1回めの黄泉帰りはただただキツかった。
あの、髑髏の鼻を持った人牛一体の悪魔は自分の横にいない。ちらりと目を周囲ににうろつかせてから、かつての相方のいないスマホ画面を見て少し寂しさを感じた。
縁により喚びだされた一対単独の馬と共に悪魔どもを薙ぎ払い、震える手でスマホを握りしめるアサヒの姿が目に映った。必死であの子を助ける。
「ナナシっ?!」
驚いたように此方を見る目。ただがむしゃらに鈍らの支給品を振り回した。かつて愛用していたデモニカスーツをしっかりと着て、ロケットランチャーを両手にとにかく乱発しては銃反射の仲魔と共に戦場を撹乱していた時代を思い其処で、ようやっとかつての自分の願いを思い出した。
………もし。出来るのだろうかと。今の自分は文字通り子供の身ではあるが、本当の子供のように未来の絵空事を回想する。
人が人として生きられる道。善ではなく、悪でもなく。秩序の維持など捨て去り、力を望む変幻など握りつぶし。
人が手を繋ぎあえるという幻想へもう一度手を出してみようかな、なんて。年甲斐にも無く思ってしまった。
それが自分のはじまりだった。
それを決意したのが、自分が生きる理由だった。昔も今も、きっとそうなのだろう。そうして自分は再び武器を手にした。懐かしのランチャーに緊縛弾。あと必要なのは手際とドスの効いた声。かつてのカツアゲの師である先輩のように前線に殴りこみを入れた。*1
アサヒは何故か顔が引き攣っていた。
殺して生きて生まれて死んで。
此岸と彼岸を螺旋しては眼前の悪魔へと武器を振るい、その首を刈る。死んでも生きろとかさてはスパルタか。おじさんには辛い。とてもキツく、苦しかった。なんせ、はじめのうちは肉体が強化されていたとしてもその後には信仰による力の強い悪魔ばかりだ。
不意をうたれて心臓を抉られた。目覚めた時にオヤジが作ってくれた装備に穴が空いていて半泣きしながら必死で血塗れのソレを洗って繕った。
頭から殴られて中身が四散した。怯えた様にその場で崩れ落ちたアサヒが確かめる様に何度も頭を触っては腕の中にしっかりと閉じ込めたのが、凄く忘れがたい。
真理の雷で動きを止められてそのままビリビリと電流を流された。身体がビクビクと勝手に動いて、筋肉が緩んで漏れてはいけないものが漏れてしまっていたのはバレていないと信じたい。
ブフーラで身体の全てを凍らされた。蘇生した後も身体の内側がまだ冷えていて、身体を暖めもせず、ソレを無理に動かして悪魔と戦うのはダメだと身をもって学んだ。*2
ゾンビに近いような存在である己といえど、痛みだって感じる。それでも、自身は武器を剣に、槍に、刀に……その手に握りしめる獲物を変えてはもう片手から鉛玉を打ち出し、悪魔に抗い続けた。
人間はやはり悪魔にどこまでも利用しながらも、利用される存在で悪魔からうまく利用されてる、としか言いようがなかった。己も皆も。ツギさん、いや、ツギハギも。フジワラさんも。いや、さんではなく、ああとにかく。
自分自身も、かの魔神の目的の為に馬車馬のように無理やり働かされた。この無理やり、とは比喩などではなく、本当に身体を操られては苦い思いをした。本当に腹がたつといったら。
最初のうちはあいつに抗ってた。何か言っても「お前も似たようなことをやってよくもまぁ」やら、「お前じゃい!」とか、ぎゃあぎゃあ喚いていた。子供か、という亡霊の視線にはその魅惑の割れた緑の肉に合わせた人差し指で応えた。そんなプリケツ出してたらカンチョーしたって仕方ない。俺は勿論やる。きっとキヨさんもソレに応える。
………キヨさん、どうしているのだろうか。半狂乱になりながら悪魔に突っ込んで千切っては投げを繰り返していた彼を思い出すと、恐らくはもう生きていないのだろうが、なんとなく、思った。
……思考が肉体に引っ張られてる気がする。すごくムカムカして仕方ない。自分自身でこんなに短気だったかと少し気にするほどだ。*3
まぁ、それでも、とにかくまずは生き延びることが大切だ。あの子の為にも、東京の為にも、約束の為にも頑張ることにした。まずは仲魔を増やす。
馬と魔神だけだったスマホの中には天使や堕天使、子供から獣、皆それはもうさまざまな仲魔が増えた。
最終的には合体を繰り返してあの憎たらしいクソッタレ魔神も喚び出せた。一瞬で合体材料にしてやった。このヤロウ。大体こいつがあの中で厄介ったらありゃしなかった。こいつが原因だったし。黄色いのも緑のもピンクのも全部合体だ合体。
……その結果白い翼の天使に青い翼の後輩ができた。技があまりにも物理特化で教える事があまり無いと初期からの仲魔である彼女は唖然としていた。正直すまなかったと思っている。
そうしてるうちに、仲間も随分と増えた。
自分にずっと憑いてまわって、いつしか相棒のような気の知れる仲になった亡霊、ナバールに最年長として(本人にそれを言うのはデリカシーが無いので言わないでおくが)パーティーを纏めるノゾミ。
この東京ではきっと、ああ、始めての友達、なんて、言えそうな半魔の少年ハレルヤに、天上から派遣されたサムライ、パーティーの兄役ガストン。(……少し、猪突猛進で戦闘中など迷惑ではあるが。)
天上から同じくやって来たサムライのイザボーに、我欲を持って自分に、自惚れなどではなくて彼女の意思で色々とモーションを純粋ながらかけてくるトキ。
そして、いつも、一緒にいて、笑って泣いて隣に居続けて。……自分が止めることも出来なかった、アサヒ。
……楽しかった。俺自身、彼らのことが好きだった。だからこそ、悪魔に振り回される世界を壊したいと望んだ。今はもううろ覚えな、人がごちゃごちゃと地上をひしめく東京の日常をと望んだのだ。
だからこそ、あの人の喪失には言葉を喪った。
今でも思い出す。燃えるような赤から緑の身を纏い、這い寄りその大口を広げた大蛇。
______自分は、あの人を、救えない。
………己の助けとなった、とも言え、全ての元凶になった、とも言える魔神を還す。自分自身、やはり嫌ってはいたが憎みきれず。彼を否定しきることはできなかった。その言ってる事は、割と共感が出来てしまった。
いつも周囲の者同志で縛って。天使も悪魔も、人間も。それが時たま嫌になる。
悍ましい卵を破却して、色とりどりの魂を解放した。その胎には一体何人もの魂を溜め込んでいたのだろう。具体的な数はわからないが、その中から1つの魂を見つけ出して、掬い上げられた。
………アサヒ。
アサヒとまた話せたのは本当に、涙が溢れた。今度こそ助け出せたのだから。こうして生きてる。ちゃんと、話してるんだ。
自分は間に合わない事が多かったが、確かに、助けられたのだ。*4
長い、永い回廊を歩み、燐也さん……いや、フリンと一緒に世界の海の真ん中へと堕ちていく。
その先にはかつての同僚の生まれ変わりの、その成れの果てとも言える2つの姿があった。人を誘惑し、誘い込む2つの蜜。どこまでも誰かならざる者に縛られていたからくり人形。違法改造の末に創造主へと刃向かう。どちらの毒も混ざれば大きな薬となった、という事だ。
名前にとらわれなかった言葉の神すらも批判して、貶めて、陵辱して、ドロドロのぐちゃぐちゃにして。人を惑わし利用せねば存在出来ないほどに落とし込めたその神性そのものを断つ。
全てが終わった頃に浴びた、あの朝日は、嗚呼————
確かに、美しかった。
そして、洛陽は訪れる。