――――映司が幻想郷での戦いを始めたその翌日、命蓮寺。
「ね、寝坊したっ」
朝、|寅丸星(とらまるしょう)が飛び起きる。
寅丸星は早起きな方である。これは生来の真面目な性格から起因するものであり、彼女は起床の時間に必ず起きる。それが、星のちょっとした自慢であった。
しかし、今回はその起床時間に起きれなかった。確かに昨日は人型のザリガニに人間の顔を付けたような怪物が命蓮寺を襲い、参拝者たちに危害を加えようとした為、戦いはしたが、別段そこまで疲れてはいない。妖怪の体力を嘗めてもらっては困る。
だったらなぜ、寝坊してしまったのかと言う疑問が尽きない。
「は、早く準備しないと」
だが、そんなことを考えている暇があるなら、早く着替えなどを済ませる方が先決である。星はそう考えた、その時――――
「ん?」
右手に何かを握っている感覚がした。しかも、妙に温かい。
「これは……?」
右手を開くとそこには、ライオン、トラ、チーターの絵が彫られた三枚の黄色いメダルが握られていた。
もちろん、星はこんなメダルは見覚えがない。じゃあなぜ星が持っているのだろうか、オマケにこのメダルからは妙な感覚がある。若干の熱を持っているのもそうだが、なによりこのメダルからは自分と近しい――――いや、もはや自分の体の一部と言っても過言ではないほどメダルから出る妖力は星の力と似ていた。それも寸分の狂いも無く同じだ。
なぜ、このメダルから自分とまったく同じ妖力が発せられているのかと考えるが、
「そそそんなことより、早く、早くしないとっ!」
寝坊してしまった事を思いだし、星は慌てて着替えに入る。
不思議なメダルに関してはまた後で考えればいいと結論付けた。
◆
あのあと急いで着替え、星は命蓮寺の廊下を出来るだけスピードを高め歩いていた。走りたいところだが、命蓮寺には廊下を走ってはいけないと言う決まりがある(聖発案)。
当然、真面目な星はそのルールをちゃんと守っていた。
早く急がなければ、寝坊してしまった事なんて、みんなには――特に従者であるナズーリンには知られたくない。ただでさえしょっちゅう失くし物をしては呆れられているのだ。これ以上、主の尊厳を無くすわけにはいかない。
「……?」
そうしていると、倉庫がなにやら騒がしいことに気付く。何があったのだろうか、もしかしたら昨日取り逃がしてしまったザリガニ怪人がまた現れたのか? ともかく行ってみた方が良いだろう。
そう思い、星は歩を速める。もはや走っているのと同じだ。星は気付いてないが実は昨日の彼女より移動スピードがかなり速まっているのだ。――それに倉庫が騒がしいのに気付いたのも星の聴力が高まっているからだ――だからか、倉庫に付くにはほとんど時間が掛からなかった。星は倉庫の扉を開け、入ろうとする。
「一体どうしたので――――」
その時だ、倉庫から金属の光沢を放つ赤と銀の鳥が飛び出し、
『タカー』
「ぎゃふん!?」
星の額に思いっきりぶつかった。
当然ながら、かーなーり痛い……星は額を抑えながらしばらくの間、悶絶してたがすぐに復帰。改めて倉庫に足を踏み入れる。そこには――――
「ぬはははー!」
「コラーっ! 待ちなさい! ぬえーっ!」
「はぁ……」
見たこともない奇妙な柄の大振りの剣を持ちながら走り回る|封獣(ほうじゅう)ぬえとそのぬえを怒りながら追い回しているぬえの姉ポジションがすっかり定着した|村紗(むらさ)|水蜜(みなみつ)、そしてその様子を見ながら嘆息しているナズーリンが居た。そして、何より目に付いたのは見覚えのない、大きな鉄の箱が鎮座していた。
三人と鉄の箱の周りには金属の光沢を放つ先程星の額に激突した鳥――良く見るとタカだ――以外にも同じように金属の光沢を持つタコやらバッタやらトラやらウナギやらクジャクやらが縦横無尽に駆け回り、飛び回っていた。からくりの類だろうか。
混沌とした状況に星はただただ呆気にとられるしかない。
「――――ああ、ご主人じゃないか。おはよう」
星に気付いたナズーリンが声を掛ける。事情は知ってそうなので聞いてみることにする。
「おはようございますナズーリン。それで、どういった状況なんですかコレは……?」
「ああ、それはだな――」
星の質問にナズーリンは再び溜め息を付きながらも話し始める。
そもそも剣や鉄の箱の第一発見者はナズーリンであった。無縁塚にある小屋から命蓮寺に来たところ、ペンデュラムとダウジングロットが反応したため、気になり反応があった場所つまり倉庫に言った所、剣と鉄の箱、そしてさっきから動き回っているからくりの動物が変形する前の状態である鉄の筒が数個置いてあった。
そこを掻き回したのがぬえであった。彼女はナズーリンに悪戯するため、コッソリ後をつけていたのだ。そして、見たことのない鉄の筒やら箱が目に映ったことでぬえの興味の対象はそっちに移り、勝手に弄り始めた。更に闖入者は現れた村紗である。
彼女は偶然にもナズーリンとぬえが倉庫に入っていくのを発見、その珍しい組み合わせに嫌な予感――保護者ゆえの勘だろうか――がした為、村紗も倉庫に入ったところ案の定、鉄の筒を弄繰り回すぬえとそれを傍観しているナズーリンが居た。村紗はぬえを止めようとしたが、時すでに遅し、複数ある内の赤い鉄の筒が変化したタカが村紗の額に直撃。それで今に至ると言うわけだ。
「――と言うわけなんだ」
「……ナズーリン、なぜ止めなかったのですか……?」
「私がぬえを止められるとでも?」
「あー……彼女、聖か村紗以外の言う事、全然聞きませんしねぇ……」
その聖と村紗でも言う事を聞かない事があるので、ぬえの扱いは結構難しいのだ。
当のぬえはまだ村紗と追いかけっこの最中である。
「しかし、なぜこんなものが|ウチ(命蓮寺)の倉庫にあるんだろうね?」
「確かに……」
ふとナズーリンが呟く。
それは星も疑問に思っていた。昨日まではあんな剣や鉄の箱は無かった。命蓮寺の誰かが無断で入れたと言うことも考えられるが、剣や鉄の筒はともかくあのいかにも重そうな鉄の箱は一人では運べないだろう。――まぁ、聖なら出来るが大きい鉄の箱を運ぶのはかなり目立つだろうし、その線は無いだろう。
そうなると一体だれが置いたのだろうか? 朝から疑問だらけだ。
見たことのない物と言えば、あの黄色のメダルもそうである。タカが激突したせいかその事を忘れていた。とりあえずナズーリンに相談してみよう。
「ああ、そう言えば……」
星は黄色のメダルを取りだし、ナズーリンに見せる。
「それは……?」
「私にも良く分かりません、朝起きたらコレを握っていたんです」
「ふぅむ……」
ナズーリンは黄色のメダルの一枚――ライオンが刻印されたメダル――を手に取り、まじまじと見つめる。するとナズーリンの顔に驚きの色が現われた。
「――このメダルの妖気……ご主人のと同じだ……」
「ええ、私もそれが気になって……」
ナズーリンは腕を組み、しばし考える。
「まぁ、気にはなるが別に害はなさそうだし、そこまで気にする必要は無いんじゃないのか?」
「そんな楽観的な……」
そうは言うが、手掛かりが何一つない以上あれこれ考えるのも無駄なのは確かだ。
「そんなに気になるならあの古道具屋の店主にでも聞けば良いじゃないか」
確かに……あの古道具屋の店主なら、このメダルの名称は分かるだろう。仕事が終わったら行ってみよう。星はそう考えたその時、ぬえの悲鳴が倉庫に轟いた。二人とも驚きその方向に振り向くと、
「――――ぎゃあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!? ムラサ痛い! 痛い!?」
「ぬーえーッ! 反省したーッ!?」
「ご、ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
とうとう村紗に捕まったぬえが、彼女にオクトパス・ホールドを決められていた。
……とりあえず、まずは彼女を止めよう。その後、聖に剣や鉄の箱の事を伝えよう、星はそう決めた。
◆
星が飛び起きてから数時間後。仙界にある道場では映司が掃除に精を出していた、映司が申し出たのだ。住まわせて貰ってる身なのでせめてこれくらいの手伝いはしたいからだ。……それに掃除はアルバイトの経験から、結構得意だ。
映司が幻想郷でグリード達との戦いを始めてから一夜が過ぎた。あのあと、グリード達に拾われないようにとトカゲヤミーが散らばしたセルメダルも全て回収し、石箱に詰め、更に神子と映司以外触ることすら出来ないように厳重に封印を施し、今は神子の自室に隠してある。そこまでやる必要はないんじゃないかと映司は思ったが念には念をらしい。
「――精が出ますね、映司」
そうしていると神子がやってきた。
「神子さん。いや、これくらいの手伝いはしないと……」
「律儀なんですねぇ……君は。あぁ、そうだ君に渡したい物があるんです」
そう言うと、神子は札の様なものを渡す。
「これは……?」
「これは君一人でこの仙界と幻想郷の行き来を可能にする道具です。あったほうが良いでしょう」
「ありがとうございます! 神子さん!」
神子にお礼を言いながら映司はその札をハデハデな柄のパンツに|包(くる)み懐にしまった。当然ながら神子はギョッとする。
「パ、パンツ……?」
「大丈夫ですよ! ちゃんと洗ってますから!」
どことなくずれている映司のフォローに神子は溜め息を吐くしかない。
――と言うか何枚持ってるんだパンツ。
「と言うかまだ持ってたのですね……」
「当たり前です! 俺の明日ですからっ」
もうパンツに関しては気にしたら負けだ、神子はそう結論付ける事にした。
「まぁ良いです……映司、その札のテストも兼ねておつかいに行ってくれませんか?」
「分かりました。それで何を買ってくれば良いんですか?」
「今日の夕餉の食材を買ってきてください。詳しい事はこの紙に」
そう言って、買うべきものが記された紙を映司に渡す。
「札を持って念じれば人里に行けます」
「分かりました、それじゃ行ってきます」
映司はそうじょう。すると映司の体がスゥッと薄くなったかと思うと完全に道場から消えた。仙界から幻想郷に移動したのだ。
「どうやら成功したようですね……」
神子が安堵の溜め息を吐く。
実は札が完成した際、神子自身で一度試してみたのだ。その時は成功したが、仙術を学んでいない人間がちゃんと移動できるのか不安だったが、どうやら杞憂のようだ。
不安も解消した神子は自室へと帰って行った。
――――そして一時間後。
「おかしい……」
自室で神子が頭を抱えながら呟く。
なにがおかしいのかと言うと、映司が幻想郷に行ったきり帰ってこないのだ。もう一時間も経つ。そんなに時間の掛かる買い出しじゃないはずだ。だったら何故だ、まさか――――
(まだそうと決まったわけではない……)
最悪の考えがよぎってしまうが、振り払う。ともかく映司を迎えに行かねば。
神子はそう思い立つとたまたま自室を通りがかった布都に声を掛ける。
「布都」
「ん? どうしたのですか太子様?」
「ちょっと映司を迎えに行ってきます。どうやら道草を食ってるみたいなので」
それだけ言うと、神子は足早に幻想郷へと向かって行った。
◆
人里へと降り立った神子は早速、映司の持っているコアメダルに宿る欲を聴くことにより映司を探すことにした。
コアメダルの欲が大きい為か、聴き取るのにそれほど時間は掛からず数分で済んだ。どうたら映司は人里に居るようでひとまず安心した。
神子がその場所に行ってみるとそこには映司が居た。神子は本日二度目の安堵の息を吐くが、映司の隣に居た人物を見てその息は止まってしまった。
「――――ほんっとうにありがとうございます! |聖(・)さん!」
「いえいえ気にしないでください、好きでやったことですから」
そう、映司の隣に居たのは神子の商売敵とも言うべき人物。映司と似たような思考の僧侶。そして神子が最も苦手とする人物、
――――聖白蓮だった……。
なぜ、聖が映司と一緒にいる? というかなんであんな仲が良さそうなんだ? 色々な疑問が次々に浮かぶ。そして、神子は映司の方に駆け寄り――
「エェェェェェェェェェーーーーーーーーーーージィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!」
力一杯、怒りの叫びを上げた…………。
◆
映司が人里へおつかいへと行った同時刻。
「――コアメダルを奪え、だと?」
男と黒と橙の異形達がいる名も無き洞窟。橙色の異形は男の言葉を復唱する。
橙色の異形は先日、幻想郷にオーズが現われた事を男に知らせた。報告を受けた男は「そうか」と言うだけだった、やはりオーズが来る事を予想していたようだ。出会ってからまだ一日しか経ってないが、この男は本当に底が知れない、対峙すると総てを見透かされているような感覚すらする。不愉快極まりない。
セルメダルに関してはやはり咎められた。そして、その遅れを取り戻すべく男から言われたのがオーズのコアメダルを奪えと言うことだ。
「そうだよ、“ゴーシュ”くん。君は先日セルメダルを全然稼げなかったからねぇ」
子供に言い聞かせるように言う男。
「……分かっている」
橙色の異形、爬虫類系グリード――ゴーシュは静かに答え、この場から立ち去ろうするが男が引き留めた。
「待ちたまえゴーシュくん」
「なんだ……?」
「――もっと君の欲望を解放したまえ、君はグリードにしては妙に禁欲的だ。それとも……君の欲望はまだ見つけてないのかね?」
その言葉にゴーシュは若干の怒気を含めながら、
「――――黙っていろ」
そう言い放つ。それに対し男は笑いながらゴーシュに小箱を投げ渡す。
蓋を開けると光を内包した珠が入っていた。
「はははっ! すまないすまない、お詫びにこれを持って行きたまえ」
「なんだこれは?」
「これは割る事により、一時的に異空間を生み出すことが可能な道具だ。上手く使えば一対一の状況に持ち込めるだろう。仙術を参考に私が造り出した」
「……」
ゴーシュは男の説明を聞くと、そのまま洞窟から去った。
男はその様子を見ながら笑みを浮かべる。
「頼むよゴーシュくん、“リフウ”くん。全ては君達と私の欲望の為に――」
受け継がれる「オエージ!」