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喋るオレンジジュース

『こんにちは! コインを入れて好きなボタンを押してね!』

 

 ふと夢で聞いた声は電子音。

 何度も聞いて、何度でも聞きたいと思っていた電子音声。

 いつまでも忘れられない記憶の中にこのセリフがある。

 

 これは僕がまだ小さかった頃、一人で出かけたのがわかってしまうと叱られて納屋の奥に押し込まれてしまっていた頃の遠い記憶だ。それは街の中心に突如として出現した大きな箱、名前こそ覚えていないのだけど母はよくハトさんのお店に行こうねとぼくを連れ出してくれたから、僕はあのお店はハトさんのお店としか覚えていない。

 

 

 そのお店の屋上には小さな遊園地があった。

 本当に小さくて、あるものと言えばベンチがいくつかとお店のセールを知らせる看板、それと買い物に飽きた子供用に設置してある乗り物が二つほどだけだった。その乗り物は雨にやられて少し疲れた顔の馬が数匹と、大人が乗るにはきびしいサイズの馬車がクルクル回るメリーゴーランドと、屋上の外周を回るだけの、フェンス越しに街の景色を眺めるだけの二両編成の汽車が設置してあるだけで本当に小さな、それでも幼かった僕にはとても大きな遊園地があり、娯楽に飢え続けて止まない僕のような子供にはそれだけでも十分に立派すぎる夢の国だった。

 

 

 なにか買い物をして、それから屋上でどちらか一つの乗り物に乗ってから帰る。

 そんなお出かけが僕達の定番コースであり、その流れはいつまでも変わらないものだと思っていた。

 けれどいつの日か、その流れを乱すものが現れたのである。

 

 それは、言ってしまえばタダの自販機だったのだろう。

 当時はまだ道のどこにでも自動販売機が置いてあるほど街が街としてなっておらず、店員のいない場所で飲み物を買う行為はとても贅沢で、それこそTVドラマの中だけの話だった。

 そうして増えた夢の国の乗り物、ソレは乗ることなんて出来なくて、透明な半円の容器の中で噴水のように湧き出しているオレンジジュースを下から見上げることしか出来なかったのだけれど、乗り物に乗った帰り道にその夢のジュースを買ってもらい、はしゃいだぼくの喉が潤ってから帰路につくというのが僕達の夢の定番となった。

 

 

 今はもう建物も壊されて、夢の国も夢の中でしか行けなくなってしまったけれどなぜだろう。

 久しく帰っていない実家に戻り、出かけることも減ってしまったらしい母を誘って出かければまた夢の国に行けるかもしれない。そう思えてしまうのはなぜだろう。

 

 実家へ向かう電車の時刻表を眺めるぼくの頭の中では、あの二両編成の汽車に乗って笑う僕達の姿が薄っすらと浮かんでいた。 

 


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