されど太陽は幾度も登る   作:ファ○通の攻略本

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時たま変な夢を見ながらも、それに惑わされながら自分が行い、すべき事を自力で果たして行った。ただし、夜は深く眠れそうにない。言葉が自分の耳元を通り抜けるからだ。

 

最初は、穴を掘ってそこで焚き上げていた。なんとなく、穴の中の方がいいらしい、と聞いたからだ。熱がどうこうとか、聞いた覚えがある。半分うろ覚えだからそのうちに日記を書き、その日の出来事をまとめる事をするようになってきてはいたのだが、当初はそれをする余裕もなかったから今となっては詳しい理由はわからないが……最初はそのような理由だった筈だ。

だがそのうちにその骸が持ち上げる事も困難なものになるうちに穴へわざわざ放り込む事をやめた。そのまま、燃やした方が損傷が少ないと思ったからだ。

 

この世界で生活するにあたり、まず最初に困ったのは食糧だった。食材は、空腹を訴える肉体に耐えきれずにまだ食べられそうな缶詰などを求め、家へと帰宅するその前にスーパーへ潜り込んだ時にどういうわけか電気、水道、ガスといった生活に欠かせないライフラインが通っているのに気がつき、それからは冷凍の食品を優先して食べる事にした。缶詰は、後のことを考えても残しておきたかった。

 

それでもやはり、地域によっては悪魔にそれらが食べられている事もあり、場合によっては悪魔の血肉を文字通りに啜る事もどうしても必要となり、やがてその舌に悪魔の味を覚えた。悪魔を食用にするのを前提とした戦闘など行ったことは無く、ミンチにされた悪魔を空腹に耐えきれずに啜り喰らった。初めて食べた悪魔の味は鉄錆と粘土が混ざったような味がした。

どの悪魔が食用に適しているのか。どの部位が食べられるのか。消毒の方法は。料理などあまりしたことのない自分だが、そういう事は自然と覚えていくようになった。手加減は出来る範囲で行うが、加工できるほどの肉を剥ぎ取れるのは本当に少しだけだった。その上、最初のうちは体が痺れたり体調を崩したりもしており、本が大量に残っていたのが幸いだったと言えるだろう。兎に角、調理については早期に学べたのだ。

これでは栄養が偏りそうであると思い悩んだが、そもそも悪魔の栄養なんて身体にいいのか判断がつかない。しかし、空腹には抗い難かった。この空腹は、忘れられなかった。

そのうちに、野菜の種の存在を知り柔らかな土を見つけては植物を育ててみるのも試してみた。ためしに種を持ってきては土の中に埋め、育ててみることにした。種は発芽しないものもあったがたしかに発芽し、かつて売られていたような物のように綺麗ではなく土まみれで、虫がいて食われてて、時たま病に侵されたりもしたが収穫もできた。達成感があった。

しかし、たまに葉などを悪魔に食われていたりするし、畑に悪魔が混ざっていたり、野菜を余計に作りすぎたりもしてしまう。野菜を作りすぎた時は漬物に加工する事で長期の保存を試みたり、悪魔との交渉材料にして畑の管理を願ったりした。

 

腐臭はようやく、なくなってきた。最初に戻った時とは違って随分とマシになった。ただ、風景は前の様に寂れたままだった。

 

……どうしようもなく酷く、疲れていた。

人は何処にも居ない。この世界を見下ろせば、遥か遠くの地球は灰を被ってしまっていた。人はもう生きていない。そう結論を出すのは早かった。

 

たしかに、神社から降りてからは、骸以外の人も見つけた。だがそれらは、みんな人だったものだった。

 

イデアリアン。

 

その人が願った噂は世界に残っていた人を侵食し、ただの人形に変幻させた。その体には何かを生み出し変える腕など無く。脚も、地面を踏みしめる事無く。息をして、何かを聞いて、発して、見て、嗅いで、触れて。考える事も出来ないであろう無機物。

何もかもが出来ない球体状の紅い結晶がふわふわと浮いていた。それが、人に許された幸福な人の形だった。

 

始めに彼らと出会ったのは、家に帰ってからだった。

初めはその奇妙な物体が何なのかわからなかった。無人の家にひとつ、ぽっかりと浮き上がる赤色以外に母親の姿などもなく。そうして家の中を見回し、あの几帳面な兄にしては随分と杜撰に脱ぎ捨てられたスーツをその物体の下に見つけ、しかし、そのスーツが脱ぎ捨てられたのではなく下に崩れ落ちるように重なっているのを見て、スーツの山からサングラスが出てきたのを握りしめて、それを見つめ直した。

何も言わずにただ立ち尽くすソレに言葉を失った。歯の奥からカチリ、と音がする。震える手を伸ばしてその輪郭に触れた。その手が何かを押して力を込めているのは脳が理解したが、その指は何かに触れていると理解していなかった。ただ其処にいるのは、どうしようもなく誰かに似ていた。

その日、この世界に戻って初めて吐いた。

 

 

人類の深層が考え抜き産み出した、邪悪の概念、ニャルラトホテプ。奴はあちら側では確かに撃退できた。奴を直視した上で足掻き切れたのだ。人の輝きがあり、其処に願いから繋がれた意思が届いて、だからこそ、奴の干渉の手は遠ざかり、荒れた心の海は静謐な状態に戻ったのだ。

しかし此方側では、その心の海自体がこの方舟と半分繋がっているのだ。奇妙なことに、この船は海を渡り彷徨う亡霊船だったようだ。

こうして、アラヤ神社を通して、人の感情のエネルギーが迸って。人が人でなくなっても世界の常識は未だ、かつてと同じ状態だった。悪魔が大量に顕現して、悪魔同士で憎み合い、喰らい合い、白痴の王すら見放す煉獄にて秩序的な混沌の争いを続けていた。

微睡んでいるとはいえ、人の形をとれてないとはいえ。こちら側の人の心はまだ少しながら生きている。だからこそこうして今も、噂の効果が続いてしまってるのだろうと、今の自分は信じたかった。

 

イデアリアンとなった彼らはどうしたらいいのか、始めは途方に暮れた。死も、生も、それすら拭い去った存在だ。しかも、彼らは悪魔同士の戦争において重要な存在であり、奪い合いが続いているらしい。悩みに悩んでから……神社まで連れて、そこでひとまず眠らせておく事にした。神社には紅い玉が大量に浮かんでいる。一気に神聖な雰囲気であるべき神社が禍々しくなったなと感じたが、そもそもが荒廃しきっているのでむしろ違和感を感じないだろう。

いや、ニャルラトホテプの事やらを考えると前から禍々しさも、おぞましさも感じてはいたが。

どうやらイデアリアンである彼らは悪魔にとっては無限に増え続けるご馳走、のようなものらしい。何故か、神社に悪魔が近寄る事は無いのでそこまで持っていけばまず安全だと思った。

……わかっている。知性も、感情も。鈍くしか感じられない彼らがそういうことを望んでいるのかすら自分にはそうわからない事も。馬鹿げた行いを、と顔の無い悪意は嗤うだろう。それでも悪魔に搾取されているのはきっと、正しい在り方ではないはずだ。

こうむしゃくしゃした時はたまに、町の端まで行っては地球を見下ろしてみる。

地球は荒廃して、厚い雲に覆われていてよくわからなかった。多分、地球は生物が生きられる環境などではないのだろう。知識に疎い自分ですらなんとなく、そう感じた。ただ、地球を見ているとかつてを思い出すからそうしている。

 

夢を見る、夢を見る。かつての誰かの夢を見る。翠の燐光が数滴の雫を流し、緑の目は其れを見向きをせずにいた。

 

誰もいない家で目を覚ました。いつもの通りに夢を見て。今日の朝ごはんは冷凍の卵焼きと残っていたお米を炊いたご飯である。眩しい光に右手で影を作りながらも席に着く。

まさか、食事をすることにこんなにもありがたみを感じるなんてな、と思うと不思議と少し笑えた。

 

………さぁ、行くとしよう。大きめの黒いリュックサックを背負う。……軽く保護色になってるなと右腕に、背負ったそれを見て苦笑した。だが、何か物を見つけた時に入れる用のソレは容量も大きく、個人的にデザインがよくお気に入りなのでいつもコレしか使っていない。

鍵を持って扉から家を出た。外から見た家の窓は割れている。習慣のままに鍵を閉めた。まぁ、中に時折悪魔が侵入することもあるからしておいた方が良いだろう。窓は内側から塞いだので恐らくは悪魔が侵入したりはしない筈だ。隙間という隙間も埋めて定期的に鼠の様な悪魔を駆除している。

 

アスファルトの上を踏みしめて、黒い跡の残る道を見ながらバイクに跨った。

今日もまた、慣れ親しんだ、成れ果てた町を探索する。其処にはきっと、何処かに人が居ると信じて。軽く速度を出すだけで交通のルールなんざ守らない法外速度で駆けるバイクを吹き鳴らす。改造に改造を重ねたこのモンスターバイクは木っ端悪魔なら轢き逃げが可能だ。モンスター喰らいは得意なようだ。

……轢き逃げの技術が発達したなど、あの兄にはとても言えはしないな。ましてや、こちら側の兄がそれを知ったらどんな反応をするか。

しょっぱい味がした。

 

ふと。別の区に向かう前に別の場所へ向かった。家庭菜園……というには、土地も広く、農具も色々揃えたそこへ向かう。大きな建物が取り囲むように浮かんだ其処は学校だ。

学校なら土地もあるし、戦時中は畑を耕してたなんて事を学んだ記憶がある。ならば、此処で作物を作れば良いのではという結論に至ったのだ。

……いやアレは、国会での事だったか?ああ、いや、後で教科書見返そう。暇があるのならだが。

肥料のタブレットを植物の根の先端が伸びているであろうあたりに置いてから、ホースを取り出した。水を思い切り解放して、ホースの先端を指で潰す。こうして、遠くから水をやれば楽なのだと気がついた。これは、水やりをするときにやっていい事なのかなどはわからないが、広範囲に水が行くので楽だし、と水を噴出する。

もうじきトマトの収穫が出来るだろう。種も回収して、次に備えければ。そう考える自分が不思議と年寄りっぽく思えた。

蛇口をひねって水を止める。

ホースを巻き直して、バイクの方へと戻った。明日は何を食べようか。ああ、魚が無性に恋しい、こういう時が苦痛になる。

 

君、は 生きているのか?

 

複数に重なった音ではない。これは、酷くしゃがれていて、聞き取るのが難しかったが、この声を聞いて驚愕に心臓が飛び跳ねた。

 

人の、声が聞こえた。

これは、悪魔のものなんかではなく、紛れもなく人のものであると確信した。




誤字報告ありがとうございます!……ただ、今後の伏線に関わる内容が色々含まれるのでそこらへんの修正は勘弁してくださいm(_ _)m

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