されど太陽は幾度も登る   作:黒本と赤鳥と
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握りしめた




首からは泥のように血が溢れ出る。目の前で自害をした見知らぬ、顔すらわからない誰かは泥となってずぶずぶずぶずぶと地面へとシミになりながら消えていく。

 

ああ あ ああ!!!なんて とだ!

よりに よって、剥いだも が遺ってい など!

 

哄笑する男の瞳は澄んだ金色で、瞳の奥を覗き込むと緑色が映っていた。ああ、そしてまた顔がわからなくなっていく。女の赤い口紅に彩られた唇、形の不揃いな歯。少し高めの鼻に、尖った耳に。肌の色が黒から白に、黄色にと。

誰のものかはわからない誰かのパーツが浮かんでは消えていく。誰かのものだったバラバラのパーツはどれも、何かに充ちていた。

 

「————ああ、ほんとうに。なんて———」

 

………。

その顔が浮かぶ前に、目を瞑った。彼のその後悔を見てしまっていいのは、己ではない事くらい悟っている。本来は、かつてそうなる前に動くべきだった誰かのみであろうと。情けになるのか、自己満足になるのかはわからないが、その顔を正面から見るべきは俺ではない。それは、他の誰かが背負い支えるべきだった孤独な誰かの弱みだ。

甲高い笑い声がふと、止まった。

 

ああ、本当に、申し訳ない

 

肩を叩かれて目を開く。どうやら、もう終わったようだ。其処には一人の子供の/老いた男の顔があった。

意思の強そうな眉、傷の出来た顔。地獄として在り続ける人の世に愛を捧げ、獣のように何もかもを荒らし尽くす事に行き着いた、救世主の果ての形。

なにかを食いしばってから、どうしようもなくまた笑い……倒れている彼の上に覆い被さる自分の背後を指差した。

鳥居の先、人だった彼らが集まる場所。ポンと頭に、何か感触がしてから、目を戻すと……其処には誰もいない、空白が残された。

右手には何も掴まれていない。

なにかを斬ったという痕跡だけが残る刀がごろりと転がっていて、其処に誰かがいた証を物語っていた。

頭の、シロツメクサで編まれた花輪を掴んで——やめた。

 

其処には何もない。

立ち上がると、誰かが指差した方向へと戻る事にした。

完全に崩れた石段をこれ以上無様な形にしないように、崩れ形になっていない階段を慎重に進む。

先程の戦闘、ともいえない八つ当たりに身体が痛んだ。

だが、ソレをペルソナで治す気にはとてもなれなかった。

———それにその行為に意味は無いのだから。

 

半ば壊れた鳥居をくぐる。

そうすれば、自分が意図的に見ていなかった、この場所の本来の姿を初めて認識した。

其処に、神社の欠けらなどは無く。在るのはかつてあった人の育みの残骸である。

もう、彼らは形を保っていられないのか、半分くらいは白色の花に覆われている。

 

自身が此方側に戻ってきてから。一体幾度太陽の巡りを見届けたのか。それがわからないほど、時間を過ごすこととなった。

 

正の字が73個と、棒が1つ。滅びの魔王の予言はある意味合ってはいたなと苦笑した。

正の字が146個と棒が1つ。あちら側では今、どうなっているのかと気になった。

正の字が178個と棒が4つ。白衣の彼が残したものを利用してからは、正の字で時を把握する必要がなくなった。

———21年。

それが、今まで過ぎてきた時の流れだ。

実際に下に、地球に行くと、更に時は過ぎているのかもしれない。21年と表記されていたが、実際はもっと年月が経っていると可能性すらある。ただ、地球が経過してきた年月は1000年、2000年はザラでも無いだろう。

少しずつ黒みがなくなっていった其処を見下ろしては、何度も葛藤した。

葛藤しては時間を費やし、時の流れは世界を1へ戻すのも早かった。

 

未だにしおれることも無く若々しくあり続ける手を見つめては、黒に染まり赤を書き込まれた腕の意味を知りながらも、たしかに人であった彼らのようにただただ一つの目的の為に必死になった。

それは、贖罪だったのだろう。

残骸の中央には一つ。巨大な王座が聳え立つ。酷く肉肉しい、グロテスクな王座が。

 

黄金の蝶という仮面は今、脱がされた。

目の前には黒い長髪を持った、青年がいる。

 

「………酷い話、ではあるけども。これは真実自業自得だったのかな。人間をより高みになんて言いながら、結局は自分自身の望みしか考えて無かったんだから。」

「お前が、見せてきたのか。フィレモン、いや_________フリン、と呼んだらいいのか」

「其処らへんは自由に呼んでくれても構わない。もうこうなっては個人を識別する記号なんて意味を成さないに近い。」

 

答え合わせと行こう。

この世界は、かつて他の世界があった時間軸から魂などの全てのリソースを再利用することで作り出した、今までとは全くもって別のあり方で世界の法則を組み込まれた世界だ。

異なる世界によるとそれは、『人理焼却』、などと言われているらしいが———あくまでそれに近いのみであって、過去には確かに東京という街があり、悪魔と殺し合っていたという事実は観測宇宙に残っている。

そして目の前にいる男は、フリンはその旧世界からいまだ存在する旧型最後にして、原初の人間だ。

 

かつて、世界のやり直しを行った。

先程の誰かは人としての顔を失い、世界の抑止力となる事でかつての世界と同じようにならないように言葉すらなりえぬ何者ならざる神として動いてきた。

だが————残るものを残してしまったのが、異なるものに手を差し伸べたのが最大の悪手となってしまった。人と人ならざるものはけしてわかりあう事はない。そんな事知れていたというのに。

故に、かつての神はもう殺されこの座に座るべき王はいなくなり、血濡れの戴冠式の日付を取り決めなければならなくなった。

最後に亡くなった孤独な誰かが最期に何を思ったのか。それは解りはしない。

ただ、最初に神になったその理由、願望はあまりにも強いもので———棄てられたはずの顔にその願いが込められてしまった。

 

其処からはもう早かったのだろう。顔のない誰か達の欲が詰まりに詰まって、顔を持つ筈なのに顔が無い、誰か/自分が意思を持って動きだした。

それがかのもの、ニャルラトホテプ。

盲目にして白痴の人類に仕える、たった一人の神であったものが醜く足掻いた成れの果て。

 

それを、ただ横で見ているだけの者なんていなかった。魂を循環させる女神が、人の意識そのものに干渉して、その混沌とした無意識を一つの黒い本とした。そして、その混沌を歩む為の航海書として赤い本を書き記した。それを本当に理解して扱えるのは、座に座る権利を持つ者として。かつての友を掬い上げるその力となって欲しいと願った。

或いは、ただ唯一の神殺しは旧世界の存在としてはただ一人だけ、己の仮面を認知した。闇の中に光として佇む、今となっては名前もわからない救世主としての仮面を被り、ただ己の願いのため再び人の利用を選び取った。

 

黒の本はその右腕の内に。赤の本はその右腕を抑え扱う紋章として。されどその腕は掴み取れたはずのものをその掌から離した。

かつての先代に選ばれた証、シロツメクサの王冠はその頭上に。

 

「……なんて、事があまりにも遅すぎたのかな。女神の意思はもう遍在しきってしまって、その意識は薄く濁った。彼の名前ももう、砂塵となり掴める手も雲散する始末だ。」

 

そう。

もう、名前がわからない誰かは何処かへと去っていった。故に、その存在の再定義は拒まれたのだ。

彼はそもそも、それを望んではいなかったのだろう。それを願ったのはあくまで、彼ら達だけだ。

バラバラになった彼は何処かへと風のように向かった。その先が何処なのか、彼は、彼としているのか、そもそも誰なのか、知る者は誰もいない。

 

「さぁ、君は権利を得た。

どうする?世界をどうするのも自由だ。神と崇められる愉悦に浸るのも、人々の終わらない平穏を実現させるのも、悪意をもって人を弄ぶのも。それこそ君の選択次第だ、大いなる神、黒き太陽。誰か1つの存在を救いすらしなかった君はなんだってできる。」

 

その瞳は此方を咎めるように見つめる。

誰かに手を求めた結果に目を濁らせた救世主が其処にいた。



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