されど太陽は幾度も登る   作:ファ○通の攻略本

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万物斉同、無為自然


始まりに目を開く

遥か遠い残響に耳をすました。

その暖かな名残りは海のように、空のように広がる心の中の繋がりはか細くなってはいたが、その響きは、確かに心を震わせる。

 

「………」

 

足元は覚束ないように感じた。だが、自分はここにいてしっかりと地面を踏みしめていた。瞼の裏に色彩をそっとしまいこんで、決意は決まった。別れを告げた手のひらを曲げて握りしめて。

……ああ、そこで決意を決めたはずだが、どうしてもそこを動きたくなくてそっと背後に腰掛けた。半分、腰が抜けたとも言える。当然だ。先程まで、戦い続きだったのだから。

 

目を開いた。

冷たく風は止まり、柔らかな音はもう聞こえない。音という振動がないこの場所では耳鳴りが痛いほどに刺さる。僅かに首を動かすと、さらりと流れた髪からの音が聞こえた。

夢はもう終わったのだから、とゆるく笑う。柔らかに、口角を上げ、噛みしめるように………

 

だが、頬の筋肉は動かなかった。

 

アラヤ神社。

 

昔、自分達が小さい頃に遊び場にしていた古びた神社。人々の営みを見守り、存在し得ぬ奇跡への信仰の場。煌びやかな提灯の灯りで彩られた中祭りが行われたりと、賑やかで、されどいつも清潔で、神聖だったその場所が。

雑草が生い茂り、木造の建築物は灰色に。いつの間にやら古ぼけて半壊していた。荒れに荒れた世界は己を見下ろす。本来なら世界を見下ろす場所は、そこから自分を覗き込んでいた。

鼻にツンと来るような腐臭が飛び込む。

 

「タッちゃん」「情人」「達哉」「達哉クン」

 

違う。

違うんだ。

 

唇の裏側を噛みしめる。その声は、言葉は、此処にはもう無いものだ。

自分の事を呼ぶ声が聞こえたように思え、しかし、此処には自分以外の「人」はおらず、視線が合わなくなっている、そんな気がした。震えそうになるのを抑えて、息を慎重に吐きながら、そちらを向いた。

 

 

………なんとなく、あちら側で考えていた。もし、あちら側に精神を送りだした人々は、その肉体は、どのようになるのか。

ずっと覚めることの無い微睡みに浸る彼ら。

その肉体もまた、目覚める事はあり得ず。人としての生命活動を行わず、人としての生命活動を不要とせず。完全なものとなったイデアリアンは果たしてそこに底があるのだろうかと。

終わりがないのだ。其処など、ある訳もないのだ。

 

ほんの少し見覚えのある緑と黒と、薄ぼけた色。からからの手は重なり合って、冷たい骸は咎めるように濁った瞳で此方を見つめていた。

だが、そこに瞳などある訳もなく、見つめるものもなく。ただ、虚の奥を自分が覗き込んでいるだけにしかすぎない。

抜け殻には自然のままにそこにあるという存在のみが与えられた。苦悩もなく、絶望もない。それは、幸福というものの1つの形となり得るだろうか。

腰掛けていた賽銭箱から、地面に降りると敷石と靴がぶつかり硬い音を鳴らす。脚が酷く疲れたようにしびれを訴え、腹の奥から何かが手を伸ばしている感覚がしたが、頭は其れを肯定せずに口から声でもない音を漏らしていた。

 

 

まず、自分が帰ってきてから真っ先に行うべき事は1つだった。

 

古ぼけた錆だらけの倉庫をこじ開けて、錆まみれの手でスコップを持ち出すと、また本堂まで戻り、その骸に手を合わせてから、1つ、また1つと持ち出す事にした。

汚れなど、匂いなど、気にしようとも思わなかった。

ああ。これは、自己満足でしかない。自分勝手で、何処までも、傲慢で、やるべきじゃあない行動なのだろう。それでも俺はそれをせずには居られなかった。ごめん。

神社のその裏に大きな穴を掘っていく。人が、何人も入れそうなほどの穴を掘って、掘って、掘って……

額から汗が流れた。そこには、きっと別のものも混ざっていたかもしれない。けれど、それに関してを今は深く考える暇もない程に心の中が苦しくて仕方なかった。

 

そうして掘り出した後に、自分が穴から出る手段を考えていなかった事に気がつき途方に暮れた。

 

「レッツ、ポジティブシンキング!」

 

ああ、此処で何故その言葉を思い出すんだ。後を考えない自分に、うっかり思い出した自分に涙が出てきそうになる。不甲斐ない自分にまっさらな右手を左手で掴み、ゆっくりと灯火を灯す。

 

そして、ペルソナに自分の身体を持ち上げさせてようやっと、穴から這い出て来た。

そうして、自分の肉体相手にしたのと同じように、されどその動きはやさしく。その骸を慎重に持ち上げる。

……その服から、物を漁って取り出す事も出来ただろう。今となっては追い剥ぎなどしたところで、それを咎める者は自分以外居ない。

 

それでも。

 

歯を、食いしばる。この約束を踏み躙るにはあまりにも罪を背負いすぎていた。

 

その腕にひっそりとあった見覚えのある時計から目を逸らして穴の底へ横たえた。

……暗い穴の中は、もう見えない。

そうやって、同じように穴の中へ手を持っていき、その焔を落とす。空は、本来ならば夜になって…暗くなって居たのだろうが。もう、明るいも暗いも、よくわからない。画一化された世界は終わりを示している。

豪炎が空高くまで立ち昇る。

黒と赤の二重の螺旋。灰色を描きその海へと立ち上る。静かだった世界に弾ける音が混ざり独唱が奏でられた。

 

自身のペルソナ_____アポロの最大出力で焚き上げたのだ。その熱量は凄まじく、そこにはもう骨すらも残らなかった。太陽の焔だ。暖かいと同時に、その身は、あまりにも巨大な焼きごてでしかすぎない。

自分が出した焔の余波で暑い、と思いながら空を見上げて、明るい夜空の星々を見る。奇妙な事に、空には星々が常にあった。月は大きく、枯れ果てた花などもう思い出せなくなった。

 

「舞耶ねぇは、みんなは、もう……」

 

もう、彼女は、みんなはこの町に、方舟に帰ることはない。戻るべき身体も、既に自然のままに抉られ捨てられたのだった。死者に口は無い。何故ならその躯自体が無くなっているのだから。

そして、他の皆も。剪定された箱には約束の通り、戻る事も無いだろう。

頭を振り、手水舎の水を掬って顔を濡らす。残骸のような石屑。其処にまだ残ってたその水は、濁っていたが今の自分には冷たく心地がよかった。

 

………[恐らくは]

[恐らくは、此処でイデアリアンとなった人も、イデアリアンとしての進化を拒絶し生きてる人がいるだろう]

 

………探して、みよう。

 

町にもきっと、あちら側に移った後の人らがいるかもしれないから、その人らの身体もせめて火葬をしてあげなくては。多分、腐ったままほっとくのは彼らの為にならないし、ほっといてそのまま、なんてことしてはいけないと思う。なんて。目的もなくまずは贖罪ですらなく、惰性のままの行動だったのかもしれない。

 

だが、この現状は自分が、自分達が招いたのだからと。

 

石段を降りていく。目覚めた目はまだ覚めきっていた。


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