「いい加減にしろ」
ポツリ、と呟いたはずの言葉が響き渡る。
「お前ッ、散々何も告げずに人を利用して自分から動きもしなかったというのに、自分が望んだものを実現させられなかったからなど八つ当たりして———!!」
右手を引きしぼり、強烈な一撃を殴り込む。
うまくきまった。
いったが不思議と未だに怒りは収まらない。もう一発ぶん殴ってやろうか此奴。大体こんな自己中心的な奴が救世主だなんてかつての世界に生きていた人は絶対に馬鹿だった、そうに違いない。こんな強欲になんでも望んで傲慢にも自分には何もできないと項垂れてる様なんて、ヒーローだとか救世主だとかの姿ではないだろう。
「大体、そうやって誰もいなくなった玉座を見つめて座れるものを探してって、お前が其処に座って彼を探しでもすればよかっただろう!!なんでわざわざ他の人を探す必要があったんだ、アンタも———」
言葉に詰まる。でも、口に出した。
「人だろう!!!」
「————」
神々の運命とやらを自由に引っ掻き回せる存在、救世主。神にもなれてしまう実力を持つ、絶対の人たるもの。
運命なんてくそったれたものに引っ張り回される前に、引っ掻き回すことくらいできただろうに。怒りが収まらないのでその横っ面に1つ張り手を食らわせる。
「そうなってしまったのはまぁ、俺だってそういうやらかす事はやってしまったし、其処から逃げ出したりもした、更なる罪を作ったりもした!!!でも、お前は、その罪に向き合ったのか!!!!!」
「そ……それはそうだが、僕にそんな権利はなかった!!僕は、彼に何もかもを……って待ってくれその拳を振り上げないでくれ!!ダグッ、ダグザ殿もそんな笑って………」
容赦なくぶん殴ってやろうか、という思いをぐっと堪えて拳を下ろした。本当はまだ殴り足りない。実に。
こんな事の為に何度も何度も人間を巻き込んできたのか、馬鹿馬鹿しい。悪魔に感化されたやり方じゃないか。人間だというのに。
「ホラ」
立ち上がらせてから、別の方向を指差した。青い海。何処かへと繋がり、何処へでも繋がる広大な海が黒く広がる。
風は何処かへと吹きすさんだ。……あの救世主も、また何かしらに巻き込まれてしまうとはと思うとなんとも言い難い。
「その風、……ダグザ?がきっとあの人が去った、いや、連れてかれた先を知ってるはずだから早く迎えに行ってやれ」
「は、」
呆けた顔をしてる男から目を逸らして、地面に転がる人達を拾い集める。球の形だというのに、重量は無駄に人の頃と同じな彼らを集めていけば自然と左腕の筋肉もついていったので、拾い上げるのはたやすい事である。利き腕に黒と赤が宿り何でもかんでも悪魔をミンチよりひどい状態にする力が宿ったのは食糧を得る時や日常生活にはかなりの苦労を与えてきたが、こういう時はかなり役立つ。
神社の、本来は裏側だっただろう場所へ行くと、そこには地面が無くなっておりその代わりに地球が見えた。
地球は—————青かった。
綺麗な青。緑と土の色とが混ざるソレは、地球儀などでよく見るような大陸の形状ではなく、かつて見た形はしていない。
なら、ここはもう地球ではない別の惑星である。そう定義付けし、腕の中の彼らを地球へと落とした。
「な、バッ———」
背後の焦るような声。凍りついてる様子を尻目に拾っては投げ、拾っては投げとどんどん落としていった。生命が住めるだろう星へと。大丈夫大丈夫、星に着いたら人になってるさ、多分。なんかすごいんだから着地の時はふわっと浮くはずだ。神だとか言ってたし。
割と大雑把である。
「わ、わかってるのかい?!星を人が住む星である地球と定義付けしないでそんな、人の命を落とすなんて、命の循環も正常に起こせないんだぞ?!そんな、神の手があえて届かなくなるように、なんて、事、を………?」
「命の循環だの、変に当てはめてるから悪いんだ。あるべき姿に戻るべきだ、自然も、人間も。」
離れて行く。
人の海から。微睡みの地から。
その紅い球は徐々に膨らんで行くと、噂の効力も消えうせて元の人の形へと戻っていく。
「ああ、確かに人の命などの権利を管理する者が手放せば、地上がどうなるのかなんてわかりきった事だ。人が人を、魂を利用したりなんて事も起こるだろうし、循環なんて無いから最初は大変な事になるだろうさ。
だが、かつて人の子であった人間が、女神として魂を回していたのなら————人だけでも、命の循環の輪を自然に作る事は容易い筈だろ?」
「あ、ああ、あー……」
空中に手を掻いて、複雑そうな顔で手を降ろした。なんて雑な。なんてことを。
此処まで漕ぎつけるのに一体どれほどの苦労があったと。そういった顔で此方を見つめる。
其処で、その事実に気がついたのか目を丸くさせた。
「は?待てよ、人の海、黒の書から手の届かない所にいるのなら、物理的にも悪魔が生み出されることが———」
「此処からは人の話、俺だって人とはいえ他人の生き様にちょっかいなんて出したりしない」
振り向きざまに、自分を呼ぶ兄の声が聞こえた気がして含み笑いをした。いや、というより思い切り叫んでいるのが僅かに聞こえた。
そうだ。アンタはなんでか、イデアリアンになってまで俺を待ってたもんな。デジャヴを感じる声に耳を傾けないで複雑そうな顔をする彼に目を向ける。
「……まさか、どこまで察しが?」
「残されたものを使えば、殆どは。後は、誰かさんが何回も心の海でボソボソ呟いてくるんだ、そんなの嫌でもわかる。半分神に近づいていたからか証拠を集めるのも容易かったしな。後はあっちで世界樹として世界の浄化を行ってたあの人の頑張りが報われるまで待つだけだった」
ともあれ、名前もわからない誰かが顔ごと何処かに連れ去られるのは予想外だったが、と続けてからニヤリと笑ってやる。
「知らなかったのか?この長い年月で俺だって悟るものも悟るさ、俺の肌年齢は若いままだが俺自身は何歳だと思ってるんだ」
「………だから途中からベルベットルームに来なくなったのか!!」
そりゃあバレたらおしまいなのだから。バレたら確実に、阻止されそうな事を行なっていたのだもの。神としてありながら、神の全権を放棄する行為。今は居ない顔も知らない前任に笑顔で託されたモノを「こんなものいるか」と投げ捨てやがってと助走をつけてドロップキックされても仕方ない。
「この、なんて……とんだ太陽だな、周防達哉という、救世主は、僕の目は間違っていたのか………」
「ははは。ホラ、いい加減に早くいったらどうなんだ、というか正直邪魔」
「邪魔?!」
其処でまた、周防達哉、と名前が浮かんで出てきた事に対し驚愕の表情を見せる彼に笑いながら、「もう一人の幽霊の方もちゃんと探しだしておくから、早く行け」とその背中を押した。自分の事を神として信仰されたとしても、彼処からはずっと遠いどこかに行くつもりだから神に至る事は決してない。そも、みんなそんな事考えはしないだろう。
………彼らには、同じように物事を背負ってくれる誰かがあまりにも少なすぎた。なら、誰かを思う為に不要な邪魔なものを背負ってやるのみが自分にできる事だ。
痺れを切らしたのか、暴風が吹き荒れると、其処にはもう誰もいなかった。
覚悟は出来ているとも。もう、誰とも話をすることが叶わないのに、人として、自分を保つという決意は。
人々のうちにその海は確かにある。ただ、そこのさざ波を聞くだけで、其処のうちに手を伸ばせなくなるだけ。
誰かの為に生きた人々にだって報いがあってもいいはず。その手の内に、ささやかな幸せが舞い降りてもいいだろう。
巨大な王座に腰掛けて、目を瞑った。心の海の中、確かに聞こえる人々へエールを。心の海から外れた旧き救世主に、祈りを。心の海を揺蕩う女神に希望を。
さざなみの音は何処までも、何処までも、響いていた。
玉座に腰掛けて音を聴く青年の頬に涙が伝う。
その近くには、三つ葉のクローバーが揺れていた。