「う、ん……」
星がゆっくり瞼を開く。視界に映るのは見慣れた命蓮寺の天井。これから察するに自分は今まで寝ていたと言うことになる。
「目が覚めたかご主人……」
横から聞きなれた声が聞こえた、振り向くと従者のナズーリン――心なしか目元が赤く腫れ上がっているように見える――と……見慣れない黒髪の青年が居た。
「貴方は……?」
「俺は火野映司、聖さんの知り合いです」
聖の知り合いだと言う青年――火野映司は人の良さそうな笑みを浮かべ、自身の名前を言う。
映司の言葉から出てきた聖、聖と言えばあの時、自分を庇ってあの怪物の攻撃を――――
「聖ッ!」
星は鉛のように重い体をなんとか動かし、上半身だけ起き上がる。
そうだ、聖は聖はどうしたのだ? まさか――
居てもたってられなくなった星はナズーリンに掴みかからん勢いで詰め寄った。
「ナズーリン! 聖は、聖はッ!?」
「落ち着いてくれご主人! 聖は怪我こそしたが大したモノではないし、もう意識も回復している!」
「そうだったんですか……はぁ~……」
ナズーリンの言葉により星は安堵の溜め息を吐いた。
「とりあえず、ゆっくり休んでいてください。今、聖さん呼んできますから」
「それなら私が――」
怪我をした聖を動かすのは悪いと思い、星は自分の方から行こうとするが、
「いや、火野の言ったとおりご主人は休んでてくれ。聖よりご主人の方が疲れているからな……」
ナズーリンの説得と、その今にも泣きそうな顔を見て映司の言葉に甘えることにした。映司は聖を呼ぶために部屋から出る。
元々静かだったこの部屋が更に静まる。星は再び横になり、ナズーリンの方を向く。さっきまで泣きそうな顔だったのに既に普通の表情に戻っている。あの顔は自分の見間違いなのだろうか? 星は色々と思考するが寝起きたばかりで上手く頭が回らない。
数十秒くらい経ち、星は聞こうと思っていた自分が倒れた理由をナズーリンに聞いた。
「あの、ナズーリン……」
「なんだいご主人?」
「私はどうして倒れたのでしょうか……? 聖が私を庇ってからの記憶がどうにもなくて……」
「…………」
言葉を濁すナズーリン、だがゆっくりと話し始めた。
「聖がご主人を庇ったあと、ご主人が朝見せた変なメダルがご主人の体の中に入ったんだ……そしたらご主人の姿が変わった……その時の姿はまるで……化け物みたいだった……」
ナズーリンの声音からは明らかに怯えが混じっていた。ソレを聞いた星はショックよりもあのナズーリンがこんな怯えた姿をすると言う驚きの方が勝っていた。目の前に居る従者は今はただの少女となんら変わりは無い。
そうするとその時の記憶がないとは言え、怖がらせてしまったと言う申し訳なさが沸いてくる。――普通はショックで気にする所ではないのだが、星は気にしてしまう。寅丸星は責任感の強いクソ真面目な性格なのだ。
「……すいません、ナズーリン。貴方を怖がらせてしまって」
「……普通はショックを受ける所ではないのか?」
「ショックは受けましたよ。でも、謝るのが先だと思いまして……」
星のそのクソ真面目振りにナズーリンは思わず呆れてしまう。
もはやバカの域である。このままだとずっと謝り倒されそうだと思ったナズーリンは強引に話題を変える。
「とにかく! 私はもう大丈夫だからご主人は少しでも休んでてくれ」
「え、でも」
「いいから!」
ナズーリンのその有無を言わさない口調に星は押されてしまう。
こうなってはしょうがないので、謝り足りないとは思いながらもそうすることにした。だが、星の脳裏にはナズーリンの泣きそう顏や怯えの表情が焼き付いていた。
◆
「――まったく、貴方は本当に馬鹿ですね」
神子から呆れがたっぷりと含まれた言葉が出た。
星よりずっと早く意識を取り戻した聖は治療も受けて、現在は自室に居る。ちなみに神子は聖の付き添い……と言うよりは嫌味を言うために来たのだろう。
「……馬鹿ってなんですか」
聖が若干怒りながら神子に聞く。まぁ、いきなり『馬鹿』と言われて怒らない人はそうそう居ない。
「言葉通りの意味ですよ。まぁ、映司にも同じことが言えますけど」
映司と聖には『人を助けるためなら命を張る』、と言う共通点がある。だからどっちも『馬鹿』なのだと神子は思う。
だが、聖には映司とは異なる点があるのだ。
「……人を助けるのが悪いって言うんですか?」
「悪いとは言いません。ただ――」
「?」
神子が何かを言おうとした。その時、
「――神子さん、聖さん、星さんの意識が戻りましたよ!」
「!」
聖はソレを聞き、顔を上げる。口には出さなかったが――それでも顔を見ればすぐに分かるが――異形の姿へと変貌したあげく倒れてしまった星をかなり心配していたのだ。
神子が自分に言おうとした事も気になるが、今は星の方が先決だ。
「そうですか、では行きましょう」
神子もその言葉を聞いて立ち上がる。神子は神子で星にお願いする事があるからだ。
◆
「聖!! 大丈夫ですか!?」
聖の姿を見るやいなや、星は心底心配した様子で聖に声を掛ける。大丈夫だとナズーリンから言われたものの、やはり心配だったのだろう。
「もう大丈夫ですから落ち着いてください星」
聖にそう宥められ、星は落ち着きを取り戻す。
そして、落ち着いた所で神子は星に問う。
「さて、寅丸星。君に一つ聞きたいことがあります」
「……? なんでしょうか?」
神子に何かを聞かれる覚えがない星は首を傾げる。
「あの時、君の体から出たメダル……アレをどこで手に入れましたか?」
神子が星に聞きたいこととは星の体から排出された三枚の黄色いメダル――コアメダルをどこで手に入れたか聞くことだった。
「……なにか知っているようだな」
神子の口ぶりからあの不可思議なメダルのことを神子は知っていると察したナズーリンは神子にそう訊ねる。
「ええ、知っていますよ。先に話しておきましょう、あの怪物やこのメダルについて」
そしてコアメダルやグリード、ヤミー。オーズについてのことを二人に説明した。
「なるほど……」
メダルから産まれた怪物や人間を神の領域に至らせることが出来る道具など……星とナズーリンにはかなり衝撃的なことであった。しかも外の世界ではつい最近まで目の前の男がメダルの怪物と戦っていたというのが特に驚いた。
聖は事前に軽くだが説明を受けていたのでそれほど驚いていなかった。
ちなみにこの説明は、
「ふーん、外の世界でそんなことが起こってたのねぇ。マミゾウは知ってた?」
「知っておるぞ? 風都と言う街にはあれとは違う怪物とソレを倒す戦士と言う都市伝説もあるしのぉ」
「ま、まだ似たようなのが居るの……」
「それより星さまは大丈夫なんでしょうか……?」
「ちょっと、みんな……」
「ハァッ……」
「…………」
ぬえやムラサ、二ツ岩マミゾウ、多々良小傘、雲居一輪と雲山に響子と言った命蓮寺の面々がコッソりと聞いていた。ムラサと一輪と雲山の三人は最初は止めさせようとはしたが……無理だった、もう半ば諦めている。
とにかく出歯亀たちは放っておいて、神子の話は続く。
「説明も終わりましたし、もう一度聞きます。あの黄色のコアメダルは何処で手に入れたのですか?」
「……朝、起きたらいつのまにか握っていました」
その答えに神子は思わず呆然とする。
「……本当ですか?」
「嘘を吐いてどうなるんですか」
神子の疑うような口調に星はムッとしたように言う。
……星の口振りから見ても嘘を吐いているようには見えない。こうなったら星の持つ黄色のコアメダルを調べるしかないだろう。
「ともかく、そのコアメダルは一回調べる必要があります。
神子の説明によれば、コアメダルの力を扱えるのはコアメダルの化身であるグリードかオーズだけだと言う。
しかし、記憶には無いが星はメダルの力を使ったと言う。なぜグリードでもオーズでも無い自分がコアメダルの力を使えたのかと言う疑問が浮かぶ、だが星にはコアメダルの知識など全くない。だから自分よりコアメダルに詳しい神子に預けた方が良いだろう……星はそう思い、神子に黄色のコアメダルを渡す。
「やっぱり黄色のコアメダルだ……」
映司がそう呟く。
それぞれにライオン、トラ、チーターが刻印された黄色のメダル……まさしくそれは映司が見慣れた猫系――グリード、カザリ――のコアメダルだ。
「…………」
神子は三枚のコアメダルを手に取り、コアメダルの欲を聴く。欲を聴けばなぜコアメダルが星の元に現れたか、星がコアメダルの力を使えたのかが分かるかもしれないからだ。
「火野さん、神子さんは何をやってるんですか?」
聖が映司に小声で聞く。
「ああやって、コアメダルの欲を聴いてるんです」
「なるほど……」
しばらく経ち、神子はコアメダルの欲を聴き終えた。
そして開口一番、
「……君、かなり危ない所でしたよ?」
「えっ……?」
星に向かってそう言った。神子は星が「なぜ」と言う前に説明を始める。
「まずはコアメダルがなぜ君の元にやってきたかについて説明しましょう。
先程も説明しましたが今、存在するコアメダルは未完成ゆえ廃棄され幻想郷に流れ着いたモノたちに『完全な状態になりたい』と言う欲望が産まれ、融合したものです」
神子はタカ・コア、トラ・コア、バッタ・コアを取り出す。
「しかし融合しても完全な状態になったのはこの三枚だけ、他のコアメダルはあと一歩の所で未完全な状態だったんです。
そこで自分らと近い力を持つ妖怪達の欲望と力を使って、今度こそ完全な存在になろうとしたんです。そして、君は黄色のコアメダルに選ばれたと言うわけです」
更に説明は続く。
「コアメダルに選ばれた者はその力をオーズと同じくコンボとして使うことができます。しかし――――」
神子は一旦言葉を切るがすぐにまた喋り出す。
「その行為は大変危険です。精神を存在の支柱する妖怪が欲望の結晶であるコアメダルをドライバーも介さずに使用すると肉体的な負担は勿論のこと、なにより精神がコアメダルの膨大な欲に耐えきれず崩壊――死んでしまう恐れがあると言うことです。
コンボを使っていた時間が短く、力を持った妖怪だった君は倒れただけで済みましたが力の弱い妖怪だったらあのまま死んでいた所でしたよ?」
神子の言葉に出歯亀をしていた面々も含め、全員が言葉を失ってしまった。
◆
男とグリードたちが根城とする洞窟。
ジャラジャラと金属が擦りあう音が響く。それはセルメダルの音だった。ザリガニヤミーの残骸である。
「素晴らしいね、リフウくん」
男が賞賛の言葉を送った先には禍々しい黒色のありとあらゆる甲殻類の特徴を取り込んだような異形――甲殻類系グリード、リフウが立っていた。
『ま、ゴーシュよりミーのヤミーの方が稼ぎには向いてるからNE!』
その容姿には似合わない陽気な口調でリフウは言う。
「だが、もう少し稼げられなかったのかね?」
男は不満げに言った。
確かにあのザリガニヤミーの数とセルメダルの枚数は釣り合わないのだ。セルメダルがかなり少ない。
『あのヘンなタイガーちゃんにだいぶ倒されちゃったからNEー……』
しばらく静寂が続く。しかし、すぐに男の「稼いでこい」と言うメッセージが込められた視線に耐えきれなくなったリフウがくるりと翻し、洞窟から去っていく。また新たなヤミーを作り出すためだ。
『分かったYO! もっと稼げば良いんだRO!』
「流石は話が早いねぇ」
男はまるで初めからこうなることを見越したかのように笑っていた。
◆
「…………」
神子のあの説明から数十分程が経った。
ナズーリンは現在、命蓮寺近くの森で黄昏ていた。
神子の説明はナズーリンの頭に何回も反芻していた。もしかしたら自分の主は死んでいたかもしれない。
「いやだ……」
死んでほしくない。しょっちゅう失くし物はするし、騙されやすいし、箸で豆腐も掴めない程不器用だし、そのくせとても真面目でお人好しな私の大切な――――
『オー! 中々良い欲望を持ってるじゃん! 小ネズミちゃん!』
刹那、ナズーリンの眼前に黒色の異形――リフウが立っていた。
ナズーリンがリフウに気付き、声を上げるより先にリフウはセルメダルを一枚、取り出す。
『さ、その欲望、』
リフウはセルメダルをナズーリン目掛けて投げつける。するとナズーリンの額にメダルの投入口が現われた。
『解放しNA♪』
――チャリィン……