されど太陽は幾度も登る   作:ファ○通の攻略本

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彼が引っ張っていった先にあったのは、壊れかけの古家があった。みすぼらしい其処は一見汚そうで、劣化が激しいかのように思えたが外側の補修をしていないだけで中側は板が抜けているなども特に無く、酷く清潔だった。研究をしていたそうだし、当然だろう。

生活スペース、なのだろう場所まで案内される。其処は机と椅子が居心地悪そうにして置かれ、大量の本棚と本のタワーに囲まれていた。本から逃れるような隅にひっそりと布団が巣のように丸まっている。おそらくアレの中で泥のように眠ってはまた覚醒して、そうして疲れ果てるまで机に齧りついては、再び隅に逃げ込み眠って……そうして、研究を重ね続けたのだろう。

 

「あ、安心して 。此処には特殊な 生体マグネタイトを集める瓶があるから。悪魔はまず此処まで来れない」

 

木でできた椅子へ促されてようやく座った。椅子は手作りなのか、頑丈にできてはいるが高さがそれぞれ合っていなくて酷くガタガタだ。

彼は「お茶でもどうぞ」と、奥の方へと消えていく。中身のない左腕の裾がひらりと舞った。………あの様子でお茶など、大丈夫だろうか。心配だが待つ事にした。

そうなってくると暇になるので、彼がどのようにして地球を救う手立てを考えていたのかを、本を雪崩させないように気を配りながらどのような本があるのか確認をする。さまざまな分野がごった返したその本らは、植物の培養から始まり分子や原子について、動物の細胞についてから汚染物質についてなどの科学的な事象に関するものが多かったが、その次に多かったのはオカルトものの本だった。

まぁ、オカルトものの本が多くなるのも無理はないだろう。事実、目の前でオカルトのような事が起こっているのだから。悪魔召喚?とやらについて書かれた本があったが、その表紙はやけに不安になるような革で出来ていた。

一角には実験の経過を記録したレポートがあり、その隅にはひっそりと合同の日記のようなものが置かれていた。

……恐らくは、彼とその仲間たちによるものなのだろう。

その本を読んでいいのか、悪いのか。

そっと、目を向けてそして——

 

「や。おまたせ」

 

戻ってきた。伸ばしかけた手を降ろす。

片腕が無いままでお盆などを持っていくことは無理だからか、お茶やお茶菓子はコロコロとサービングカーに載せて押してくる。

お茶は、温かい緑茶だった。お茶菓子として金平糖が添えられている。

 

「日持ちするもの、はあまりなくて。

すまないね こんなものしか、出せなくて」

「……いや、貴方が謝る事じゃない」

 

むしろ、勝手に本を読もうと思ってしまった此方も悪い気がする。

湯気を立てるお茶を両手で持つと、とても温かかった。自分の知っている味というものが素晴らしかった。

ちびちびと冷ましながらお茶を飲み、彼から話を聞く。

 

なんでも、地上の汚染を浄化できる生物の遺伝情報、悪魔の細胞や生体マグネタイト?を、移植して作られた植物である世界樹が、呼吸をする事により空気中の汚染物質を浄化し、地表の汚染も少しずつではあるが確実に除染が可能、なんだとか。

そうすればまた生命活動が可能な状態にまでなる筈だと笑った。

 

彼は、かつて新宿があった場所に植えようと定めてるそうだ。其処は幸い汚染が少ないようで、植えに行っても身体が暫く保つらしい。

世界樹を植えればそれだけで、準備は万端。勝手に汚染物質を吸い寄せてそのうち、世界樹は肥大化していき、その中に詰まった汚染物質は浄化が終わり次第、世界樹がストックを消費していって無くなり、やがて内部が空洞になり死を迎えるだろうとの事だ。

 

そして、嗚呼。困った事に。

中枢部にはブレインの役割を果たす事ができる肉体を器官という扱いとしてそのまま身体丸ごと、生きた状態のものを提供しなくてはならなかったそうだ。そうしなくては世界樹に異常が起きた時に上手く対応が出来ないらしい。抗体や免疫などの機能はまだあまりリソースが足りないからそれこそ外付けがなければどうにもならない。

 

世界樹との同化。

それを果たしたら、少なくとももう人としての真っ当な人生を終える事が無いだろうと続けて……だからこそ、君に会えて良かった、と彼は笑ってきたのだ。

わからなかった。自分が生きる為に、うまく見捨てられそうなものがちょうど目の前に現れたというのに。それでも彼はそれをやめないと言うのだ。自分の身を使う事を決定事項であるとした彼に対し、疑問が口から出た。

 

「……何故?俺を、その世界樹の同化に使えばよかっただろう」

「これは若い子がやるべきものじゃあないよ。大人達に任せなさい。この汚染の尻拭いは、どうにかしないと。」

 

その言葉はあちら側の大人達も言っていた事で、やはり息を呑んだ。ふいに彼らのペルソナの共鳴の震えを思い出した。心の海がさざなみで満たされる。

うまく笑えない彼は、笑おうとして、変に歯を見せたりしては閉じてを繰り返し……結局諦めたのだろう、スン。と素の真顔に戻った。

 

「此処と地球と、では色々と時間 の流れが違うようだ。此処な ら数年程度の、時間経過だから、あともう少しだけ 待ってくれないかい。」

「貴方はっ、それで_____」

「いい んだよ。」

 

立ち上がりかけた自分を片腕で引き留められる。3回ほど肩を叩かれ、歪な口元をそのままに首を横に振られた。

 

「僕たち、は君たちがあの黒い影に ニャルラトホテプに足掻いていたのに、何もできなかったんだ。どうかその後始末だけは 手伝わせてくれ。」

「_________」

 

最低最悪の存在の名前を出されてギョッとした。アレのことを知っているなんて、当時では敵側か、自分達くらいだったのにと目を白黒させる。ニャルラトホテプの存在を、なんで。戦いの事を、どうして。

何故、どうして知っているんだ。

その疑問に答えるかのように彼は続けた。

 

「此処は心の深層と 半分同化してるだろ?だから、聞こえたんだ。あちら側の戦いのことが。」

「あちら側の………まさか、そんな事が」

「僕たちみんな、君たちのような子供、や若い女性に押し付ける形になっていたのが、悔しかった よ。

そして、あちら側の君たちを見ているうちにね 目的が、繁栄の為などではなく ただ君たち、 子供のために、とみんなで研究をしたんだ。」

 

口の中でジャリジャリと音を立てる、欠けらの残骸が酷く不快だった。湯気を立てる、湯飲みの中の緑は濃くなって、その深層で固まっている。

………恐ろしく、衝撃的な告白に心が固まった。

 

「君は確かに、僕たちの太陽 だった。君がいたから 、戦い続けて、足掻き続けたから、希望を持てた。こんな、壊れ損ないの無力な自分達でも さ。」

 

今度は、彼が立ち上がった。

ボロボロの顔から、紅く変色した目がチラリと覗く。歯が少しギザギザとしている、歯並びの悪さが変な愛嬌を彼に持たせた。

 

「最後にさ 君の名前を、君から 教えてくれないかい?」

「………周防、周防達哉、」

 

……答えるしかなかった。

此処まで、自分を見て、同じように此方で大いなる流れに足掻いた彼に。

おそらく彼は、自分の名前を知っているだろう。だが、だが。彼にちゃんと、自分から伝えるのは必要なもので、大切なことだと理解していた。

 

「——ありがとう。僕たちの太陽、達哉くん。君から教えられた 名前を刻んで、冥土までの土産とするよ

………この場所は好きに、使ってほしいかな。色々、集めている から何かの役にたつと思う。」

 

白い爪の目立つ手で頭を撫でられた。こんな時に自分は一体、どんな顔をすべきなのだろうか。どんな顔になってるのかもわからない。

背中を向いた彼は何処かへ……無論、外へ、地球へ向かうのだろう、歩いていく。白衣からは不思議な事に、ついさっき出たかのような鮮血の臭いが鼻に刺さった、気がした。

 

「待ってくれ!」

「………行くなと言っても止まらないよ。僕たちは このために縋り付いてきたのだ、から」

「あ………ありがとう!」

「………へ?」

 

振り返った彼の目は、驚きと困惑に少し大きく開かれていた。口を半開きにして、目をパチパチと瞬きさせる。

これが最後。きっと、自分が彼の人の覚悟を否定する事は出来ないだろう。

最後だからこそ、せめて別れは言わずに、感謝をと思ったのだ。

 

「この町に残って、地球を救おうとして………ずっと、人として足掻いて、くれてありがとう…お疲れ、様」

 

声が尻すぼみになる。勢いで声に出したはいいが、果たしてこれで良いのかと思ってしまうのだ。

暫く此方を見つめ……最後に、何かに至ったのか。

始まりは、口から溢れた音だった。こひゅーこひゅー、と喘息の時に出すような音。それは次第に大きくなり、笑い声として周囲に響き出した。

 

彼は、その顔をくしゃくしゃに歪めて子供のように笑っていた。

笑って、笑って、笑って。途中で噎せたのか咳き込みながらも、笑い続けた。

 

「はは、はははは!そんな、ありがとうなん てむず痒いなぁ…うん、此方こそ 人類の悪性に立ち向かってくれて、ありがとう僕たちの神さま。君の事は、必ず記録する。忘れなんて してなるものか。」

 

久しぶりに笑った、とちゃんと自然に顔を綻ばせた彼は、草臥れた顔でありながらも確かに希望を見出していた。

彼は顔を前に戻して、今度は背をしゃんと伸ばして。何処かへと去っていく。

その背中を最後まで見つめてから……残っていた緑茶を全て胃の中へ流し入れた。頭を上へ上げて。目尻に感じた冷たいそれを押し留めた。

 

酷く熱を持って、熱かったはずの緑茶は温くなって、ちょうど飲みやすい温度だった。

目を閉じて横になる。

 

誰かが語りかけてきたそれをゆっくりと飲み込むように、夢の中へと落ちていった。

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