

規律が厳しい軍隊では部隊内の恋愛はご法度だと思っていたけど…。

「神聖隊の例があるしな」

と素っ気なく言った。

…この僕たちに対する甘さはなんだろう。

徴兵されたという憐憫の情以外の何かを感じる。

「まあテーバイの神聖隊(ヒエロス・ロコス)は分かります」

世界史に詳しい磯貝くんが話に合わせる。

当惑が未だに拭えていないという調子だった。

「…」

その言葉に提督は顔を渋くさせる、端正な顔が意図的に崩したような顔は醜悪に写った。

その渋面を数秒で普通の顔に戻し、左右を見た。

「今更仕方ないでしょう。どうせ隠しても後でバレるだけですよ」

霧島さんがきっぱり言い切った。

「人の口に戸は立てられませんよ。お上にもバレてるんですからパーッと行くであります」

あきつ丸さんが両手を上げてジェスチャーをした。

「そうか…」

提督は一瞬観念したように目をつぶった。

「簡単に言うとな。とある事情でこいつら艦娘と俺は大半と肉体関係になった」

「………は?」

一同が驚きで眼を見開く。

吹き出している人さえ居た。

そんな反応を見て、うーんと唸る提督。

「不徳の致す所だ…。ぶっちゃけ俺が流されなければこんな事態にはならなかったんだがな…」

提督はそう言って首を振った。

「まあ、しょうがないですよ。ああしないと収まりが付きませんでしたし…」

大和さんが助け船を出す。

「ま、まあ嫁がこう言うし、話はここまでで…聞きたいことは後で俺に聞いてくれと言うことで…」

と、豪快に話をぶつ切りにした。

ここまで慌てる人だと思わなかった。

それだけ痛い所だったのかもしれない。

嫁発言もまあ気になるが、ここは提督の肩を持っておく事にする。

「まあ、そういう事で、提督の下半身事情は後で各自聞いてくれ」

ここに来て長門さんが咳払いしながら口を開いた。

少し顔を赤らめている。

(この人も提督に迫ったりしたんだろうか…)

みんなが意を同じくしたのを感じる。

「な、何だその顔は…。この長門、提督に天地神明手を出したりしない!」

(出したんだな)

(出したのよね)

「出したんでしょ。顔に書いてるよ」

みんなが表情だけの会話だったが、カルマが言葉で追い打ちをかける。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…」

(あ、顔が真っ赤だ)

長門さんの声は震えていた。

「長門、口ではこいつらに敵わないぞ」

提督が長門の肩にポンと肩を置く。

「という訳で」

どういう訳なんだろうと思いつつ、猫が暴れた後の様な状態のこの場を無理やり収めた。

「どうするんだ」

それは一種の熱狂を冷ますような冷却剤だった。

「僕たちは二人部屋を選びます」

気まずい沈黙を嫌い、いの一番に答えたのは我らがリーダー磯貝くんと片岡さんだ。

お~っ!とE組その他一同は言うが表情は変わらなかった。

「なら、こっちに来い。二人部屋には書いてもらう書類がある」

長門さんが平然とした顔を取り戻し、答えた。

「いいだろ?なっ」

磯貝くんは片岡さんの方を向いて言った。

「私が駄目だと言うとでも?」

それがこの二人の答えであり、全てだった。

「よし、磯貝が志望するなら俺たちも行くか」

磯貝くんの親友である前原くんが続いた。傍らに岡野さんが居る。

「別に良いけど、艦娘達にナンパするとかはやめてよね」

軟派な前原くんの悪癖を心配する発言が岡野さんから漏れる。

この二人の3年はきっとE組での1年と代わり映えがしなかったであろう。

「千葉!」

速水さんが千葉くんを呼んだ。

「よし行こう」

二人並んで歩いて行く。

一緒に隣同士で歩んでいく。ここまでの訓練で何かを掴んだのか。

「あいつらはヤるとか考えてなさそうなんだなー。なんというか自分達の目標の最適化の為に同居する感じ」

菅谷くんがそう言い、周囲の人が頷く。

ただ射撃を二人で高め合う。彼らの暗殺はまだ続いてる様に思えた。

そんな輪の内から外れた所に杉野と神崎さんは居た。

「神崎さん、一緒に住もう!」

「ええっ!」

技巧派の投手らしくない直球勝負で彼女の心を突き動かしていた。

「好きの前にゴメン。でもこの機会を逃しちゃうとしばらく告白も出来ないと思えてきて」

そう顔を真っ赤にして涙すら眼から溢れ出る。

E組卒業してから3年。彼女を想い、甲子園の栄冠まで背負った杉野は今まで告白を出来なかった鬱憤を晴らしていた。

「え、え…」

顔を真っ赤にさせしどろもどろになる神崎さん。

こんな神崎さんを見ることは貴重である。

「だから大好きだ!一緒に住んでくれ!神崎さん、いや、有希子!」

ひたすらに希うように、自分の胸の内をさらけ出す杉野。

ただひたすらに一途である。神崎さんの事をある意味では一切考えてない。

「…………」

神崎さんは無言になった。うろたえて真っ赤であった表情もいつもの様なおしとやかな表情に戻った。

「…はい」

「やったあ!」

杉野が喜びの声を上げた。

杉野の4年間の想いが結実した瞬間であった。

「おう!杉野!甲子園に出たのにまだ告白してなかったのか!」

提督が杉野に向けて声を掛けた。

その低く男らしい声は顔と不釣り合いながらも独特の美しさがあった。

「はい!本当感無量です!」

なんで杉野の秘めた思いまで知ってるのか。ビッチ先生にでも聞いたのであろうか。

「お前と野球の話をしたいと思ってたぞ」

そう言いながら提督はオーバースローのモーションを軽くした。

指が完全にある右手での力感のあるモーションだった。

「本当ですか!?」

そう言って涙の後だからか眼を光らせた。

さっきから杉野の顔色が目まぐるしく変わっている。

「なんか…。なんか杉野がさっきから楽しそうだな…」

寺坂君が呆れたような感心したような口調で話している。

「あはは…」

僕は苦笑いするしかなかった。

とその瞬間。片手をギュッと掴まれた。

「…?」

何事かと思い横を向く。

俯いた茅野が居た。

「どうしたの…?」

何故茅野が僕の片手を掴んでいるのか。

何故彼女が俯いたままなのか全く見当がつかなかった。

「私…」

くぐもった声で良く聞こえない。

「…?」

僕は意図が読めずに困惑していた。

そんな僕らを目ざとく、中村さんとカルマが近づいてきた。

「お~う王子様。ちょっとお姫様が求めてきてますぜ」

「おうおう渚く~ん。面白い事してるじゃないの」

この二人に悪魔の耳が見える。

そして王子様、お姫様という呼び名、まさか…。

「か、カルマ呼び名が昔に戻ってるよ!?」

「そんな事どうでもいいっしょ。それより茅野ちゃんが何か言いたがってるよ、聞いてあげなきゃ」

と言いつつもその悪魔の耳は消えない。

僕の予感は予知へと変わっていく。

とその時、俯いていた茅野の顔を真っ赤にさせながら僕の顔を直視した。

「な、渚と一緒に住みたいの!」

そう茅野は大きく言い切ったのである。

「えぇ~!?」

 

と、今に至るのであった。

…あの後大変だったなぁ。

クラス殆どの人から囃し立てられ、提督と艦娘さん達には祝福され、後に退けなくなるし、再度恥ずかしさが勇気より上回ったのか茅野は僕の腕から離れなくなるし。

解散。明日まで自由行動、となった。

というわけであった。

…でも今まで気づいてなかったんだな。

杉野と同じ、場合によっては相手にすがり付くような烈しい恋心に。

あの時のバレンタインチョコもその恋心を伏せて渡したのであろうか。

あれから3年。世界が変わり、色んな物が変わり、人は自らの種の存亡を求め戦いを続けても、変わらない変わるはずのない心。

そう思ったら自分が何をすれば良いのか、自ずと見えてきた。

「…とりあえず、中入ろっか」

それは部屋の中でしか出来ない事であった。

「…うん」

そう茅野は返答したのであった。

1LDK部屋の中は殺風景な程何もなかった。

辛うじて今日の寝床であるベッドがシーツの折り目正しく置いてあった。

「…」

ふぅぅぅぅ…。何をすれば良いのかわかったが少し緊張するな。

「…渚?…ンッ!?」

僕が喋らない事を不審に思った茅野の口を自分の唇で塞ぐ。

「!?!?!?」

声にならない叫びを上げる茅野。

その慌てをそのまま利用してベッドに押し倒す。

顔は自然と離れるが今度は自分の両手に組み敷かれる茅野が居た。

「な、渚…?」

怯えるような表情で僕を見つめる茅野。

「カエデ」

僕はそんな茅野を出来るだけ優しく声をかける。

「ありがとう」

茅野の顔が怯えの色が消えた。

「今まで気づかないでゴメン」

段々と顔が驚愕、感動と忙しなく動いていくのが分かる。

そんな表情にただ自分の内なる衝動をただひたすらにぶつけて行く。

「これから2年間、いやこれからの長い間になるかもしれない」

そう言って、茅野の第三種夏制服を脱がしていく。

「でも、この一夜は忘れない物にさせる」

僕らは暗殺者。

今日の標的は恋人。

「はうっ…」

恥ずかしさと歓喜で顔を真赤に染め、蛇に絡まった動物の様に身動き一つしない。

それをもう一度唇で魅了しながら、一つの木彫りの彫刻をゆっくり削るように茅野の服を脱がしていくのであった。

 

「あーっ」

少し肩を傾け、あくびをする。

昨日の疲れが取れない。

「おやおや女みたいな外見と思ったらなかなかヤるもので」

「ゆうべはおたのしみでしたね」

そんな僕を中村さんとカルマがいじってくる。

ここは鎮守府の一角である大会議室の一つであるA会議室である。

僕たちはその階段型の会議室で艦娘の到来を待ち受けていた。

今日は軽巡洋艦と駆逐艦との顔合わせであった。軽巡洋艦娘と駆逐艦娘は航空戦艦の伊勢さんと日向さん、扶桑さん、山城さんが連れてくるそうだ。

これを経て、正式に彼女らとの「教師」と「生徒」の生活が始まる。

「まさか、渚が童貞脱出するとはなー」

寺坂くんがそこに加わってくる。

僕は昨日しでかした自分自身の大きな行為に自分をただただ穴に入って恥ずかしさから回避したかった。でも男と言われて悪い気分はしないのも確かであった。

…そして後悔していないのも。

「そーいう寺坂は童貞卒業したのかよ?」

カルマが絡んできた寺坂くんにもちょっかいを出していく。

「そうよ。じゃいあんとぶたごりらだからどうせモテナイんでしょ」

わかばパークの時のあだ名、懐かしい…。

「ば、馬鹿野郎、俺だってそのくらい…」

と狼狽えながら、寺坂くんはいつもの寺坂組の方に視線を移していた。その中には紅一点である狭間さんが居た。彼女の眼が一瞬ギョッと見開き、急にモジモジし始めた。見たことのない顔であった。

「「「え゛」」」

僕を含め、カルマと中村さんも驚愕の声を出した。

その声はその他の同棲していた人たちを弄っていた他のE組の皆にまで届いた。

みんなの興味は今、寺坂くんに向けられた。

(平和だなぁ…)

絶滅戦争をやってるとは思えないし、自衛隊に入ってるとも思えない。

上官が一切居ないこの広い会議室でE組達は気が緩み切っていた。

兵として前線が無いと知ったからであろうか。

とその時、

兵隊ラッパの音が鳴り響いた。

「な、なんだ!?」

三村くんが叫ぶ。

そのラッパの音の出どころは通常の人では立てるはずではない、錐台型に切り取られた窓の切り込みである。

だが、僕たちは知識にはある知識が過ぎっていた。

「妖精か…」

鎮守府には提督と艦娘以外に人間は医者とカウンセラーと先生以外居ない。

艦娘を保守点検するのは人間では無いのだ。

…一年半前、艦娘と一緒に発見された物がある。

「どうやら…水雷戦隊のお出ましみたいだね」

カルマが冷静に周りを見回して一言言った。

妖精。

妖精には装備妖精と工廠妖精と庶務を司る庶務部隊。

今音楽を鳴らしてるのは庶務妖精の中で音楽隊担当であろう。

いつの間にか、会議室外周に一周水雷戦隊が一帯を包囲していた。

僕らから見て右側の会議室の入り口から伊勢さんと日向さん、左側の入り口には扶桑さんと山城さんが駆逐艦の最後列から会議室の最先端に小走りで入ってきた。

「気をつけー!」

会議室の最先端に着いた日向さんが大音声を上げる。

それと同時に一斉に水雷戦隊がこっちに向いた。

水雷戦隊は極めて無表情に徹しているらしく、ここからでは表情が読み取れなかった。

伊勢さんは沈黙を待たずにカツカツと僕たちの方へ歩いてきた。

そして列の一番前に居た僕の前に立ち、

「油断しすぎっ!」

とポケットから扇を取り出し、僕の頭を軽く叩いたのであった。

 

それより後は和気藹々と進んだ。

僕には軽巡洋艦の由良さんという神崎さん並におしとやかで気品のある子の担当になった。

駆逐艦はくじ引きで決まった吹雪ちゃんと霞ちゃんと望月ちゃんになった。

吹雪ちゃんは元気のある子で、「最初の艦娘」でもある。

霞ちゃんは気の強そうな子だ。

望月ちゃんは少し気だるそうな子であった。寝不足そうに見える。

「よろしくお願いします」

由良さんの挨拶で駆逐艦の三人が続けて

「よろしくお願いします!」

「お願いします」

「ふわぁ…。よろしくお願いします…」

三者三様の挨拶の仕方をした。望月ちゃんはやはり眠気をこらえきれなかったのか、あくびをした。

「コラッ!望月ちゃん、また徹夜でゲームしてたでしょ」

その態度を由良さんが咎める。

「ゆ、由良さんすいません、で、でもさっきの行進こなしたじゃないですか!」

事前に分からない彼女たちのパーソナリティの部分がわかって行く。

なるほど、ゲームが好きなのか。

「望月ちゃんはゲーム好きなんだな…。メモメモ」

「先生、何してるんですか?」

吹雪ちゃんが声を掛けた。

「これは備忘録みたいな物だね。少しでもみんなの役に立ちたいから…」

少し恥ずかしいが、これもいい先生になるための一歩だと思って書く。

「わぁ!良いですね!私も一杯メモしてもらうと嬉しいです!」

嬉しそうに手を合わせる吹雪ちゃん。

その満面の笑みはこっちまで笑みにさせられるような顔であった。

「全く、バカみたい。そんな事で喜ぶなんて吹雪もまだまだおこちゃまね」

そんな吹雪ちゃんを霞ちゃんは否定していく。

「う゛っ、そんな事言わないでよ、霞ちゃん~」

そう言って霞ちゃんに抱きつく吹雪ちゃん。

その両目には滂沱の涙が流れているが、あまり罪悪感を抱かない涙であった。

吹雪ちゃんは感情が極まると相手に抱きつく…メモメモ。

「…吹雪、今のも渚先生のメモにされてるわよ」

そう言って霞ちゃんはこちらへ指を指す。

「そんなぁ、恥ずかしい事を書くのはやっぱりダメです!」

そう言って僕の胸にやっぱり抱きつく。

うぉ、柔らかい。

昨日の茅野も充分柔らかったが、この娘でも柔らかい。

「あはは…仮にも男と女だからやめようか」

でも、自分でも驚くほどドギマギしない。それ以上を知ったからであろうか。

「ああっ、ごめんなさいごめんなさい」

吹雪ちゃんはその一言で即離れていく。この娘は提督の毒牙にかかってないのだろうか。

顔を赤くし、表情は焦りの表情だった。

「全く忙しない娘ね」

霞ちゃんは呆れたように両手を上げるジェスチャーをする。

吹雪ちゃんの方が年上なのになんか霞ちゃんの方が年上のような気がしてくる。

「吹雪ちゃんは元気な娘だけど、少し、こう、一直線な所が…」

由良さんは望月ちゃんへの説教を終えて、会話に入ってきた。

筍のような形の良く分からないジェスチャーをしている。一直線のジェスチャーならもっといい形あると思うんだけど…。

真面目で落ち着いた娘だと思ったが存外天然である。

「その良くわかんないジェスチャーなんなんすか?」

望月ちゃんはそんな由良さんにツッコミを入れてる。

「あーもう締まらないわね!」

霞ちゃんが明らかにイラついていた。

うーん気が強く性急な性格か。ここでメモらずに後でメモろう。

「霞ちゃん、そうカリカリしちゃだめよ。そういうのは勝機を逃す原因になるから、ね!」

多分イライラの一因は由良さんにあるんじゃないかな…とそういうツッコミをしそうだったが、それは喉に辛うじて飲み込んだ。

「まあ、明日から頑張っていこう!エイエイオー!」

とりあえず、この場を収める方便として鬨の声を上げる。

「「「「おー!」」」」

 

「という感じだったんだ」

「ふーんそうなんだ」

と僕と杉野はキャッチボールをしながら、話していた。

ここは鎮守府の野球場だそうだ。

かなり本格的な作りである。

左翼側のフィールド側が若干狭く、建物を避けた外野はフェンスがカクカクとした作りが特徴的だ。

フェンスは濃紺の色が落ち着いてる感じがする。

そしてフィールドの内野は土、外野は人工芝であった。

「そっちは?」

「俺は阿武隈さんって人と菊月さんと綾波さんと天津風さんの4人だったけど、びっくりしたのは天津風ちゃんの服!あれ透けてるんだぜ!?」

「えーっ、マジー!?」

取り留めのない事を喋りながらキャッチボールを続けている。

この3年で杉野はかなりの成長を見せて145キロを投げる事が出来る。

武器の変化球も冴えを見せている。

甲子園も選抜で出たし、友達とは言え正直僕なんかがキャッチボールして良いのかと思ったが、僕を選んでくれて面映かった。

何故僕らがこんな良い球場でキャッチボールしてるかというと、顔合わせの最後に伊勢さんから、

「杉野くんは終わったら野球場に来るように」

と言われたのであった。

「しかし、良い球場だな~どこからお金取ってきたんだ~」

防衛費に併せてこういうのに金かけてたんだ…と思うとゾッとしないが、確か入り口の所に諸企業の寄付のおかげですと言う定礎があったような気がする。

「でもなんかカクカクしてるね」

「海の向こうのMLBだと、こんな球場あるって聞くぜ」

「そのとーり!」

「伊勢さん、日向さん!」

「複雑な形をした外野ならAT&Tパークやファンウェイ・パーク、ペトコ・パークなどが複雑よ」

二人はユニフォーム姿で現れた。

色は白を基調にしたユニフォームで青のアクセントが印象的である。

胸にbulesoldiers(ブルーソルジャーズ)とプリントされていた。

日向さんはキャッチャーマスクと防具を装備する。

「そうなんで「やっぱり伊勢さんも日向さんも野球するんですか!」

うわっ、杉野、野球小僧の押しが強い!

「そうよ~。戦艦の艦娘になると艤装の力に耐えられるようになるから、並の男より力があるわよ。そう習ったでしょ?」

そう言って手慰みの様にボールを回転させながらお手玉する伊勢さん。

確か、戦艦空母がかなり鍛えた男の人レベル、重巡洋艦と軽空母は鍛えた男の人レベル、水上機母艦や軽巡洋艦、潜水艦は成人男性レベル、駆逐艦は男子高校生レベルが最低だそうだ。

鍛えれば鍛える程、上も鍛えた男性の力はやすやすと超えるらしく、筋肉で出来てるサイボーグだなぁと改めて思う。

「本当っすか~?150km/hとか出しちゃうんすか~?」

杉野はそんな伊勢を煽っていく。

(…まあ自分の専売特許みたいな物だしな)

自分より力がある女性がイメージ出来ないんだろうな…

…僕はイメージ出来るけど。

「私はアンダースローだから140くらいだけどね!」

確か、アンダースローってオーバースローより球速が出ないんだっけ…。

僕は杉野の影響で野球見るけど、そこまで知識がある訳ではない。だが、彼女の球速は並外れて速い事は分かった。

「マジっすか…本当男並みだぁ…」

僕の心中と同じ反応をする杉野。

自分を超えるその能力の高さにすっかり感じ入ってしまった。

だが、次の言葉で自分の世界が揺れたのを感じた。

「ふふん。艦娘になったんだからそれくらい楽しまないと」

楽しむ?

命がけなのに?

自分の意志で戦ってるとは言えないのに?

「…どうしたんだ」

「日向?」

そんな僕の動揺を見抜いたのか。日向さんがここに来て初めて口を開いた。

対照的に伊勢さんは何が起きてるのかさえわかってない。

「…なんでそんなに明るいんですか」

…僕は口を開いた。その口は鉛の様に重い。

「ちょ、渚」

杉野が止めようとしたが、僕は意に介さなかった。

「もっと艦娘になるってもっと苦しいものだと…」

と思っている引っ掛かりをそう伝えた。

それを聞いた伊勢さんと日向さんは少しだけ見合って、こう言った。

「…私は以前ソフトボールの選手だった」

伊勢さんが語り始めた。

「…」

「でも全身を痛めて大学卒業とともに引退したわ」

艦娘の生態を知るという駐屯地の座学で知ったが、それらの怪我はたちまち治るという話だ。植物人間すら治癒させるという生命力の強さが艦娘には与えられるという事であった。

「私はボルダリングの選手だった」

だが、艦娘達自身でその事をどう思ってるのかは聞いてこなかった。まあ出会ったのは昨日の今日であったが。

「競技中の事故で歩くのを危惧されるほどの重症を負った」

続いて日向さんが語り始めた。

「…」

ここまで二人の独白が続く。

それは艦娘である前の彼女らの苦難の人生がそこにはあった。

「他にも競技自転車で自動車事故に遭って車椅子だった娘もいたわ、修学旅行のスキーで雪崩に巻き込まれて植物人間が艦娘になって回復した例もあるわ」

「それは習ったことあります。強制的に健常者を作るという艦を動かすという意思に働いてるのでは無いかという事でした」

「だから、私は艦娘になった」

日向さんはそう強く言い切った。

「「!」」

僕ら二人はその力強さに言葉を失う。

「自分の身体の時が止まる事になったとしてもだ」

艦娘の特異的な特徴の2つ目。

艦娘になった者は肉体成長が一部を除いて止まる。

要するに歳をとらないのだ。

完全に歳を取らないという事ではないらしいが、とにかく成長のスピードが0にかなり近くなるそうである。

しかし、とある改装をすると成長が見込めるらしく、まだ艦娘の身体の構造には謎が多いとの事だ。

「…そこまでして健康な身体を取り戻したかったんですね」

杉野が初めて口を開いた。

苦々しさを多分に含んだ言葉であった。

肩を痛めた事は杉野の経験にはなかった。

高校三年間は健康に過ごしたと、傍目から見て思った。

「まあ、そうなるな」

日向さんは素っ気なく言う。

「これからどうなるか分からない。でも痛みと決別した自分を親に見せたくて艦娘になった姿の写真を親に送ったわ」

伊勢さんもまた素っ気ない。だが、その一言は情念を限りなく抑えたものであった。

「「「「…」」」」

―艦娘になるだけでも一人一つの物語がある。

そんな言葉が浮かんだ。

…ん、四人?

「ってなんで提督と守高さんが渚くんと杉野くんに混じってるんですか」

「うわっ」

伊勢さんの一言で僕らは飛び退く。

話にいつの間にか混じっている提督と山口海将補が居た。

「いや、四人がどんな話するのかなーって」

「まあそういう事だな。したら結構真面目な話をし始めて声をかけるのも…と思って」

よく見たら提督と山口海将補は赤とオレンジのユニフォーム姿であり、そのユニフォームにはRed Oceans(レッドオーシャンズ)とプリントされていた。そして山口海将補は捕手の防具を着用していた。

「提督と山口海将補、バッテリーだったんですか!野球、野球しましょう!」

す、杉野、野球に関する事の切り替わりが早い!

「防衛大学校を神奈川大学野球連盟の1部に導いたのは俺たちだぜ?」

山口海将補がおどけるように言った。

「防衛大学校に宇田川と山口あり、と言われて大学日本代表まで誘われたけど、本職はあくまで自衛官だし、校友会はあくまで自衛官生活のおまけみたいな物だったから、辞退したんだけどな」

宇田川提督が補足の様に付け足す。

「へ~そうなんですか」

大学日本代表。そうならば、かなりの実力を持っているだろう。

「全く…。そんなおふざけしてて良いんですかー?ヤンキースがコケてる間にナショナルズは今年こそワールドシリーズ制覇しちゃいますよー」

「ダスティ・ベイカーに期待しすぎだろ。オールドスクール派だからコケる可能性もあるだろ。それよりKTウィズが色々とやばい。飲酒運転!名誉毀損!ちんちん擦りって事でぇ…」

て、提督がすごいフランクに話してる。上司と部下という枠を限界突破してる…。ちんちん擦りって…。

そして何言ってるのか分かんない…。単語が右から左に流れていく。

「何を~!ま、ユ・ハンジュン大先生が全部なんとかしてくれるから…。ね、日向!」

「すまんが韓国の野球まで追っかけるのは私には分からない。せいぜいMLBまでにしてくれ」

か、韓国の野球の話をしてるのか…。

「なんだよー日向、つれないな」

山口海将補がぽんぽんと日向さんの肩を叩く。身長は日向さんや伊勢さんより気持ち小さいくらいだ。

「…で、MLBで一番期待しているプロスペクトは?」

Prospect…?予想、見通し、前途、展望。単語の意味は今ひとつ野球に繋がらない。

優勝チームの事かと思ったがそれだったら聞き方は変である。

(渚…プロスペクトは有望な若手の事だ)

(なるほど。有望な【若手】って事ね)

(MLBは優秀な若手は順位付けする傾向があるんだ)

(という事は杉野あの4人の言ってる事わかるの?)

(わかんないよ!基本野球部は暇あれば練習だから、徴兵されてた時の方が心にゆとりが持てたくらいだよ!)

(えぇ…)

そう小声で言い合ってる間に日向さんが答えた。

最早話がディープ過ぎて僕も杉野の手にも届かない所に居る。

「…リース・マクガイア」

「かーっ、捕手らしい上に渋いなー。もっと信悟らしくゲーリー・サンチェスとかよー」

「私なぞは守備職人で充分だ」

「そういう所あるよねー日向。日向も打って守れる捕手なのに」

「…こいつ日本のOBだと、土井淳とか好きそう」

「…好きだが」

「かーっもう、かーっ」

小気味よく交わされていくいろんな選手の名前。

それを上手く咀嚼出来ずに僕らはただ途方に暮れていた。

僕らには知らない野球の世界があるんだなぁ…

よりによって自衛隊で思い知るとは…。

とそんな様子を見て、途中から話に加わってなかった提督が話に夢中になってる3人の肩を叩く。一斉に首がこちら方向に向く。そして、山口海将補が謝りだす。

「すまん!こうやってスポーツの事を忌憚なく話せる人がこいつらしか居なくて」

「だよねぇ…。日本人野球と言ったら甲子園!NPB!って感じで…」

「ヨーロッパ、アフリカ、アジア、南米の野球って話が出来るのは、俺達が色々と布教した艦娘達しか話せなくて」

この人達、まだ底を見せてなかったのか…。

もっと深い、海溝並に深い野球の世界がある…!

「山口海将補、これでサッカーと相撲も見てるし、アニメとかも好きなんだよね。どこにそんな時間あるの?」

伊勢さんは訝しむ。

「こらこら。二人共これ以上は、潮田も杉野も置いてけぼりにするからやめとけ」

提督がまた仲裁する。この冷静さが艦娘達を率いて連戦連勝を産み出した原動力なんだろうか。日向さんはバツが悪そうに目をつむってる。

「そう言えば提督、伊勢さん、ここで待ってろっていうのはやはり野球の事なんですか?」

杉野がやっと自我を取り戻し、提督と伊勢さんに聞いた。

「そうだったそうだった」

そう思い出したように提督は言うと提督は後ろに置いていた鞄から、赤とオレンジのユニフォームを出してきた。

レッドオーシャンズの物である。

「俺の分ですか?」

「そうだ。制服の採寸と同じだからぴったりのハズだ。そして杉野!お前に一つ課題を与える!お前は次の日曜日に水雷戦隊のチームの一員として試合に出ろ、そしてヒット一本を打て!」

提督は指指して大きな声で言った。

「唐突だなぁ…」

杉野は頭を掻く。

坊主頭の髪が益々青く見えた。

「何、艦娘達の野球の実力は凄いぞ、俺はプロと対戦しても引けを取らないと思う」

気づけば、杉野と提督は対等な目線で話している。

提督の凄さの片鱗を見ている気分だ。

「なるほど、それで、なんで打者なんです?俺は投手ですけど…」

「ん?それは俺が久しぶりに先発するからだ」

「えぇぇぇ!?経験積ますんじゃないの!?」

思わず僕がツッコミの叫び声をあげる。

やっぱりこの人性根が子供のままなのかもしれない。

「あ、渚。お前はとりあえず、筋トレの為の体質改善な」

あ、はい。

 

 

 

 

 

 

そして日曜日になった。

「って明後日じゃないですか!」

「そういう訳だ。しばらく投げてないのに、肩作ってる暇なんかなかっただろ?」

「一応キャッチボールぐらいはしましたけど、実戦守備はしていませんから、守備は本当わかんないっすよ」

そう杉野は提督に言う。

「大丈夫、この球場レフトが狭いので守る範囲もあんまり広くないぞ」

そう言ってレフトの方を見渡す。

曲線定規にチョークを引かれたようなフェンスが印象的である。

普通の球場に通常ある広告が無いのに違和感があった。

グラウンドには審判4人が立っている鎮守府に珍しい男の人だ。

「あの人達は鎮守府を守備してくれる隊員の人達だ」

年齢も提督より同じ、またはそれより上くらいだろうか。

審判という裏方仕事なのに嫌な顔ひとつしていない。

「そろそろ始めましょうか!」

提督が大声で審判達を促す。

「さーて、皆整列!」

「はい!」

艦娘達は声を各々出し、ベンチから飛び出す。

(しかし…こっちは水雷戦隊とは聞いたが…)

杉野友人は中学3年生より10cm身長は大きくなった。183cm。野球選手としては平均的な体躯である。

…それでも顔を少し見上げる。

(向こうは最終兵器ですか)

大日本帝国海軍の切り札、連合艦隊旗艦。

その象徴たる艦娘、大和。

(そして、彼女が艦娘の大エースか)

大谷翔平もかくもあらん。

アメリカとの通信がいつ途絶するか分からない中、MLBを目指す若武者を、この女性はオーバーラップさせる。

まあ高校レベルなら…と思うがプロにも引けがとらないと言うのならば、その大きな体で打つ、投げる、守るをハイレベルにこなすという事だ。

「おねがいします!」

「おねがいしまーす!」

試合が始まった。

 

「さーて艦娘たちの球場、フリートガール・フィールドで行われるレッドオーシャンズとブルーソルジャーズの試合!」

明石さんが外野席の右翼側にある放送席でマイクを携えて放送を始める。

何故か僕と茅野と神崎さんが明石さんと大淀さんの隣に座らされていた。

周りには艦娘達とE組の一同が密集して座っている。

真反対には米軍の艦娘らしい見た目の女の人が二人居る。

ただ「らしい」なので一応確認する。

「あの…そこに居る艦娘さんは…」

「ああ、そちらにいらっしゃるのは…」

「そんな敬語なんてNo!No!No!」

ブロンドヘアーでグレーのボディスーツを着た娘というには少し年をとっている彼女は口を開いた。

「私はアイオワ型戦艦の一番艦、アイオワよ!こっちはレキシントン級空母2番艦のサラトガ」

そう言って隣の赤みがかかった茶色の髪の女性を指差し紹介した。

「Hi!レキシントン級空母の2番艦のサラトガよ」

白のロングワンピースを着た美女は明るく言った。

(艦娘さんは本当にキレイだなぁ)

「まあ軍人だけど、そんなformal過ぎなくて良いのよ?Ms.大淀」

「いえいえ、いかなる人物に敬意を怠るなは祖父のありがたいお言葉でして…」

そう、さらに言葉をうやうやしくする大淀さん。

もし立っているならば、屈んで礼でもしそうだった。

「まかり間違って我が自衛隊のその他諸々を世話してくれた同盟相手に失礼なふるまいできない、ですよね?」

そう言って、僕らの方を向いた。

そこには大淀さんが僕らに「失礼な態度を取らないように!」という心の声で警告しているのがわかる。

「Hu~n、まあ、色々とあるのね」

アイオワさんはその大淀さんの声を敏感につかんだのか、明るい声色を潜めた。

「それで、アメリカの艦娘さんがどの様なご用件ですか?」

茅野が口を開いた、僕らの気持ちを代弁したものだった。

「Ah-,それはこの娘の着任挨拶よ」

そう言って後ろの方を向き、手のひらを上に向けてスタンドに居た一人の艦娘を呼んだ。

「私はオーストラリア海軍の艦娘、Perth級軽巡洋艦Perthです。以後よろしくお願いします」

オーストラリア…。

そう聞いて少し心ざわめいた。

―現在、オーストラリアは深海棲艦の攻撃を受けて、国家としての機能を喪い、日本に亡命政府を保つのみであった。

「インドのオーストラリア難民の中に適合者が見つかったのよ」

アイオワさんは極力感情を抑えた口調で言う。

約1年半前、ハワイで発生した深海棲艦は大きく2つの集まりに分かれた。

アメリカ西海岸を襲い、アメリカ軍の目線を引きつける役目。

そして主目的が多数の軍艦が沈んだソロモン海と珊瑚海の確保とオセアニア世界の占領だった。

それを防ぐ為、国連の連合軍は珊瑚海に布陣して迎え撃った。

―艦娘が見つかるニヶ月前の話である。

…結果として国連の連合軍は大敗を喫した。それが結果としてあの3人の階級の昇格を早め、提督にとってはあの日の遭遇に至ったのだから分からないものである。

そして、国連が大敗したことによって、オセアニアの大国、オーストラリアの運命は風前の灯になったのであった。

「オーストラリアのRecapture(奪還)の為に、一意専心で参りたいと存じます」

「…難しい日本語を使われますね」

神崎さんが反応する。

「…私に日本語を教えてくれた方が、様々な事を教えてくれました」

その後、オーストラリアは阿鼻叫喚、地獄の様相だったと聞く。

まず飛行機で政治家と学者と富裕層が待機していた飛行機で脱出。

中間層が可能な限り、船でインドに向けて脱出。

…そして貧困層と覚悟をした者はオーストラリア大陸に置き去りであった。

「大学の准教授でDepartment of Biology(生物学)を教えているとか…。ここに来たのもインドで実地調査してるとか…」

そういう事であるから、彼女は少なくとも中間層以上の人であることがわかる。深海棲艦はオーストラリア占領を優先して、逃げる船や飛行機の攻撃をしなかった為、生きながらえた命であることが分かる。

…ちなみにその様な脱出行を成功させたのはオーストラリアとニュージーランドだけであり、パプアニューギニアやフィジー、インドネシアなどは住民の壊滅という結果になってしまった。

「ちょっと待った!」

大淀さんが声をあげた。明石さんと大淀さんが「んなバカな」という表情をしている。

「それって、宇田川って名乗っていなかった?」

「…えっ」

僕らは声を出す。提督の苗字だった。

「Ah-,もしかしたらと思い、Business cardなら持ってきています」

本当に流暢な喋り方をする。そう思いながら、パースさんが差し出した名刺を見る。

「立教大学理学部生命理学科准教授、宇田川信理」

「やっぱり…」

明石さんが口を開いた。明石さんと大淀さんはその手の中にある名刺に目が釘付けであった。

「この人、提督の父親なんですか?」

僕は質問した。

「そうです。義絶状態とは聞いてましたが…」

大淀さんは声を震わせながら言った。何か、敬愛する上司が義絶された、だけではこの反応は不可解だ。驚愕というか恐れているというか。

「なんでそんなに恐れているんですか?」

「ギゼツ?ギゼツとはなんですか?」

僕の言葉をパースさんの言葉が遮った。

「義絶とは、Familyのrelationshipをvanishする事ですよ」

サラトガさんが説明する。

「良い説明ですね。東アジア的な観念を上手く説明できてます」

大淀さんはいつもの調子に戻っていた。

「東アジアの家族主義は西洋じゃわかりづらいですしねぇ」

明石さんも同じくいつもの調子に戻っていた。

「…」

こういう時、穏やかな性格で殺せんせーとかのツッコミをしてこなかった茅野や神崎さんだと弱い。

なにか落ち着かなさを抱えながらも追求はしない。

「今の反応なんだったんですか?マトモな反応じゃなかったですよ?」

僕は口を開く。

「それは…」

大淀さんも明石さんも目を逸らす。

そして周りの艦娘やE組が一斉に僕の方を見ていることに気づいた。

(…?)

なんだ、と思った瞬間にドーンと解説席の日除けの屋根にボールが飛び跳ねた。

 

「大鳳、先頭打者ホームラン!」

「ワァー!」

艦娘達やE組も歓声を上げた。そういえば大淀さんと明石さんはこの試合の実況をするんだったな、完全に違うことに気を取られていた。

バックスクリーンの部分でカメラを回している青葉さんから通信が入った。

「一球目のホームランですよー!」

「ブルーソルジャーズの大鳳選手!なんと宇田川提督の初球を打って右翼中段へのホームランです!」

大鳳さんは自分の放ったホームランを信じられない顔をしてライトスタンドを眺めていたが、やがて受け入れたのか回り始めた。

 

…時は少し遡る。

1番バッター、先頭打者として左打席に入った大鳳は悩みの底に居た。

(提督)

愛しい提督。

人生生まれてはじめてここまで好きになった人は初めてだった。

この鎮守府に来て3週間経っても変わらない。

…その愛がすぐ届くものであり、一生届かない物だとも知った。

(そんな提督の前に私はどういう顔をして打席に立てば良いの?)

…ソフトボールは小さい時からしていた。一時それで食べていこうと思ったこともある。だが、私は農業の道を志した。

…自分の生きた轍が走馬灯の様に見えてくる。

(私は…)

あの人と戦う決心がまだつかない。

 

「…」

山口守高は真に傑物たる捕手であった。

肩力、ブロッキング、リードを支える思考、バッティング。

そして観察眼。

彼はプロでも一流の成績を納め得る野球選手であった。

そんな彼がなぜ海将補の地位を得たのか、それは彼の人生の難解なところであったが、今はこの観察眼は対人関係に活かされており、彼の働き無しには鎮守府は成り立っていないのであるが、今回はその本来の捕手としての役割に活かされている。

(完全にルーティーンが乱れてる、心ここにあらずって感じだな)

そう大鳳の構えを評した。

(ソフトボールは垂直へ落ちる球は無かったはず)

(ボールになるフォークで行くぞ)

大学時代から今に至るまでの相棒であり、上司でもある宇田川にサインを出す。

宇田川は首を振る。

大きく振りかぶり始めた。

(よし、決まる)

第六感がそう告げていた。

夏の甲子園をベスト4、防衛大学校野球部を神奈川大学野球連盟一部まで連れて行った捕手だけが得られる物であった。

と、同時にふと思いついた。

(なんで監督の金剛はこんな状態の大鳳を1番センターに置いたんだ…)

と思った瞬間に今までの第六感が違うものへと塗りつぶされていく事が分かる。

金剛はそんな事とっくに見破っている。

(ヤバい)

ボールは120km/h台のスピードで抜ける回転をしながら手元の少し前で落ちる。

バットがそのタイミングに合わせて地面に激突する下から上に出ている。

かなり低い球を打ちに行く為、左膝が地面に着くか否かと言うほどにまで曲がっていく。

パーン!

軟式野球かと思うほどミートの時間が長かった。こういう場合、回転が死んでしまい遠くに翔んでいかない場合が多い、だが、彼女の打球は違った。

腕の力だけでライナーに持っていく。

艦娘の、人の形をしながらも船の力をもつ娘の有り余るパワーがここで爆発する。

ライトスタンドへと一直線に打球は消えていった。

 

「入った…」

なんで、わたしあんなボールを…。

ライトスタンドに消えていったボールが何か夢の様に見えてくる

自分の本能が、感覚が、自分を自分で信じられない。

愛する人を……打った。

「ヘーイ!大鳳!」

…?ベンチに居る金剛さんの声だ。

ブルーソルジャーズの監督、金剛さん。いつもはプレイングマネージャーらしい。

といってもチームの分け方はその試合毎にかわるらしいけれど。

「ナイスLOVEデース!」

そう言ってサムズアップした。

「…?」

良く分からないが、自分の揺れてた感情が収まったような感覚がする。

これが愛なのか…?今まで金剛さんの心中を聞く余裕が無かった。でも今なら聞けるかもしれない。金剛さんはナンバー2なのだから。

 

レフトに居た杉野は大鳳のホームランの一部始終を目撃していた。

(あれが、艦娘)

すごいパワーだ。体勢が崩れてでも無理やりバッティングフォームのスムーズさと力で持ち込む。

提督も長らく野球をしてなかったとは思えないフォークボールのキレだった。

(…これから野球に触れない時があるかもしれないから提督から色々と聞いとくべきかもな)

ただでさえ野球は4ヶ月ぶりくらいだ。

野球場に居る楽しみを謳歌しながら、この試合の後のことを考えるのもまた一興。

(…ヒットを打つという課題が課されてなきゃな~。最低限のスペックだけ聞かされてるけど…。プロでも居ないよ。あんな選手)

そう思い、ライト側に居る神崎さんの顔が見たくなる。

横目で見ようとするが見えない。

そう感じてる内に次の打者への投球を提督が始めようとしていた。

(おし、集中集中)

「ドンマイ!ドンマイ!元気だしてこー!」

そうやって外野から声を出すのであった。

 

「Oh!大鳳すごいですネ~。あの球をすくい上げてホームランにするトハ」

アイオワさんは感服しきった様子で大鳳さんがダイヤモンドを回るのを見ていた。

「…でも、MeならもっとExcitingなPlayが出来るネー」

そう言ってるアイオワさんは子供のような目をしていた。

「うふふ。アイオワはまだまだ子供ですね」

サラトガさんは対照的に大人の雰囲気を崩さない。

日本語もアイオワさんより上手のようだ。

(みんなのお姉さんみたいだな)

「…」

そう思っていたら、茅野が指でつついてきた。

「どうしたの」

「大人っぽい女の人が好きなの…?」

あっ。

「いやっ、そんな訳じゃなくて…」

慌てて弁明しようとするが、上手い返しが思いつかない。

…確かに見惚れてたのは事実であるから。

「カエデちゃん…」

「あらあら~」

「あらまぁ」

「oh…」

「ah~、彼女はJealousy、つまりヤキモチをやいておられるので?」

五者五様の反応が帰ってきた。

サラトガさんが悪戯っぽく笑いながら言う。それは自分の鈍感さを呪いたくなるものであった。

「かもしれませんね。渚と一緒になれたのも一週間も経ってないですし、得れた物を喪うのが怖くて」

茅野はそれに動揺せずに淀みなく答えた。

「…」

僕はそのひたむきな様を見て、彼女を幸せにしたい、そう思えた。

「あかり」

本名を呼ぶ、茅野が耳まで真っ赤になった。

―ずっと僕のことを見守ってくれてたんだね。

その感謝を僕はまだ伝えきれてなかったのかもしれない。

(そうイエバ、なんで彼女は名簿にPseudonym(偽名)があったんでス?Stage name(芸名)の事は書かれてましたガ…)

アイオワさんが耳打ちで大淀さんに話しかけている。

(まあ、色々とあったんですよ)

大淀さんがものすごく雑に片付けてる。

そう言えば、米軍にはE組の事をどの辺りまで話してるんだろうなぁと思いつつも…

僕は茅野の手を取った。

「ちょ…渚、みんな見てるから」

茅野が精一杯の抵抗を見せる。

でも僕は意に介さない。

僕は茅野の手にキスをした。

更に真っ赤になる茅野を、僕はそれを喜ばしいと思う。

「「「「「わ~」」」」」

「あらまあ男の子ですね」

「でもmuscleの量は少ないけどネ」

「羨ましいです」

「なぁに、これから思い出を作っていけばいいんですよ。神崎さん」

なんか周りがうるさい…。

「さてラブラブになってるカップルは置いておいて、一回の表は2番古鷹がフルカウントです」

明石さんが気を取り直して、という感覚実況を始める。

「試合見よう」

「う、うん…」

赤くなった茅野を一通り味わった後に促す。

茅野との野球は高3の時に杉野の春のセンバツに見に行った時以来である。…野球は良いものである。一体一の真剣勝負。鮮やかなる走塁や守備。一球一球の全力プレー。

杉野に釣られて見てるけど、筆舌に尽くしがたい物がある。

「さて6球目、提督投げました。高速シンカーが内角に決まる!」

「古鷹、ここはあえなくボテボテのショートゴロ!」

「ショートの初雪が華麗にさばいてワンアウト」

次は…誰だっけ?

流石に球場にはスコアボードは無いので、みんなには事前に配られた紙にスタメンが印刷されていた。

 

ブルーソルジャーズ

 

1中大鳳(右投左打)

2遊古鷹(右投右打)

3一赤城(左投左打)

4投大和(右投右打)

5三加賀(右投右打)

6右千歳(右投両打)

7左千代田(右投右打)

8捕秋津洲(右投右打)

9二加古(右投右打)

 

レッドオーシャンズ

1右川内(右投左打)

2二深雪(右投右打)

3捕山口(右投左打)

4投宇田川(右投右打)

5一吹雪(右投右打)

6中那珂(左投左打)

7三白雪(右投右打)

8左杉野(右投右打)

9遊初雪(右投左打)

 

次は赤城さんか…。

体格も艦娘の中でもしっかりしてる方だ。と言っても体格は中学生時代の茅野と同じくらいであった大鳳さんがあのパワー見せたし体格は当てにならない。というかあの体格であのパワー出せるなら更に上背がある赤城さんだとどうなるか。

「…!」

と思ったら2球で終わった。高速シンカーによるサードゴロ。

赤城さんは悔しそうに天を仰ぎながら、ゆっくりと左打席から一塁に向かっていった。

そんな赤城さんの姿を何も感慨も無く、提督は眺めていた。

「なんか、淡々としていますね…」

「あれが淡々として見えますカー?」

と同時に後頭部に胸の圧力が。

「Iowaさん、近いです」

いつの間にかIowaさんが後ろに移動してきていた。

西洋人らしく、女性的なフォルムが強い為、胸が柔らかくてたわやかだ。

「あのAdmiralはブルドッグネー」

「ブルドッグ?」

「負けず嫌いってコトネー」

なるほど、秘めた闘志って訳か。

言われてみれば、感情を表に出すと艦娘に不安をもたせかねない。

なので、投球も自然とそうなるって訳か。

…しかし、キスをした後にこれでは示しがつかない。

「提督ってどんな投球するんですか」

神崎さんが明石さんや大淀さんに質問した。

そう言えば、神崎さんは度々杉野から野球の試合観に来ないかと誘われて、そしてそれなりの割合で野球を見てた。もしかしたら艦娘達の野球知識の深さについていけるかもしれない。

「一言で言うならハードシンカーボーラーですね」

大淀さんが答えた。

「ハ、ハードシンカー?」

神崎さんの声が上ずった。

あ、やっぱり付いていけないんだ。

「ハードシンカーってなんですか?シンカーなら聞いたことありますが」

僕は大淀さんに聞いた。

「日本とアメリカの変化球には呼称に違いがあるんですよ」

大淀さんが片目をつむり、人差し指を立てながら説明する。

「日本だと利き腕側に沈む変化球は全部シンカーですが、アメリカだとハードシンカーって言って速球扱いになり、速球に近い速度で利き腕側に沈むのをシンカーにするんですよ。日本語で言うと球が動くって形容されます」

「へーそうなんですか」

初耳だ。

「アメリカではパワーヒッターが一時期隆盛を極めましたからね。打者のバットの芯を如何に外す方面に進化していった姿ですね」

大淀さんが更に付け加える。

「なんでアメリカの投げ方をしているのですか?」

野球のことは詳しくない茅野が聞いてくる。

「それは日本ではやってないからですよ」

大淀さんが答える。

「日本の高校野球は金属バットで使われてて、芯を外さなくてもヒットが打てるからその影響が大きいんだよね」

明石さんも言葉を挟んで来た。

「そうなんですか」

なるほどハードシンカーボーラーっていうのは、木製バットならではというピッチングスタイルなのか。

「でも提督はそれを逆手に取って、木製バットになる大学からハードシンカーボーラーに転向して活路を見出したんです」

大淀さんはとこう付け加えた。

「野球好きなんですねぇ」

「Hu~m,面白い事が聞けましたネ」

アイオワさんが僕の頭に胸を押し付けてきた。

かなり胸に体重をかけている為、頭にずっしりアイオワさんの肉感がある。

「…重いです」

僕は抗議の声を上げる、これ以上体重を載せられると潰れてしまう。

「Soldierとしてはまだまだmuscleが足りないわね」

…アイオワさんは日本語の文法を正しく使ってる。

でもわざわざ語彙は英語にするのは、なんでなんだろう。

「最近はbaseballも総合力の時代よ!セイバーメトリクスは知ってるカシラ?」

そう僕に胸をボインボインと押し付ける。

うわ~頭が揺れる~

「ちょっ、アイオワさん渚が!」

「アイオワ、それも日本では一般的では無いし、それより渚くんが気絶してしまうわよ」

とサラトガさんがアイオワさんを引き剥がし、開放される。

気持ち悪い…。

「ただ、提督はハードシンカーボーラーになる前の高校時代は弱小校とは言え、145km/hのストレートを放つ日本でもそこそこ出色な投手で、プロのスカウトは調査書が出された程なので、その路線変更は神奈川大学野球連盟でも下位に居た防衛大学校の勝利の為でしょうねぇ…」

大淀さんは感慨深く眺める。

「さて、野球の試合に戻らせていただきます」

明石さんが試合の実況に無理やり引き戻した。

「一回表、ツーアウトランナーなし、打者は4番の大和です」

 

この時をずっと待っていたのかもしれない。

中学生の時を思い出す。

誰よりも早く二次性徴が来て、誰よりも先に身体大きくなったから、俺の球を取る捕手をしてくれた事を俺は忘れない。

あれから幾星霜、俺たちの道は分かたれて、また一つになった。

お前は人を超える力を得てだが。

だからこそ今、知りたい。俺が勝利を得るため捨てた真っ向勝負をお前はどう見る?

俺の愛をこの球に乗せて、打ち取る!

 

「ボール!ツーボール!」

審判の声が高らかに空に響く。

「おーっと提督、2球続けてボールになりました!」

明石さんが大きく声を張り上げる。

提督の「俺の嫁」との対決は闘志を抑えて冷静に努めているのがわかる2球である。

「ちゃんとしたリードですね」

「あ、分かりますか?」

僕の一言を大淀さんは敏感に受け取る。

「全艦娘の中でも有数のパワーを誇る大和さんに球は動くとは言え、甘い球は禁物。先ずは空振りがとれそうな変化球で様子を見た…こうですね?」

僕は少し逃げ足にも見えるリードに、慎重な二人の意識が見える。

「渚くん、捕手経験者らしく理にかなった分析ですね」

明石さんが僕の見識を讃えてくれた。

「今投げたのは空振りを狙いやすいスライダーとフォークですし、ランナー無しで一番結果として高く付くのはホームラン。慎重になるのはやむを得ないかと」

大淀さんは補足を付け加える。

「もう一本ホームラン打たれると二点差ですしね。ここは慎重にならざるを得ません」

実況に戻った明石さんが解説する。

「とは言え4球ボールだと今度はボールフォアになりますね。それだと次のカガを抑えないといけないです」

サラトガさんがその路線の問題を突きつけていた。

そう野球は慎重に行き過ぎても負けなのだ。

しかもボールのコントロールはそう簡単じゃない。一握りの選ばれた選手でしか、思う体調で思ったとおりの球を投げられない。

だからこそ、この球はストライクを取りに行かないと提督側に不利に働くのだ。

「という事は投げるんですかね?」

僕はあえて聞いた。

「ハードシンカーですか?」

大淀さんは趣旨を理解し聞き返す。

「そうです。話に聞くと速球に近い球ですし、強振してきた打者の芯を外すってパターンを意図出来るわけですよね」

僕は自分の考えた事を話す。かまないように、相手に伝わるように意識した。

「そのとおりです。でもそんな事は大和さんも百も承知」

大淀さんはそう言って、僕の方を向いていた顔をグラウンドに移す。

「あの…なんで変化球3球じゃダメなんですか?」

茅野が聞いてきた。

「それも作戦としてはアリですが…」

大淀さんはそこで切る。

「あの提督が四球というリスクと全球変化球という慎重過ぎる攻めは両方とも嫌うかと」

明石さんがその二の句を継ぐように言った。

(…提督は慎重もリスクも嫌う、か)

僕はその部分を噛み締めた。その意識が艦娘全体に行き渡ってるのであろう。

466日。

提督が提督になった日数である。

提督が今まで率いていた艦娘達は誰一人として沈んでいないのである。攻勢に晒されてるアメリカやヨーロッパだと一ヶ月に一人は最低沈んでいる艦娘が出ているらしい。

アジア諸国への救援戦が多い日本、防衛戦が大半のアメリカとヨーロッパとの違いはあれ、これは快挙と言っていいものだった。

(提督の思考傾向は間違いなく、僕ら全員を無事に日常に帰らす鍵)

(あの提督の言葉だけが全てが決めるわけじゃない)

―この小さな青年は聡き目で冷たく現実を見据えていた。

…どうやって生き延びれば良いのか。それは自分たちの結束に正しく影響するか。それを考える力があった。

「変化球は直球よりコントロールしづらいですからね」

そう言った大淀さんに茅野は納得してない顔をしている。

(…なんだろうその顔)

「あの、大淀さん明石さん…。ハードシンカーも変化球じゃないんですか?」

あ゛。

「確かに…」

僕は大淀さんと明石さんの話に無自覚に合わせていたが、確かに素人目には変だ。

変化する直球。

なんとなく分かるんだけど、それを素人に理解させるのは難しい。

「速球、って言えば良かったですね」

明石さんが訂正する。

「なるほど」

僕はそれなら納得する。

速球といっても変化しないわけでは無い。

「日本では速球=直球になりがちですよね。反省します」

「と、話してる間にツーストライクツーボールになりました!」

明石さんが実況モードに戻った。

「ヤマートは一度もスイングしてないですね」

先程の話に介入してなかったサラトガさんがこの間の投球を教えてくれた。

 

(…)

ハードシンカーを2球ストライクに続けたが全くバットを振ってこない。

捕手の守高はこの打者大和の沈黙を奇妙に思った。

(迷っているのか、いやそうなる訳がない)

大和の過去、その結果。そして戦艦大和になる紆余曲折。

(…俺はお前らに幸せになってもらいたい)

そう言ったのも遠い過去の話ではない。

(今はお互い背中を預けながら戦っている夫婦であるが二人共根本は戦士だ)

そう思い、ボールを提督に返す。

(何らかのアクションを起こしてくるだろう)

―それを変化球で避ければ良い。分かりきった事であった。

大和は未だ一人の戦士かもしれない。

(だが、アイツは立派な提督だ)

兵は詭道なり。

それが分かった今は、正面衝突を避ける術を覚えたのであった。

(誰も沈めない、誰も殺さないために。俺が出来ることはその背中を後押しするだけだ)

そう思いサインを出す。

(カーブだ。外角、ボールになるコースで)

提督は首を縦に振る。

(緩急差でバットを出させる)

ストライクにしないのは「保険」だ。

(これが狙いだとしても精々ヒット止まりだ)

他にも提督は緩い変化球はチェンジアップが投げられるが、チェンジアップは精々目くらまし程度の変化量だった。しかし守高は悲観しなかった。

(充分だ)

メンタリティも強いし、体格も優れてる。

プロでも充分やって行ける。

だが、「野球の才能はいつも守高に及ばなかった」といつも言う。

提督は投球モーションに入る。

(でも、俺はお前の方が恵まれてたと思うぞ!)

そうして提督はカーブを投げた。

 

「…」

ここまで出会いから30分と満たない間にアイオワさんはその天真爛漫さに心がほっこりさせられてきたが、アイオワさんは急に神妙な顔つきになっていて驚いた。

「アイオワさん、どうなされたのでしょうか」

大淀さんは慎重な口ぶりで聞いていた。

「…」

アイオワさんはそのまま神妙な顔つきをしていた。と思ったらいきなり「全て分かった」顔をした。

「Oh, I see.」

「なにが分かったんですか?」

得心が言ったアイオワさんと何がなんだかわからない僕らという構図になった。

「Iowa、どういう意味ですか?」

サラトガさんが更に聞く。

「Ah、この勝負ヤマートの勝ちですネ」

Iowaさんはそう断言する。

「ミナサン、提督の変化球を一回ミテミマショウ」

そう言って、皆に配られてる双方の選手の簡単なデータが乗っているチラシを見せた。

宇田川 信悟 右投げ右打ち

ストレート(ハードシンカー)フォーク、カーブ、スライダー

「この中で速度の遅い変化球はどれデース?」

「この中だと…カーブです」

神崎さんが答えた。

「簡単に言うと、宇田川Admiralと山口Rear Admiralの考えすぎなのよ」

Iowaさんはそう言い切り、バッターの大和さんを見る。

「多分、ミス金剛とミセス大和が二人で考えたコトなんでしょうネー」

「Iowa、結論をそろそろ言わないと」

何が何だか分からない僕らに助け船を出すサラトガさん。

サラトガさんはこの思わせぶりなアイオワさんに注文を付けた。

この二人はかなり仲が良さそうだ。

「Oh,ソウデシタネ」

「簡単なことデス。ツーストライクになるまで大和に見逃させたのデス。そうすると何を投げるかがわかるのデスカラ」

「「あっ…」」

大淀さんと明石さんが何かを察した。

「そうか、ハードシンカーで押せない…!」

明石さんがハッとした。

「ハードシンカーだけで打ち損じを期待するという戦法をするのには回が早すぎる!」

大和さんの美しいスイングから放たれる鋭い打球が右中間へと飛んでいった。

「打ったー!大和の流し打ちは右中間を一閃!」

明石さんが実況を始める。それはアイオワさんの予言通りのヒットだった。

 

二塁に到達した大和は予想通りの結果に驚きと歓喜の半々であった。

愛する人を打った。それは心の底から分かり合おうとする行為そのままであった。

(…上手くいったみたい)

金剛さんからアドバイスの通りだ。

久しぶりの野球実戦。

いくら一流の野球選手と言ってもおそらく2年近く実戦から離れていた捕手だ。頭がニュートラルの位置のまま動いてないだろう。

「ハードシンカーで押すという発想までには至れない、か」

パワーヒッターである私に変化球を先行させて直球は後からストライクゾーンを攻めていくというのは特に不思議は無い、という事である。

(金剛さん…あなたは…)

金剛四姉妹は全艦娘の中でも古株である。戦艦艦娘の中でも最古参である。提督になった彼の苦悩と激情を知っている。

年齢も自分や提督と同い年である。

(私の知らない信悟を知っている)

それでも彼女は信悟の心に気づき半歩退いた。

(まああくまで半歩なんですけどね)

心の距離が開けていた自分の背中を押したのも彼女であった。

そして今の鎮守府を作ったのも――

 

「初球ハードシンカー打ったー!」

明石さんの実況が鳴り響く。

うぉっこっち来た!

レフトの俺は背走して打毬の下へ向かう。

フェンスに当たる!

ジャンプしても届かない事を確認してバウンドを待つ。

「こういう時、キレイな曲線してないフェンスはめんどくせえんだ!」

そう恨み言を言いながら、不規則に跳ねるボールをできるだけ早く取り、中継の初雪ちゃんに送球する。

初雪ちゃんはその送球を華麗に受け取り、素早くバックホームした。

「うぉっ!」

この素早さをもってしても大和さんのホーム帰塁は間に合わなかった。

加賀さんは2塁で止まった。

「加賀!ツーベース!」

 

「やりました」

感情の並が少なく、大きな喜びを見せることが少ない加賀が短く言い切った。

「…」

内角低め、ハードシンカーとしての生命線をきれいに打たれた。

いとも簡単に引っかかった赤城とは対極的にしっかり変化を見極めてから打ってきた。

自分が職務の片手間に教えていた艦娘達が俺を、俺たちを越えようとする。

「「ハーハッハッハー!!!!」」

「「ん?」」

守高と一緒に笑っていた。

なるほど。

この失地を面白いと思えるか。

やっぱりお前はいい相棒だぜ。

 

「笑ってますよ。あの二人」

大淀さんが呆れたような感心したような声で言っていた。

僕らもその二人が秘めてた闘志を思い知る。

「あれが提督…」

僕が感嘆した声をあげる。

「烏間さんとはまた違いますね。あの人は静かに笑いそうですし」

「そうだね。なんというか困難の向かい方が違う感じ」

神崎さんと茅野が感銘深くあの二人を見る。

(ああいうのも女の子ウケするのか…)

(僕は一生程遠そうだけど)

僕はその二人の姿を複雑な思いで見ていた、

(…?)

そう言えば3人が何も言わない。

「…」

「…」

「…」

あっ。

そこには恍惚とした明石さんとアイオワさんとサラトガさんが居た。

…恋する乙女だ。これは間違いない。

「…あの大淀さん」

「はい」

「あれって…」

一応確認する。

「はい…あの三人も提督に惚れています」

「あの三人“も”?」

「あの人には私も頭が上がりません…すけこましです…」

そう大淀さんは複雑な顔をしながらお手上げのポーズをしている。

「もー、そんな事言って大淀だってぞっこんの癖に」

恍惚とした顔をもとに戻し、ふくれっ面で大淀さんをからかう。

彼女らは「はじまりの艦娘」を支えてきたメンバー達である。

半艦娘だった時期を経て、軽巡洋艦大淀、工作艦明石となったのである。

(提督のカリスマ性は本当高いなぁ、付き合って長い人までああやって魅了させるなんて)

「…で、アメリカ艦の二人までなんで鼻の下伸ばしてるんですか」

僕は呆れたような、アメリカ軍人に抱く精強さとは程遠い。

…まさか。

「あのAdmiralのd✕✕✕はbigらしいワヨ」

「やだ… 私のP✕✕✕✕がwetになるー」

僕らはあの一年でビッチ先生にスラングは教えられた。

何を言ってるのかはっきりと分かる。

この二人、猥談してるぞ…。

「あの、男の人の前でその様な話は…」

僕は二人に口を挟む。

「あら、理解出来るノネ」

「あらやだ、私Iowaに感化されちゃって…。はしたない女ですいません…」

そっけないアイオワさんと恥じらいを見せるサラトガさん、対象的であるけど、サラトガも取り繕っては居るけど、充分酷い。

「実践的な英会話って罪ですね~」

明石さんがあっけらかんとして笑っている。

「もうこの場がめちゃくちゃ過ぎて部屋に帰りたいです…」

大淀さんは大きなため息をついていた。

茅野と神崎さんはシモネタが得意じゃないので、引き笑いをするだけであった。

「おっと実況を忘れてました」

明石さんはそんな混沌とした空気を意にも介さず実況を再開する。

「千歳は見逃しの三振です」

(ポテンシャル見てるにリードオフでも出来るはずだが…何考えているんだ)

提督は千歳の顔をじっと見つめる。

艦娘に多い、女性的なフォルムの彼女。

その美しい顔は愛している提督の前でも仏頂面を崩さなかった。

(何か俺を打ち負かそうと考えているな)

警戒しなければ。

提督そう思った。

(だが今は2点を取り返す方が先だ)

そう思いながらマウンドから全力疾走する。

高校の時からのルーティーンである。

自衛隊員足るもの、全力疾走をモットーとせずに何となる。

 

「さて1回裏になりますが、大淀さん、ここまでレッドオーシャンズは2点を先制されてしまいましたが、レッドオーシャンズはどうやって取り返すんでしょうか?」

明石さんは回の間の話を始める。

「軽巡洋艦、駆逐艦のパワーは戦艦空母のそれに明らかに負けてます。ですが、技術とかにはヒケをとらないと思いますので、どんどん打ってくると思いますね」

筋肉で出来たサイボーグは伊達じゃない。僕らがあの一年間で付けた技術を一ヶ月とまた取得してしまう。運動技術に対しての取得スピードは常人を遥かに超える。

「駆逐艦なんかは余暇の身体動かす遊びが野球ですからねぇ」

なるほど、それがあのハイレベルな攻守なんだな。

「凄いですねぇ、色々と」

僕はそう言っての守備交代を見ている。ブルーソルジャーズとレッドオーシャンズの選手たちは提督に倣って、全力疾走でキビキビと交代していく。

(提督は、自らの背でみんなを引っ張っていく、か)

こんな人材が自衛隊には居るんだなぁ。

烏丸先生はあまり自衛隊の話をしたがらなかった。学校生活を優先させたいという心遣いがあったのかもしれない。

「どうせ軍に居るんだから、烏丸先生とビッチ先生に会いたいなぁ」 

ふたりとも前線に居るから会えることは稀であろう。

「…会えますよ。きっと。そのために私達が居るんです」

サラトガさんはそう言った。

…だが、その願いは意外な形が叶うことをここに居る全ては後で知ることとなる。

 

1回の裏、レッドオーシャンズの攻撃。

「~~♪」

打席に向かう川内は歌っていた。

「…」

秋津洲はその姿を横目で見ていた。

「三水戦、すごいうれしそうかも~」

秋津洲は明るい口調でからかう。

「ああ、これ?那珂が作ってくれたんだ」

川内は屈託なく言う。

「三水戦は水雷戦隊の華なり!初回の失点なんてすぐに取り戻しちゃうんだから!」

と川内は高々と宣言しバットをぐるぐると回しながら、打席へと入る。

 

「…仏様だ」

マウンドに立つ大和さんの姿を見て僕はそう感じた。

大きな身長。

孔雀が羽ばたいた様なクラシカルワインドアップが千手観音に見える。

そこから腕の動きが素早く横から出てくるが、その動きは緩慢にすら見えた。

…サイドスロー!

 

「ストラーイク!」

蛇のようなストレートが外角低めに決まった。

「…ヒュー」

川内は感嘆の口笛を吹く。

その反応を見る事なくテンポよく次の球を大和は投げてくる。

「相変わらず球の威力は5本の指に入る…わね!」

そうして川内はバットを横に構えた。

 

「凄い…!」

僕らは感嘆するしかない。

外角に外れた球と思ったらそのまま左打者である川内さんの身体めがけて曲がっていく。それを見た川内さんはバントの構えをする。

「おーっとセーフティバントの構え、ってあああああ!!?」

明石さんが実況しようとしたが途中驚愕で叫んだ。無理は無い、川内さんはバントの構えから、ダッシュしてくるファースト、サードの一航戦のアタマを超す打球を飛ばしたのだから。だが、その虚を突いた作戦も赤城さんは冷静に後ろにジャンプして好捕したのである。

「普通バントであそこまで飛ばしませんよ」

大淀さんが感嘆したような呆れたような声で言う。

「手首の力だけでファーストの後ろに持って行ったんですか、普通手首が壊れちゃいますよ」

茅野は何が起きたのか説明する。

変化球とは言え、かなり直球に近いスピードが出るスライダーである。

その鋭く変化するボールをバントの構えをする。左手をバットの先に、右手をバットのグリップに持つ模範的なバントの構えだったが、その構えを見て一塁の赤城さんと三塁手の加賀さんの高速チャージの体勢に入った。それをあざ笑うかのようにバットを左手で弾くように下から上へ引っ叩き、ファーストの背を超えた後ろに打球を落とそうとした。

だが赤城さんは素早く反応、優れた跳躍力もあり、見事にキャッチしたのであった。

「雪村さん、よく見えてますねぇ」

明石さんが驚きを持って言った。

「確か身体能力検査でも反射神経はここの3人、特にあかりさんは男性陣抑えて1位でしたしねぇ」

大淀さんが補足を添えて説明する。

「…首にあの反物質の触手突っ込んでたんですよね。雪村さん」

明石さんが爛々とした目を茅野に向ける。

うっ、新発見をした時の奥田さんと同じ目をしている。

「未だにその強化が生きてるとするなら、かなり興味深いです。その目、試合が終わった後で調査させてください!」

「な、何させられるんですか私!?」

「なぁに、MRI取って視神経を司る脳のチェックをするだけですよ?」

「それ結構時間取られるやつですよね!?」

小気味よい会話が流れてく。

「また脱線していますね。2番の深雪は一球投げてワンボールになってるところです」

大淀さんがまた逸れてた道を戻す。

「あのスライダー凄かったですね。あんな速度とキレを両立出来るなんて」

「あれだけじゃないですよ」

そう言って大淀さんは向こうを指差した。

丁度2球目が投げられてる最中だった。

「うおっ!」

ど真ん中に投げられた球が鋭く変化し、深雪ちゃん、右打者の腰を引かせていく。

「あれは、シュートボール?」

僕は更に驚いた。スライドする様に右打者の内角へとめり込む。

「あのシュートとスライダー、合わさればかなり武器になりますね」

僕はあの変化球が大和さんの投球の生命線であることが容易に見て取れた。

「相手打者を向かっていく変化球で腰を引かせて、ストレートや相手から逃げていく球でストライクを取っていく」

「なら、それにslowなボールがあれば少なくとも投球にアドバンテージ出来るわね」

アイオワさんはそう話に割って入る。

「それも、もうありますよ」

大淀さんはそう言ってまた指差した先はワンボールツーストライクと追い込まれた深雪ちゃんである。

「深雪ちゃんに何かあるんですか?」

深雪ちゃんに何か弱点があるのだろうか。大淀さんが続けていう。

「深雪さん、走者が居る時は考えて打つんですけど、こういう状態になると熱くなって前のめりになるんです。だから…」

「大和さんの球なんか怖くないぞー!来いやー!」

深雪ちゃんが叫んでる。

そんな深雪ちゃんに対して眉1つ動かない大和さん。秋津洲さんのサインを見、粛々と投球モーションに入る。

「ん?」

投球モーションの腕の振りが違う。

「あっ、スローカーブだ!」

右打者の肩あたりから大きく弧を描く遅いボールが投げられる。それを深雪ちゃんは綺麗な程までに空振りをする。

「ストライクバッターアウト!」

「あんな感じに緩急に弱くなるんです」

大淀さんはため息を出した。もう何回も見たのであろう。

「深雪ちゃーん!今度はもっと球を見るのよー!」

大淀さんが慰めとも励ましとも思えない呼びかけをする。

こういう大声も出すんだな…。そりゃ軍人だしな。

次は3番の山口陸将補だ。野球選手としては身長がそんなに高くない。

(まあ僕が言えた口じゃないけどな…)

「渚、なんか言った?」

「い、いや、なんでもない…」

右投げ左打ち、三振をしたことがほとんど無いというほどのバッティングセンス。

「ジョー・マウアーみたいですね。構えもそっくりです」

サラトガさんがそうなぞらえた。

「ジョー・マウアー?」

神崎さんが聞き返す。僕も名前だけ聞いたことがある。

「右投げ左打ちのキャッチャーですね。高校時代三振を一個だけだったというほどのコンタクトスキルが高い打者ですね。MLBでは今、ファーストにコンバートされてます」

なるほど。

「ただ、heightが全然違いますね。ジョーが6フィート5インチに比べて、山口Rear Admiralは6フィート行かないくらいですし…」

そっかアメリカ人だからフィートになるのか…。

「えーとマウアーさんは約195cmですかね?山口少将は175cmだったはずだから5インチ8フィートくらいですかね?」

明石さんが自動的に変換してくれた。

「変換Thanks.それほどの身長の違いは打撃にどう出るのか見ものですね」

大和さんは大きなワインドアップからサイドスローでボールを投げていく。

初級真ん中に来た球が山口少将の膝へと食い込んでいく。

「凄いな。変化の始まりもモーションも打者を完全に欺かせられますよ。これ」

直球と変化球にはモーションの違いという物が生まれる。

投手の経験が短い投手などは、その辺りのモーションの違いが大きすぎるので早く矯正しないと解析され滅多打ちにされる。

なのでその差が小さい上に球のキレがあるとなると、高いレベルの選手も対応しづらくなる。

「ボール!」

そんなボールを、少し腰を引いて見送る山口海将補。

「…」

(大和の投球術というのは内外角を全部使う投球だ。高めはあまり投げずに打者の腰以下で勝負する)

山口海将補は頭の中で大和の特徴を反芻する。

(…で、この食い込むスライダー、逃げるシュート。それらを活かす為にストレートを一定数混じらせなければいけない)

そう更に反芻して大和に正対する。

(だが、そんな事は分かってるはずだ。秋津洲は横滑りする球をぶれずにキャッチ出来るから起用したに過ぎない。リードは自分でしてるはずだ)

大和は慮外の戦術を好む。

まあ彼女の生まれ育ったバックボーンがそうなのである。

歴史の影に埋もれた一族の出身。

 

(という事は次来る球は…)

大和はモーションに入り、球を投げる。

(高めのスライダー!)

淀みが無い美しいスイングである。

高めのインコースに入ったボールは山口海将補によって打ち返され、ライト方面に飛んでいった。

「打ったー!ライトバック!ライトバック!」

明石さんが実況に戻っている。

目の前のライトは千歳さんである。打つ前は定位置に居たはずなのに、打球が打つ前にはかなりバックしていた。

「あの守備範囲はなんだ!?」

打球を放つ前にわかる守備反応の良さ。

打球が強いライナーになる事を察し、一気にポジショニングを取ってきた。

更に俊足であり、フェンスにはあっという間に到達した。

後はフェンスに直撃する打球を取るだけだ。

千歳さんはフェンスに向けてジャンプした。

「たーあっ!」

気合を入れ、声を張り上げた上でのジャンプ。

だが、それをあざ笑うかのようにボールはフェンスに直接ぶつかることになる。

そしてボールはその反動で僕らの目の前へとスタンドインした。

「エンタイトルツーベース!」

「おおおおおおおお!」

僕ら観客とレッドオーシャンズのベンチは沸き立つ。

(良かった、千歳のあの守備センスじゃ俺の脚でも2塁は狙えん)

そう思いつつ、一塁を小走りで守高は回っていった。

(…)

提督は無言でバッターボックスに立つ。

(秋津洲の後ろにそらさない性能は高い)

そう思った時に大和のスライダーが外角低めのボールゾーンに投げられていた。

(いくらでも変化球を見せ球に使えるってわけだ)

そう意図を察する提督。

(俺は炎、お前は水だからな)

魂は似通っても頭脳は反対の事を考えられるようにそう訓練された。

だからこそ、あいつは今俺のとなりに立っているのだ。

3球目。インローのストレートを綺麗に振り抜いた。

「行ったー! 文句なしのホームラン!」

打球は綺麗な弧を描き、バックスクリーンに吸い込まれていった。

スタンドとレッドオーシャンズのベンチの興奮は最高潮になる。

水雷戦隊のベンチは提督を歓迎している。

「提督のホームランでレッドオーシャンズが同点に追いつきました!」

クリーンナップになりたいというエゴでなるんじゃない、純粋に技術が艦娘の中に入っても抜きん出ているから二人は3.4番に並んでいるんだ。そう思わせる攻撃であった。

5番の吹雪ちゃんは外のスライダーで空振り三振になり1回表は攻撃終了になった。

 

…その後3回まではお互い譲らずにノーヒットで回は進んでいった。大和さんの球は唸りを上げて空振りを取り、提督の球は低めに集まりゴロになって行く。

最初に動いたのはブルーソルジャーズだった。

提督は4番大和にスライダーを合わされてあわやホームランというフェンス直撃の打球だったが、当たりが良すぎたのでシングルヒットになった。

提督は次の打者の加賀を三振に抑えるも千歳さんの打席に入ると露骨に制球を乱すようになった。

「ボール!フォアボール!」

「おーっと提督、初めての四球が出ました」

外野席から見て、提督の表情は変わらないように見える。

「少しリリースが乱れ始めていますね」

大淀さんがのんびりお茶を飲むかの様に言った。

「あら、ミス大淀はタイゼンですね」

サラトガさんは指摘する。

「まあ点を取った後は明らかに待球作戦でしたからね。いつガス欠するかかの問題でしたし。まあしばらく投げていなかった事を考えるとよく頑張った方ですが…」

サラリと言いのける。

待球作戦。

なるべく投球を稼ぐ為に打っていく作戦。

それは提督の投球に残酷に的確に付いてくる作戦であった。

「ファーストスイングをしないでずっと投球を待ち続ける作戦ですか…」

茅野はじっと提督を見つめていた。

勝つためには何でもする。

どんなに愛してようがこういう些細な勝ち負けも手を抜かない。

そこにはだらけきった男と女の関係は想像が出来ない。

ここに来るまでどれだけの試練を乗り越えて来たのだろうか。

「揺るがないんですね。みんな」

僕は噛みしめるように言った。

だから戦いに勝ち続けられる。

「…だからこそ、大鳳さんには覚悟を決めて欲しいんですけどね」

大淀さんはブルーソルジャーズのベンチを見ていた。

 

…大鳳さんはあの以後もなんというか覇気が薄かった。

色々と話は聞いたのであろう。

だが、それでも気持ちが揺らいでるんだろう。

第二打席は糸が切れたようなバッティングフォームでシンカーを打ち損じた大鳳さんはファーストゴロであった。

打席には千代田さんが入っていた。

3球目の変化球を叩いた打球は三遊間を割った。

「うぉぉぉぉぉ!」

レフトの杉野が猛チャージする。

三塁走者の千歳さんはそれを一瞥もせず三塁線を一気に曲がる。

(マジか!)

投手は安定して18.44メートル先を投げなければいけない。

だから須らく投手は肩力が優秀でなければいけない。

だが、千歳さんはそれを理解してるはずなのに本塁を陥れようとする。

「させるかよぉ!」

俺は思い切り走る勢いでバックホームをする。

だが、この杉野友人には2つの誤算があった。

1つ目は強肩だけではバックホームは務まらない。

正確な送球も必要なのだ。

戦前から戦後にかけて巨人、阪神、毎日で活躍した呉昌征はバックホームも名手と言われた。

それは強い肩よりも、どんな場所からでも安定してワンバウンド出来るコントロールを併せ持っていたからである。

2つ目はその事を3ヶ月間ですっかり忘却の彼方にしてしまったことである。

「杉野のバックホーム!山口海将補は若干それたボールをキャッチしすぐに、クロスプレーに入る!」

キャッチした瞬間に千歳さんは滑り込む。

「セーフ!」

そう言いながら球審のジェスチャーは大きく横に広がった。

「ブルーソルジャーズ勝ち越し!」

ブルーソルジャーズのベンチは沸き立った。

その歓声に膝を屈する杉野。

(しまった~勢い付けて投げすぎた~!)

自責に囚われる杉野。

(そりゃ逸れるよな~)

「すいません山口さん…」

大きな声で捕手に向けて言う。

と、そこに提督の横槍が入る。

「杉野ー!氣力に缺る勿りしか、だぞ!」

と、言う提督。

「は、はい」

杉野は膝を上げて、敬礼でもしようかと思うくらいに直立不動になる。

「ゴセイネー」

アイオワさんは笑って言った。

五省(ごせい)日本海軍時代から受け継がれてきた教えの1つだ。

「昨日教わったばっかりなんですけどね…」

そう鎮守府に来るまでは僕らは陸の所轄だった。

教えや流れる文化も違う。

「まあ、みんなに教えられたけど、まだ慣れてないかなぁ」

茅野はそう恥ずかしそうに言った。

「そうですね。みんな、暗記でスラスラ言えるのには驚きました」

神崎さんが応える。戦いの連続でそういうのを疎かにしてないんだな。

「生きて帰るにはまず教育からがモットーですよ。だからこそあなた達を学習補助要員として採用したんですから」

本当、提督は教育を重視してるなぁ。

「さてワンアウト2.3塁ですが秋津洲かぁ…」

明石さんが腕を組む。

「あー…」

前の打席の彼女のアプローチを見ると待球作戦下といえども打ってくださいとも言える甘い球でも地蔵のようにバットが出ない。

追い込まれて焦ってハードシンカーに手を出してしまうという感じだった。

(僕から見てもバッティングセンスを感じられない…)

そう思ってしまう。

「かもっ!かも、かも~」

案の定今度は変化球に空振り三振だった。

「三球三振…」

あちゃ~と声を出しそうな面々である。

「oh…あれはtrainingのしがいがありそうネ!」

カラカラと笑うアイオワさん。

「あれは…まずhappy zone(ど真ん中)の打ち方から学んだほうがいいですね」

他人の大失敗に苦笑い。そんな表情なサラトガさんがそれに同意する。

次の打順は加古さんだ。

「はいはいはい。上位までつなぐよ~」

バットを軽く地面に数回叩きつけて、バットを寝かせて持つ。

「はいっ!」

2球続けた変化球を捉え、センター前へ持っていく。

「ブルーソルジャーズ一点追加!」

「どんなもんだーい!古鷹見てくれた!?」

男勝りの加古さんは姉の古鷹さんにアピールする。

温厚な古鷹さんは拍手をして祝福している。

「さて、大鳳さんです」

ネクストバッティングサークルからゆっくり歩いてくる大鳳。

(おお、男子三日会わざれば刮目して見よやな)

そう守高が思った。雰囲気が違う。

(思わず男で例えたが、女だったな…)

そう横目で見ながら、自らの諧謔の無さを恥じ入る。

(…!)

僕はスタンドでその覇気を感じ取った。

「おっとようやく本気になりましたか」

明石さんが一言言った。

「金剛さんは何を言ったのでしょうねぇ…」

金剛姉妹はブルーソルジャーズのコーチングスタッフに徹している。

一番上の姉の金剛さんは監督を、次姉の比叡さんは一塁コーチャーを、三姉の榛名さんは三塁コーチャー勤めている。末妹の霧島さんはヘッドコーチである。

「結局、最初はガタガタなのにホームランを打ち、その次は沈んでいて提督の思うつぼ、3打席目はやる気ですか…提督もどうなるのか見ものですね」

明石さんは煽るように実況していた。

(…もしかして)

そんな中大淀は一筋汗を垂らした。

(あの事話したんですか…!?)

(アレは提督の父親よりも秘中の秘ですよ!鎮守府でも、政府でも限られた人しか知らないやつです!)

声にならない叫びをしていたが、他の誰にも伝える訳にはいかなく、ただ悶々とするばかりであった。

「…」

聞いてしまった。

もう本当に戻れないんだな。

恋した気持ちは溟渤の如く広く、深潭の如く深い。

(迷ってる場合じゃない)

そう思い打席に入る。

(提督、遊びも悔いが無いようにしてるんですね…!)

そうなったら迷いが無くなった。いや、消した。

(最高のプレーを…!)

バットを持ってたあの時の感覚が分かる。

ソフトボールは投球距離12.19メートルの競技である。野球の18.44メートルの投球距離よりかなり近い、反射神経の競技である。

あの反射神経を体で思い出せ!そうすれば第一打席の再現が出来る…!

確信があった。

提督を打てるという確信が。

「たぁぁぁぁ!」

沈むハードシンカーを点ではなく、落ちていく軌道ごと捉えていく。

「打ったー!」

高く上がっていく打球。

ライト方向へ飛んでいった!

大きくジェスチャーする大鳳。

それは往年の名選手カールトン・フィスクのように、強く入れという願いであった。

「入るか!入るか!入るか!」

ライトは川内であった。

フェンスをまるで床のように駆け上がる。

(上空は向かい風に変わってる…)

打球の勢いが風で殺され始めてるのが見える。

「よっ!」

風に捲られて落ちる帽子。

髪の毛も揺れている。

軽く背伸びをして、グラブの中にすっぽりとボールが収まっていく。

「すごい…!」

こう漏らしたのはそう、神崎さんだったか。

「川内!ホームランキャッチのナイスプレイ!」

球場全体が沸き立った。最後まで諦めない気持ちが産んだ好プレーに敵味方問わずの歓声であった。

「スリーアウト!」

明石さんは明るく言い切った。

「大鳳も良い打球でしたが、運がなかった。風があそこで吹き戻すとは」

大淀さんはそう分析する。

屋外野球は気候の競技である。

乾燥した空気はボールが飛ぶようになり、雨で湿ったボールは飛ばなくなる。

追い風、向かい風にも影響される。

今回は大鳳さんに天気は悪い目として出たのである。

(まぁ…投入初戦、魚雷一本で沈んだ空母だしなぁ…)

そういうバックボーンは彼女にこれからついて回るのであろう。

それが艦娘。人間の形をした船。

「4回表が終わって4-2とブルーソルジャーズがリードしました」

「ここまで提督と山口海将補しか打ってませんけど、水雷戦隊もこんな物じゃ終わりませんよね~」

明石さんが大淀さんに話を振る。

「そうですね。そんなやわなあの娘達では無いでしょう」

大淀さんはそれを肯定し、やさしい瞳を向けている。

「信頼しているのですね」

サラトガさんが聞いてきた。

「そらもう、あの娘達は色んなものを背負ってきましたから」

…記憶はそう古くない。

2014年の春。あの時発表した海上自衛隊の自衛隊員が提督だった事を思い出す。

そして、あの時の艦娘はあのグラウンドに居る娘はあの4人だった。

「色んなもの背負ってきたんですね」

彼女らの背中が大きく見える。

深海棲艦がここまで世界を席巻した理由はその兵員としての総量もあるが、それより重要なのはその再生能力の早さである。

普通の銃弾ではマシンガンの如く滅多撃ちにして、再生能力が上回るスピードの殺し方をして、初めて深海棲艦を足止め出来るのである。

既存の武器で完全には殺せない事、それが深海棲艦の大きな強みであった。

艦娘はそんな実弾で殺せないという欠点を彼女らの砲が解決した。

その事が分かったのが約1年とちょっと前である。

そこからは艦娘の適正がある女性を探していき、その技術は大国同士のパワーゲームにもなった程である。

(結局、全世界に艦娘の技術が拡がったんだけど、日本はかなりお金を得たんだよな)

そんなたった4人から今は全世界で1000人に近い艦娘が拡がって行っている。

海上自衛隊海上女性職員部。

それは国民、いや全人類の希望の拠り所であった。

2番の深雪ちゃんがバッターボックスに入る。

「どりゃあぁ!」

高めの球を引っ張って打つ。

三遊間に飛んだ打球はショートの古鷹さんが飛びついて、ワンバウンドの打球をキャッチし、一塁に投げようとするも、深雪ちゃんは一塁に駆け抜けた後だった。

「深雪、内野安打!」

古鷹さんの守備能力は高い。だが、ソレより深雪ちゃんの執念が勝った。

「ノーアウト一塁で山口海将補です。チャンスを広げる事は出来るのか」

(…、覚悟か)

山口海将補はバットでベースを叩き、構えた。

(ここの全ては俺が生きてこそ支えられている)

「オラッ!」

スローカーブでストライクを取ってきた球をライト前に持っていく。

(千歳は瞬発力が艦娘の中でも上位だ…)

現に今の打球もスライディングしたら飛球をキャッチ出来るチャンスがありそうな守備であった。

(大和、大鳳、島風みたいにバックグラウンドがあるなら納得行くんだけどな…)

前者二人は野球またはソフトボールの経験があり、島風は日本における女性陸上選手の最高傑作と言われた元選手である。

「…」

だが、千歳はその類に入ってない。確か中学生までは運動部だったが、高校以降は特に部活動等をやっていた形跡はなかった記憶がある。

その考えが頭をもたげ、一塁に到達後、千歳の方を見る。

千歳はその視線に気付いた。

「私が何かー?」

右手を口の横に添えて俺に話かけてくる。

普段気にしないで居るが、あいつへの好感度の高さは上位10人に入る。艦娘は体力勝負であると同時に、すり減るメンタルのケアを如何にして行えるかがミソである。

あいつが艦娘を沢山抱いている理由の7割くらいこの部分が大きい。別に立場を利用したみたいな無理矢理でもなんでも無いのだ。どうしても不定期かつ娯楽の無い戦いの連続は艦娘としての強化を加えても色んな欲望に戸を立てられない。まあ、その抱く行為を初めてしたのは先発の大和の入部が原因だったりする。

後の3割は結果的にこの用に男女の仲になって良かったという意味である物だ。正直俺にもまださわりの情報しか教えられてないものだ。正直後付でもかなりヤバい状況なのであり、理由を持たせそうで良かったと言わざるを得ない。

「千歳は練習したのが分かるな、判断の一歩が違う」

俺は褒める。アイツが得意な事である。

「知ってます?愛は盲目じゃ、この鎮守府はやってられないんですよ?」

「そうか」

彼女はどんな事でも自己鍛錬を怠らないんだな。ちゃんとアイツの教えは守られてる。

その事が言いようの無い嬉しさを感じている。

それを聞いたのか、大和はずっと保っていた真顔を崩し笑顔になった。

「良いですね。私が見込んだ男がこうやって慕われてるのに嬉しく思います」

そう言って投球モーションに入る。

「だからこそ、勝利は譲れませんよ!」

そう叫んだ大和はクイックモーションで提督に投げていく。

スライダーは内角高めから斜め下へ滑空していった。

「!」

提督は吸われていくようにスイングをする。

(凄い。あのスライダーは今までで一番打者を騙せる軌道だ)

ベンチの杉野はその軌道に感銘を受けた。

杉野は速球派ではない。

カットボールを主体にしながら変化球で凡打を誘う、完全な技巧派である。

体型も大きくなったが速球のスピードが頭打ちであり、今でも速球派が簡単に乗り越えていく一種の踏み絵である150km/hには届かない。

(羨ましいなぁ)

大和さんの速球は人間をやめているから出せるのだ。一般的な女性のストレートは120km/h超えれば凄いと言われているのである。

人間を辞め、機械と一体になった女性。

(でも、大和さんも苦労してそうだよなぁ)

艦娘になれる人間は潜水艦になる人間以外は人間時代そのままの体型である事が多い。187cmという男でも大柄な部類である。

(あんな大きいと何かしら言われるんだよなぁ)

人間、目立つという事は良いことも悪いこともやってくる。

…少し会話をしたが、本当やまとなでしこに身体のデカさを付け加えた感じである。

俺はたおやかな美しさの神崎さん。そんな神崎さんに肉体美を付け加えたのが、大和さんであり、東洋的なおしとやかと西洋的な身体の発達を両在させた女の人である。

(そんな奇跡みたいな人が居たんだなぁ…)

と羨むような、気の毒のような、定まらない自分の心の異物を感じた。見ることをやめたいのに、ずっと大和さんを見続けたい気持ちだと錯覚させられる。

そんな奇跡の様な存在を娶ったのはあの提督なんだよな。

提督はどうやって大和さんと付き合う事にしたんだろう。

「空振りの三振!提督、ランナーを動かす事ができません!」

明石さんの実況が響く。提督は失敗したという顔を一瞬見せたが、切り替えたのか次の打者である吹雪ちゃんに耳打ちしている。

「何か話していますね」

「ああ…二年経ってないのに何故か懐かしいですね」

大淀さんは少し笑みを浮かべていた。

「吹雪さんは打ちますよ。きっと」

…大和さんの投球は凄い。

右打者にも左打者問わず内角外角を自由に支配する。

約5ヶ月前に大和さんは鎮守府に入ってきたそれからわずか5ヶ月でこの投球スタイルを確定させてきた。

打席に入る。

「アイツ、俺に対して直球を使わず、変化球で空振り取ったから一球目は変化球で行くはずだ」

「えっ、なんでですか?」

「あいつの思考ルーティーンは戦艦になる前から知っている。ここで直球を選択という真っ直ぐな投球をするつもりは毛頭ない」

「と言っても変化球っていくつあるか分からないんじゃ…」

「吹雪、お前の長所の一つにお前は四球を選べる辛抱強さがある」

「はい」

「ならボールゾーンで勝負してこない。ゴロ狙いでシュートを投げてくるはずだ」

「そうですか」

「じゃあ行ってきます」

「よし、打てよ!」

「…」

私は艦娘の時のように電探を耳にはめてないので今は小声の会話は聞こえない。

「…」

戦艦大和になってから提督がしてきたことのあれこれを知った。

鎮守府の財政事情から事務のやり方、艦娘達の良いところを見つけ。悪かったところを優しく諭していくなどやる気を維持させ、娯楽を絶やさない事、一人ひとりをモノ扱いせず、見ていくことだった。

私は秋津洲さんにサインを送った。

「かもっ!」

秋津洲は驚いた。

正直自分の事なんてボールをちゃんと取ってくれれば良いと思われていると思っていた。

最初は確かにそうだった。

だが大和はピンチになってその方針が変わった。プロテクターの中で驚きが隠せない。

―――大和さんはマウンド上の王様であることをやめたのだ。

「…」

何か提督と吹雪ちゃんの間で何かかわされていたのは聞こえていた。

4回1アウト1.2塁。

外野の間を抜ければ同点である。

(譲れないのかも?)

負けるわけには行かない。自分の考えは全て読まれている。

…それでも提督の育てた物に勝つ。

(大和さんのアレコレは私が入ったのが大和さんのほとんど変わらないから知ってるかも…)

そう思いながらサインを出す。

大和さんはそれに頷く。

(凄い殺気の発露…)

私は完全にマウンドに行くのを諦めた。

もしかしたら一つの嫉妬かもしれない。

金剛や彼女の吹雪みたいに共に戦いたかった…

(でも、無理だったんでしょ…?)

サインの交換を終え、クイックモーションで投げる。

それは、過去との決別に他ならなかった。

「あいつ、変わったなぁ」

俺は秋津洲のサインを見て、感慨深くなる。

「あー、あとで吹雪にメシ奢らないとな」

大和は独り相撲をする行動が見られていただけあって、ああやって臨機応変が出来るのは喜ばしくある。

白雪はそんな俺の隣に来て、呆れたように言った。

「これでダブルプレーになったら、私達にも奢ってくださいね?」

「…お前も言うようになったなぁ」

「司令官の成果ですよ」

(…まああいつが自分自身の考え方の偏りに気づいてるって事はこれも経験だ。いろんな思考ルーティーンを覚えていく事は喜ばしい事だ)

吹雪さんは2ボール1ストライクになっていた。

(最初はストレートに慌てちゃいましたけど、空振りさせようとするスライダー2球でした)

「あーなるほど変化球で空振りを取って、追い込まれたらシュートにするんですね」

僕の疑問は氷解した。大和さんがいきなり秋津洲さんにリードを任せた理由が分かった。

僕と大和さんは戦い方が何故か似通ってるような気がしてくる。

とにかく正面から戦わない。高精度のボールがあっても信じるのは相手の裏をかく方法である。秋津洲さんの方法は違う。裏をかくのは最後だけにしようとしてる。

(シュートを使わないか)

ダブルプレーを狙うなら低めを使うのはあのシュートは有用であった。秋津洲さんは何を狙うのだろうか。私は右打者における弱点にありがちな外角に逃げるスライダーを苦にしない。

(一二塁の走者が居るけど、全く意に介さない感じがするリードですね)

まあ大和さんのスペックを考えるとそっちの方が正しい。

正面切って戦う実力があるが、邪道に走ろうとする。

(それが意味してるのはなんだろう…)

自衛隊員になる前、高校生の時には勉強や遊びの合間に教育の事は調べていた。簡単に言えば、明治時代から教育の根っこは変わらないのである。

ナンバーワンは上に汲み取りつつも、強者になれない人でも最善の「兵士」足り得る統一感や最低限の能力を詰め込むのであった。浅野校長はそこの形を意図的に崩し、弱者を作り、強者の量を増やそうとしていた。殺せんせーはそれを認めつつも自分の考え方として弱者の戦いを覚えさせながら、長所を活かさせ、新しい道へと導いた。

大和さんの投球はその弱者に推奨される投球なのである。

どんな教育を受けてたんだろうか。

秋津洲さんくらいの様な思考みたいに然るべきタイミングで裏をかくという、リードが適切なタイミングをもって普通の人に対して普通の人が適切な裏をかくというのが、野球である。

「吹雪選手がスローカーブを打ったー!一二塁間を抜けてヒットです」

正直方法面ではどっちか上下とか無い。相手を騙せれば良いのだ。そう考えると大和さんはこのタイミングでの露骨なリード変更は下策と吹雪は思った。

「大和さんと秋津洲さんのリード変更するタイミングがわかりやすかったのがダメでしたね」

僕は思ったことを言った。2対1のババ抜き(但しアドバイスは可能)みたいな物である。

その2の強みを捨ててしまったものは1が有利になるは必定だったわけだ。

「そうですね。ただ、ちゃんとお互いに尊敬しあげれば良いんですけどね。日向さんだったら怒ってますよ。アレ」

明石さんが大和さんの行動を呆れながら言う。見方によってはイケイケの時は自分の好き放題やってピンチになったら頼るようなものだ。

「まあ、秋津洲は戦いの時は守られてる方だし、アレくらいやらないと元が取れないですけどね!」

と言う軽口は秋津洲さんとは共に戦場で艦娘の修理を行っている明石さんらしい発言である。

「まあそれでも良くやっていますね。明石だって兵装に頼らない武術、あれ完成させてないじゃない」

大淀さんが咎める。

へーそんなの編み出そうとしているのか。

「あれはいかに致命傷を負わず、一発で交戦を離脱するやつだから、自分の手を潰さないとイケない時間が必要だし…。腕怪我したら入るドッグも必要で、秋津洲や夕張とかに仕事を負担させないといけないからしょっちゅう出来ないし…」

確かにそれは頼みづらい…。

「うーん、あの二人も別に悪くないけど、工業的な部分は全部知っているのは明石しか居ないのも確か。提督と話し合う機会作りましょう」

大淀さんはそう、結論を締めた。

打席には那珂さんが左打席に入っていった。

「よーし!応援団のみんな~!私の応援歌お願い!」

そう言って外野席に居る第四駆逐艦に向けて、コールをする。

「イェーイ!かっせ!かっせ!なーか!」

 

第四駆逐隊の4人が一斉にスタンドの一番上から応援しだす。

僕から見て、右から嵐さん、萩風さん、舞風さん、野分さんである。

「集団応援は盛り上がりますね」

神崎さんは表情を緩めて言った。

那珂ちゃんは艦娘になる前からアイドル志望だったらしい。

自分で色んな振り付けを作って、ファンと一緒に踊ったりする。

ものすごいマイペースかつ外向的な性格らしく、E組での担当の中村さんとワイワイやっていたらしい。

バッティングフォームも常にバットが微動しているモーションだ。

(あ、あれ…。タイミングを取るんじゃなくて、応援にリズム合わせているぞ)

何から何まで彼女はアイドルなのである。どんな時でも誰かが応援してるという自己認識だけは誰にも負けない。

「ボール!スリーツー!」

那珂ちゃんはそんな芯の強さを発揮しながら、フルカウントまで持っていった。

「凄いな、際どい球は全てカットしてる」

最初の打席は空振り三振だが、目がついてきたのか。

逃げるボール、身体に向かっていくボールも尽くカットしているのである。

「…」

(甘い球にはしたくない…)

大和はそう考えた。

これ以上打線が繋がるのを防ぎたい。

(スライダー、内角低め)

クイックモーションで投げた球は、美しく左打者の膝下に入っていく。

「そーれ!ウイニングショット頂き!」

那珂は叫びながらその球をスイングしバットに当てていく。

(!)

「打ったー!」

あんな際どいコースで引っ張るのか!

「ライトバック!ライトバック!」

千歳さんが背走していき、ライトのフェンス前で止まった。

「犠牲フライには充分の距離だ!」

走者がボールの行方を見ていた。

右翼手の千歳が球を落とさずキャッチする、と同時に2.3塁走者は走り出し、3塁とホームベースを通過した。タッチアップだ。

「那珂!犠牲フライ!一点返しました。なおもツーアウト1.3塁」

那珂は自由にやらせるのが一番だ。

軽巡洋艦の中でパワーは劣っているが、ケース打撃の判断力は優秀だ。

一航戦の守備能力だと転がすと何でもダブルプレーにされるからな。

「いつもありがと~!」

ライトスタンドの第四駆逐隊にねぎらい、一塁線から離れていく。

自由な奴であるが、自由にさせるだけの価値がある。

そうベンチで佇み、提督は思った。

あの一件以来お互いに腹を割って話せたしからな。

アイドルも艦娘も諦めない、その覚悟が見えてくる。

「良いぞ、那珂!」

俺はベンチの前でハイタッチを促した。

と言っても身長差があるため、俺の肩と並行に伸ばした。

「はーいタッチ!」

そう言ってバットを片手にタッチする。

「よくやった」

「ありがとうございます!お仕事遂行しました!」

那珂の笑顔は満面で堂々としている。

二人でベンチへと戻っていく。

「後続は白雪と杉野くんですね」

今日は杉野にレフトの座を譲っていた神通がベンチでつぶやく。

その言葉を耳にしながら、提督は神通の隣に腰を下ろす。

「どうだ、俺が見てない間でも練習や試合してただろ?杉野はともかく、白雪は打てるんだろ?」

「杉野くんに課題与えたのは提督なのに、その態度はどうかと思いますよ」

うっ、神通の若干棘のある言葉が刺さる。

彼女は左翼手で出場予定だったが、ねじ込まれた杉野に追い出されてしまった。生真面目に一週間前から用意していた彼女にとっては青天の霹靂だった訳だ。

「来たばっかりのあいつらを信頼してないか、か?」

「…!」

まあ、そうだろうな。

一応色々と根回しはした。

だが、俺たちは大きな隠し事をしている。

それはこの世界を揺るがす程の秘密だ。

ここにいる艦娘と政治家と自衛隊のごく一部しか知らない。

「…あのまんま放っておいても、可哀想なだけだし、まあ知られた時は知られた時だ。こうやって聞こえないであろう距離でも聞き取れるやつが居るかもしれんぞ」

そう俺は言った。政治家や内閣府の中のパワーバランスの中で、防衛省、警察庁、海上保安庁の間で乗り気になれない競争が起きてしまった。だから2月の暮れに貧乏くじを引いたのである。こっちはこっちの秘密を守りながら、相手を鎮守府に2年過ごしてもらうという、虫のいい計画である。

「…私はただ、」

「分かっている。それでも俺たちは、ここまでかすかな前への道を手繰り寄せて来たんだ。あいつらを戦争に連れ出した人間は何かしらを狙っている。それは恐らく最低俺たちの足を引っ張る為だ」

「最低は、かぁ…。最高は提督の無力化でしょ?そんなに悠長な事言えるの?」

川内は横から会話に入った。彼女もやはり気をもんでいるようだ。

「…そうだな、おそらくE組を送り込んだのもそいつの手なんだろうなぁ。ならまだ俺と大和までだ」

「…それでも、“その先”はあるんですよね」

神通が眼を伏して靴の紐を結び直しながら返答した。

「…まあな。他言無用というか信じてくれる可能性すら薄い話だ」

そう言って自分用に用意されたゲーミングチェアに腰を下ろす。

…息抜きにパソコンゲームする時用にゲーミングチェアがあるが、それよりはやっぱり座りやすい。

まああるだけあり難い。疲れ始めていた身体には染みる物がある。

「色々懸念材料があるのは分かる。というか本当あっさり逃げ出す、とかしてくれた方が確かに良いんだけどな」

俺はライトスタンドに視線を向けた。メディア席の周りにはこの試合を観に来ているE組と水雷戦隊の主だった艦娘達が雑居して座っていた。

「…俺らが言えた口では無いんだが」

一言ぽつりと話した。

今まで喋っていた二人は恥じ入ったように口をすぼめた。

と同時に控えに居た夕張が荒い声を出す。

「全く、そんな過ぎたこと言ったって仕方ないでしょー」

と言って俺の頭にグラブを置く。

「…夕張か。お前俺の後やろ」

そろそろブルペンに行っておいて欲しかったのだが。

「ご心配なく。五月雨ちゃんと今行くつもりです」

…さみだれ?

「あのドジっ子具合とあの体格で捕手務まるのか?」

俺は疑問をぶつけた。捕手はかなり注意力の要るポジションである。

五月雨はそういう注意力に欠けてるように思うのだ。

「小型艦に捕手志望少ないですし、座らせる程度には出来るように仕込みました」

小型艦は確かに捕手をしづらいだろう。的が小さいので、ボールを止めるプレイの難易度が高いのだ。

「色んなチームの分け方出来るかと思ったがキャッチャーだけはどうにもならんか…」

「今回は山口さんで良かったけど、一昨日艦娘になった秋月さんは駆逐艦でも体格良いですし、捕手やらせてみれば良いと思います」

神通が冷静に進言してくる。

「確かに秋月は軽巡洋艦並の体格がありますけど、あの姉妹は13人に居るから他の姉妹が出揃うまで待ったほうが良いのでは?」

吹雪型、陽炎型、綾波型、夕雲型…姉妹同士のつながり、艦娘は姉妹を、更には上位の艦艇を敬慕する。そういう風に出来ているのだ。

「白雪が打った!」

右中間への流し打ちが決まった。同点の三塁ランナーがホームイン、一塁ランナーが三塁、白雪は一塁に到達した。

「次は杉野だ。勝ち越して欲しいが」

提督はそれまでの話を打ち切り、杉野の一動作を凝視し始めた。

「提督…そんな名探偵うさこちゃんみたいな目線じゃプレッシャーになりますよ」

神通が嗜める。

「ううっ…凄い視線を感じる…」

俺はそう背筋に薄ら寒い物を感じていた。

(まあ…そりゃあそういう目線だよな)

提督の眼力に強さに慄きながら、打席に立っている。

大和さんとの対決は1打席目三振であった。

(変化球を見せられると頭の中に入っているはずのストライクゾーンがめちゃくちゃになる…!)

シュートもスライダーの投げ方にわかりやすい癖があるなら苦しんでいない。完全に錯視の世界である。正直プロ野球でも飯が食える、変化球のレパートリーである。

(!)

内角シュートだ!

「うおっ!」

すんでのところで腰を思いっきり退いて回避した。

(手加減無し…)

ツーアウトだから投手も捕手も全開だ。

右打者のシュートはホームベースから離れて俺を立たせようとしている。

ということは外角で勝負してくるはずだ。

次の球は思った通りに外角に来た。

全力でバットを振る。

ところがボールは振ったバットの根本に向かってシュートしてきた。

「うぉ!そっちか!」

ミートスポットの根元に当たる。

と、同時に木製バットにヒビが入り、打球が前に飛ぶ。

俺はバットを放り投げ、一塁へと全力疾走する。

(うおーっ、もっと良いところに転がれ~!)

投手の右横へ勢いよく転がっていく。

「ショート!」

打球速度は根元に当たったにしては速く、大和さんは反応が遅れた。

「させない!」

古鷹さんが素早い足運びでボールに近づく。失速していく打球をグラブの持ち手じゃない右手で掴んでそのまま身体を独楽みたいに大きくファーストへ投げた。自分の全力疾走との競争。同じタイミングかと思ったが、塁審はアウトのポーズ。

 

こうしてレッドオーシャンズとブルーソルジャーズは4回裏が終わって、4-4の同点であった。

 

 

 

5回の表になったが提督はアウトより四球が多いという有様であった。

ツーアウト満塁。

打者は千代田である。

「あーっ、押し出し!押し出しです!」

初めてストライクが一球も入らない押し出し。

5点目がレッドオーシャンズに入った。

(…限界か)

そう思いマウンドに向かう山口。

この回3回目の四球。

草野球だから何度も行っても違反では無いのだが、試合を長くしたくない。向かいながら一塁側のファウルグラウンドに目線をずらす。夕張が五月雨を座らせて投げている。

(大丈夫そうだ)

「宇田川海将!」

下の名前で呼んだりはしない。大勢が見ている前、彼自身のイメージを悪くする前では特にだ。

「もう降板したほうが良いみたいだな」

提督の声色は明るい、だが顔の表情に余裕がない。悔しさを必死に噛み殺している。

「この悔しさは次の試合に活かそう」

信悟の周りには内野陣が集まっていた。

「司令官…」

始まりの駆逐艦達は四人四様の顔をしている。

不安そうな吹雪。

いつもの通り笑顔な深雪。

無表情で感情を表に出さない初雪。

至って冷静沈着である白雪。

どれも目をそらさずに俺を見ている。

尊敬されているのである。

だから、自分の遊びにまでにも全力で挑んでくれるのである。

俺は英雄にならない、だが彼女達を導かなければならない。

俺たち3人はその為に居るのだ。

「よし、白雪ショートに移れ、サードに吹雪が入って、俺はファーストになる」

自分の降板による打力低下を防ぐ為に一番打撃力が劣っている初雪をベンチに下げる。その代わりに守備力が下がるが負けている今には必要なリスクだ。

「夕張!頼む!」

その声を聞きながら夕張が走り寄ってきた。あまり俊足の類ではないので、全力疾走である。

「はーい、夕張さん到着、今からブルーソルジャーズを抑えますよ!」

普段は緑色の髪をポニーテールにしているが、試合に支障をきたさないようにしているのか今は妙高のような編み込みの髪である。五月雨にそうしてもらったのだろうか。

「じゃあみんな、定位置に就いて再開だ」

「おー!」

と言って俺らは変わったポジションへと散開していく。

「レッドオーシャンズは投手が夕張に変わりました」

実況の明石さんが高らかに実況した。

夕張さん。兵装実験で産まれた軽巡洋艦。小さめな身長は日本で一番小さな軽巡洋艦という部分での再現だろう。と言っても大鳳さんや瑞鳳さんよりは大きく、茅野より。そんな彼女はメンバー表に左投左打と書いてあった。

「夕張さんはどんな投手なのですか?」

僕は大淀さんに聞いた。

「サイドスローからクロスファイヤー、スライダーとナックルカーブ、ナックルが武器です」

淀みなく大淀さんは答えた。

「3つの武器がありますね」

僕は彼女がどういう投手になりたいかがわかった。大和さんの投手の技術を取得しながら、ナックルという自分の理想を両方とも詰め合わせた物だ。

先ずクロスファイヤーはサイドスローの問題である反対側の右打者を料理するため、スライダーは左打者に限らずクロスファイヤーで腰を引かせた右打者の膝元に狙えれば有効だ。ナックルカーブもナックル習得のついでに二つとも覚えたのであろう。それにしてもナックルボールは手の全部の指の力を使い、大きなボールを掌全体で捉えないと投げられないボールであり、日本人の手の大きさではナックルを十分に扱えない事が多い。近年山崎康晃が極稀に投げるが、それ自体を武器にしてはいない。

「おー、夕張、初端から挨拶代わりのナックルですか」

明石さんが感嘆した声をあげる。無回転で重力によって下に落ちる球に秋津洲さんは為す術もない。

あっという間に三球で三振をとり、チェンジである。山口海将補のキャッチング能力はここでも冴えている。

「ナックルに対応が出来るのは凄いですねぇ山口海将補」

ナックルの最大の武器は無回転ということでコースの予測がしづらい事だ。それは捕手にも言えることであり、上手な捕手でもキャッチが出来ず後ろに逸らす、いわゆる後逸が多くなる。

(…ん?秋津洲さんならストレートでも大丈夫なのに…)

なんであの満塁時にナックルを…?何故、山口海将補はそんなことを…?

(…)

ベンチに走りながら戻る山口海将補は無言であった。だが眼はギラギラと光っているように見える。

(印象を植え付ける、これが1つ目の仕事)

「山口さん本当キャッチング上手いですね」

夕張がいつの間にか横に並走していた。

右手のグローブで顔を隠しながら話しかけてきた。

「佐賀にジョー・マウアーあり、それに名前負けしないようにはしてるぜ」

「やっぱりナックル投げさせたのは狙い通りでした?」

流石夕張だ。その辺の智嚢は持ち合わせている。

「そりゃあ、まだ試合では三回しか投げてないんだろ?向こうにナックルの影を印象付ける意味合いだな」

俺は出来るだけ声を潜めて言った。

(提督の下でこの人が居るというのはやはり大きいわね)

夕張は2ヶ月前の事を思い出す。

何度もある艦娘を仲間に入れる為に提督の心の穴を埋めるべく必死だったあの時間を思い出す。深海棲艦と戦って勝利を得る方がはっきり言って簡単だった。

(それが今度は学習補助という名のある種のお客様、ですか)

ベンチが見えてきた。提督がベンチ前に立って、他の野手達を出迎えている。

「不甲斐なくて済まない。だが、また反撃可能だ。行くぞ!」

提督が発破をかける。

「私が最初の打者ですね」

夕張が左打席に入る。

大和の一球目は外角を逃げていくシュートボールを何の臆面も無く打ち返した。

だが、打球を遠く飛ばせるバットの芯の部分に当たらなかった。ボトンと三塁の前に転がっていく。加賀は猛ダッシュでボールに近づき、ベアハンドキャッチで一塁に投げた。

「あーっ、夕張選手の足は遅い」

そういや忘れていた、夕張は足が遅いんだった。

夕張の足はあっさりと加賀のストライク送球を前にして敗北を喫した、その後も三者凡退になり大和は5回裏を投げ終え、勝利投手の権利を得た。

「大和さんは結局マウンドから下ろせなかったか…」

(段々と集中力が上がっているな…)

俺は大和の顔を見た。

(脳は動くが、身体が動かなくなる境目のあたりだ)

(だが、)

俺はその事に嬉しい物がある。

(最初はあの身体持て余していたからな)

そっか、あの時もあいつは強かったからな。

(もしかしたら、彼女の可能性を理解できてないのは俺なのかもな)

そう思いながら、6回表のファーストに走っていく。

6回表は打順1人目の加古がレフト前のヒットを打ったが、大鳳を三振、古鷹をダブルプレー、赤城を三振に討ち取った。

6回裏は好打順である。

一番の川内がクロスファイヤーのストレートを痛打。ライトフェンスの直撃の単打で、次の打者深雪がバントを三塁手の前に送った。ところがその送球がファーストの赤城がジャンプしても届かない程の悪送球。ネットにぶつかって、その向こうの海に到達せずにポトリと落ちた。ファーストの赤城と投手の大和がダッシュでボールに近づいていく。一塁側のファールゾーンは平均的な広さだが、ファールゾーンの向こう側には、海に面する一塁側のスタンドとライト側のスタンドを繋ぐ、細い道しか無い。そのネットに当たり、落ちていくボールを獲ったのは赤城であった。川内は三塁、深雪は二塁に到達した。

「同点のチャーンス!ここはクリーンナップの山口海将補と宇田川海将が控えています!」

(…大和は総力を尽くして俺を止めに来るであろう)

ノーアウト2.3塁。敬遠しても次の信悟に対してノーアウト満塁という危険な状態になる。

(じゃあ、抑えるしか無いよなぁ!俺をなぁ!)

アドレナリンが吹き出る。バットを持つ手袋に汗がにじむ。力だとほぼほぼ勝てない、だが俺には技がある。大和がセットポジションからクロスファイヤーのストレートを投げた。秋津洲はここに来て賭けに来た。

 「おっーと、三塁の川内が走っている!スクイズだ!」

バットを横に構えて、屈んで視線をストレートに合わせる。そしてボールを一塁線へと押し出すため、バットを僅かながら短く構えた。打者側から見て狙うポイントは投手の右手前。大和の加速力の無さを狙う!

…コツッ。

同点を狙うバントは転がった。

「…なんだと!」

俺は驚愕した。ボールが転がる先にセカンドが、加古が居た。

「あーっと!なぜそこに居るセカンド加古!」

左手のグラブで掴んで、即座に捕手へグラブトスする。

川内もホーム直前まで来ていたが、後戻り出来なかった。川内は本塁で憤死することになる。秋津洲はその動きのまま前進を止めて、一塁に戻っていた一塁手の赤城に投げてアウトとなる。

「ダブルプレー!」

「おおおおおおお!」

ノーアウト2.3塁がツーアウト3塁に変貌してしまう。

大歓声が巻き起こる。

「oh! Amazing!」

「Excitingかつgraceなplayでした!」

大きく声を挙げて称賛するアメリカ艦の二人。

(確かにあのバント、一二塁間へ行くボールだったけど…。多分少しでも投手よりに転がったら大和さんは反応できたと思います…)

だが、そこに行かなかった。

なんという技術力だ。

だがそこに転がったボールはセオリーに反したセカンド加古の超反応に負けたという事だった。

「…」

提督、宇田川信悟は嬉しかった。

正直自分の趣味を押し売りしたような物であった野球が、みんなのおかげでこんなにレベルが高く、そして楽しめている自分が居た。

そう、一瞬過ぎった心をバットでヘルメットをつけて軽く叩いた。

(喜ぶのはまだ早い)

 どんな勝負でも負けない。その心を埋めるためならなんでも良かった。自分の好きなものを選んだのは自分の勝手な願いだった。

彼女を打つ事になるとは、その時は露程も思っていなかった。

(遠く打つ必要は無い)

ツーアウトだ。フライ気味に打つのは最適解ではない。ホームランを最初の打席は打てたが、それは心の隙を突いたものである。

(今の大和はどうだ…?)

今まで一番自然体の様に見える。

(打たれて疲労した分、無駄な力が抜けるところもあるが、こっちの意図もバレバレな場面を考えると…)

と考えると高めのボールゾーンにストレートが来た。

「ボール!」

審判は予定調和的にボールボイスをする。

(アマチュアの審判も兼ねているだけあってボールゾーンが一定だな)

そして、秋津洲は自分の予測と大体同じにしてくる。だが、最後は外してくる。

(そこまでに打つ必要がある、が…)

2球目はど真ん中から逃げていく高速スライダーであった。

今まではストレートと同じ投球フォーム、近い球速の球であった。

だが、今の球は疲れを誤魔化そうとして自然と腕を伸ばしたと言うより、やや意識的且つ無理に伸ばしている。そのようなズレは俺の目には騙せない。若干の投球モーションのズレはコントロールの乱れに繋がる。

(やっぱり…!)

今の大和が投げた球は先程より数センチ俺の内側に投げ込んでいる。それならば外角のコースの右下を振り込めば打てる!

「打ったー!」

明石が叫ぶ。だが、俺は自分も疲れている事に気付いてなかった。

「速度がありますが、打球は上へとあがって行きません。センターライナー!」

(きちんとした角度で打球を叩けなかった)

そう思い大和の顔を見る。ほっとしていた。が、俺の顔を見ると少し控えめで嬉しそうな顔をしていた。

(お前はいつもそうだな)

と思いつつ俺は自分のベンチへと戻る。大きな優しい大和撫子。

(俺の最初はこの人で良かった)

 は、いかんいかん、打てなかった上、更にこの後はファーストの守備がある。早くベンチに戻って帽子とファーストミットを…。

「司令官…」

控えになった初雪がファーストミットと帽子を持ってきてくれた。

「お、ありがとう」

俺は両手で差し出されたその2つを取り、代わりにバットとバッティング用の手袋を渡す。

「…」

初雪はなにか言いたげだ。引っ込み思案とまでは行かないが、基本はインドアで表情を顕にするのも少ない。無口で自己主張しないタイプだ。

「…どうした」

言いたい言葉を引き出す為に声をかけた。

「…野球って案外楽しいんだね」

そう言って、伏せがちな目を起こして話した。

「そうだ。俺は自分の経験で野球を推した。他のスポーツでも似たような感動が得られると思うぞ」

赤心なく言った。正直ここまでハイレベルに戦い合う。そう分かって作った球場も無駄にならなそうだ。

「そうじゃない…。野球だったから良かった…、司令官のマウンドでの姿が、か、かっこよかったから…」

初雪は真っ赤である。ここまで自分自身の気持ちを晒したのは恥ずかしいけど、言いたかった事なのであろう。

「…そうか。じゃあ勝たないと格好がつかないな」

俺はそう言って初雪の頭を撫でた。それを初雪が嫌がる。

「恥ずかしいからやめて…」

 そう言って頭にある俺の右手をどかそうと掴む。

「おっと」

そう言い、右手を離して、グラブと帽子を身につける。

「この一試合くらい勝たなきゃ、天下の恥だよ」

と俺は後ろ斜めに向き直し一塁へ走っていった。

 

 

9回裏になった。お互いにヒットを打ち合うものの、点になったのが7回に夕張さんが赤城さんに2ベースを打たれて、点差が1点差から2点差に開いた。と、なると伊勢さん日向さんが出てくるであろう。

「さて、最終回の裏!レッドオーシャンズにとってはまだ追いつく点差でしょう。大和に変わってクローザーの伊勢が出てきます。捕手も秋津洲に変わって日向が出てきます」

伊勢さん、日向さん…

今思い返して、何故自分があの感情になったのかがあの時は分からなかったけど、落ち着いた今なら分かるかもしれない。まだ自分には艦娘という物を理解してなかったのだ。まだ彼女らの事を普通の人間だと思っていたのだ。彼女らは海での栄光も敗北も知り、どんなものでも貪欲に勝利をひたむきに追い続ける姿なのだ。筋肉を増強した肉体、様々な装備を持つ機械でもある艦娘はその戦いを強く刻んだモノなのだ。そして人であった頃の思い出はあくまでも記憶として昇華しているだけなのかもしれない。

「…」

「…どうしたの、渚?」

…もしかしたら、ボクは演技も配慮も必要をしなくなった「茅野」を茅野と呼ぶことは無くなる日が来る、そう思った。

 「なんでも無いよ」

と言って笑顔で返す。そうやって杉野はそんな艦娘たちに混じって野球をしている。

(そうだ、期待されているんだな、杉野は)

2点差開かれたレッドオーシャンズ、先頭は提督の打席である。

「日本のダン・クイゼンベリー」そう自分を形容した伊勢。

投球練習を始めるが、投球フォームが確かに日本人のアンダースローじゃない。

(確かにクイゼンベリーと同じだな。利き手の右の方に流れていく)

アジア人のアンダースローは腰を傾けて、マウンド前の地面と“一体化“するが如く傾ける。

それに比べるとダン・クイゼンベリーの傾きは浅い。下から投げて行き、左足を踏ん張る事はせず、体は利き手の方へと流れていく。

 (投球練習で投げているのは全部直球…)

アンダースローで見てもかなり速い。直球のスピードが出づらいアンダースローでこの速さは出色だ。

(変化球を見せないという手段か、猪口才な)

「プレイ!」

審判が試合を再開させた。伊勢は振りかぶり、投げた。

(外角に直球…)

 何も変哲もない速球に見えた。ところが、その速球は一気に自分の身体に向かって曲がってくる。

「ストライク!」

「おーっと、伊勢選手の武器、高速シュートが出ました!」

(くっそ、明らかに様子見に来た俺をおちょくってんな)

もう一度伊勢の投げられる変化球を思い出す。

(シュート、スライダー、カーブ、シンカー…アンダースローで投げる球なら何でも投げられるな)

昔、一回だけアンダースローの投球を見たことがある。下から上に投げる為、球が下から上への浮き上がるように見える。この投げ方において変化球は独特の変化をする。

(まあ、前に対戦した投手は力不足だったから、ホンモノのアンダースローってのは初めてなのかもしれん)

伊勢は捕手から返球を受けたらすぐ身構えた。

(考えさせる時間を与えさせないつもりか)

伊勢は振りかぶり、また下から上へと投げる。球速は直球と変わらないスピードだが、勢いよくブレーキしていく。

(これは…!やばい、ストレートじゃない)

それはMLBで見られるパワーカーブという球種であった。

そのボールはまるで最適解を求めるように外角低めのボールゾーンに収まろうとする、しかし、そう感じるより先にバットが出てしまっている。凡打を避けたい俺にとっては当てないという回避方法しかなかった。

「ストラーイク!」

なんとか当てないように振り、空振りとなる。

「くっ…」

(ここまで完全に手玉に取られた…)

日向が捕手になったのもこの辺の観察眼も鋭いからである。変化球のキレを投球練習の中で見せない事によって俺を追い込んだ。

こういう場合はこの二人のペースに乗らないことだ。ここで三球目のストライクは来ない。次のストライクにする球質が良くてもヒットを打てる確率があがるからだ。

(…と思うだろうな)

日向はそういった気の緩みを許さないであろう。外したとしてもあのシュートを内角に向けて伊勢に投げさせてくるだろう。

(あのキレのシュートは見たことが無い)

大和から投げ方を教わったのであろう。直球との見極めが難しい上できっちり曲がるシュート。

その思考を知ってか知らずじゃ伊勢は投球モーションに入る。

(ああっ畜生、どうにでもなれ)

結局三球目は何を投げてくるかの思考が定まらず、伊勢は投げてくる。

(ストレート!)

内角のストレートは上手にコントロールされていて、審判によってはストライクとなるだろう。だから当てるしかない。

「打ったー!」

明石が叫んだ。

「くっ…」

振り切りが甘い。風もあるのでグラウンド内にしか飛ばないであろう。その懸念はその通りとなりレフトへとフライが上がっていく。レフトの千代田は当たり前のようにフェンスの前でキャッチした。

 

「千代田取ったー!ワンアウトです」

明石さんが叫ぶ。レッドオーシャンズの敗北が残り2アウトへと迫ってきた。

「……そういえば杉野くん、まだヒット出ていないですね」

神崎さんが言った。

「あっ」

僕たちは提督が杉野くんに課した課題を思い出した。

「というか下手すると打順も回らないのでは…?」

大淀さんが言った。杉野の打順は8番、4番の宇田川海将が倒れたので少なくとも二人の出塁が無いといけない。更に2点差を考えても2人出ないと同点に追いつけない。

「Mr.Suginoは何されるのですか?」

サラトガさんが聞いてきた。

「提督にこの試合でヒットを打つように、一昨日言われて…」

僕は一昨日の事を言った。提督はこの試合に出場し、ヒットを打つように言われていた事を言った。

「言われて?」

サラトガさんが聞き返す。

……あっ。

そう言えば艦娘から打てなかった時の事を提督は話をしてない。

「あれ?そう言えばヒット打てなかったら何されるのかを聞いてないですね」

 僕の顔だけじゃなく、茅野も神崎さんの顔にもクエスチョンマークが浮かぶ。

「個人的に話をしたのでしょうか?そういうタイミングってありました?」

明石さんは僕の顔を見る。

昨日も一昨日と大して変わらない一日だった。艦娘のそれぞれの勉強に対する意識のデータは自衛隊からもらって登録済みだったので、どこまで覚えているのかの試験やヒアリングをして午後15時には艦娘毎に作戦、野球、その他鍛錬に向かい、僕らは集計し、来週の授業へのフィードバックの用意をしていた。だが、全員では無い。その例外の一人が杉野であった。

「…なるほど」

その理由を聞くと大淀さんも明石さんも答えに辿り着いたような顔になる。

「何か分かったんですか?」

 茅野が大淀さんに聞いた。

「そうですね。多分提督は…」

 

そう言って大淀さんはホームベースの方に目をやった。吹雪ちゃんが打席に入るところであった。

(…勝ちたい)

私はその願いだけを持って打席に立った。

大きく深呼吸をする。丹田の大切さを説いたのは榎本喜八だったか。下腹部に力を入れる。伊勢さんは速球を投げてくる時が狙い目だ。

「打ったー!レフト前にヒット!」

「おおっ、吹雪ちゃんが打った!」

 

 俺は喜んだ。チームの活躍を喜ぶ時はちゃんと喜ぶ。俺は野球選手として過ごした時間が何をすべきなのかわかる。どんな時でもチームを鼓舞することである。

あと一人のランナーが出れば、俺は打席に立てる。俺はこの試合、大和さんには全く手も足も出なかった。だが、その事を詰るような娘は居ない。ベンチは明るさ7:3諦めであり、満足という実感である。水雷戦隊の自分たちでも大型艦相手でもスポーツなら互角に戦える。その事が誇りなのだ。

那珂さんが伊勢さんの蛇の様な速球をライト前に運び、白雪ちゃんは三振した。

よし、俺の出番だ。

(伊勢さん、日向さん、勝利は俺たちのものだ)

そう思い、ネクストバッターズサークルから打席へ行こうとした俺に提督が後ろから肩を叩く。

「え、まだ打席終わってませんよ」

俺は最初、提督が俺にプレッシャーを与えに来たのかと思った。だが、提督は俺の予想とは違う言葉をかけられた。

「野球、楽しいだろ?」

「…へ?」

 このタイミングでこういう事を言われるのは意外であった。

「安心しろ。特にここで負けても、罰など与えん」

「…」

どういう事であろうか。

「こうすることでみんながどんな艦娘か分かっただろ?」

 …確かに。昨日一緒に練習したのは金剛さんとその姉妹、伊勢型の姉妹や川内型の姉妹であった。

金剛さんはリーダーシップと提督に心から愛情と敬意を持つ古参の戦艦であり、次女の比叡さんはそんな金剛さんを尊敬する妹であり、元プロバスケットボールの実業団の選手である。三女の榛名さんは絵本作家で艦娘である今も暇がある時も絵本を描いているとか。四女の霧島さんはシステムエンジニアで、日本で有数のIT企業で前途を期待されていた。

川内さんは鹿児島の高校生で祖父と父親は漁師だったとか、神通さんは富山県の高校生で、薙刀部に入っていた。那珂さんは見ての通り、茨城県でアイドル志望だったが、親に反対にされていたらしい。

「まあ…そうですね。特に大型艦のことを聞けたと思います」

俺は昨日の練習の事を思い出した。

―ああそうか。提督は艦娘を理解して欲しいのだな。

巷に溢れている艦娘の色んな流言飛語を聞かなかった日は無かった。艦娘を探す為の検査はデタラメで政府は美女だけを預けて提督に性的な行為をさせている。深海棲艦という敵は居ない、大国の自作自演だ。

でも、前者が大凡本当なのは驚いた。だけど、そんな堕落した淫猥な雰囲気はこの鎮守府から感じさせない。

「だろ、2年は長くて短い。そんな中でも一緒に同じ釜の飯を食う事は素晴らしい物だと俺は信じている」

 この人は信念に生きる人なのだろうな。俺たちを戦場に行かせない。その上で艦娘の生き方を見せたいのだろう。その事で相互理解を深めていく。それが彼の方針なのだろう。

「…分かりました。俺がこの試合の主役になってみせます」

「そうだ。やってこい!」

 

「…」

金剛はその風景をとても羨ましく思えた。

(ああ…ヤマトが見たかったものがワタシにも見えマス。ワタシはあの人の艦娘で良かったデス…)

伊勢が連打で打たれているのは心配だけど、何となく心がざわついて言葉に出来ない。首を下に曲げて葛藤していた。

(どうすれば…)

「どうしました?」

いつの間にかヤマトと比叡が隣に居た。それだけ葛藤で周りの見えてなかった事に気付く。

「……私らしくナカったですね」

そこでヤマトは考えたことを察したらしく、

「勝ちましょう。ちゃんとその事もお互いの思いをちゃんと話しましょう。…大和(わたし)が出来なかった事ですから」

大和はそう言った。

「それくらいじゃああなた達の絆は、千切れる事は無いデスネ」

と言って立ち上がった。

日向はもう伊勢の元に向かっている。ワタシもそうするべくマウンドへ行った。

 

 

マウンド上、金剛さんは何かを伊勢さんに話している。おそらくは今までの打席の内容についてだ。俺は伊勢さんの投球を見ている。スライダーをまだ投げてないが、あのスライダーを打たないと勝った気が起きない。

下から上に上がっていって斜めに滑空していく軌道を見せてくれたのは昨日の練習だった。軍から帰ったらアンダースローに転向を考えるほどに鮮やかな変化である。しかもダン・クイゼンベリーのように投げたら、左横に移動する。その動きは右打者の球筋とスライダーの浮き上がりで見えない様になっているのである。その動きで左から浮き上がっていく軌道が一瞬見えないのである。それでいて一気に右打者から遠ざかって行く。

(俺はあの球を打たなければならない)

右打席のバッターボックスの中、鳴り響く心臓は早まったりも、遅くなったりもしない。一拍は1秒、その間を135km/hは通過する。見失う球の軌道を予測するしかない、きっちり外角低めに曲がっていく。ある意味では伊勢さんと日向さんのリードを信じる事になる。

(この打席は艦娘たちがやる野球の可能性と俺の打撃技術の可能性との戦いだ)

伊勢さんはダン・クイゼンベリーを真似て、そのダン・クイゼンベリーより先へと昇っていく。そんな野球の神に魅入られた艦娘、いや人を、人間として留めて置きたい。

―――――何故か? 俺はやっぱり綺麗な女の子だけ、じゃ嫌なんだよな。どうしても女神が地上で俺を見ているのが好きなんだよ。

そうだろう?神崎さん、いや―――――有希子。

長い話が終わって、金剛さんはベンチに戻っていく。自己陶酔はここで終わりだ。伊勢さんが最強の決め球を放つ事を信じる。俺の「勝ち」はそれだけだ。提督にああやって言われたけどな、俺は野球バカだから、こういう事の堪え性はゼロなんだ。

伊勢さんが投球モーションに入る。目は燃えているが如く、キャッチャーミットから目を離さない。

「!」

シュートだ!しかも内角高め!

「うぉっと」

きちんと計算し尽くされたボールである。顔の前に通過させ、相手の意欲を削ぐ為だ。提督も大和さんもやっていたが、正しく同じことをする。

(どっちかから、影響されたんだろうなぁ)

大和さんも伊勢さんも本質はかなり近い投手だ。様々な速球や変化球を使い、最終的には変化球で最後のストライクを取るのだ。

「ボール!」

ストレートを外角に投げてきた。左右の揺さぶりに対する意識を高める為の一拍である。

(次は速い変化球だろう、パワーカーブ使ってきそうだな)

パワーカーブはペドロ・マルティネスが使っていた。球速の初速から急速にスピンがかかり、右打者のアウトローにぴったり収まるという強力な変化球である、ある意味ではスライダーより手強いが、かなりコントロールに腐心している節が見ていて感じた。多分少しでも指の位置がずれると行きつく所が悪くなるのであろう。

(やっぱり)

スライダー軌道とパワーカーブ軌道は明らかに浮き上がり方に違いがある。パワーカーブの浮き上がりはかなり高く、一瞬伊勢の身体より高く見えるのだ。

(確信は無かったが、読みは合ったようだ)

伊勢さんのパワーカーブは完成に見えるようでその実制球に苦しんでいる。

(外角低めに決まれば確かに価値あるが…)

「ボール!」

 やっぱりそうなるか…決め球にスライダーを使ってくる可能性は高くなった。

 

(…これも振らなかったな)

日向は一人この年下の男の意図を掴みそこねていた。伊勢は野球が大好きで、このダン・クイゼンベリーの投法を取り入れた。僅差の点差を守り切るストッパーという役目も自分で立候補したものだ。

お互いの出会いは別々の大学から同じ大手スポーツ用具メーカーに勤めた時だ。大阪の埋立地にあった会社で同じ営業で隣同士の机で色々と助け合っていた。だが、深海棲艦による第二のドゥーリトル空襲と言われた関東大空襲の衝撃は関西にも伝わってきた。この時まで遥か南洋で自衛隊の艦が敗北して沈んだという事実においてそこまで一般市民にはまだ理解されてなかった。だが、今回の空襲はそれを覆すものであり、全日本国民を恐怖に陥れ、国民達は限られた人間以外は海に近づくことを禁じられ、私達の会社も急遽大阪の内陸に移転することが決まり、その移転が済んで変わらず営業を続けようとする矢先に、私達に艦娘の適正があるという知らせが来た。

(その後は思い出すまでもない)

その時私達二人共、スポーツで受傷し、その後遺症に悩まされていた。だがその苦しみから開放される事、提督もその下の海上自衛隊員も元野球プレイヤーで色々と野球について詳しい事は好感が持てた。私達は命がけの道である艦娘の道を選ぶことにした。

(こんな感じで野球やるとは思わなかったけどな)

サイン交換が決まり、伊勢が投球モーションに入る。ランナーを溜めた勝負上、伊勢はセットポジションからの投球である。クイックモーションは完璧であり、走者の小細工を許さないようになっている。

(まさか、あのスライダーを狙っているのか)

あのスライダーは変化のタイミングが遅く、ベース上で上がって変化するという特殊な軌道を描き、完全に三振を取りたい時に使うものである。制球もパワーカーブより高めや低めに、何より投げた後の体重移動で下から上への変化の最初の数秒が分からない。だが、それは大きな弱点を抱えている。それは二度目以降、此の球は通用しないのである。確実に身体と被ってしまうから、である。ストレートも伊勢の身体に被るが、右打者の外角、左打者の内角に投げる球ではないと見えづらくならない。

(となると、金剛の読みは当たっているのかもしれない…)

伊勢のスライダーの完成はその特徴を逆手に取って見える、見えないを自在に操る事である。まだ私達はスライダーの投げ方で微調整をずっとしていたのであった。

(仕方ない)

だが、サインはもう決まっており、ストレートを投げる事で決まっていた。

「ストラーイク!」

やはり、杉野はスライダーを待っている。

伊勢よ。最後のスライダーは投げた後のジャンプをしないで投げるのだ。その心にある憧憬を振り払うのだ。ダン・クイゼンベリーに憧れた投球モーションではなく、自分自身に合った投げ方にモデルチェンジをする必要がある。それはお前の、伊勢という一人のアンダースローの投手として一人マウンドに上がるのに必要な事であった。逆に言うと僅かな試合とは言え、伝説の選手を仮託していたのは伊勢の野球知識が豊富な事で抱えている弱さであった。

伊勢は首を振らなかった。これで球のコントロールを喪うとホームランになる可能性がたかくなる。逆転サヨナラになる可能性が高くなるという危険を知りながらも日向の意図を完全に察したのである。

(よし、投げてこい!)

伊勢の顔はいつも通りの顔であった。そしてモーションをアメリカ人的な「身体を屈まず下から投げる」形ではなく、「しっかりと身体を屈して投げる」形へ。

雄叫びを上げながら投げる伊勢。そこから投げられるスライダーはパワーカーブみたいな速さは無い、だが前述の通り、伊勢のスライダーは下から上へ変化してまた下へ滑空するのである。

「うおおおおおおおお」

自然と声が出ていた。一旦高めのボールゾーンに一度浮き上がるのが見える。

(もうバット振らなければ)

低めじゃないと信じて振るしか無い。自分に与えられた、唯一の任務だと信じて。

 

「打ったー!」

「おぉぉ!」

僕達は雄叫びに近い歓喜の声を上げた。この外野から見てもこの試合で一番不可思議な動きをした変化球を捉えたことによる衝撃が一番を占めるものであった。

右から左へ流れて行くライナー。ライトスタンドに向けて真っ直ぐにこの放送席まで飛び込んで、そして神崎さんの左手に収まった。

「逆転サヨナラ3ランホームラン!!!」

どの声が誰の声かが分からないほどの大歓声。

「なんとドラマチックな事でしょう!彼氏が彼女に届けた殊勲打!」

明石さんはその熱に浮かされたように叫びながら実況する。

近くに居たE組が放送席へと流れ込む。

「すごいなあ!杉野は。神崎さん(彼女)にサヨナラホームランを捧げるとか、そんなのドラマでも見たことが無いぞ!」

磯貝くんが興奮を抑えて僕らに話しかけてくる。

感情が遅れてやってきたのか神崎さんは顔を赤くしていた。目立つのをあまり好きじゃなかった。彼女はみんなから言われている事への恥ずかしさなのか嬉しさなのかが自分でも説明できなくなっているような顔である。

「ホラホラ、みんな神崎さんだけじゃなくて今日のヒーローを褒めないと」

見かねて神崎さんに助け舟を出した茅野が居た。

「あなた達だってラブラブだったじゃないの、そんな事言えるの?」

中村さんがからかうように話しかけてくる。

「そ、それは…」

言いよどむ茅野。自分でも余り意識してしなかったが、遠慮がちな彼女の手をぐんぐん引いていた気がして確かに少し恥ずかしい。

「ま、まあそれは後にして…」

 僕はそう言ってその話題を遮ろうとした。その時、

「おっ、杉野がこっち来るぞ!」

誰が発言したか覚えていない。

話している内にチーム同士の挨拶が終わり、杉野や提督、水雷戦隊のみんなが、戦艦や空母の人たちがスタンドへ挨拶しに来た。

「今日のヒーロー、杉野友人くんが来ました!」

明石さんが明るく紹介した。

拍手が巻き起こる。みんな彼女へ飛んだHRへの事を煽っている。

「みんな、観戦ありがとう!」

そんな中、それに気圧される事無く、僕らに向けて声を出した。僕らは静かになった。僕らの視線が杉野へと向かう。

「有希子!やったぞ!俺はやったぞ!」

杉野は喜色を隠さず愛するものへ満腔の喜びを表した。

それに対して艦娘も含んで拍手したり手笛を吹いたりしていた。

「本塁打はおろか、彼女がキャッチ出来る打球を打つとか持っているなお前」

提督が肩を組んできた。今日は色々な提督の感情が見られたが最後に特大の笑顔が見ることが出来た。

「…提督、割と感情表現豊かですね」

僕はそんな提督を見てそう思った。

「あ、気づきました?あの人の素は熱血ですよ?」

大淀さんが答えた。

「あ、そうなんだ…」

なんか納得した。戦功を上げる将軍はなんというか磯貝くんが冷静な

「まあ、あれでも戦いの指揮は冷静だし、頼りになるんだな~」

 明石さんがフォローする。提督が愛される理由が良くわかったような気がした。

 

 

「…ふう」

伊勢は静かに息を吐いていた。

「なんだ、杉野に妬いているのか?」

 私はからかうつもりで伊勢に話しかけた。

「ふーん、日向にはそう見えるんだ」

 予想外に伊勢は落ち着いていた。

「意外だな。流石にもう少し悔しさとか見せると思ったが」

思っているそのままを話す。ストッパーという役割はまだ経験が少ない上に救援失敗は初めてだ。自分の不甲斐なさで怒るとか、気まずさで誤魔化したりとかも言っても別にそこまで驚かなかった。

「完敗よ。少なくとも半年間の努力は彼の過ごした野球経験には叶わなかったわ」

伊勢はそう何かを悟った顔をしている。

「…艦娘は人間が機械の魂と繋がる為に筋力を強化し、その身体を消耗から防いでいる説を義臣から聞いたことがある」

だから、伊勢のスライダーを巡る戦いはもしかしたら野球の何かしらの魂とリンクしてしまう可能性があった、私はそう思う。

「私達は肉体で出来たサイボーグであって、シャーマンなのかもしれんな」

そう伊勢に問う。

「確かに。今ならヨッシーの言葉が分かる気がする。アンダースローとして理想という見えないモノを追う事。それは人類の見えない理想を背負う器になったのかもしれない。

(そういえば、人々が望む器には人間はなれない、と言い切ったアニメがあったな。だが、艦娘なら可能にさせるものなのだろうか)

「日向!ほら、ぼーっとしないでみんなでグラウンド整備しなきゃ」

 伊勢がそんな思案に夢中な私の手を引っ張る鎮守府の皆が助け合ってグラウンド整備をする。それが鎮守府の野球チームの決まりであった。

「すまん、その前に話したい人が居る。杉野―!」

そう言って、伊勢の手をほどきながら杉野を呼ぶ。

「はーい、なんでしょうか?」

 神崎と潮田と雪村を連れていた彼は、傾き始めた陽に少し日焼けした顔が赤らめたように見えた。

「野球…楽しかった。また伊勢と、いや、鎮守府のみんなと野球をやろう。そして、私達の戦いに手を貸して欲しい」

そう言って私は手を差し出す。

「そんな事言わなくても、俺は覚悟決めてますよ。野球バカですからね!」

 そう言って私の手を握り、これ以上無い笑顔をした。

「そうか、心強い」

 そう言った私の顔も緩んだような気がした。

 

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