「ナズーリン……」
憔悴しきったような声で自分の従者の名を呼ぶが、返事はこない。当然だ、今はここには居ないのだから。
あのあと、神子の説明を受けたナズーリンは飛び出てしまった。それも、とても泣きそうな顔をしながら。やはり、あの時の彼女は必至に泣きそうなのを必至に堪えていたのではないか! なぜ気づけなかった!
誰が悪いと言うわけでも無いのに星は猛烈な自分への怒りと自己嫌悪に包まれていた。これでは彼女の主人失格である。
聖たちはそんな星を心配したのだが大丈夫だと言い張った。みんなの優しさを無下にする自分が憎たらしい。気晴らしになるかと思い、外に出てみたが――妖獣のタフさのおかげか歩けるまでにはなった――全然気が晴れることはなかった。むしろときおり吹く風が鬱陶しくてしょうがない。適当な所に座り込み、顔を俯く。再び、自らに向けての怒りと自己嫌悪が湧いてきた。
その時、青年の声が星の耳に届いた。
「星さーん!」
「貴方は……」
星の元にやってきた青年――火野映司は「失礼します」と言うと星の隣に座り込む。
「何の用ですか……?」
「星さんが心配で来ました。良かったら聞きますよ? こういうのって、親しい人より会って間もない人の方が話しやすいって言いますし」
映司は星の話を聞いてくれると言う。……確かにこういうのを聖たちに話すのはかなり気が引ける。みんなにはそんな自分の姿、見られたくないのだ。だが、会ってまもない映司に言うのはいくぶんか気が楽だ。
「……私は気づけなかったんです……ナズーリンが今にも泣きだしそうだったことに……痩せ我慢してたことに……」
静かな、低い口調でしゃべり始める。
「ナズーリンは普段から失態ばかりする私に呆れてもけっして見放さなかったんです……でも、」
ポロポロと涙が零れ始める。
「そんな、そんな良い子を私は泣かせてしまった……私は、私はナズーリンの主人失格なんです……ッ!」
普段から、失くし物をしたりなどダメな所をみせたりしているのに彼女は――ナズーリンはそんな自分に愛想を尽かさず支えてくれている。それがたまらなく嬉しかった、そしてたまらなく情けなかった。
そんな自分を何とかしようと頑張ってみたものの、結局はダメで……挙句の果てにナズーリンを泣かせてしまった。星は自分が許せない。もう涙が止まらない、壊れた蛇口のように涙が溢れてくる。
「――それを決めるのは星さんではありません。ナズーリンちゃんです、だから大丈夫ですよ」
映司が口を開いた。
「……なんでそんなことが言えるんですか……」
「俺は二人のことをあまり知りませんけど、でも話を聞く限りナズーリンちゃんが星さんを見放すなんて俺には思えません」
映司は星とナズーリンのことは殆ど知らない、しかし先程や今の話を聞いた限り両者の間には強い絆が感じられた。だから、これくらいのことでナズーリンが星を見放すとは思えない。
「…………でも、私は普段からダメで……」
「自分のダメな所を自覚して直そうとしているだけでも俺は凄いと思いますよ。それに、どうしても心配ならナズーリンちゃんに聞いてみましょう、俺も手伝いますから」
「……はい」
静かにそう呟く星、先程まで自己嫌悪に包まれていたが今は少しだけだがそれが薄れていた。
「……ありがとうございます、おかげで少し楽になりました」
「いえ、俺も星さんが元気になって良かったです」
そんなことを話していた、その時――
『『『キシャァァァァァァァァァァッッ!!』』』
「「ッ!?」」
突如、映司たちの前の空間が歪んだと思ったらエビを人型にしたような異形――数体のエビヤミーが現れ、二人目がけて飛びかかってきた!
◆
映司が星を元気づけていたのと同時刻。
「はぁ……」
自室で聖が溜め息を吐いていた。原因はもちろんナズーリンと星のことである、彼女らの力になれないことが悔しいのだ。
「二人は大丈夫なんでしょうか……」
思わずそう呟いてしまう、聖も二人のためになにかしたいが星からは「何でもない」と押し切られ、ナズーリンを探そうにもこの怪我であまり身動きが出来ない――と、言うよりもムラサと一輪に「無理して動かないように」と釘を刺されてしまっている。
動こうにも動けないのが今の状況だ。無力感に苛まれる。
「――そんなウジウジしてないでもっとビシッとしたらどうですか?」
そんな聖に辛辣な言葉を投げかけるのは神子だ。彼女はもちろん聖に嫌味やらなんやらを言うためにここに居るのだ。もう一つ、映司に「聖さんをお願いします」と頼まれたのもあるのだが。
聖はそれに対し、若干の怒気を孕めながら言う。
「二人が心配なのにビシッとなんて出来ませんよ……」
「なら、休んで一刻も早くその怪我を治すことですね。それが、今の貴方に出来る『自分が出来る事』です」
「『自分に出来る事』……」
「そうです――ってなんでこんなことを貴方に言ってるんですかね、私は……」
商売敵とも言える相手にこんなアドバイスをしてしまい、後悔の念を見せる神子。だが、もう遅いのですぐに気分を切り替え聖に星のことを伝える。
「寅丸星に関しては映司がなんとかしてくれるでしょう、私は彼の欲は聴けませんが彼も中々の場数を踏んで来ているのは分かります」
神子は映司の欲は聴き取れない、だが持ち前の観察眼と外の世界ではグリードやヤミーと戦っていたという事実があれば、それくらいは簡単に分かる。
「さて、貴方も少しは持ち直したようですし、ヤミーのこともありますから私は失礼しましょうかね」
神子はそう言い、立ち上がった。その時――
「ッ!!」
ヤミーを感じ取る。しかし、少し様子がおかしい。いつもなら強大で軽く苦痛すら感じるほどなのに、今回はとても微弱なのだ。精々少し欲が強い人間くらいしかない。
神子も初めは気のせいだと思った。だが、ヤミー特有の異質で歪んだ欲がそれを否定する。ともかく、ヤミーは倒さねばならない。
「どうしたんですか……?」
「ヤミーが現れました。村紗水蜜らに怒られたくなかったら貴方は大人しくしていることですね!!」
それだけ言うと、神子は飛び出すように出て行った。
◆
――タカ! トラ! バッタ!
――タ・ト・バ! タトバ、タットッバ!!
「セイッ!!」
早速変身した映司――オーズは群がるエビヤミーをトラクローで一閃、そのまま蹴り飛ばす。
『『『キシャアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!』』』
「うわわっ!?」
戦いは数で決まるとはだれが言ったものか、際限なく増えるエビヤミーに押されてしまう。
『キシャ!』
「グッ……!」
更に一体のエビヤミーが星の隙をついて腹部を殴り、星を気絶させた。星を気絶させたエビヤミーは星を抱え、森の中へ消え去った。
「しょ、星さん!! ああもう!!」
なおも纏わりつくエビヤミーをオーズは召喚したメダガブリューで薙ぎ払う。だが、エビヤミーは際限なく増えていく。
ガタキリバが使えればエビヤミーの大群も一網打尽に出来るのだが、生憎クワガタとカマキリのメダルは今手元にはない。
「ハアァッ!!」
オーズはメダガブリューを投擲。メダガブリューがブーメランのように飛びながらエビヤミーたちを切り裂いていく。
『『『キシャァァァァァァァァァァァァッ!!』』
しかしどれだけ倒してもエビヤミーはどんどんやってくる。疲労を感じながらもオーズはメダガブリューを握る手を強めた。
その時、
――光符「グセフラッシュ」
虹色の弾幕がエビヤミーに襲いかかる。数十体のエビヤミーが吹っ飛ぶ……がやられてはいない。弾幕を撃った主――神子は地面に降り立つと、腰に携えた宝剣『七星剣』を振り抜き、即座に新たなスペルを発動する!
――光符「無限条のレーザー」
七星剣が空間を切り裂き、裂け目が現れる。更にそこから無数のレーザーが表れ、エビヤミーを貫く。数十体のエビヤミーは今度こそ完全にセルメダルへと還った。
「――大丈夫ですか? 映司」
「神子さん! 俺は大丈夫ですけど……星さんがヤミーに連れ去られてしまったんです」
「寅丸星が?」
その言葉に神子は考える。エビヤミーは寅丸星に関する欲望から産まれたと推察するのが妥当だ。それよりも気になったのは――昨日と先程現れたザリガニヤミーは黒い甲殻類のヤミー、そして今現れたエビヤミーも黒い甲殻類のヤミーだ。そして、その甲殻類系のヤミーたちには神子が欲を上手く聴き取れなかったと言う事実。
――まさか、黒いヤミーは“隠れる”ことに特化した特性を持つヤミーなのか? そんな仮説が生まれた。ありえない話ではない、コアメダルの欲を聴き取ったさいヤミーには種類ごとに様々な特性を持つことはもう知っている。例えば爬虫類のヤミーは時間が経つと脱皮を行い、力を増したり猫系のヤミーは宿主を取り込んだり……いった具合だ。
そのため甲殻類のヤミーが“隠れる”ことに特化した特性を持っていてもなんら不思議なことではない。ザリガニヤミーの件も昨日の時点では十体くらいと非常に少数だったのだろう、だから神子が気づけなかった。そして今日の百を超えるザリガニヤミーの登場でようやく通常のヤミーが放つ欲の大きさ同等になった。
先程現れたエビヤミーはざっと数えて三十体ほどだ、それで微かに聴き取れる具合だ。ちなみにだが、映司も似たような推測をしていた。
――両者ともあれこれ考えていたが、今はそれどころではないということを思い出す。
「ともかくヤミーは倒さねばなりません、着いてきてください」
「分かりました」
神子の案内に従い、オーズはエビヤミーが多数蔓延っているであろう森の中に足を踏み込んだ。