願望が叶ってからの展開はあまりにも急激で、その終わり方も唐突だった。
世界の何もかもが無へ帰った。
天と地、人々手を取り合うには価値観が程遠く、悪魔らが共にあるには人の先入観が邪魔となり。人間は再び三つ巴となり、名前の無い神による存在意義から解放された悪魔らがそれを己の為に利用し世界はまた血塗れになった。
全ての悪魔を利用しつくした、神が消えたからこそ。ルールに縛られてた彼らは解き放たれ、パーソナリティーから解放され心境や目的を変えては再び人間を駒として扱う。*1
秩序でぬるま湯に浸かりたいと、血の池に浸かりながら天上の天使を見下す者がいた。ハレルヤは阿修羅会内での暴動を抑えきれずに最後にはナイフを隠し持っていた子供に刺され絶望の中死んだ。ノゾミさんも、妖精が謀反を企だて、復興されてきていた妖精の森で炎に包まれて逝った。
混沌に全て思い通りにしたいと、這いながらもケガレを憎み牙を剥く者がいた。ガストンは同僚に対して必死に説得を行っていたが、不意打ちに撃たれた。致命傷だった。トキも、ミカド国の上位の立場に就いていた者が俺達を殺そうと刺客を差し向けた時、それに真っ先に気がついたトキが一人で奮闘していたようで、気がついた時には相打ちとなって血の中に埋もれて言葉を発さなくなっていた。
中庸の道で共に歩もうと差し伸べられたあの手のひらはもう無い。フリンも、イザボーも、アサヒもみんな、とっくの昔に泥塊へと沈んでいた。ナバールは行き着く先も見当たらずに、側で「すまない」と繰り返すばかり。*2
死の荒野、などと言えるものではない。これはもう、血の原だ。其処で_____脳裏に狂った東の都、その成れの果て。東狂という言葉が浮かぶ。
人の思念、懇願が狂い狂わされた果ての場所。救済のラッパは悲鳴の形で既に空高くへと鳴らされた。此処にあるのは、絶対の女王の蹂躙である。
もう、人の世は終わりを迎えていた。救いは無く、あるのは無による眠りだけだ。ナバールはもう、小刀で自分を刺し貫いていた。自分も耐えきれなかった。
錆びついた小刀を震えた手で握る。
ゆっくりと、深呼吸をする。
首を斬った。
3回めの黄泉孵りは絶望を孕んでいた。
中庸の道を選んでも、結局はコレなのだから。
人は弱い。そう。あの名前のない神性も人類の事をそう捉えていた。
人は、簡単に繋いだ縁を断ち切りその爪を立てる。
人を揺さぶる能に長けた者らがそれを行わせるのは造作もなかったのだろう。
ただ………唯一、此処で救いとなったのは相棒だった緑の亡霊が自身と同じように記憶を持っていた事だった。
だが、もう。やる気はそう起きなかった。あの成れの果てを見れば。
人を救えるわけもないと悟るのも当然だ。
2回めの黄泉帰りを得て、何も起こりえない秩序の維持を求めれば人々の狂乱は起こり得ないのではと微かな思考で思い至った。人々の安寧を、自分の安らぎを求めてゆったり微笑んだ。
神の戦車の羽に包まれゆらりと笑う。亡霊はその光に人の生を懇願する。だが、己が人として生きる事なんて、もうできそうになかった。
世界は光に満ち、選ばれた一握りの人間だけが残される。
其処に、人としての存在意義などはあり得ず。
秩序の果てには何もなく、変質する事のない完結し、夢の中に終わる世界のただ後味の悪さのみが遺された。人々はゆっくりと悪魔と変わり、消えてゆく。
身体を抱くような光が悍ましかった。
4回めの黄泉孵りはもう疲れ果てた。秩序だって、世界にもたらすものは緩やかな死である。
わかっていたとも。でも、信じたかったのだ。世界の安寧を。あの、この世の地獄などにはなり得ない世界を。
その結果がこれだ。そんな意味ない。
ああ、わかっていたとも。
この世は元から地獄だという事など。
「ナナシ、君は……何故、そんな風に、笑っているんだ…泣きながらそんな顔で…」
柔らかな手で顔を突かれ、頬を引っ張られる。覗き込んでくる小さな顔は恐怖で歪みながらも此方をしっかりと見据えて、無事かを確認してくる。
慰めるように自分の頬の涙を拭う緑の冷たい、小さな手が今は心地よかった。*3
3回めの黄泉帰りを得て、力を元に世界を変え続ける、あるがままの世界ならと怯え、名案なのではと笑った。
悪魔王の腕に抱かれうっそりと嗤う。
亡霊はあの地獄よりはまだ残るものがあってほしいと願う。
世界は炎に包まれ、得るものも失うものもほとんどない欲望の世界で一握りの人間は家畜として利用された。
其処に、人としての価値などはあり得ず。
混沌の底には浚えるものもなく、ドブの臭いに満たされた。其処に、己として考えられる人間は居なくて、人口が次第に減っていくと、悪魔もいなくなっていき、最後には何も残りはしなかった。
身体を締め付ける闇が疎ましかった。